パワハラギルマスをぶん殴ってブラック聖剣ギルドをクビになったので、辺境で聖剣工房を開くことにした   作:だいたいねむい

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第154話 『久々の日常 下』

「ブラッド、これはどうかな。いい食材だと思うのだが。香りもいいし」

 

 街の商業区のとある通り。

 

 その店先に積んであった果物の山からカミラが取り上げたのは、拳大ほどの鮮やかな赤色をした果実だ。

 

 甘そうで、実際甘い香りが漂っている。

 

 食後のデザートにはちょうど良さそうではある。

 

 見た目だけは。

 

「カミラ」

 

「なんだい、ブラッド」

 

 弾むような声色で返事をするカミラ。

 

 確かにかなり久しぶりの、本当の意味での二人きりの買い物だ。

 

 彼女の機嫌がいいのも頷ける。

 

 だが俺は心を鬼にして言わねばならなかった。

 

 

「カミラ。その魔術用素材(・・・・・)をいったん棚に戻そうか?」

 

 

 そう。

 

 何を隠そう、俺たちがやってきたのは……というかカミラと話しながら歩いていたら気づけば素材屋街に迷い込んでいた。

 

 食材市場は、ここから二ブロックほど離れた場所だ。

 

 速やかに戻らねば。

 

 しかしカミラは引き下がらない。

 

「ブラッド、君なら分かってくれるはずだ! 確かにこの『赫洋梨《レッド・ペア》』は耐火付与系の素材だよ。けれども、ジャムにして食用に供する地域もあるし、食べたらわずかにではあるけども耐暑性を獲得することができるのだよ」

 

「お前はステラを無敵の超人にでもしたいのか?」

 

 俺は軽い頭痛を覚え、ぐりぐりとこめかみを揉みほぐす。

 

 実際、カミラの選ぶ『素材』は、別の地域や国では食材としても流通しているものばかりだ。

 

 毎日の食卓に上がったとしても、健康に害を及ぼすことはないだろう。

 

「あの子の生い立ちを考えれば、なるべく丈夫に育って欲しいと願うのは保護者として当然だろう?」

 

「その気持ち自体は否定しないけどな……」

 

 とはいえ、である。

 

 本人の気持ちを無視して一方的に与えるようなシロモノではないことは確かだ。

 

 つーか、この手の素材って結構高いんだぞ。

 

 『赫洋梨』なんて、ただでさえ高価な生鮮果物のさらに十倍以上はするからな。

 

「とにかく、今日は皆で食べるための食材を買いに来たんだろ。美味いものが揃っているのは食材市場の方だ。早く戻ろう」

 

「む……仕方ない。今日のところは我慢しようじゃないか」

 

「今後はちゃんとステラの希望も聞いておけよ?」

 

 

 

 ◇

 

 

 

「らっしゃっせー」

 

「ウチは今から青果と生鮮食品は全部三割引き、早い者勝ちだよ!」 

 

「ちょっとそこの奥さん、旦那さん! ウチの品を見てってよ! ここにあるのは今朝仕入れたばかりの羊肉だよ!」

 

「そこの冒険者のお兄さんとお姉さん! 小腹減ってないかい? 炒り飯

ならすぐに用意できるよ!」

 

 食材市場はちょうど夕市の時間で、かなりの活況を呈していた。

 

 通りに軒を並べた店や屋台のあちこちから、威勢の良い呼び込みが聞こえてくる。

 

 肉屋や青果店だけでなく食べ物屋台が開いているのは、周辺のダンジョンから戻ってきた冒険者たちを当て込んでいるからだ。

 

 実際、通りには武器を携えたまま練り歩くグループが散見される。

 

 もちろん俺もたまに利用することがある。

 

 ちょうど三軒先の串焼き屋は肉屋が経営していてかなり美味い。

 

 セパとレインのお気に入りだ。

 

「ふふ……ブラッド、聞いたかい? あそこの肉屋の親父さん、私たちのことを夫婦と勘違いしているみたいだよ。ふふふ……!」

 

 ニマニマと口元を緩めながら、俺の隣を歩くカミラ。

 

 素材街からここまで彼女を引っ張ってきたときはブーブー文句を言われたが、こうしてやってきてしまえば存外楽しそうな様子だ。

 

 内心ホッと息をつきながらも、本日のミッション達成のため食材リストを懐から引っ張り出す。

 

「ええと、骨付き仔羊(ラム)肉、豚の腸詰(ソーセージ)に鶏一羽。スープの具材として根菜と芋も必要か。カミラ、魔導鞄(マジック・バッグ)は持ってきているか?」

 

