パワハラギルマスをぶん殴ってブラック聖剣ギルドをクビになったので、辺境で聖剣工房を開くことにした   作:だいたいねむい

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第189話 『禁域旅行⑧』

「おはようブラッド……随分と酷い(くま)だね?」

 

 翌日。

 

 朝起きると、カミラはすでに目覚めておりベッドサイドの椅子に腰掛けていた。

 

 すでに手にコーヒーを持っており、優雅に読書などを嗜んでいる。

 

 一方俺はベッドの中だ。

 

 眠気で頭が重い。

 

「いや……夜中にちょっと起きちまってな。しばらく寝付けなかったんだ」

 

「む……もしかして、昨夜は少々激しすぎたかな? ふふ……環境が変わると燃えてしまうのは、お互い仕方ないことだと思うがね?」

 

「それはそ……違うそうじゃない」

 

 とりあえず、頬を染めて身体をクネクネする方の話じゃない。

 

「カミラ、実は少々込み入った話があってな」

 

「……なんだね?」

 

 俺の真剣な様子に気づいたのか、彼女は神妙な顔でコーヒーを一口啜り、それからカップをベッドサイドのテーブルに置いた。

 

「実はな――」

 

『ニャム……朝、カ』

 

「猫……? 喋った……!?』

 

 ベッドの下から突如這い出てきた黒猫を見て、カミラが素っ頓狂な声を上げた。

 

 そして即座に状況を理解する。

 

 ガタン! と椅子から立ち上がると、険しい顔で近くに立てかけてあった魔法杖を手に取った。

 

 猫にも勝るとも劣らない素早さだ。

 

「ブラッド、この猫は――」

 

「ああ、一昨日、庭で出くわした……『猫の邪神』だ。実は昨夜、コイツと話をしてな……とりあえず、今のところ危険はない。杖は下ろして大丈夫だ」

 

「む……それにしても、なぜ『ケット・シー』がここに?」

 

「あー……それは俺が説明する」

 

『ウム。オマエガ説明スルトイイ。オレノ偉大ナル力ト願イノ話ヲダ』

 

 猫の邪神……ケット・シーは、ベッドの上に飛びあがると、足を折りたたんで寛ぎの姿勢を取った。

 

「…………」

 

 その泰然自若とした様子に、今すぐコイツを窓の外に放り投げてやりたい衝動に駆られるが……深呼吸をしてざわついた心を鎮める。

 

 そんなことをしても意味はない。

 

 とにかく、コイツの『願い』を聞き届けるには、カミラの協力が必要だ。

 

 

 

 ◇

 

 

 

『ニンゲン。オレヲ、剣ニシロ』

 

 窓から差し込む月光で青白く輝くベッドの上で、黒猫――猫の邪神がそう言った。

 

『知ッテイルゾ。オマエ、錬金術師ダロウ。オマエノ使イ魔モ見タゾ。剣ニ宿ッタ女タチダ』

 

「……何が目的だ」

 

 猫の邪神が俺に求めることは、分かった。

 

 だが、意図が分からず聞き返す。

 

『コノ身体ハ半霊体ダ。結界ノ中ナラ形ヲ保ッテイラレルガ、壊レテシマッタ。ダカラオレハ十日モ経タズ滅ビルダロウ。ソレマデニ依リ代ニ宿リタイ。オ前ナラバ、ソレガデキル』

 

「…………」

 

 訛りが強くたどたどしい言葉だったが、理解はできた。

 

 どうやらこいつは、封印(?)されていたダンジョンが壊れてしまったので、やむを得ず外に出てきたらしい。

 

 おそらく長年の間、ダンジョンから魔素を吸い上げて存在を保っていたのだろう。

 

 もしかすると、ダンジョンの修復力が働かなくなっていたのは、魔素を吸い上げすぎて枯渇してしまったからかもしれない。

 

 邪神ともなれば、身体を維持するために消費する魔素も膨大だろうからな。

 

 とはいえ、ダンジョンがなければ自分も消滅してしまうというのならば、文字通り死活問題だ。

 

 よくよく見れば、(かす)かにではあるが『猫の邪神』の身体から淡い光の粒子が立ち昇っていた。

 

 魔物を倒したあとに生じる、魔素の還元現象だ。

 

 それが、生きながらに生じている。

 

 まあ、神と呼ばれるような存在に生きているも死んでいるもない気がするが……

 

 それはさておき、確かにこのままでは、やがてコイツは身体を失い消えてしまうだろう。

 

『錬金術師。神ヲ助ク栄誉ヲ、オマエニ授ケヨウ』

 

 猫の邪神はベッドでゴロゴロと喉を鳴らしながら、そう言った。

 

 神、と来たか。

 

 尊大な物言いだが、コイツに限って言えば間違ってはいない。

 

 邪神という呼称は、あくまで俺たちの時代のものだ。

 

 今は(まつ)る者がいなくなり、人々の記憶から失われたとしても……神は神だ。

 

 だが、信仰してもいない神に対して『はいそうですか』と二つ返事で依頼を引き受けるつもりもなかった。

 

「……見返りは?」

 

 だから、俺は聞いた。

 

 とはいえ、相手は消えかけの神だ。

 

 正直、大した対価を貰えるとは思っていない。

 

 ただ、邪神がどんな答えを出すのかが気になった。

 

『見返リダト? オレハ神デアルゾ。助ク栄誉以外ニ何ガアル』

 

 一瞬猫の邪神が不機嫌そうにパタパタと尻尾をベッドに叩きつけるが、すぐに止めた。

 

『……イヤ、待テ。ソウダナ、オマエガオレヲ剣ニ宿スコトガデキタノナラ、オレヲ側ニ置キ、存分ニ愛デル権利ヲヤロウ。食事ハ肉ヨリ魚ダ。日当タリノ良イ場所ハ必須ダ。ナケレバ準備シロ』

 

「…………」

 

 

 さすがに絶句した。

 

 要するに、見返り=自分である。

 

 剣に宿らせた上に面倒も見ろと言っているのだ、コイツは。

 

 なんだこれ自己肯定感の化身か?

