パワハラギルマスをぶん殴ってブラック聖剣ギルドをクビになったので、辺境で聖剣工房を開くことにした   作:だいたいねむい

155 / 241
第155話 『いつも通りの……非日常 上』

「……ブラッド。この女は誰だい?」

 

「待てカミラ。俺も何のことだかさっぱり分からん」

 

 瞳の色が消えたカミラほど恐ろしいものはないが、俺だって何が起きているのか分からない。

 

 ただ、誰かは分かる。

 

「彼女の名はリリア・ワーズ。しばらくオルディスにいたお前は知らないかもしれないが……今、王都で最も有名な聖剣錬成師の一人だ」

 

 カミラに小声でそっと囁く。

 

 そしてリリア嬢はただの有名人じゃない。

 

 俺みたいなぽっと出とは違い彼女は代々続く聖剣錬成師の家系で、しかもそのワーズ家は代々の王が即位したさいに聖剣を献上することになっている、いわゆる御用聖剣工房である。

 

 もちろん家柄だけでなく、彼女自身もとんでもない才能の持ち主だった。

 

 あれは俺がまだ王都に住んでいた頃だったか……二年ほど前に王都一の聖剣錬成師決めるコンテストが開催されたことがあったのだが、そのコンテストでリリア嬢は並みいる有名聖剣錬成師を退け優勝し、その際に錬成した聖剣はコンテストを主催する第一王子の目に留まり、その場で召し上げられたそうだ。

 

 その時の彼女は、若干16歳。

 

 王国始まって以来の才媛とまで言われるほどの腕前を持つ彼女は、その輝かしい実績を引っ提げ、そのままワーズ家が経営する聖剣工房の主となった。

 

 伝聞なのは、ちょうどその頃はザルツの野郎が聖剣工房の主になってすぐで、俺はヤツのパワハラと超ブラック労働に耐え忍びつつ仕事に励んでいたからだ。

 

 もちろんコンテストになんて出る余裕も暇も機会もなく、リリア嬢の活躍も工房のどこかに落ちていた聖剣ギルド発行の広報誌の見出しで知った程度だった。

 

 そんなわけで、俺も目の前のリリア嬢の顔と名前くらいは知っている。

 

 だが彼女が俺の顔や名前を知っているわけがない。

 

 ましてや彼女に「絶対許さない!」などと言い放たれるほどの因縁なんぞ、断じて存在しない……はずだ。

 

 そんなことをカミラに説明してやる。

 

「ふむ……嘘は吐いていないようだね」

 

 いまだ疑念のこもった目つきではあったが、一応彼女は納得したようだ。

 

 小さなため息とともに軽く頷いてみせる。

 

 と、リリア嬢がタイミングを見計らったかのように、ずずい、と俺の前に出た。

 

「一応確認するわ。アンタ……間違いなくザルツ聖剣工房のブラッド・オスローね?」

 

「ああ、確かにそのブラッドだ。……今は『元』だが」

 

 彼女がそのへんの冒険者ならば相手にしないという選択肢もあったのだが、さすがに業界随一の有名人とくれば無視するわけにもいかない。

 

 家柄的にも貴族並みの権力があるはずだしな。

 

「ふぅん……」

 

 リリア嬢はなぜか恨めしそうな様子で俺たちを舐め回すようにジロジロと眺めている。

 

「それにしても、あんなことをしたうえでこんな辺境都市に高飛びしたあげく彼女とイチャイチャデート? ……ずいぶんと羨ま……いいご身分じゃないの」

 

 高飛び? 一体なんの話だ。

 

 イチャイチャデートについては別に間違っていないが。

 

「ブラッド、もしかしてこの娘……」

 

「分かってる。ここは俺に任せてくれないか」

 

 さすがに何かのすれ違いではないかと察したカミラが耳打ちしてくるが、それくらい俺にだって分かっている。

 

 おそらくだが、俺をクビにしたあとにザルツの奴があることないこと吹き込んだのだろう。

 

