パワハラギルマスをぶん殴ってブラック聖剣ギルドをクビになったので、辺境で聖剣工房を開くことにした 作:だいたいねむい
ネメシオ家の本邸はケルツの郊外にある高級住宅街の一番奥にある。
その敷地は広大で、門からファビオ氏が療養する邸宅まで辿り着くのに敷地専用の馬車を使ったほどだ。
というかセバス氏は馬車の御者もこなせるらしい。
この執事、万能すぎる。
ちなみに一緒に馬車に乗っているリタは、やはり居心地悪そうにしていた。
この後輩、庶民派お嬢様すぎる。
「うぅ、あまりにも短い天下でした……私には『等身大の夢』すら叶わないのでしょうか……」
「いつまでいじけてるんだ。仕事が終わったらまた
一方セパはというと、俺の肩に載り膝を抱えながら色の褪せた表情で呟いている。
昨日コイツはレインと一緒にはしゃぎまくったあとすぐに遊び疲れて寝てしまったから、思ったより自動人形体験を満喫できていなかったらしい。
しかもコイツが起きる前にセバス氏がやってきたから、強制的に自動人形から引き抜いて連れてきたしな。
まあこの一件が済めば、思う存分自動人形の姿で遊びまわればいい。
◇
「お嬢様、ブラッド様、お待たせしました」
入口から馬車で五分ほど揺られ、目的地に到着。
馬車を降りたあとはセバス氏に先導され、俺とリタは敷地の一番奥に佇む邸宅へと足を踏み入れた。
内部は想像していたよりも質素だった。
どこも掃除が行き届き清潔ではあるものの、金持ちの邸宅にありがちな美術品の類はほとんど置かれていない。
唯一目を引いたのは、エントランスホールの壁に飾られた美しい女性の絵画くらいなものだ。
あれは……魔族だろうか?
トレスデンならではのインテリアである。
ファビオ氏は、邸宅の二階にある寝室で静かに眠っていた。
「……来たか」
俺たちが部屋に入ると、ベッド脇でファビオ氏を見守っていたダリオ氏がこちらに視線をよこしてきた。
その隣にはローレッタ氏とノスフェラトゥもいる。
ベッド脇にいるのは、ファビオ氏専属の治癒魔術師だろうか。
疲れているのか、あまり人相はよくない。
他に数人、幹部らしき男女がベッドから離れた場所に立っているのが見えた。
「父さん!」
リタがファビオ氏に駆け寄る。
しかし彼はベッドの中で身動きせず、瞳を閉じたままだ。
もっとも、苦しんでいる様子がないのは彼女にとって救いだったかもしれない。
「お嬢様、ファビオ様は今は少し落ち着かれ、眠っておられます」
「……すみません。取り乱しました」
さすがにいつもの軽い口調は鳴りを潜め、リタは少しうつむき気味のまま立ち上がると、ダリオ氏の隣に並んだ。
「さて、あまり時間がない。すまないが、紹介は手短にさせてもらう」
声を張り上げたのはダリオ氏だ。
彼は部屋にいる者たちの顔を見回すと、俺に手を向けた。
「皆にはすでにお伝えしたとおりだが、彼が『解呪』の聖剣を持つブラッド殿、そして肩に載る精霊が『切断のセパ』殿だ」
ダリオ氏の紹介で、皆の視線がこちらに集中する。
「ずいぶんと若いな」
「最近リタ様の護衛を務めていたんですって?」
「肩のアレは人造精霊というやつか。本体は……腰の短剣か? 随分と武骨な造りだな」
「あれで本当に呪詛を
「あのダリオの連れてきた奴だ、どうだかな」
それと同時に幹部らしき連中がヒソヒソ囁き合っているのが聞こえた。
ていうかほぼ聞こえてんぞ。
まあ、こういう視線にさらされるだろうな、とは思っていたからあまり気にはならない。
ダリオ氏も聞こえていないふりをしているのか、何食わぬ顔だ。
それはさておいても、紹介されたからには挨拶しておかないとだな。
「皆さん、お初にお目にかかります。ダリオさんよりご紹介に
「ドモ……ヨロシクオネマス」
セパも俺に倣って肩の上で皆にお辞儀をする。
人見知りが治っていないのか噛み噛みのぎこちない挨拶だ。
一瞬思わずツッコみそうになったが我慢する。
「ほう、あれは挨拶もできるのか。以前見たのは立派な剣だったが、定型文だけしか喋れなかったぞ」
「能力が高い聖剣は知性を宿していると聞くな」
「まあ、可愛らしい精霊さんね」
もっとも、幹部たちの反応はそこまで悪いものではなかったようだ。
というか、意外と聖剣に対する知識があるな。
トレスデンにも誰かが錬成した聖剣が入ってきているのだろうか。
……と、そのときだった。
「ふん、ドラ息子が連れてきたやつに何ができるというのだ」
ひときわ大きな、男の声が部屋の中に響いた。
それと同時に、恰幅の良い中年男が幹部たちをかき分け、ノシノシと前に進み出てくる。
どことなく元上司のザルツを思い起こさせる、底意地悪そうな顔つきの男だった。
突然のことで、部屋が水を打ったかのように静まり返る。
そんな中で、男は蔑んだような表情で俺とセパの本体である聖剣を指さし、せせら笑った。
「こんな若造が聖剣錬成師だと? だいたいなんだそのしょぼくれた短剣は。傭兵どもが使うものと変わらないではないか。私の知る『聖剣』とは、もっと荘厳かつ神聖さに溢れた、美しい剣だったぞ?」
「バルダーノ様、このブラッド様は――」
セバス氏がまずいと思ったのか、慌てて止めに入る。
だが幹部の男――バルダーノ氏は止まらない。
「セバス、お前もダリオ様に担がれているのではないか? コイツはつい先日まで街に繰り出しては女の尻を追いかけ回していた放蕩者だぞ。それが、少し真面目そうに振りをしたから言うことを信じるのか? そこの男と一緒になって何かを企んでいるのかもしれないのだぞ?」
おいおい、この期に及んでイチャモンを付けだすとか……
まさかこの男、この状況を権力闘争の道具にしようとしているのか?
