パワハラギルマスをぶん殴ってブラック聖剣ギルドをクビになったので、辺境で聖剣工房を開くことにした 作:だいたいねむい
「おはよう、ブラッド」
「……おう」
目覚めるとすでにカミラはダブルベッドから出ており、窓際のテーブルで優雅に寛いでいた。
寝室の窓はすべて開け放たれており、部屋の中を爽やかな森の涼風が吹き抜けている。
心地よい目覚めだ。
「君は本当に寝坊助だね? もうそろそろ朝食の時間だよ」
「……すぐ着替える」
俺はベッドの上で伸びをしてからベッドを出て、洗面所で顔を洗い身支度を整えた。
◇
「おはようございマス、カミラ様、ブラッド様」
「おはよう、シルビア」
「おはよう……おお、豪勢だな」
二階の寝室を出て一階の食堂に降りると、ちょうど
丸太を削り出して作られた洒落たテーブルには、二人分の料理が並んでいる。
メインディッシュらしき川魚のソテーのプレートで、隣にはキノコとチーズのリゾットと野菜のゴロゴロ入ったカップスープが用意されている。
テーブルの中心には、焼き立てパンが山盛りに積み上げられており、香ばしい匂いを立てていた。
「ふふ……食べきれるかな」
朝食とは思えない量に、カミラが苦笑する。
「……なかナカ、腕を振るウ機会が無かったのものデ……少々、張り切ってしまいまシタ」
テーブルの側に立つシルビアが、少々申し訳なさそうな様子で頭を下げる。
「いやいや、素晴らしい食事だという意味だよ。……たしかにここに泊まりにくる連中は、食事よりも周囲で採れる素材に夢中だと聞くからね」
「魔術師連中は仕事熱心だからな……」
「それが悪いことではないとは思うけどもね。けれども彼らは、もう少し人生を楽しむべきだと思うね……うむ、美味い。この野菜は、『外』から運んできたものかね?」
手始めにと、カミラが野菜スープに口を付ける。
俺も同様にスープから味わうことにした。
長い間コトコトと煮込んだのだろう、口に入れた野菜は舌に触れただけで溶けてしまうような柔らかさだ。
味そのものに目新しさはないが、ずっしりと心に染みわたる滋味は朝の眠気と気怠さを優しく拭い取り、食欲を刺激してくる。
「……美味いな」
「お褒めに与り光栄デス」
カミラと俺の様子を見て、シルビアが満足そうに頷いた。
「こちらの野菜ハ、少し離れた場所にアル自家菜園にて今朝収穫したばかりのものデス」
どうやら『禁域』内で採れた新鮮な食材を使用しているようだ。
肉や魚などはある程度熟成させた方が旨かったりと一概に新鮮さが味に直結しないが、野菜は鮮度が命だからな。
……もちろん川魚のソテーやキノコのリゾットも絶品だった。
◇
「で、バカンスでも結局やることは素材採取か……」
朝霧が漂う森の中。
俺とカミラは道を外れ、山の斜面のあちこちを無我夢中で探索していた。
最初はただの、食後の散歩だったのだ。
だが、道端に超レア魔術素材の『霊枯草』を発見してからは状況が変わってしまった。
ダンジョンの奥底にごく少数しか生えないはずの『アンデッド殺し』が、まさかこんな地上に群生しているとは!
