パワハラギルマスをぶん殴ってブラック聖剣ギルドをクビになったので、辺境で聖剣工房を開くことにした   作:だいたいねむい

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第188話 『禁域旅行⑦』

 ――『冒険者焼きパーティー』の翌日。

 

 俺はカミラと準備を整え、前日に見つけたダンジョンへと調査にやってきていた。

 

 ……といっても、調査自体はものの十分かそこらで終了してしまったのだが。

 

「……新発見のダンジョンにしては大したことがないね」

 

 魔導カンテラの冷たい明かりが、埃の舞う小さな部屋の小さな祭壇を照らし出す。

 

 岩を彫り出して造られたそれは、明らかに古代文明の遺物だった。

 

 祭壇はシンプルな直方体で、側面にはツタ状の植物と戯れる猫のような動物をあしらった複雑な彫刻が彫られている。

 

 天辺には台座。

 

 しかしながら、大きさはせいぜい俺の腰の高さほどで、台座も狭い。

 

 供物を載せるとしても、せいぜい果物とか小動物くらいなものだ。

 

「……奥に続く隠し通路とかもなさそうだな」

 

 カミラが祭壇のあちこちを調べ回っている間、俺は持参していた魔法陣で聖剣の素体を錬成し、それで『ダンジョン』の壁面をコンコンと軽く叩いて回ったのだが……どこも、分厚い岩盤特有の硬い音がしただけだった。罠すらない。

 

 間違いない。

 

 崖に空いた穴から徒歩十秒程度で辿り着いたこの部屋が、ダンジョンの最奥部だった。

 

 この部屋から出る道は、たった一つしかなかった。

 

 峡谷の崖が崩れてできた穴から見えた、細い通路である。

 

 もっともこの通路も小部屋へと通じるものの、反対側……つまり本来の出口へと向かう道は、崖に空いた開口部から少しだけ続いて……土砂の崩落により完全に埋まっていた。

 

 通常、ダンジョンはその構造物が内包する魔素により、修復力を有するものだ。

 

 だから、ここの通路のように土砂で埋もれて通れなくなったとしてもそれは一時的なもののはずだった。

 

 魔物が崖にぶつかって穴も同様だ。

 

 けれども穴は開いたままで、この崩落も修復されていない。

 

 明らかに不可思議な状況だった。

 

 ……ならば、この遺跡はダンジョン化していないのだろうか?

 

 いや、それはないだろう。

 

 この手の地下遺跡がダンジョン化を免れていた例は、少なくとも王国内では見つかっていなかったはずだ。

 

 となれば……ここが『禁域』であることが関係しているのだろうか?

 

 さすがの俺も、これ以上は分からない。

 

 いずれにせよ、目の前にある事実だけがすべてだった。

 

「……どうだカミラ、祭壇から何か分かったか?」

 

「うーむ……私も昔、魔導学院時代に考古学を多少齧ったことはあるけども……(おさ)めたわけではないからね。この祭壇が相当に古いものだということは分かるけども、どの年代と特定するのは難しいね」

 

 俺は、それがいつの『魔導学院』時代なのかは聞かないことにした。

 

 なお、現在王都に存在するのは『魔術学院』である。

 

「その辺はギルドにお任せする感じか」

 

「……そうだね」

 

 カミラが頷く。

 

 まあ、俺らはあくまで最低限の調査だけが目的だ。

 

 あとは魔術師ギルドの調査隊に任せればいいだろう。

 

「……ん? ブラッド、ちょっと来てくれないか」

 

 ダンジョンの外に向かおうとしたところで、カミラに呼び止められた。

 

「どうした?」

 

「これを見たまえ」

 

「台座……の(チリ)?」

 

 彼女が指さしたのは、祭壇の台座にうっすらと積もった塵だ。

 

「……! これは」

 

 最初は何かと思ったが、すぐに違和感に気づく。

 

「真ん中がずいぶん綺麗だな?」

 

「ああ、そうだ。台座の縁付近には塵が積もっているけども、大部分には積もっていない。これが意味するところは……」

 

「「何かがここに置かれていた」」

 

 カミラと声が重なった。

 

「あるいは……乗っていた(・・・・・)?」

 

 こっちは俺の言葉だ。

 

 ……まさか。

 

 俺は昨日の出来事を思い出す。

 

 あの、妙な黒猫のことを。

 

 ……そして、祭壇の紋様は……猫だ。

 

 これが意味することは。

 

「「…………」」

 

 カミラも同じことを考えているのか、目が合った。

 

「ブラッド、昨日の猫の姿を覚えているかい?」

 

「もちろんだ」

 

 大きさは、ちょうどこの台座に収まるくらいだった。

 

 そして、セパたちの話していた、黒猫の容姿。

 

 四つの目を持ち、炎と氷の息を吐き、目にもとまらぬ身のこなしで姿を消した。

 

「……『ケット・シー』」

 

「……なんだそれは」

 

 カミラが聞き慣れない言葉を呟いた。

 

「魔導学院の話題が出たおかげで思い出したよ。邪神だよ。(いにしえ)の古の、さらに古の文明に伝わる猫の姿をした邪神の名が、『ケット・シー』。もっとも当時は、神の一柱として崇められていたこともあったようだけどね」

