パワハラギルマスをぶん殴ってブラック聖剣ギルドをクビになったので、辺境で聖剣工房を開くことにした   作:だいたいねむい

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第184話 『禁域旅行③』

「そ、そんな……」

 

 広々としたコテージのリビングに、セパの絶望を帯びた呟きが響き渡った。

 

 部屋の中には落ち着いた木の匂いが漂っている。

 

 谷側の壁には大きなガラス窓がはめ込まれており、そこから昼下がりの物憂げな陽光が差し込んでいる。

 

 大人数でくつろげるように、ふかふかのソファや大きなテーブルもある。

 

 もちろん寒い夜のための、薪ストーブだって完備してある。

 

 しかしそんな癒しの空間も、今の彼女には何の意味もなさなかった。

 

 なぜなら――

 

「頼めばなんでも言うことを聞いてくれるメイドさん付きで、何もしなくてもリッチな夕食が食べきれないほど出てくると聞いていたのに……!!」

 

 血を吐くような叫びと共に、セパはガクリと膝をついた。

 

「おそらくそれは、ご主人様方の滞在プランかと……」

 

 マリアが残念そうな様子で首を振る。

 

 リビングはおろか、コテージ内にいるのは四人だけだ。

 

「こちらのコテージは食料持ち込み式の滞在プランです。最低限の非常食や水、それに塩などは備蓄されていますが……基本的には外界から食料を持ち込むか、コテージの隣の倉庫にある釣り竿や網で下の峡谷を流れる谷川で魚を獲ってきたり森でキノコや山菜などを集めてきて庭のかまどで調理するのが基本のスタイルです」

 

「お魚……お魚さんをとるのですか!? それは……とてもわくわくですね!」

 

「釣り!? 面白そー! ステラちゃん、はやく川いこー!」

 

「いきましょういきましょう!」

 

 セパとは対照的に、ステラとレインのテンションは高い。

 

 二人で向かい合い、小躍りしながら互いの両手をパンパンと叩き合っている。

 

 特にステラは獣人の狩猟本能を刺激されたのか、耳をピンと立たせ瞳はキラキラと輝いている。

 

 だがセパはそんな二人のテンションにまったくついていけないようだ。

 

「……うう……リッチで……何もしなくても美味しいご飯が出てくる……私の、大貴族なりきり……プランが……この世に救いはないのですか……」

 

 床に這いつくばり、差し出した片手で虚空を掴もうとしながら、よく分からないことを呟いている。

 

 そんな様子を見て、レインが呆れた様子で『ウチでもマスターが食事準備してくれるのは一緒じゃん……』などと呟いているが、瞳から光が失われたセパに届いた様子はない。

 

「とにかく、日が暮れる前に夕食の準備を始めるためには、今から食糧調達を始める必要があります。私は森でキノコや山菜を収穫して参りますので、ステラ様、セパ様、レイン様は川で魚の調達をお願いします」

 

「了解いたしました! マリアどの、お魚さんはわたしたちにおまかせください!」

 

「りょーかい! ……ほらーセパも行くよー!」

 

「うう……」

 

 マリアに敬礼してから、意気揚々とコテージを出てゆくステラ。

 

 その後から、レインに引きずられながらセパが出て行った。

 

 それを見届けてから、マリアは一つため息を吐き、そしてコテージを出たのだった。

 

 

 

 ◇

 

 

 

「あっ! ステラ、レイン、そちらの浅瀬に魚が行きましたよ!」

 

「おー!」

 

「了解なのです! ……シャッ!!」

 

 冷たい谷川に膝まで浸かったステラが、鋭い気合とともに右手で川面を一閃。

 

 次の瞬間、彼女の手には丸々と太った川魚が握られていた。

 

「やりました! おさかな、ゲットです!」

 

「おおー、ステラちゃんすごーい!」

 

「さすがですね、ステラ! やはり私の追い込みが的確だったようですね!」

 

「えへへ……セパどののおかげです!」

 

 ドヤ顔のセパに、ステラが誇らしげに微笑み返す。

 

 すでにステラの腰にある魚籠(びく)には渓流魚が何匹も入っている。

 

 しかし、四人の腹を満たすにはまだまだ足りない。

 

「レイン、ステラ、この調子でどんどん魚を獲っていきましょう! 今度は釣りです! あの岩の向こう側にある淵の魚を狙いますよ……!」

 

