パワハラギルマスをぶん殴ってブラック聖剣ギルドをクビになったので、辺境で聖剣工房を開くことにした 作:だいたいねむい
翌日の朝。
オルディスの城門前、晴れた空の下。
俺とカミラそれにステラは、リリア嬢の見送りに来ていた。
すでに彼女が乗り込む馬車も用意されており、護衛の『遠雷旅団』の面々も準備万端のようだ。
屈強な獣人たちがずらりと城門の側に整列している光景は、なかなか壮観である。
「今までブラッド……いえ、皆には本当にお世話になったわ。改めてお礼を言わせてちょうだい」
リリア嬢が俺たちの前に歩み出てきて、深々と頭を下げる。
昨日の夜、彼女からの勧誘を断ったことで何かしら言われるかと身構えていたので、取り越し苦労だったようだ。
プライドが高い彼女ではあるが、さすたにこの手の礼儀はしっかりと備えているらしい。
まあ、無理やりな勧誘というわけでもなかったからな。
それに俺がオルディスから離れるつもりは全くないことは、最初から分かっていたのだろう。
だからあの場は『……そう。わかったわ』と彼女は言って、それで終わった。
……それよりも。
俺は彼女の先にある光景に目をやった。
「うぅ……ステラ……ちちうえはお前と別れたくないのだ……」
「ちちうえ……ちょっとくるしいです……」
ビシッと整列をしている『遠雷旅団』の前で、団長ことアロン氏がべそべそ泣きながらステラを抱きしめている。
そんな様子に若干ドン引き気味のステラだが、傍から見る分にはこれも親子の別れの一場面だなぁ、といった風情ではある。
まあ、屈強で歴戦の猛者な獅子獣人の男がべそべそ泣きながら子供を抱きしめつつ駄々をこねている様子は、かなりのインパクトがあるが……
俺たちが別れの挨拶をする前からずっとあの調子なのである。
「なんなんだね、あれは……」
俺の隣に立つカミラがドン引きしたような声で耳打ちしてくるが、コメントを求められても困る。
「知らねえよ……」
「昨日の晩までは、普通だったんだがねぇ……」
ちなみに聖剣に宿ったシーラ氏は父娘の様子をニコニコ見守っていた。
すでに彼女はステラとお別れの挨拶を済ませている。
別にドライというわけではない。
その辺の割り切りは、なんだかんだ母親の方がスッキリしているものらしい。
まあ、別に今生の別れというわけでもないので、会いたければまたオルディスに来ればいいわけで。
リリア嬢の護衛が終われば、別に王都に釘付けというわけでもないだろうし。
余談だが、カミラから聞いた話だとアロン氏とシーラ氏はステラと再会したあと、毎日のように彼女に会いにきていたようだ。
もちろん昨日の晩も、である。
まあ、経緯が経緯だし、気持ちは分からないでもないけどな。
ちなみにシーラ氏は、今のところ聖剣に宿ったままである。
もちろん霊体なのでよく見るとうっすら透けているのだが、錬成当時から身体が薄まったり存在が曖昧になったりしている様子はない。
彼女の霊魂の保存状態が完璧だったことと、リリア嬢の聖剣錬成術式が死者蘇生に特化したものだったからだと思われる。
術式については、報酬の一部として術式が記載された写本と使用済みの魔法陣を受け取っている。
今後の研究開発に役立てる予定である。
「団長、そろそろ出ますよ」
「団長……親バカもいい加減にしてほしいんですけど?」
とはいえ、さすがに時間が押しているのか旅団幹部のダージ氏とマーレ氏がやってきてアロン氏を急かし始めた。
「ぬうぅ……あとちょっと、あとちょっとだけ……!」
しかしアロン氏はステラを抱きしめたまま離さない。
その姿は、もはや巨大な駄々っ子だった。
これではどっちが親なのか分からない。
そしてそんな親バカ親父に抱きしめられたままのステラの表情は、嬉しさ半分、ウザさ半分といったところだろうか。
「アロン団長! まごまごしていたら、道中で日が暮れちまいますよ! 野営は嫌ですから、早く! い・き・ま・す・よ!」
「そんなにステラちゃんがいいなら、もう置いていきますよ!? に”ゃっ!? 力強っ!」
