パワハラギルマスをぶん殴ってブラック聖剣ギルドをクビになったので、辺境で聖剣工房を開くことにした   作:だいたいねむい

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第165話 『死者の聖剣 下』

 聖剣錬成は基本的に一人で行う。

 

 魔法陣内部を流れる魔力を適切に制御しながら、素材の投入タイミングを五感を総動員して見極めることが必要だからだ。

 

 特に人造精霊――今回は人間の魂だが――を錬成後の聖剣にうまく宿すことができるタイミングは限られたごく短い時間のみで、早すぎても遅すぎてもいけない。

 

 だが今回は術式の規模や工程の複雑さから、どうしてもリリア嬢と俺で役割分担を行いつつ錬成を進めてゆく必要があった。

 

 そのため事前の打ち合わせを何度も行い、錬成の手順とタイミングをかなり細い箇所までしっかりと詰めてある。

 

 準備は万端だ。

 

「もう一度確認しておくわ。私は魔術の起動、素材の投入、最後の御霊の憑依までを行う。ブラッド、アンタの役割は魔法陣への魔力供給と術式制御。カミラさんは万が一術式が暴走したときに被害を抑えるための魔力障壁展開。ステラちゃんは……危険だから、もう少し離れた場所で見学すること。いいわね?」

 

「はい、です!」

 

 ステラの元気な返事が工房内に響き、カミラとリリア嬢が相好を崩す。

 

 きっと俺も似たような表情をしていることだろう。

 

 彼女の役目は素材を定位置に置くなどの事前準備であり、それらはすでに完了している。

 

 このあとは特に出番もないので上の階でセパとレインと遊んでもらっていても構わないのだが、今回は彼女の希望もあり錬成工程を見学する運びとなった。

 

 まあ、ステラは賢い子なので邪魔にはならないだろう。

 

「それじゃ、始めるわよ」

 

「了解。指示どおりにやるから安心して進めてくれ」

 

「信頼してるわ」

 

 リリア嬢はそう言って頷いたあと、真剣な顔つきになった。

 

 ここからは一瞬たりとも気が抜けない。

 

 俺も心してかかる必要がある。

 

「……魔法陣、起動。魔力循環……正常。ブラッド、規定の流量になるまであとどのくらい?」

 

「十秒くらいだな」

 

「了解。規定流量に達したら素材の投入を始めるわ」

 

「了解」

 

 言葉を交わしているうちに、魔力が安定してきた。

 

 飽和した魔力が魔法陣から析出し、ほの碧い光の粒子となって周囲を漂う。

 

 ……よし、頃合いだな。

 

「力場形成、確認よし。念のためひとつ端材を投入してみてくれ」

 

「了解……うん、問題ないわ」

 

 リリアが確認用のレンガほどの大きさの木片を魔法陣に投入する。

 

 するとは木材は革製の魔法陣に接地せず、少し上をふわふわと漂った。

 

 魔力による力場が形成された魔法陣の上は、現世の理から外れた領域だ。

 

 重力という『概念』はこの場所に存在せず、こうして重量のある物体も風に乗った羽毛のように虚空を漂うことになる。

 

「ほわぁ……すごいです」

 

「シッ。ステラ、静かにね」

 

「は、はい!」

 

 背後でステラが息を呑む気配とそれを嗜めるカミラの優し気な声が聞こえたが、振り向くことはしない。

 

 ここからは集中を切らすわけにはいかない。

 

「まずは……鋼材」

 

 リリア嬢が木片を魔法陣から取り除くと、代わりに銀色のインゴットをどんどん浮かべていく。

 

「…………」

 

 俺はそれを確認したのち、外側の術式から内側の術式へと魔力の流れを変化させた。

 

 すると鋼材が融解し、一つの銀色の球状に変化した。

 

 さらに内側の術式へとシフト。

 

 球状の鋼材が、徐々に剣の刃へと姿を変えてゆく。

 

 この工程は通常一人で行うが、今回は集中力を要する工程が後に控えている。

 

 リリアの顔は魔法陣から発せられる燐光で青白く照らされている。

 

 集中しているのか、瞬きはほとんどしていない。

 

「次、血晶スライムの核。次、戦士の遺灰。次、雷獣の(ひげ)――」

 

 剣が形作られると、あとはタイミングを見極めて各素材を加えていく。

 

 淡く赤みがかり、波のような紋様が浮かんでは消え、パリパリと帯電するように火花が散る。

 

 俺もただ眺めているだけではない。

 

 各素材の投入タイミングで魔力を微妙に調節して、最適な融合状態を保たなければならない。

 

「次、還竜鉱」

 

 先日採取してきた『還竜鉱』を加えると、剣の輝きがひときわ強くなった。

 

 夜空に瞬く星々を思わせる、神秘的な輝きだ。

 

 すかさずリリア嬢が準備していた『御霊』の封印瓶を手に取る。

 

 彼女はそのまま不規則に明滅する剣身を睨みつけている。

 

 剣と『還竜鉱』が混じりあい、魂との親和性が最も高まる瞬間を見極めるためだ。

 

 今回は聖剣用に最適化された人造精霊ではなく、死人の魂を剣に宿すことになる。

 

 そのタイミングは、前者とくらべてずっとシビアだ。

 

 だが、彼女はそれをやってのけた。

 

「…………ここ!」

 

 リリア嬢はそう小さく呟くやいなや素早く封印瓶の封を切り、魔法陣に御霊を流し込んだ。

 

 次の瞬間。

 

「……っ!」

 

 剣が閃光を発し、工房中を光で白く塗りつぶした。

 

 そして――

 

 

『ここ、は……?』

 

 

 剣に重なるようにして、作業台に獣人の女性が座っていた。

 

 まだ状況を理解していないのか、キョトンとした表情で周囲を見回している。

 

 彼女の身体は半透明で、反対側にいるリリア嬢が透けて見えていた。

 

 通常の人造精霊ならば魔素による実体を伴うが、彼女は霊体だった。

 

 だが、自らの身体を形作るための魔力が聖剣から供給されているからこそ、この状態を保てていることは間違いない。

 

「……錬成は成功よ」

 

 リリア嬢が大きく息を吐いてから、さらに続ける。

 

「シーラさん……よね? 私を認識することはできるかしら?」

 

 声に反応して、聖剣に宿った御霊……シーラ氏が彼女の方に顔を向けた。

 

 ……が、シーラ氏の視線はリリア嬢を見ていない。

 

 彼女の目は驚いたように見開かれ、工房の奥を凝視していた。

 

『…………』

 

「シーラ……さん?」

 

 リリア嬢が怪訝な顔になる。

 

 無反応。

 

 まさか魂の保存が不完全で、記憶か人格に欠落が生じているのだろうか?

 

 かなり長いあいだ彼女の魂は封印瓶で保管されていたから、そうであっても無理はない。

 

 そう思い、リリア嬢に声を掛けようとした……そのときだった。

 

『ステ……ラ……?』

 

 シーラ氏が目を見開いたまま、掠れた声を発したのだ。

 

「はは…………うえ……?」

 

 それと同時に、ざっ、と足を摺る音とともに震える声が背後で聞こえた。

 

 振り返る。

 

 ステラが大きく目を見開き……シーラ氏を凝視していた。

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