「了解です!」

 

 そんな様子を見て、レインが一言。

 

「なんか、結局セパが一番楽しんでない……?」

 

「いいじゃありませんか! 切り替えの早さは美徳ですよ?」

 

「ま、いーけど? じゃあ、今度はあーしが釣ってみる! えーと、餌は……」

 

「でしたらレインどの、これをお使いください!」

 

「ステラちゃん、ありが……ぴょっ!?」

 

 ステラが差し出した『釣り餌』を見て、レインが変な声を出して固まった。

 

「なんですか、レイン。そんな小鹿の断末魔みたいな声を出して……釣り餌といえばミミズでしょう? そのくらいで怖気づい……ぴぇっ!?」

 

 その様子を見て、セパがプークスクスとせせら笑い……変な声を出して固まった。

 

「レインどの、セパどの……?」

 

 二人の様子に、訝し気な顔になるステラ。

 

 彼女の手に握られているのは、ウネウネと(うごめ)くグロテスクな見た目の(むし)だった。

 

「……もしかして、カワムシを見るのは初めてですか? さっき川底の石をひっくり返したらいたのです! この蟲はトラウトの大好物ですから、いい釣り餌になるのですが……あ! もしかして、もったいなかったでしょうか? たしかにこの蟲、焚き木などで焼いて塩をふると、エビみたいな味でおいしいですからね! 獣人の仔は川あそびに行ったときは、この蟲をおやつにするんですよ!」

 

「ス、ステラ、それは絶対にダメです! 却下! 却下です!」

 

「それはダメ―!」

 

「そ、そうでありますか……」

 

 二人のあまりの拒絶っぷりに少なくないダメージを受けたのか、ステラの耳と尻尾がシュンと垂れてしまった。

 

 さすがにその様子に罪悪感を感じたのか、セパとレインが慌ててフォローに回る。

 

「そ、それよりも、当初の予定どおりその蟲を餌にして魚を獲りましょう! きっとその方がたくさん食べ物が手に入りますよ!」

 

「そ、そうそう! ちっさな蟲さんよりもおっきなお魚さんの方が食べるところ多いから!」

 

「そ、それもそうですね! では、さっそく……!」

 

 名残惜しそうな様子ではあったが、ステラが手に持った蟲を釣り針に付けた。

 

「……ほっ」

 

「……ほっ」

 

 それを見て、セパとレインはホッと安堵の息を吐いたのだった。

 

 

 

 ◇

 

 

 

「さて、これくらいにしておきましょうか」

 

 

 森の木漏れ日の下で、マリアは満足そうに呟いた。

 

 彼女が背負ったカゴの中にはキノコと山菜、それに栗などの木の実がいっぱいに入っている。

 

 当然、彼女の胸の中も充実感と満足感でいっぱいである。

 

「それにしても……さすが『禁域』だけあって、適度に管理されつつも人の手がほとんど入っていませんね……オルディス周辺の森ではこうはいきませんからね」

 

 マリアはぐるりと周囲を見回す。

 

 静かな森には静謐な雰囲気が漂っており、魔物の気配はない。

 

 少し奥に歩けば魔術素材に用いられる毒キノコが刈り取られた痕跡は随所にあったものの、食用種についてはほとんど手つかずのままだった。

 

 おかげで高級食材に用いられるようなキノコ類を何種類も見つけることができた。

 

 もちろん山菜や野草や木の実についても、特に美味とされる種があちこちに群生しており……気が付けばマリアは夢中でそれらを採りまくっていたのだった。

 

「少々採りすぎたかもしれません……」

 

 さすがの彼女も、少しばかり反省する。

 

 おかげで普段の何倍もの量の食糧が集まってしまったが……まあ、構わないだろう。

 

 育ち盛りのステラ、それにブラッド家の食いしん坊たちがいれば、いくらあってもぺろりと平らげてしまうだろうから。

 

「さあ、すぐに帰りましょう。この調子ならば、お三方も大漁でしょう……しっかりと料理の下準備をしておかなくてはなりませんね」

 

 そう言って、マリアはカゴを背負い直し……コテージへと戻っていった。

 

 

 

 ※余談ですが、家ではセパとレインはたまに食事の準備を手伝ったりしますが、基本的にはブラッドが準備しています。

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