 

 尊大にもほどがあるだろ……!

 

 ……と一瞬思ったが、考え直す。

 

 そういえば猫という生き物はこういうモノだ、と。

 

 ……質問の仕方を変えよう。

 

「あんた、一応神なんだよな? 信仰するヤツに何か加護を与えたりはできるのか?」

 

『……デキナクモナイ』

 

 猫の邪神がちょっと面倒臭そうに言った。

 

 できるのか。

 

「その加護とは?」

 

『…………『睡眠』ダ。オレハ他者ノ『睡眠』ヲ操ル。加護ヲ得レバ、睡眠ニマツワル事象ヲ操ルコトガデキルヨウニナル。……自分ノ身体ダケダガナ。ソレト、オレノ信者タチが集メタ財宝ノ隠シ場所モ教エテヤロウ』

 

 猫の邪神がそう言った。

 

 少々ざっくりとした説明だが……『加護』の方は、簡単に言えば寝つきがメチャクチャ良くなったりどんなに短い睡眠時間でもスッキリ起きられるってことか?

 

 地味? とんでもない。

 

 コイツは途方もなく強力な加護だ。

 

 不眠は、すべての人類にとって最大の敵と言っても過言ではないからな。

 

 猫の邪神の信者たちの隠し財宝の話もそれなりに魅力的だ。

 

 が、猫の邪神はこうも続ける。

 

『ダガ調子ニ乗ルナヨ? ニンゲン。キチント仕事ヲシテ、オレノ面倒ヲ見ルコトガデキナケレバ、オマエカラ『睡眠』ヲ取リ上ゲ死ヌマデ眠ラセナイコトモデキルノダゾ?』

 

「……それは怖いな」

 

 実際、恐ろしい能力だ。

 

 さすがは、古代に神と崇められた存在ではある。

 

 とはいえ俺を『死ぬまで眠らせる』ではなく『死ぬまで眠らせない』と脅すのは、猫らしいと言えば猫らしい発想だ。

 

 まあ、不眠不休で行動できるのはメリットと捉えるヤツもいるだろうが……

 

 それはさておき。

 

「……いいだろう。あんたに剣を錬成してやることに決めた。その代わり、その『睡眠』の加護と財宝をもらうぞ。もちろん成功報酬で構わんがな」

 

『ヨカロウ。契約ハ成立ダ』

 

 猫の邪神は満足そうにそう言って、ゴロゴロと喉を鳴らした。

 

 そして、さらにこう続けた。

 

『デハ、今カラオマエニ『不眠』ノ加護ヲ与エル。励メヨ、ニンゲン』

 

「……は?」

 

 猫の邪神がそう言った瞬間、パッと俺の意識が覚醒した。

 

 完全に、だ。

 

 スッキリと頭が晴れ、眠気による身体の倦怠感も一瞬で消えた。

 

 これが、『不眠』の加護……!?

 

 これは……想像していたよりもとんでもない加護だぞ……!

 

 って、いやいやいやいや!

 

 今から作業なんてできるわけないだろ!

 

「ちょっと待て猫神! 今はまだ夜中で――」

 

『フニャ……久シブリに力ヲ使ッタセイデ眠クテタマラン。オレハ寝ルトシヨウ』

 

「おいおいおいおい!」

 

 だが、猫の邪神は俺のツッコミに全く気に留めず、スルリとベッドの下に潜り込んでしまったのだ。

 

 慌てて覗き込むが、すでに猫の邪神は寝込んだあとだ。

 

「おい起きろこの邪神ネコ! コイツを解除しろ! 今すぐにだ!」

 

 だが猫の邪神はベッドの下から引きずり出して揺すっても叩いても、まるで死んだように眠りこけている。

 

 寝付きよすぎだろコイツ!

 

「おいこれどーすんだよ……」

 

 当然だが、今から聖剣錬成なんぞできるはずがない。

 

 そもそも素材も魔法陣も持ってきていないのだ。

 

 これでは加護の掛けられ損である。

 

 しかも、少なくともコイツが起きるまで俺は不眠のままだ。

 

「クソ、冗談キツいぜ……」

 

 俺は無駄に気力と体力が有り余ったまま、ベッドの上でぼやくしかなかった。

 

 

 

 ◇

 

 

 

「……で、寝ずに朝を迎えたというわけかい」

 

 いきさつを知ったカミラが憐れみの表情で俺を見る。

 

 寝不足のまま朝を迎える辛さは、誰もが知るところだ。

 

「まあ……いや、どうにか『不眠』の加護は解除できた。ついさっき、お前が起きる直前にだけどな……だがおかげさまで持ってきた『状態異常解除』の魔法陣のほとんどを消費することになっちまった」

 

「……それは災難だったね」

 

 ちょっとドン引きした顔のカミラが、ベッドで寛ぐ猫の邪神こと『ケット・シー』を横目でチラリと眺める。

 

「とにかく、依頼は依頼だ。邪神を聖剣に宿らせるには、精霊術師であるお前の知識が不可欠だ。手伝ってくれるか?」

 

「はあ……君ってやつは……」

 

 呆れたように、カミラが眉間を指でもみ込む。

 

 が、すぐにこちらを見て言った。

 

 不敵な笑みを、その顔いっぱいに湛えながら。

 

「面白いじゃないか。もちろん私も協力しよう」

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