パワハラギルマスをぶん殴ってブラック聖剣ギルドをクビになったので、辺境で聖剣工房を開くことにした 作:だいたいねむい
「マリアどの! わたしもお料理を作ってみたいです!」
カミラがブラッドを追ってトレスデン共和国へと向かった、その数日後のことだった。
マリアがキッチンで昼食の準備をしていると、朝のお使いから返ってきたステラがそんなことを言い出したのだ。
「急にどうしたのですか、ステラ様。もしかして、私の作る料理の味に飽きてしまわれたのですか?」
マリアは
人間の食事を同じように体内に取り込むことはできるが、あくまで魔力源としてである。
毒や悪くなった食物を識別できるように、味や臭い、それに風味などを感じることはできる。
しかし、食事に『飽きる』という曖昧な概念は持ち合わせていなかった。
(そういえば最近、同じ店で買ってきたパンを毎食お出ししていましたね)
「いえ!」
だがステラは首をブンブンと振ってそれを否定する。
「いつもマリアどのが作ってくれるお料理はいつもすごくおいしいのです! しかし……ですからこそ、わたしも作ってみたいと思ったのであります」
元気よく耳と尻尾をピンと立て、目を輝かせながらそんな言ってくる。
そこでマリアは気づく。
最近彼女は近所で友達ができたのか、仕事のない時間にしょっちゅう外出するようになった。
食卓でも、たまに話題に出る。
ブラッド家の聖剣たちとは違う、ごく
確か、彼女と同じ獣人族の女の子だったか。
「もしかして、お友達にお料理を振舞いたくなったのですか? それでまずは練習を、と」
「もちろんそれもあるのですが……」
へにゃっ、と尻尾が垂れ下がる。
どうやら図星とまではいかないようだ。
ステラが続ける。
「日ごろ……マリアどのにはたくさんお世話になっておりますので。今日……今日こそは、お礼をしたく思いまして!」
「それは、ありがとうございます」
そうは言ったものの、特段何かを感じたわけではない。
マリアが、ステラの身の回りのお世話をするのは当然のことだからだ。
それはご主人様の意思でもあるし、誰かに奉仕することそのものがマリアの存在意義でもある。
ただ、今のステラの様子に感じ入るものがないといえば、嘘になる。
というか、勢いに負けた。
だからマリアは、彼女のしたいようにさせることにした。
「でしたら、まずは買い物からですね。ちょうど夕飯の食材を切らしていたところですので」
「はいっ! 今日は獣人族に伝わる秘伝の料理をごちそうするのです!」
それは興味深い。
料理のレパートリーは、いくらあっても多すぎるということはない。
「ステラ様、それは一体どのような料理なのでしょうか」
「それは……『さぷらいず』、です!」
「ステラ様。自ら『さぷらいず』と言ってしまっては、サプライズになりませんよ」
「はっ!? そうでした!」
そんなやり取りのあとに、二人で市場に繰り出したのだが……
◇
「さあマリアどの、れっつぱーりーなのです!」
場所はいつものダイニングではなく、家の奥にある小さな庭。
にぱーっ、と満面の笑みを浮かべ、ステラが目の前にずらりと並ぶその『料理』を披露してくれる。
夕暮れ時の空の下、庭の真ん中にあるのは即席のかまどだ。
すでに火は
その横には、庭の隅に折りたたまれて放置されていた簡易テーブルがしっかりと組み立てられ、その上にはステラの言う『料理』が載っていた。
この簡易テーブルは、ご主人様が街の家具店で「デザインが気に入ったんだ」と買ってきたものの、日中は地下にこもっているせいで結局一度も使われずに放置されていたものだ。
即席かまども、庭の隅に積んであったレンガを組んで作ったものである。
ステラは以前ダンジョンで片腕を失い義手を付けているが、力仕事もまったく問題なくこなせているようだ。
(まあ、ご主人様とブラッド様の共作ですからね)
なぜかマリアは誇らしい気持ちになった。
それはさておき、問題は料理の内容だ。
「…………」
マリアは目を凝らしてその料理を見た。
夕闇迫る裏庭は、軒先に吊るされた魔導カンテラの明かりだけなので薄暗い。
だが、暗視能力を備えた彼女の視界は昼間のように明瞭だ。
こと色味の識別においては、この程度の薄闇は何の障害にもならない。
ご主人様が出かける前、万が一のことがあってはいけないとのことで全身をしっかり
だが、いくら見ても目の前に並ぶ皿の数々は赤一色で統一されていた。
そう、肉である。
しかも生肉。
一つ一つがかなりの大きさで、中には骨が付いたままのものもある。
もちろん視界の端に野菜らしき色も見えなくないが、ごくごく一部だ。
確かに、買い込んだ肉の量はこれまでの数倍はあったが……まさかそれが全部ここでつぎ込まれているとは夢にも思わなかった。
もっとも、どんな料理かは察することができた。
どうやらこの『料理』はかまどの上に置かれた鉄製の網で焼いて食べるスタイルのようだ。
よくよく見てみれば、ステラの準備した肉はすべて下処理をしっかりと施してある。
硬い筋の部分はしっかりと切除されており、
表面には細かく
市場から戻ってきた後に『さぷらいずですので!』とキッチンを追い出されてしまったが、きちんと『調理』はしていたらしい。
「ステラ様、この料理はなんというのですか?」
「とくに名はないのです!」
「ないのですか……」
「ですが、何かおめでたいことがあったときは、ちちうえとははうえがよく作ってくれたのです!」
「なるほど、そうだったのですね」
しかし、とマリアは思う。
今日は何かめでたい日なのだろうか。
特段、いつもと変わらないはずだが。
「申し訳ございません、ステラ様。今日はなにか特別な日でしたでしょうか? 私の記憶では、今日はご主人様がトレスデンに
「カミラどのから、今日はマリアどのが創られた日だと聞いております。マリアどの、お誕生日おめでとうございます、なのです!」
「あっ……」
そういえば。
身体のメンテナンスは、マリアが創られてからちょうど一年ごとに行っている。
そしてその一年の節目が今日だったのを、彼女は今さら思い出した。
(そういえば、ご主人様の遠出で三日前に前倒しになっていましたね……)
それにしてもまさかステラが、自分の創られた日を覚えてくれていたとは。
その事実が、不思議なほど彼女の胸を温かくさせる。
「ありがとうございます、ステラ様」
こういう時に浮かべるべき表情は……とそこまで考えたところで、マリアはステラに分からないように小さく首を振った。
別に、どのような表情でもいいのだ。
それが自分の奥底から湧き出た感情を反映しているのならば。
「では、さっそくいただきましょうか。ステラ様のお料理、楽しみにしておりますよ」
「はい、ぜひとも!」
……その後。
肉の焼ける匂いに釣られた近隣の住民たちがワラワラと集まり、挙句には各々酒を持ち込み飲めや歌えやの大騒ぎに発展してしまい、その場の全員が駆けつけてきた衛兵にこってり絞られたのはまた別の話である。