パワハラギルマスをぶん殴ってブラック聖剣ギルドをクビになったので、辺境で聖剣工房を開くことにした 作:だいたいねむい
ケット・シーを交えての夕食後(食事はセパたちのコテージでとることになった)、残りの準備と結界などの最終チェックを終え聖剣錬成の作業に入ることになった。
俺たちの宿一階のダイニング兼リビングフロアは不要な家具類が外のテラスに運び出され、今あるのはテーブルとその上に敷かれた聖剣錬成用の魔法陣、そして錬成に使用する素材だけだ。
部屋の壁面には、カミラが設置した即席の結界魔術が施されている。
保温、調湿、空間内の魔力の乱れを整える魔術……などなど。
それと万が一ケット・シーが暴走しても建物が壊れないように、建物に強固な防護結界を施してある。
『…………』
『…………』
あとは、俺の腰に差した聖剣セパとレイン。
これは聖剣錬成が失敗しケット・シーが暴走などして瘴気や呪詛が溢れどうしようもなくなったときのためだが、使わざるを得ない事態にならないことを祈りたい。
ちなみに二人とも空気を読んだのか神妙にしている。
ダンジョンだと無駄にはしゃぐ二人だが、やはり聖剣錬成は彼女たちにとって特別だと認識しているからだろうか?
それと、台座に隠してあった指輪についてだが……夕食時にケット・シーに聞いたところ、特殊の魔術の付与などはしていないとのことだった。
ただ、当時はまだ希少だった魔鉱石の一種を混ぜ込んでいるのと、一応はケット・シーが『祝福』した指輪であるため、指にはめて魔術を行使すれば多少は威力や効力が増すだろう、とのことだった。
正直、聞いた限りでは魔道具としては微妙な性能だが……どちらかというとそのあたりの効能はあくまでオマケであり、本来の用途はやはり祭祀用……というか、結婚指輪のようだ。
それをケット・シーがはっきり口にしてからというものの、カミラの様子が妙にソワソワしているのが気になるが……今は作業に集中してもらいたいものだ。
繊細な工程が多い聖剣錬成の場では、ちょっとした魔力のゆらぎが失敗の原因となり得るからな。
……それはさておき。
「そろそろ作業に取り掛かるか」
「う、うむ……! ……それにしても、まさか『禁域』内で聖剣錬成を行うことになるとはね。しかも宿す精霊は『邪神』ときたものだ。魔術師ギルドの歴史に残るような出来事だよ」
俺の隣にカミラが並び立ち感慨深げにそう言った。
準備の間はともかく、今の彼女はさすがに平常心に戻っているようだ。
一応彼女もそれなりの魔術師だし、そのへんの線引きはしっかりしているのだろう。
それはいいんだが……
「つーか報告できるのか? これ」
「……どうだかね」
カミラが苦笑しつつ、肩を竦めた。
魔術師ギルドにはダンジョン調査の名目で延泊の申請は行ったものの、まだ邪神と聖剣錬成の話は伝えていない。
さすがにケット・シーの話を持ち出すと、やれ討伐だのやれ封印だのと邪魔が入っても面倒だからな。
もちろん俺もカミラもすべてを隠し通すつもりはない。
彼女には『報告できるのか?』などと冗談は言ったが、『禁域』を利用した者の責任として、魔術師ギルドへ事の顛末を二人でレポート形式にまとめ提出する予定だ。
「さて、時間だ。ケット・シー、お前も準備はいいか?」
『オレニ準備ナド必要ナイ。好キナ時間ニ始メロ』
ケット・シーは部屋の隅に置かれた椅子の上で手足を折りたたみ、優雅に
今さらだが、こうしてみるとただの猫だな。
まあ四つある目は爛々と輝き、こちらの動向をしっかり見ているわけだが。
「……じゃあ、始めるか」
「うむ」
ケット・シーの了承も得られたので、錬成の工程を進めていく。
といっても、やることは通常の手順からさほど逸脱した箇所はない。
せいぜい、いつもより複雑な魔法陣を使用することと、カミラが助手としてついてくれていることだろうか。
むしろ一人でやるときよりも安心感があるかもしれない。
「まずは……鋼材」
魔法陣に十分な魔力が流れていることを確認したら、まずは剣の成形。
といっても、使用するのはいつもの三分の一にも満たない量だ。