「ぬうぅ……っ!! まだまだお前らには力で負けん……ぐあっ!?」
あっ、業を煮やしたダージ氏とマーレ嬢に無理やり引きはがされた。
もうこの人、ボスの威厳とか残っているのだろうか……
まあ、他の傭兵団の連中は生暖かい目で見ているので大丈夫だと思うが、当分弄り倒されるんだろうな……
「……ゴホン! お前ら、そろそろ出発だ! 準備はいいな! 荷物の忘れ物はないか!」
強制的に我が子と引き離されたおかげか、アロン氏の顔つきが厳めしさを取り戻した。
……もう何もかも遅い気がするが、まあ取り繕う態度は大事だ。
彼はビシッ! と直立して、彼の足元にちょこんと立つステラを見下ろした。
一応まだ、威厳のある表情を保っている。
……まだ未練があるのか、ちょっとばかり髭が
「ステラ、達者でな……ちゃんとカミラ殿の言うことを聞くんだぞ」
「はい、ちちうえ」
ステラが少しだけ寂しそうな顔で、コクリと頷いた。
「好き嫌いせず、何でも食べるのだぞ! 食は身体のすべてを造るのだからなッ!!」
「はい、ちちうえ」
「それと、日々の鍛錬を怠るでないぞ! 筋肉だ! 筋肉はすべてを解決する!」
「はい、ちちうえ」
「……勉強も大事だぞ!」
「はい……ちちうえ」
「……それから、取引先の方とも仲良くするのだぞ!」
「……ちちうえ、わかっております」
「……それから、日々の――げふん!?」
『はいはい、貴方もそこまでにしなさい。そろそろ行きますよ。団員の皆が待ってるわよ?』
おっと、さすがに奥さんからの強制終了が入ったか。
2メートル近くあるはずのアロン氏がシーラ氏に首根っこを掴まれ持ち上げられている。
彼女も人族に比べるとまあまあ背が高いから、アロン氏の様子はまるで親猫に咥えられた子猫にしか見えない。
ずいぶんと図体のでかい子猫だが。
そういえば、聖剣に宿る人造精霊は魔素で構成されているためか、常人をはるかに超える膂力を発揮できるんだったな……などと思い出す。
……これはかかあ天下の到来だな。
「ステラ……達者でな!」
いまだ厳めしい表情を保ったまま、腕組みをしたままのアロン氏がズルズルと引きずられていった。
こんな威厳のない別れもないものだ、と心の中で思った。
◇
「ブラッド!」
「なんだリリア」
傭兵団の皆が動き出そうとするなか、彼女が俺に近寄ってきた。
何か忘れものだろうか?
「ちょっとちょっと」
「だからなんだよ」
手招きする彼女に俺も近寄る。
するとリリア嬢は俺のすぐ側までやってきて、両手で俺の肩をぐいと引き寄せたのだ。
そのまま彼女はまるで抱きしめるように俺に身体を密着させてきた。
……柔らかいものが胸に当たる。
彼女の顔が、迫ってくる。
「お、おい」
「なっ……ちょっ……!?」
俺の声と同時に、隣にいたカミラが素っ頓狂な声を上げた。
当然だがリリア嬢は俺とカミラがどういう関係なのかは知っている。
そのうえでのこの行動だ。
……やばい。
主にリリア嬢が。
……と、思ったのだが、彼女が身体を密着させていたのはほんの一瞬だった。
もちろんそれ以外の行為は何もなかった。
「私は絶対諦めないからね」
耳元で、俺以外の誰にも聞こえないよう、そう囁いた以外は。
すぐに彼女は離れ、言った。
「リリア君!? 今ブラッドに何を吹き込んで……!」
カミラが目を吊り上げリリア嬢に食って掛かろうとするが、すでに彼女は馬車に乗り込んでいる。
窓から顔を出した彼女がにこやかな顔で手を振った。
「それじゃ、またね。ブラッドとカミラさん、それにステラちゃんも、今度は王都に遊びに来て。いつでも歓迎するわ!」
こうなってしまえば、さすがのカミラも諦めるしかない。
彼女は忌々しそうな顔で去り行く馬車と傭兵団を睨みつけていた。
「まったく……あの女狐め!」
まったくだ。
とんだ置き土産である。
あとで追及されるのは俺だからな……
まあ、リリア嬢に誘われたからといって、今さら王都に戻るつもりも予定もないけどな。
俺には、この街が性に合っている。