「しまった、忘れた……」

 

「おいおい……まあ、俺もだけどさ」

 

 服の中に仕込んだ魔法陣は常備しているが、普通に外食するつもりだったので冒険用装備は自宅に置いてきてしまった。

 

「……仕方ない。二人いればなんとかなるだろ。食材は両手で持てるようにうまく包んでもらうようにして……っと」

 

 と、考えながら歩いていたら肩にトン、と軽い衝撃を覚えた。

 

 すれ違いざま、誰かと軽く接触したようだ。

 

 人でごった返す市場では、このようなことは珍しくない。

 

 ただ、その相手が狼獣人だったのは初めてだった。

 

 背丈は俺の胸ほどで小柄だが、相手は冒険者か傭兵らしく腰に剣を帯びている。

 

 物腰からして……それなりにやる(・・)奴だ。

 

「…………悪い、よそ見をしていた」

 

 一瞬剣呑なことになるかと思い、そう言いつつも反射的にカミラをかばう位置に立ったが……それを見て、狼獣人は肩を竦めただけだった。

 

「別に絡むつもりはねぇよ。俺らみてぇなのには、この辺りは匂いが強くてな。つい気を取られちまったんだ。兄ちゃん、怪我はないか?」

 

「大丈夫だ。そっちは?」

 

「こちとら自前の毛皮(・・・・・)を着こんでるからな! 気にするまでもねぇよ。ま、俺もせいぜい気を付けて歩くわ。じゃあな」

 

「ああ、じゃあな」

 

 それだけ言うと、狼獣人の冒険者はヒラヒラと手を振ってから人混みの中に消えていった。

 

 それを確認してから、心の中でふぅ、と息を吐く。

 

 男性の獣人は女性と違って頭部が獣そのものだ。

 

 だから表情が読みにくい。

 

 どうしても、さっきみたいなことがあると身構えざるをえない。

 

「ブラッド、どうしたんだい?」

 

「いや、さっき通行人と肩がぶつかっただけだ。この混雑だからな、たまにあることだ」

 

「ふむ。君ももしかして浮かれていたんじゃないか?」

 

「……そうかもな」

 

 それは否定できなかった。

 

 もう少し、気を付けて歩くことにしよう。

 

 

 というか、今日は妙に獣人濃度が高いが何かあったのだろうか。

 

 先ほどの狼獣人だけでなく、屋台に前にたむろっている連中も獣人が多い。

 

 オルディスも王国では辺境に位置することもあり王都と比べ獣人比率の高い都市だが、それにしても今日はやたら多い気がする。

 

 外から冒険者が遠征とかで滞在しているのだろうか?

 

 そんなことを考えつつも食材を揃え、そろそろ帰宅しようとしていた時だった。

 

 

「あぁーーっ!」

 

 

 今度は女性の声が聞こえてきた。

 

 人でごった返す通りなのにしっかりと耳に入ってきたのは、ほとんど叫び声だったからだ。

 

 反射的に、その方向に目を向けた。

 

 少し先の屋台の前に、彼女はいた。

 

 オルディスではあまり見かけない、高貴そうなブルーブロンドの髪。

 

 清楚そうな、整った顔立ち。

 

 身にまとったローブは長旅か何かで汚れているが、仕立て自体はかなり良いものだ。

 

 背丈はカミラより少し高いくらいだろうか。

 

 ……年齢は多分、18くらいなはず(・・)だ。

 

 彼女は串焼きを口いっぱいに頬張りながらも……射殺すような強烈な視線を、俺に向けていたのだ。

 

「ブラッド、今度はどうしたんだい?」

 

「……なんでこんなところにいるんだ」

 

「なんだって?」

 

 カミラが怪訝そうな声を上げる。

 

 だが俺は、青髪の少女から目が離せなかった。

 

 そんなはずはない。

 

「ちょっとアンタ! そこの背の高いアンタよ!」

 

 少女がものすごい勢いで串焼きを咀嚼し飲み込んだあと、大声で叫び出した。

 

 あまりの剣幕に、一瞬、通りが静まり返る。

 

 ありえん。

 

 王国最高峰の聖剣錬成師と謳われた才媛……リリア・ワーズに、こんな辺境都市で出くわすわけがない。

 

 多分人違いだろ。

 

 そう思ったのだが甘かった。

 

 無情にも彼女は俺の元までツカツカとやってきて、ビシッ! 食べ終えた串をビシッ! と突き付けたのだ。

 

「まさか、アンタだったなんて……聖剣錬成師ブラッド・オスロー! アンタだけは絶対に許さないんだから!」

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