 ただ、今のリリア嬢は完全に頭に血が上っているように見える。

 

 きちんと俺が説明して理解してくれるのか怪しい。

 

 こういうときは、一度すべて吐き出させてしまった方が結果的に話が早いことがある。

 

 というわけで、ひとまず流れに身を任せることにした。

 

「すまんが、なんのことだかさっぱり分からん。少なくとも俺は、あんたと初対面のはずだ。憤っている理由を教えてくれないか」

 

「……この期に及んでしらばっくれるなんて、図太い神経しているわね? まぁいいわ。アンタがそれなりの腕ききだってのは認めるけど、まずはその減らず口を叩き直すのが先決よ」

 

「ええ……」

 

 ダメだこの女、完全に脳筋タイプだ。

 

 なんかもう腕まくりとかしているし、話を聞く聞かない以前に完全に肉体言語でコミュニケーションを図る気満々じゃねーか。

 

 たしかに聖剣錬成師も職人の端くれなので、男女の別なくこういうタイプは少なくないが……リリア嬢、猪の生まれ変わりか何かか?

 

「面倒くさい子だね。君が出るまでもない、私が分からせて(・・・・・)あげようじゃないか」

 

「おいやめろお前が出たら死人が出る」

 

 据わりきった目で一歩前に出るカミラを押しとどめる。

 

 というかここで、ブチギレモードのカミラが精霊魔術を行使したら市場が跡形なく吹っ飛ぶ。

 

「なっ……! いい度胸じゃない、そこの女! やったろうじゃないの!」

 

「おいあんたもやめろ」

 

 はあ……いよいよ収拾がつかなくなってきたぞ。

 

 さすがに俺も覚悟を決めるしかないか。

 

「分かった、リリアさん。あんたが俺とケンカをしたいってのなら買ってやる。だが、こっちが勝ったら俺の話を聞いてくれ」

 

「上等! ならば私がアンタをぶちのめしたあとは、何でも言うことを聞きなさい」

 

「いいだろう」

 

「言質は取ったからね? 一流の聖剣錬成師が、ただの職人と思ったら大間違いよ。アンタには、今ここでそれを『分からせて』やるわ!」

 

 言いながら、彼女はバッ! と自分のマントをひるがえす。

 

「おぉ……!」

 

 ひらめくマントの内側。

 

 彼女の腰には、湾刀(サーベル)が二本差さっていた。

 

 そのうちの一本をスラリと抜き放つ。

 

 あれは聖剣だ。

 

 随所に複雑な意匠が施され、刃にうっすらと紋様が浮かび出ているから普通の剣と判別できる。

 

 俺の目指す聖剣の在り方とはまた違うが、それでも彼女の聖剣は美しかった。

 

 もちろん、ただ華美なだけではない。

 

 サーベルの刃は鋭く砥がれ、斬り結んでも指にダメージが行かないよう護拳(ガード)(※)には耐斬撃の魔術が施されているように見える。

 

 あれは儀礼用ではなく完全に実戦に耐えうる剣だ。

 

 ちなみにマントをひるがえした意味は多分ない。

 

 あれは威嚇だろう。多分。

 

 

「おい、決闘だ!」

 

「おい、こんなところでケンカしてんじゃねーぞ!」

 

「衛兵だ、衛兵を呼べ!」

 

 

 当然、市場で剣を抜けば辺りは騒然となる。

 

 あっという間に俺たちの周囲から通行人が引き、遠巻きに見守るように囲いができた。

 

 大勢の人でごった返しているわりに混乱が少ないのは、ここが冒険者の多いダンジョン都市で、住民が荒事に慣れ切っているからだろう。

 

「アンタも剣が必要でしょう。これを使うといいわ」

 

 言って、リリア嬢がマントからもう一本のサーベル引き抜いて投げ寄越してきた。

 

 俺の足元にサクッ、とサーベルが突き刺さる。

 

「剣を取りなさい、ブラッド・オスロー」

 

 ちなみにこの状況は、衛兵による解決があまり期待できない。

 

