パワハラギルマスをぶん殴ってブラック聖剣ギルドをクビになったので、辺境で聖剣工房を開くことにした 作:だいたいねむい
邪神。
古き時代の神々の総称。
当時の文明が滅び去ると同時に人々の記憶から忘れ去られた結果、現在では関わった者に災厄をもたらす存在として認識されている。
もちろん今は邪神とされる存在も、当時は(大半)善神であり、そもそも現在においてもすべての邪神が危険な存在というわけではないが……
この『ケット・シー』はまだマシな方だが、それでもこの気まぐれ性格や強力すぎる力は『邪神』を体現した存在と言わざるを得ないだろう。
まあ、邪神の定義はあくまで再確認だ。
一番重要なのは、邪神とは『還流する龍脈』から切り離された精霊が人の信心を
それが人為的に切り離されたものなのか、人ならざる存在により切り離されたかの違いがあるにせよ――要するに、セパやレインたち人造精霊と基本的には同じ存在なのだ。
つまり身体は魔素で構成されており、依り代なしでは現世に長く存在することはできない。
猫の邪神『ケット・シー』からの依頼は、簡単に言えばこの依り代を作ってほしい、というものだった。
「ふむ……それにしても、邪神の聖剣とはねぇ。矛盾した存在であるからこそ、調和するのかもしれないね。なかなか楽しい仕事になりそうじゃないか」
「ああ、邪神と人造精霊が共通の根源から生まれている以上、聖剣錬成と精霊魔術の方法論が使えるはずだ。ぶっつけ本番だが何とかやってみるしかないな」
「……ふん、手順の考察も大事だろうがが、君はもう少しロマンというものを理解すべきだね。魔術の探求は憧れと冒険心が肝要だよ。……まさか『ロマン』の意味が分からないとは言わないね?」
カミラは俺の返答が気に入らなかったのか、不満そうに肩をすくめている。
確かに哲学は人生を豊かにするには有用だ。
それは認める。
だが、今必要なのは手を動かすことだ。
「憧憬に類する、古代語由来の単語だってことくらいは俺だって知ってるよ。……まあ俺もダンジョン探索は好きだし、世間的にはゴミクズ同然の素材を蒐集するのは楽しいからな。気持ちは分かる。だが今回は時間がない」
俺はベッドサイドの机に広げた紙に聖剣錬成の段取りや必要な素材をペンで書き出しながら、そう返事をした。
チラリと横目で見やれば、ベッドの上では、猫の邪神……ケット・シーがゴロゴロと寛いでいる。
本人(猫)はまったく焦っているように見えないが、その身体からは魔力の粒子がときおり立ち昇っている。
若干身体が透けて見えるのは気のせいだろうか。
タイムリミットは十日ほど。
それまでに猫の邪神を聖剣……あるいはそれに類する依り代に宿らせなければ、コイツは滅びてしまう。
もちろん邪神が勝手に滅びても誰も困らないだろう……と言いたいところだが、今回はそうは行かない。
このケット・シーは、『睡眠』を操る邪神だ。
今は飼い猫よろしく大人しくしているが、消滅することが避けられないことが分かり自暴自棄になられでもしたら、ここにいる俺たち全員に死ぬまで眠れない呪詛とか、反対に死ぬまで眠ったままになる呪詛を掛けられるかもしれなかった。
それに、仮に力を振り絞って『禁域』を脱出でもされたら、その先のオルディスが『永遠に眠らない街』あるいは『永遠の眠りについた街』と化してしまう可能性すらあった。
だからといって、この場で邪神を滅ぼすこともできなかった。
コイツが元いたダンジョンもほぼ死にかけである以上、再封印も難しい。
そもそも『睡眠』を操る時点で相当に強力な相手だ。
おまけに普通の猫とは比べ物にならない素早さを持っている。
当然こちら側が無傷とは行かないだろうし、呪詛を掛けられたまま滅びでもしたら、それを解く方法が存在しない可能性もあるからだ。
呪詛というのは、掛けた本人が死んでも残るものが多い。
まあ、セパの力ならば断ち切れるだろうが……間に合えばの話だ。
その前に全員が眠らされでもしたら目も当てられない。
というわけで、俺たちは何としてでも猫の邪神を生き永らえさせる必要があった。
というか、『睡眠』を操る邪神とか、完全に災厄クラスだよな……
そもそもこの『極彩峡谷』自体の成り立ちからして、下手をするとコイツが関わっているのではなかろうか。
つまりは『四季の概念』そのものに干渉して、『春夏冬』を眠らせる、あるいは、『秋』を覚醒したままにしているとか……
いや、そこまでいくと、災厄どころか事象を司る本物の神だ。
魔術師ギルドから聞いた『禁域』の成り立ちとは違うし、さすがにそれはないと思いたい。
「……それで、聖剣錬成の算段はついているのかい?」
「まあな。一応、段取りと必要素材はだいたいリストアップできた」
カミラの問いに頷いたあと、いろいろと書き込んだ紙を彼女に見せてやる。
基本的には、聖剣錬成の工程とそう大きく変わるところはない。
相違点といえば、通常は聖剣に付与した魔術を管制、増幅するために人造精霊を宿らせるところを、今回は邪神の力を大きく減じる方向で術式を組む箇所だろうか。
剣に宿ったケット・シーがそのまま今の力を存分に発揮できてしまうと、とんでもない聖剣……もとい邪剣が完成してしまうからな。
もちろんこの仕組みを実装するのは、コイツに了解を得たうえで、だが。
「なるほど」
彼女は紙に視線を落とし……ややあって頷いた。
「私の方でも、精霊魔術の簡単な応用で問題なさそうだね」
「素材は、工房のストックで足りるだろう。それとリリアから得た知識も役に立つはずだ。あれの根幹部分は死者の霊魂と物質の親和性を高める術式だったが、邪神にも応用できるはずだ」
「うむ。私の方でも、邪神の御霊の形を整えるための術式が必要になると思う。ただ、魔法陣は同じく工房にある。……一度戻る必要がありそうだね」
「コイツが『禁域』を出られたら良かったんだけどな……」
「それが無理なのは、知っているだろう? 技術的には可能だろうけども、魔術師ギルドが許可するわけがない。それに、まかり間違って邪神がそのままオルディスで暴れでもしたら……間違いなく、王都から大量の討伐隊が押し寄せてくるよ。オルディスを瓦礫の山にする勢いで、魔術師部隊が広域殲滅魔術を撃ち込んでくるかもしれない」
「分かってるって。幸い気候は一定だから、ある程度結界で調整してやればここでも工房レベルの環境が構築できるはずだ」
「そこは『禁域』であることが幸いしたね」
「とにかく、行動するぞ」
「うむ……ああそうだ、念のためマリアに頼んで、魔術師ギルドに延泊の申請をしておかなければだな」
「とりあえず十日分申請しておいてくれ」
「その前には依頼達成したいところだけどね」
というわけで、俺とカミラはマリアらに事情を説明したあと、急遽オルディスに戻ることにしたのだった。