パワハラギルマスをぶん殴ってブラック聖剣ギルドをクビになったので、辺境で聖剣工房を開くことにした 作:だいたいねむい
「…………はい?」
ファビオ氏が突然言い放った言葉に思考が停止する。
リタと結婚?
どうなったらそうなるんだ?
「君がリタの護衛を引き受けたことは、セバスから報告を受けて知っている。ならば、しっかりと婚姻の儀を進めていくべきだろう。もちろんすぐにとは言わないが、段取りというものがある」
最初は場を和ませるジョークか何かかと思ったが、ファビオ氏の目はマジだった。
「ちょっと待ってください。なぜそういう話になるんですか」
そもそもリタはただの元職場の同僚というか後輩であって、恋愛がどうのとか、そういう段階ですらない。
話が飛躍しているにもほどがある。
どうやらファビオ氏は何か勘違いしているようだ。
だが……
そう思っているのは俺だけだったようだ。
「ふむ、彼がリタお嬢様の護衛を……」
「ファビオ様のお命を救われたのだ、ネメシオ家に迎え入れるに相応しいだろう」
「ふふ……いい男じゃないの」
なんか周囲の幹部たちも妙に生暖かい視線を俺に向けてくるんだが?
「うむ、ブラッド殿ならば何も心配はないな!」
「で、ありますな」
部屋の隅では、ダリオ氏といつの間にか戻っていたセバス氏が感慨にふけったような顔で頷き合っている。
クソ、あんたらもかよ……!
そしてノスフェラトゥはというと、ニヤニヤといやらしい顔でこちらの様子を眺めているだけだ。
「ククク……あの『邪神狩り』が右往左往しておるわ。愉快愉快」
このクソ魔族め!
もちろん助けなんぞ求めるつもりは一欠片たりともないが……あとで覚えてろよ。
だがそうなると、あとはもう一方の当事者であるリタに問いただす以外に手はない。
と思ったのだが。
「…………」
なんで真っ赤な顔で俯いたままなのかな? この後輩は。
『くふふ、これは人造精霊の私でも手に取るように分かりますよ。……ご主人、モテモテですねぇ』
『お前は黙ってろ』
セパの茶化したセリフはさておいても、リタがどういう気持ちなのかが分からないほど、俺も鈍感ではない。
だが、なぜだ?
まあ、待て。
まだ慌てる時間じゃない。
少し状況を整理しよう。
そもそもリタは元職場での後輩だ。もともと気が合うところはあった。仕事の飲み込みも早かったのでいろいろと教える機会が多かった。あとは、聖剣に対する考え方もよく似ていたのも確かだ。それに仕事が終わった後に街に繰り出して夕食を食べたり、休日には素材を探しに一緒に市場に出かけたりしたことも多々あった。それにリタがザルツに絡まれたときにそれとなくフォローを入れてやったことは一度や二度ではない。
…………。
この街で再会したあとは……暴漢に襲われている所を助けたり(そもそも暴漢ボコってたのはリタだが)、権力のありそうな悪者(悪者ではなかったが)から彼女を助けてみたり、彼女の歩むべき道へと背中を押してみたりもしたかもしれない。
おかしい。
なぜか思い当たる節しかない。
いやいや待て待て。
まだ慌てる時間じゃない。
「…………」
そもそも、である。
仮にそうだとしても、男女のあれこれを全部をすっ飛ばしていきなり結婚話が持ち上がると言うのは、さすがに飛躍しすぎというものだ。
いくら国が違っても……こういうのは……いや、王国貴族とかだと幼いころから許嫁がいたりするし……この状況も……意外と普通なような……
いやいやいやいや!
ダメだ! 考えれば考えるほど混乱してくる!