コイツはどちらかというとカミラ向けの素材だが、魔除けの
ちなみに寺院に卸すときの末端価格は、1グラム金貨1枚が相場だそうだ。
そんなものを目の当たりにして、俺たちがレア素材探索隊と化さない方がおかしかった。
「素材採取? 当然だろう? この『極彩峡谷』の最大の目玉はそれなのだからね」
カミラが夢中で周囲を眺めまわしながら、そんなことを言ってくる。
まあ、同感ではある。
「……あ! あったあった、これもなかなかの希少素材だよ!」
と、少し先を歩いていたカミラが急に屈みこむ。
それからすぐこちらを振り返り、興奮気味に手を振ってきた。
「今度はどんなレア素材だ……!?」
「ほら、これだよ」
急いで駆け寄り彼女の隣にしゃがみこむ。
彼女の朝露に濡れたキノコを指さしていた。
炭みたいに真っ黒なキノコだ。
俺もコイツは知っている。
もっとも毒キノコとはいえ毒性は低く、まるまる一本食べてもせいぜい腹を下す程度だが、死ぬほど苦いうえ何十回も使い古した油みたいな味がするので普通は食用にすることはない。
しかし……魔術師や魔道具師、そして俺のように頻繁に魔法陣をカスタムする聖剣錬成師にとってはかなり需要のある素材である。
暗闇茸の別称は『インク茸』という。
魔法陣の描画に使うインクの原料なのである。
通常はダンジョンの深層に生育するものだが、この『禁域』はほとんど全域がダンジョン化しているようなものなので、地上部にも生えてくるらしい。
当然、かなりのレア素材である。
いまカミラが採取しているちいさな株ひとつだけでも、銀貨五枚分くらいはするだろう。
実のところ、俺もコイツは欲しいと思っていた。
先日リリア嬢から得た聖剣錬成のノウハウを試すのに、魔法陣を自作する必要があったからな。
もちろん市販の魔導インクでもいいのだが、できれば配合をカスタムするための原料が欲しかったのだ。
「……おっ、あそこにもあるぞ」
「ホントかい? あっ、ここには『魔硫鉱』が落ちているじゃないか!」
さすがは『禁域』。
レア素材が採り放題、といった様子である。
とはいえ、採取した分はオルディスに戻ったあときちんと魔術師ギルドに報告しなければならないが……それでも、俺たちのような人種にとってはここはまるで楽園だった。
「そうだ、ブラッド。周囲の様子はどうかな」
「ん、今のところ特に気配はないな」
二人して夢中で素材を採取しているが、もちろん周囲への警戒は怠っていない。
当然だが、ここはあくまで『禁域』である。
つまりはダンジョン内部とほぼ同じ環境であるということで、地上ではあるものの強力な魔物が出現する可能性があった。
もちろん、保養地になるくらいだからそこまで魔物との遭遇率は高くないはずだが……などと思っていたら。
『――――ッ!! ――ッ!』
「……カミラ」
「分かっている」
言った側からなんとやら。
斜面の下側、峡谷の方から、獣の咆哮のようなものが聞こえてきたのだ。
「……結構近いな」
気配は、こちら側に徐々にだが接近してきている。
それに……なぜか、人の喚き声のようなものも混じっているんだが?
それも複数人のようだ。
「なあカミラ、今日はギルド幹部ご一行様とかが滞在する予定があったのか?」
「さあ、どうだろうね? マリアに手続きをしてもらったときには、少なくとも私たちが滞在している間に幹部らの滞在はなかったはずだけども……」
「じゃあ、あの騒ぎはなんだ? つーか明らかにこっちにやってきているぞ」
「む……とにかく、備えようか」
「……だな」
カミラが真剣な表情になり、腰の
俺も、念のため剣を取り出す。
今日はセパとレインはいないが、だからといって戦力が極端に低下するわけじゃない。
剣は聖剣ではないが、耐久力重視の
懐には攻撃用の錬成魔法陣も十分仕込んである。
こっちはカミラもいるし、エルダードラゴンでも出てこなければ大丈夫だろう。
「…………」
「…………」
しばらくその場で待ち構えていると、どんどんと森が騒がしくなり、人の喚き声や悲鳴、そして魔物の咆哮や地響きなどがはっきりと聞こえ始めた。
人間の方は複数名、全員女性らしい。
……というか、なんか聞き覚えのある声なんだが……?
「ブラッド、これは……」
「……ああ」
二人で顔を見合わせる。
『――――ああああっ!!!』
『――らッ! 言っ――すか!!』
『あははは! ――ですっ!』
『ブモオオオォォーーーーーーーッッ!!!!』
次の瞬間。
ガサガサと茂みが揺れ、三つの人影が勢いよく俺たちの前に飛び出してきた。
そして三人は俺たちに目をくれず、必死の形相でそのまま反対側の茂みに飛び込み姿をくらましてしまう。
そしてその直後、まるで大岩が転がるような勢いで巨大な雄イノシシが追いかけてきて、やはり俺たちに目をくれずに茂みの向こう側に消えていった。
森に静寂が戻った。
「…………」
「…………」
二人で再び顔を見合わせた。
カミラは何が起きたのか分からない、と言いたげな表情だ。
多分俺も同じ顔をしていたと思う。
つーかさっきの三人、セパとレイン、それにステラだよな……??
「……まずいね。あれは雄のホーンボアだ。君の聖剣たちはともかく、ステラには荷が重すぎる」
その割には、一番楽しそうに笑ってたの、ステラだった気がするが……
とはいえ、カミラの意見には同感だ。
「すぐ追いかけよう」
「うむ」
俺とカミラは頷き合うと、三人と一頭に追いつくべく森の中を走り出した。
※ちなみに昨夜のディナーは鹿肉のステーキをメインディッシュとしたフルコースでした。