パワハラギルマスをぶん殴ってブラック聖剣ギルドをクビになったので、辺境で聖剣工房を開くことにした   作:だいたいねむい

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第200話 『閑話⑧ ステラの魔術訓練』

「ぬぬ〜……!!」

 

 早朝の薄暗い魔術工房に、ステラの甲高い唸り声が響き渡った。

 

 

 彼女は真剣な表情で作業机に向かい、その上に敷かれた魔法陣の端に両手の指先を触れさせている。

 

 頬には一筋の汗が流れ、彼女の細められた目は魔法陣を睨みつけている。

 

「ぬぬぬぬぬぬ……!」

 

 さらに唸る。

 

 すると彼女の触れている魔法陣が、淡く光り出した。

 

 しかし、その光量が安定しない。

 

 明滅を繰り返し、しかも光を維持できていたのはほんの数秒だ。

 

「あっ……消えてしまいました……」

 

 ステラがほんの少しだけ身じろぎした途端、フッと消えてしまった。

 

 失敗だ。

 

 彼女の耳がぺたんと伏せられ、眉尻が下がる。

 

 だが彼女はすぐに耳をピンと立たせ、顔つきも真剣なものへと戻す。

 

「もう一度です……!!」

 

 彼女は呟いてから、再び魔力を魔法陣に流し込んでゆく。

 

 さっきは魔法陣に込める魔力が強すぎた。

 

 それに、流し込む魔力の量にムラがあった。

 

 今度は先ほどよりも少しだけ弱く、そして一定の量を流し込むことを強く意識する。

 

 すると、魔法陣は徐々に光を取り戻し、やがて全体が淡く発光し始めた。

 

「この感覚……コツ……掴んだかもです……っ」

 

 だがまだだ。

 

 焦らず、魔力は一定。長く細く。

 

 極度の集中で視界が狭まるのを感じる。

 

 大丈夫、まだ魔法陣の光は消えていない。

 

 ――それを二十秒ほど続けていると、少し意識が魔法陣から逸れても光が消えることがなくなった。

 

 成功だ。

 

 それを確認して、ステラは安堵の息を吐いた。

 

 流石に完全に気を抜くと魔法陣の光は消えてしまったが、彼女の顔は満足げだった。

 

「まずは一回……あと九回……頑張るのです!」

 

 額に浮かんだ汗を拭ってから、再び魔法陣に触れた。

 

 

 ――この魔法陣には、何かしらの効果を発する術式は記載されていない。

 

 単に、魔力を循環させると発光するだけの代物だ。

 

 おまけに流量調節の閾値が一般的な魔法陣よりもずっと狭く取られており、ほんの少しの魔力の揺らぎで流路の閉塞が起き、光が消えてしまう。

 

 きわめてシビアな魔力調節を求められる、訓練用魔法陣なのだ。

 

 

「むむ……あっ、汗が目に……ああっ!?」

 

 二回目は、一回目のようにうまくはいかなかった。

 

 疲労感と額から流れてきた汗が目に入ったせいで、集中が途切れてしまった。

 

 ステラは慌てて魔力の調整を試みるが、時すでに遅し。

 

 気付けば、魔法陣の光も消えてしまっていた。

 

「あう……もう一度……です!」

 

 だがステラの瞳に、落胆の色はない。

 

 今日は八回目の試行で、最初の魔力安定化に成功した。

 

 昨日は、そこまで至るのに、十回以上かかっていたのだ。

 

 着実に進歩している。

 

 彼女は口を一文字に引き結ぶと、再び魔法陣に向き合うのだった。

 

 

 

 ◇

 

 

 

「うむ、励んでいるね。ステラ君、調子はどうかな?」

 

「あっ、カミラどの! おはようございます!」

 

 ちょうど十回目が成功したあたりで、工房の階段を下りてくる足音があった。

 

 ボサボサの長い赤髪と気怠い半目。

 

 寝間着姿で、ぶかぶかのガウンを羽織っている。

 

 この工房の主、カミラである。

 

「うむ、おはよう……といっても、もうすぐ昼食だがね。……君も切りのいいところ上に上がって来るといい」

 

 彼女は苦笑してから、ステラの魔法陣を見やった。

 

 それから少しだけ驚いたように目を見開いた。

 

「……ふむ。ステラ君、この訓練を始めてこれで何日目だったかな」

 

「七日目、です」

 

「なるほど……ここまで来るのに普通の魔術師でも半年は掛かるものだが……ステラ、君は私が想定していたよりはるかに筋が良いようだね」

 

「ありがとうございます……そんなこと、分かるのですか?」

 

「もちろん分かるとも」

 

 カミラは微笑んでから、ステラの横に立った。

 

「ほら、ここを見たまえ」

 

 カミラが指さしたのは、魔法陣のうち、さきほどステラが手を触れていた場所だ。

 

「ほら、ここ……術式の文字が、青く褪色しているだろう。分かるかい?」

 

「……はい。なんとなく、ですが」

 

 それは、そうと指摘されなければただのインクの擦れだとしか認識できないような、ごくごくわずかな色の違いだ。

 

 だが確かに、術式のインクが青みがかっているのが分かった。

 

