パワハラギルマスをぶん殴ってブラック聖剣ギルドをクビになったので、辺境で聖剣工房を開くことにした   作:だいたいねむい

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第136話 『人は変われる、愛ゆえに』

「……どうしたリタ。俺は忙しいんだ、用件があるならばさっさと言え」

 

「え……はあっ!?!?」

 

 ダリオ氏を凝視して、リタが狼狽している。

 

 どうやら聞いていた話と違うのは、彼女も同じのようだ。

 

 俺たちの背後に控えるように立つセバス氏は特に何かを口にするわけではなかったが、困惑したような気配が伝わってくる。

 

 どうやらこの状況は彼にとっても予想外だったらしい。

 

 ……これはどういうことだ?

 

「ダリオ兄さん、ッスよね?」

 

「ああ、俺だが? ……なんだその顔は。言いたいことがあるならはっきり言え。俺は忙しいんだ」

 

 ダリオ氏……と思しき人物は、リタをじろりと見つつも、手からは書物を離さずにいる。

 

 見た感じ、あれは教養書だろうか?

 

 彼の持つ書物のページから察するに、経営や商売に関するもののようだ。

 

 床や机に山のように積まれたものは、ぱっと見ただけでも一般教養から算術指南書、歴史書に美術書や魔導書らしきタイトルまで様々だ。

 

 それにしても、一般人にはとても手が出せそうにない分厚い書物をこれだけ揃えるあたりさすがは大商人の御曹司といったところだ。

 

 だが、少なくとも見えている範囲で危険な魔導書やいかがわしい書物などはなさそうだった。

 

 ますます混乱する。

 

(なあリタ。この人がダリオさんでいいんだよな?)

 

(多分そうだと思うッスけど……面影はあるんスけど口調も違うし、影武者か、そうでなければ何か変な食べ物でも食べちゃったとしか思えない様子なんスよね……)

 

「おいお前ら、聞こえているぞ。……まったく」

 

 と、苛立ったようにダリオ氏がため息を吐く。

 

 パタンと書物を閉じ、ゆっくりとイスから立ち上がった。

 

 

 ダリオ氏は長身で細身だが、服の上からも分かるほど引き締まった体つきをしている。

 

 身のこなしは洗練されていて、育ちの良さとともに、何らかの武術の訓練を施されていることが見て取れた。

 

 見た目は……ピッタリとした七三分けが似合う程度には顔立ちは整っており、細長いデザインの縁無し眼鏡も相まって鷹のような鋭い雰囲気を纏っている。

 

 活発に動き回る小動物的な雰囲気のリタとは対照的だ。

 

「……フン。リタ、お前の考えが読めるぞ。なぜ、今まで放蕩者だった俺がここまで変わったのか不思議なのだろう」

 

 ダリオ氏が眼鏡をクイッと直しながら、鋭い眼光をリタに投げかけている。

 

 一応自覚はあるようだ。

 

「そりゃそうッスよ! あのチャラチャラした兄さんはどこに行っちゃったんスか!?」

 

「どこへ……だと?」

 

 ダリオ氏はニイィ……と口の端を吊り上げ、そして言い放った。

 

「ククク……可愛い我が妹よ。お前は『愛』を知っているか? 俺は知っている」

 

「せ、先輩いぃっ! やっぱ兄さん、変なものを食べて頭がおかしくなったっぽいッス!!」

 

 リタが半泣きになって俺にしがみついてきた。

 

 

 

 ◇

 

 

 

「暗殺者だと? フン、俺がそんな愚にもつかない手を使うと思うか?」

 

 リタから話を聞いたダリオ氏が、呆れた様子で鼻を鳴らした。

 

 場所を邸宅の応接室に移して、ローテーブル越しにリタとダリオ氏がソファに腰掛け、向かい合っている。

 

 俺とセバスは彼女の背後に立ったままだ。

 

 ちなみにダリオ氏の背後には、最初に案内してくれた美人のメイドが静かに佇んでいる。

 

「まあ……話は理解した」

 

 彼は俺たちを一瞥してからため息をついた。

 

「そもそも、だ。仮に跡目争いが勃発していると仮定しても、お前を排除して何になる? リタ、確かにお前は聡明だ。人望も俺よりある。だが、経営論も組織論も学んだすらないただの職人が商会を動かせるわけがないのは自明の理だ。……そうだろう、セバス?」

 

「……っ、ですが……」

 

 いきなり話を振られ、言葉に詰まるセバス氏。

 

「何もお前が裏で引いていたというつもりはない。お前が昔から忠義に厚く実直な性格であることくらい俺だって分かっている。だが……父上からすれば、リタが上に立つ方が何かとやりやすいのだろう」