 

「邪神? ……あの猫が!?」

 

 と言ってみたものの、確かに言われてみれば邪神めいた容姿ではあった。

 

 少なくとも普通の猫に目は四つもない。

 

「おいおい、邪神が地上に解き放たれたならば――」

 

「いや、心配はいらないだろう。君も、邪神が必ずしも有害な存在でないことは知っているはずだろう?」

 

「まあ、そうだが……」

 

「伝承によれば、ケット・シーは知能と魔力に優れているものの、災害をもたらす力はないそうだ。それにステラ君や君の聖剣たちと戯れていたのなら、こちらに対する敵意はないのだろう。そもそも……邪神が、この『禁域』から出ることはできないさ」

 

「それはそうか」

 

 禁域は、大規模な結界により外界から隔絶されている。

 

 もちろんダンジョンなどで外と繋がっている可能性はあったが、ここに関しては出口へと繋がるであろう通路が塞がれているのでその心配もない。

 

 あとは、オルディスに帰った後に魔術師ギルドへ報告すれば事足りるだろう。

 

 俺だって、バカンスに来てまでわざわざ邪神を、しかも無害なヤツまで積極的に狩ろうと思うほど邪神嫌いじゃない。

 

「……さて、そろそろいいだろう」

 

「そうだな」

 

 意外な成果を得られた俺たちは、ダンジョンから出た。

 

 と言っても、歩いて十数歩の距離だったが。

 

 

 

 ◇

 

 

 

「ぬぐ……」

 

 その夜は、妙に寝苦しかった。

 

 泥のような眠気なのに、妙に眠りが浅い。

 

 二日続けて皆を集めて、『冒険者焼き』でたらふく食べたからだろうか?

 

 それとも寝る前の、カミラとのあれこれのせいだろうか……

 

 とにかく、やけに身体が重い。

 

 特に、胸のあたりが重たい。

 

 もしかして、カミラが寝ぼけて俺に抱き着いているのか……?

 

 そう思って薄く目を開き横を見たが、彼女の寝顔は少し離れたところにあった。

 

 手や足が俺の胸に乗っている様子はない。

 

 だとすれば、何でこんなに重たいんだ……?

 

『ニンゲン、見テイタゾ。……オマエ、錬金術師ダナ?』

 

「……?」

 

 甲高い声は、すぐ側で聞こえた。

 

 ちょうど胸のあたりだ。

 

 まどろんでいた意識が急速に覚醒する。

 

 目を開く。

 

 胸の上に……黒猫が乗っていた。

 

 寛いだ様子で両足を折り畳み座り、それぞれ(・・・・)金銀赤青に(・・・・・)輝く(・・)四つの目(・・・・)でこちらをじっと見ている。

 

「なっ……!?」

 

 あわてて毛布をはねのけ、上半身を起こした。

 

 しかし黒猫……『猫の邪神』はひらりと身をひるがえし、俺の足元に飛びのいただけだ。

 

 クソ、さすがにこの状況で寝込みを襲われるのは想定していなかった……!

 

 どこから入った!?

 

 視線だけを窓側に巡らせる。窓は開じたままだ。

 

 もちろん寝室の扉もだ。

 

 ……邪神は生身の身体を持たないものもいる。

 

 霊体化して、壁や窓をすり抜けたのかもしれない。

 

「…………」

 

 護符や魔法陣の類は、ベッドの横のクローゼットの中だ。

 

 セパとレインは宿泊先のコテージに戻っている。

 

 隣のカミラに視線を落とす。

 

 ……彼女はまだ事態に気づいていない。

 

 スヤスヤと寝たままだ。

 

 俺はゆっくりと身体をずらし、『猫の邪神』がカミラに直接襲いかかれないように位置取りをする。

 

 もっとも、コイツの敏捷性を考えれば、それがどれだけ意味のある行為かは分からなかったが。

 

 つーか何が『ブラッド……君はこんなときでもスケベだなぁ……ふふ……いいだろう、来たまえ……』だ!

 

 気持ちの悪い笑みで口をすぼめながら、呑気に何の夢を見てやがるんだこいつは!

 

 どうする? 叩き起こすか!?

 

 できるならば、今すぐ叩き起こしてやりたい……!

 

 だが『猫の邪神』がどう出るか全くわからない以上、この状況でヤツをいたずらに刺激するのはマズい。

 

 そもそも昨夜見た動きからして、素手でコイツをどうにかできるとは思えなかった。

 

 クソ、どうすればいい……!?

 

 しばし『猫の邪神』と睨み合いが続く。

 

「…………ッ!」

 

『……………』

 

 ……膠着状態を破ったのは、『猫の邪神』だった。

 

『待テ、ニンゲン。オレハ、オマエタチニ害意ハナイ』

 

 そう言うと、猫の邪神はベッドの端で寛いだように前脚を折りたたんで座った。

 

 二本の長い尻尾が、ゆらゆらと揺れる。

 

 それから『猫の邪神』は小さな口を開き、こう続けたのだった。

 

『オレハオマエニ……頼ミガアッテ来タノダ』

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