いくらなんでもそれはドン引きだぞ。
一方ダリオ氏も黙ってはいない。
「バルダーノ、貴様……!」
「ひっ!? ぼ、暴力反対!」
「ダリオ様!」
「兄さん、抑えて!」
自分と俺を侮辱されたからか、彼は剣呑な雰囲気でバルダーノ氏に詰め寄ろうとする。
が、間一髪のところでセバス氏とリタが止めに入った。
もっともダリオ氏は本気ではなかったらしい。
「大丈夫だ、リタ。俺は前とは違う。……バルダーノ殿、貴殿は確かにこれまで父上の世話をよくしてくれた。治癒魔術師や神官様を手配したのも貴殿だったな。それは感謝している」
だがそこで、ダリオ氏はギロリとバルダーノ氏を睨みつけた。
「だが、最近は随分と羽振りがいいようだな? それと、彼らに支払う報酬は商会の金だが……相場の百倍以上とは、よほどの腕利きのようだ」
「なっ……!? い、いやっ! それは当然だろう! ファビオ様は大商会の長であるぞ? ならば、国内でも指折りの治癒魔術師に依頼するのは当然で――」
「ほう? そこの男は十年ほど前に魔術師ギルドを除名されているはずだが?」
「………っ!? な、なぜそれを!?」
おいおいなんか始まったぞ。
どうやらバルダーノ氏の子飼いらしき治癒魔術師はモグりだったらしい。
察するに、バルダーノ氏がニセ治癒魔術師と組んで、治療費の名目で商会の金を吸い上げていたのだろう。
「くそっ、ようやくここまで成り上がったんだ……俺を舐めるなよ! こいつの命がどうなっても良いのか?」
おまけにニセ治癒魔術師が顔を引きつらせながら、どこから取り出したのかファビオ氏にナイフを突き付けていた。
その口調も表情も、チンピラのそれである。
当然、室内が騒然となる。
もっとも、治癒魔術師のナイフの持ち方は素人同然だ。
いつも持ち歩いている懐の紙片魔法陣でこっそり聖剣を生み出しヤツに向けて射出すれば、簡単に制圧できるだろう。
やれやれ、ここで荒事に巻き込まれるとは……などと嘆息した、そのときだった。
「うぐっ!? く、苦しい……がはっ!?」
急にニセ治癒術師の顔が紫色に染まり、苦しみだしたのだ。
それから口から泡を吹きながら倒れ込み七転八倒。
その背後には……ノンナ、いやノスフェラトゥが立っていた。
「フン……せっかくあ奴が呪詛を祓う瞬間をこの目で見ることができるというのに邪魔するでないわ、小童め」
どうやらノスフェラトゥは気配を消しながらこっそりとニセ治癒術師の背後に回り、『毒』の状態異常を付与したらしい。
「……今付与した毒は、三日ほど全身が激痛で苛まれるじゃろうが死ぬことはない。もっともそのまま放っておくと耳鼻や性器が腐り落ちるゆえ、早めの対処が賢明じゃぞ。まあ治癒魔術師ならば簡単に治せる毒じゃ」
……ヤツが偽物だと分かったうえでこの仕打ちである。
やっぱいい性格をしているな、コイツは。
「ぐあっ!? い、痛い、離せ!」
一方バルダーノ氏も、すでにセバス氏に拘束されていた。
音もなく鎮圧しているあたり、さすがの仕事ぶりである。
「不届き者どもを連れていけ!」
「はっ」
ダリオ氏が指示すると、セバス氏がバルダーノ氏をどこかへ連行していった。
さらにそのすぐあとに黒服たちが数人部屋に入ってくると、ビクビクと痙攣したままのニセ治癒術師の足を引っ張り、同じようにどこかへと連れ去っていった。
「皆の者、お騒がせしてすまない」
部屋に静けさが戻ると、ダリオ氏が軽く頭を下げた。
それから俺に向き直って、さらに深く頭を下げた。
「あまり時間がない。ブラッド殿……よろしく頼む」
「ああ、任せてくれ。……セパ」
『了解です、ご主人』
言われるまでもない。
俺はファビオ氏の眠るベッドの横に立ち、聖剣セパを鞘から引き抜いた。
すでにセパの姿はない。
彼女は自身の能力を十全に行使するため、実体化を解いている。
「では……失礼」
一言断ってから、俺はファビオ氏の胸にセパの刃を突き立てた。
ビクン、とファビオ氏の身体が一瞬だけ震える。
「オーケー、ご主人。間違いなく呪詛を断ち切った感覚があります」
「ご苦労だった、セパ」
彼女の報告を受け、俺はゆっくりと聖剣を引き抜いた。
もちろんその刃には血の一滴も付着していない。
「胸を刺したのに、血が付いていない……?」
「なんと……確かにあれは聖剣だ」
「美しい……」
背後で誰かの息を呑む気配がした。
ファビオ氏の目がゆっくりと開いたのは、それとほとんど同時だった。