 

 そう言って、ダリオ氏は少し自嘲気味に笑った。

 

 そこにはリタが言っていたような軽薄な空気はない。

 

「それにしても……兄さん、ずいぶん立派になったスね」

 

「俺は変わったのだ」

 

 感心したようなリタの言葉に、ダリオ氏が即座に返す。

 

「まあ……無理もない。今までの俺は、お前が知っているどうしようもない屑だったからな。それは認める。だが……何度でも言うが、俺は変わったのだ。なあ、ローレッタ」

 

 言って、彼は首を傾け、後ろを見た。

 

 彼の視線の先にいるのは、メイド姿の女性。

 

 彼女の慈しむような視線は、ダリオ氏に注がれていた。

 

 ……なるほど、そういうことか。

 

 リタも何となく察したのか、「あー……」と小さな声を上げている。

 

「いずれお前には打ち明けようと思っていたが……時期が早まっただけだ、問題ない。紹介しよう。俺の妻となる予定の、ローレッタだ」

 

「ご紹介に(あずか)りました、ローレッタと申します。リタ様とお連れの皆さまにおかれましては、以後お見知りおき下さいますようお願い申し上げます」

 

 言って、メイド――ローレッタが深く頭を下げた。

 

「俺は彼女と結婚することを父上に認めさせるためにも、何としてでも商会のトップにふさわしい人間にならねばならん。だが、今までの俺はあまりに無知だった。だからこうしてこの別邸で勉学に打ち込んでいる。お前を暗殺している暇などない」

 

 ダリオ氏はそういうが、競争相手を排除することと自己の研鑽を積むことは矛盾することではない。

 

 王国の貴族たちは皆、その二律背反の要素を兼ね備えている。

 

 『清濁併せ吞むのが上に立つ者の器なのだよ』とは、その象徴たるアリスの(げん)だ。

 

 だが。

 

 彼が背後で何か動いているとしたら、舞台役者になれるのではないか……そう思わせるほどには真摯な表情だった。

 

 きっと彼の本質は放蕩者などではなく、こちら側(・・・・)なのだろう。

 

「……分かりましたッス」

 

 リタがふうぅ……と肩の力を抜いた。

 

「あたしとしても、兄さんがきちんと商会の将来を担ってくれるのなら、安心して職人を続けられますし。それに……」

 

 と、そこでなぜかリタが俺に視線を移す。

 

 ……なんだ?

 

「……、」

 

 

 と、一瞬口を開きかけて、彼女はすぐに前を向いた。

 

 なんだったんだ? 今の間は。

 

 

「……さて。もういいか? さっきも言ったが俺は忙しい。今日はこれから来客があるのだ。分かったのならさっさと出ていけ」

 

 

 

 ◇

 

 

 

「なんか、ちょっと安心しました」

 

 ローレッタさんの先導で部屋を出たところで、リタがホッとしたように息を吐いた。

 

「……申し訳ありません。私の調査不足でいらぬ不安を抱かせてしまいました」

 

 そう言って頭を下げるセバス氏は、ちょっと凹み気味だ。

 

 まあ無理もない。

 

 自分の立てた推理が完全に間違っていたのだからな。

 

「でも、そうなると……エキドナさんを襲っていた不審者さんの正体ってなんなんでしょうね?」

 

「それについては、俺に心当たりが――おっと」

 

 会話をしながら出口に向かい歩き出した、そのときだった。

 

 廊下の曲がり角から急に姿を現した人影にぶつかりそうになり、俺はとっさに脇に避ける。

 

「あっ……と。すまぬのじゃ。前を見ておらなんだ……んんん!?!?」

 

「すまない、怪我はないか……んんん!?!?」

 

 その人物は軽く頭を下げ、俺たちを一瞥して……固まった。

 

 そして俺も軽く謝ろうとして……固まった。

 

「な、な、な……なんでお主がここにおるのじゃ!?」

 

「お前こそなんでここにいるんだよ!?」

 

 お互い思いっきり指を差し合った、その相手とは……今は『ノンナ』とかいう女に扮したノスフェラトゥだった。

 

 と、そのとき。

 

 先ほどまでいた応接室からバタバタと慌ただしい足音が響き、ガチャリと扉が開いた。

 

「先生! お待ちしておりました!」

 

 さっきとは打って変わって明るい声を出しながら、ダリオ氏が扉の奥から顔を出す。

 

「…………んんんん!?!?」

 

 …………先生!?

 

 コイツが!?

 

「……うむ? もしかして先生、この方々とお知り合いでしたか?」

 

 廊下の混沌とした空気を察したのか、ダリオ氏が首を傾げた。

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