というのも、この聖剣はあくまでケット・シーのためのもの。
実体化したさいにヤツが身に着けられるサイズでなくてはならない。
ということで、形状としては剣というよりはペンダントになる。
もちろんそれだけでは小さすぎるので、今回は首輪も鎖帷子のように編み込んだ形状を作成し、それに剣状のペンダントを吊り下げる形にしてみた。
当然ただの剣とは違い成形にはかなりの時間と集中力を要するが、不可能と言うわけではない。
「……よし、基本形状はこれで完成だ」
「ブラッド、大丈夫かい?」
「問題ない。……悪い、頬の汗を拭いてくれるか」
「もちろんだとも」
頬に柔らかい布が当たる感触。
俺の視線は魔法陣の中心で漂う『首輪』から動かさない。
基本的な成形が終わったら、あとは素材を投入して『聖剣』と魂魄の馴染みを良くするための工程に入る。
このあたり、素材によって投下量やタイミング、順序がシビアなので気が抜けない。
なお素材については、今回は特に魔術的な付与を行うわけではないが、邪神の魂を剣に宿らせるため、魂の定着が安定するようなものを厳選している。
血晶スライムの核はもちろんのこと、前回リリア嬢に分けてもらった還竜鉱も、少量だが使用している。
もっとも、このあたりの配合手順はもう慣れたものだ。
特に危ない場面もなく、首尾よくすべての素材をうまく首輪に加えることができた。
「……ふう」
「お疲れ様」
カミラが労ってくれるが、このあとは彼女の仕事が残っている。
「ほら、君はこっちだよ」
準備のために、部屋の隅のケット・シーのところまで行くカミラ。
『エルフ、モット丁寧ニ運ベ』
ケット・シーは彼女に脇を抱えられて、みょーんと身体を伸ばしながら運ばれてきた。
運ばれ方が気に入らないのかカミラに抗議をしているが、なすがままで抵抗する様子はない。
やっぱりコイツ、怠惰の邪神なのでは。
「さて……ケット・シー。これからが君の本番だよ。君の魂は人造精霊たちと違いかなり
言って、カミラはテーブルに敷いた魔法陣にケット・シーを載せた。
コイツは『首輪』の錬成には使用していない、カミラ自身が用意した精霊魔術用の魔法陣だ。
『還流する龍脈』から人造精霊を掬い上げるときに使用する術式に似ているが、今日のものはそれより少々複雑だ。
『ココニ座ッテイレバイイノカ?』
「うむ、しばらくこのまま静かにしていればいい。何も感じないだろうけど、その間に君の魂は少しずつトゲが取れていくよ」
「本当に魂のトゲが取れるか?」
ケット・シーはモフモフの毛玉だ。
もちろんトゲトゲした箇所はない。
「ものの例えだよ」
カミラはそう言って、ケット・シーを撫でた。
「精霊術師は、精霊の魂が荒ぶっているところを『トゲ』があると表現するのさ。モノに宿らせるには、その『トゲ』を丸めて……つまり鎮めてやる必要があるというわけさ」
「なるほど」
そういうことなら理解できる。
簡単に言えば、魂のリラクゼーションとかマッサージとかそういう類の術式らしい。
「……もっとも、この子はそれほど術式に
『モウイイノカ? モットノンビリシテイテモ良インダゾ』
「ふふ……これ以上魔法陣の上で
『……仕方ナイナ』
億劫そうに立ち上がるケット・シー。
一度だけぐぐーっと伸びをしたあと、俺の錬成した首輪の近くまで歩いていく。
『ウム……ニンゲンノ造リ出シタ器ニシテハ、宿リ心地ガ良サソウダナ』
ケット・シーはしばらく首輪を眺めていたりフンフンと匂いを嗅いでいたが、やがてその身体が揺らぎ、光の粒子に変わった。
「おい、これ大丈夫なのか?」
「ふむ、邪神が自らモノに宿るところは初めて見たけども……興味深いね。どうやら人造精霊とは憑依のやり方が全く異なるようだね」
一瞬、力尽きて魔物のように魔素の粒子に還元されたのかと思ったが、カミラによれば、これが邪神の憑依の方法らしい。
通常、人造精霊が聖剣に憑依するさいは、もっとしっかりと形を保ったままだからな。
光の粒子は、少しの間『首輪』の周囲をくるくると回っていたが、やがて首輪に吸い込まれるようにして消えて行った。
これは……うまくいったのでいいんだよな……!?