 王国では、『一方が決闘を宣言してもう一方がこれを受けた場合、決着がつくまで手出し無用』という法律があるからだ。

 

 もちろん決闘を提案された側が拒否することは可能だが、さすがにこの状況でそれは難しいだろう。

 

 何しろ観衆の真っただ中で、か弱い(ように見える)女性を相手に降伏の意思を示すことになるわけだからな。

 

 この状況を狙って作り出したようには思えないが、そうなってしまった以上は俺もやるしかない。

 

「いいだろう」

 

 言って、俺はサーベルを手に取った。

 

 そのまま何度か振ってみる。

 

 うむ。

 

 軽くて丈夫、斬っても突いても威力を発揮できるよう、重心の位置も綿密に計算されている。

 

 聖剣の本質である人造精霊は宿していないようだが……そうでなくても、この剣が超一級品であることに疑いはなかった。

 

「いい剣だな。惚れ惚れする」

 

「ふん……アンタ、なかなか分かっているじゃない」

 

 俺が心の奥底から言葉を発したのを察したのか、一瞬、リリアが嬉しそうに口角を上げる。

 

 だがすぐにハッとしたように険しい顔に戻り、言い放った。

 

「決闘に聖剣の力を使うつもりはないわ。でも、それ以上に手心を加えるつもりはないわ。私は正々堂々アンタをぶちのめして、言うことを聞かせるだけよ」

 

「まあ、お手柔らかに頼むぜ」

 

「審判は私が執り行おう」

 

 言って、カミラが俺たちの前に進み出た。

 

「……いいでしょう。私の護衛を呼んでもいいのだけど、そのくらいはアンタたちに花を持たせてあげる」

 

「別に忖度なんてするつもりはないよ」

 

 一瞬、カミラが心外そうに片眉を跳ね上げるが、すぐに真面目な顔つきに戻った。

 

「決闘のルールは、一般的な様式で行う。市場の広さを考慮して、離れる距離は十歩ずつ。得物はサーベルのみ、飛び道具と魔術は使用不可。いいね?」

 

「ああ」

 

「いいわ」

 

「それでは両者、背中を合わせて」

 

 カミラの指示で俺とリリア嬢は背中合わせになった。

 

「一つだけ教えてあげる」

 

 その状態で、リリア嬢が話しかけてきた。

 

 不敵な笑みを、声色に宿しながら。

 

「私の剣の師匠は、あの『勇者』アステル様よ。アンタの腕っぷしがどれほど強かろうと、この勝負に勝ち目はないわ。私をただの女と侮り決闘を受けた時点で、アンタの負けは決まっているってわけ」

 

「そ、そうか。……それは怖いな」

 

 なんだ、リリア嬢はアステル氏……つまりアリスの弟子だったのか。

 

 アイツもなんだかんだで王国の最終兵器みたいな人物だからな。

 

 剣を誰かに教えることはあるだろう。

 

 

 だが……残念だな、リリア嬢。

 

 そいつに剣を教えたのは、俺だ。

 

 要するに彼女が初手で何をしてくるか、手に取るように分かる。

 

 

 それはつまり、『先手必勝』だ。

 

 

「三、二……はじめ!」

 

 

 俺たちは歩を進め、カミラが鋭く決闘開始を宣する。

 

「せあっ……!」

 

 それと同時にリリア嬢が一気に距離を詰め――

 

 

「すまんな、その剣筋はよぉく知っていてな」

 

 

 彼女の刺突を紙一重で躱し、逆に俺の剣を彼女の首元にヒタリと這わせる。

 

 もちろん傷ひとつ付けていないが、このまま力を込めて押し斬れば彼女の首は市場の地面にゴロリと落ちることだろう。

 

 勝負ありだ。

 

「……………え?」

 

 首筋に当たった俺の剣に視線を落とし、リリア嬢が呆けた声を上げた。

 

「勝者、ブラッド!」

 

 カミラが俺の勝利を誇らしげに宣言した。




※ 護拳……いわゆるナックルガード。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。