「ちょっと失礼……! リタ、来い!」
「先輩!?」
急いで彼女の腕を掴み、いったん部屋の外へ連れ出す。
俺とリタ以外誰もいない廊下で二、三度深呼吸をすると、ようやく頭に冷静さが戻ってきた。
そこで彼女に問いただす。
「おいリタ、これはどういうことだ。いきなり結婚話が持ちあがるのはいくらなんでもおかしいだろ」
「…………」
しかし彼女は顔を真っ赤にして俯いたままだ。
「リタ?」
「…………なんス」
「……なんだって?」
小声で呟く彼女の声がよく聞こえず、俺は彼女の口元まで耳を寄せる。
「ぴゃっ!? だだだ、大丈夫ッス! ちゃんと話すッス!」
「むぐっ!?」
するとなぜかリタは慌てたように両手で俺の顔をむぎゅっと押しのけると、真っ赤な顔のまま、しかし消え入りそうな声で先を続けた。
「……この国では、男性が女性の『護衛』を務めるってのは特別な意味を持つッス」
「それはつまり、どういう意味だ?」
「この国の昔話っていうか……とある故事にちなんだジンクスっていうか……要するに男性が女性の『護衛』するのは、その……男女の……仲になったことを意味するッス。もし今はなくても、少なくともお互いそういう合意があるものとみなされるッス」
「なんだと……」
恥ずかしいのか、ほとんど涙目で衝撃的な事実を打ち明けてくるリタ。
……マジかよ。
というか依頼を持ちかけてきたのってセバス氏だよな?
博識そうな彼が、そんな故事を知らずに俺に依頼をするわけがない。
たしかに切羽詰まった状況だったとはいえ、じゃあリタの気持ちはどうなるんだ……と考えてやめた。
だったら最初に言うよな。コイツの性格なら。
だが、彼女はそうしなかった。
それは、つまり――
「……先輩」
と、そのときだった。
リタが俺の袖をキュッと摘まみ、涙が湛えられた瞳で俺をじっと見つめて……言った。
「先輩は、あたしがお嫁さんじゃ……嫌ッスか?」
こういうとき、俺はどんな顔で、どんな態度で彼女に接すればいいのだろう。
まったく分からなかった。
もちろん、リタのことは嫌いじゃない。
むしろ好きだ。それは間違いない。
だが、その『好き』が恋愛感情なのかと問われれば……それは即答できない。
間違いなく、俺の中では彼女は後輩であり、妹分ではあるのだが。
「俺は…………うおっ?」
かなり悩んだあげく、自分の考えを口にしようとしたところで……リタの手が伸びてきてトン、と俺の胸を押した。
それは意外なほど力強く、油断していた俺は半歩ほどよろめいてしまう。
「おい、何をするんだ」
「ニシシ……! 冗談ッスよ、先輩」
気が付けば、リタはさきほどとは打って変わって満面の笑みを浮かべていた。
さながらドッキリ成功、みたいな顔である。
「この国に、そういう故事があるのは確かッス。でも、それはあたしたちの親の世代までの話ッスよ。時代遅れの迷信ってやつッス。だからまあ、父さんや幹部の皆さんはあんな感じッスけど……先輩やあたしが気にする話じゃないッスよ」
「お前な……だったら――」
最初から説明しろよ……と文句が喉の元まで出かかったところで、言葉を飲み込んだ。
彼女の満面の笑みが、なぜか泣き顔にしか見えなかったからだ。
「とにかく、あたしと先輩が何でもないことはあたしから父さんたちに説明するッス」
「…………分かった」
その後のリタの様子はいたって普通だった。
それどころか今までで一番明るく活発な様子を見せ、ファビオ氏には事の経緯に加え俺の護衛任務が切羽詰まった状況で続けられたことや、数日でその必要がなくなったことを淀みなく説明したのだった。
ほとんど祝賀ムードだったファビオ氏や幹部たちは彼女の説明を聞いてとても残念がっていたが、最終的には納得した様子だった。
もっとも、「ならば商会で資本を出すからケルツで聖剣工房を開かないか」と食い下がられたのには少々戸惑ったが。
まあ、丁重にお断りさせていただいた。
俺の工房はオルディスだけで十分だからな。
……そんなこんなで、あらかたトレスデンでの用事が片付き――ついに帰国する日がやってきた。