「君にはもう少ししてから伝えるつもりだったのだけれど……ここまで訓練が進んでいるのなら構わないだろう」

 

 カミラが優し気な口調で続ける。

 

「実は、この魔法陣は訓練の成果が目に見えるよう、魔力の循環を安定させればさせるほど色が褪せていくように描かれている。……魔法陣全体がはっきりと青色になれば、君の魔力操作能力はひとまず一般的な魔術師と同等と言って差し支えないはずだよ」

 

「そういう仕組みなのですね!」

 

 それは知らなかった。

 

 だが言われてみれば、何かしらの上達の証拠が見えなければ、どこまで続けていいかも分からない。

 

 ただ、そういう大事なことは最初から伝えておいて欲しかった。

 

 本音を言えば、なかなか進歩が見えず心が折れそうになっていたのだ。

 

「……最初から言って欲しかった、という顔をしているね?」

 

「うっ……そんなことは、ないのデス……」

 

「ふふ、君は嘘をつくのが下手だね」

 

 まさに図星な指摘を受け、だらだらと汗を流すステラ。

 

 そんな様子が可笑しかったのか、カミラがクスクスと笑みをこぼしている。

 

「魔術師として生きていくならば、己の研鑽のため日常的に試行錯誤と忍耐力が試される。そしてこの程度の訓練に根を上げるようならば……厳しいようだけど、素質がないと判断せざるを得ない。だから、試させてもらったのだよ。……少々心苦しかったけどね」

 

「そ、そうだったのですか……」

 

「でも、君はその最初の関門を無事乗り越えることができた。まだまだやるべきことは多いけれども、まずは目標達成を喜ぶといい」

 

「えへへ……」

 

 カミラは魔術の天才だ。

 

 それも稀代の、と頭に付く方の。

 

 そんな彼女に褒められて、どうして耳毛を膨らませずにいられようか。

 

「さあ、お昼にしよう。今日は君の好物の、鹿肉のソテーのパン挟みだよ」

 

「ほんとですか!?」

 

「ふふ……しかも、先日からマリアが仕込んでいた燻製肉だ。きっと最高に美味のはずだよ」

 

「それは……素晴らしいです!」

 

 階段を上り出したカミラのあとを、一緒についてゆくステラ。

 

 そんな様子を優しい目で眺めながら、カミラが思い出したように続けた。

 

「と……そうだ。腕の方はもう調子はどうだね?」

 

「腕……義手でありますか?」

 

「うむ。違和感があったり誰かの声が聞こえてきたり……とかだね。以前は腕から声が聞こえていたそうだね?」

 

「……はい。ですが、今はもう聞こえなくなっています」

 

 確かにこの義手を装着してすぐの頃は、たまにステラに対して呼びかける声が聞こえていた。

 

 もっともその声はステラを気遣うものであったり、力加減を教えてくれたりするもので、害があったことはない。

 

 それに、その声も感覚が馴染んでいくにつれ薄れていった。

 

 今では、もう役目を終えたのか……聞こえない。

 

 少し寂しい気もするが、ステラもかなり前にその事実を受け入れている。

 

「ふむ。ならば、もう完全に腕が馴染んだということだろう。安心したまえ。声は聞こえずとも、義手に宿った人造精霊は今も息づいているよ」

 

「そう……なのですね」

 

「ああ、そうだ。それともう一つ……聞いておかねばならないことがあった。……君が魔術を使えることに気づいたのは、いつからだね?」

 

「ええと……」

 

 一瞬カミラが何を尋ねているのかが分からず、考え込む。

 

 そういえば、昔から魔術を使えたわけではない。

 

 そもそも獣人は種族的に魔術を体得しづらいことはステラも知識としては知っている。

 

 だから、そもそもオルディスにやってくるまでは、まさか自分に魔術の素質があるなんて夢にも思わなかったのだ。

 

 けれどもいつからか……なぜか、魔術が使えるのだと確信を持っていることに気づいた。

 

 まるで生まれた時からそうであったと、そう思えるほどにその気持ちは確かなものだったのだ。

 

 けれども。

 

「あの、わかりませんです……」

 

 ステラはぺたんと耳を伏せた。

 

 どれだけ記憶の奥底を(さら)っても、そのきっかけが思い出せなかったからだ。

 

 ただ……魔術の鍛錬をしてみようと思い立った日は、はっきりと覚えている。

 

 たしか、ブラッドどのの聖剣錬成を見学したときだ。

 

 あの聖剣が錬成されるときの魔法陣の輝きや、ただの鉄の塊が美しい剣へと姿を変えるあの瞬間に魅入られたのだ。

 

「……ふむ。別に責めているわけではないよ。急に才能が開花することは、よくあることだからね」

 

 そう言ってから、カミラは顎に手を当て、考え込むようなそぶりをした。

 

「なるほど。これは仮説だけども、義手の接合が才能開花の呼び水になったかもしれないね」

 

「義手が……ですか」

 

「うむ。もちろん義手そのものに、君に魔術の才能を与える力はない…そのようには造られていない。けれども、人造精霊との神経接合により体内の魔力循環機能が効率化され――」

 

 その後カミラがブツブツと話していることは独り言めいており、それにとても難しかったので、ステラは聞き流すことにした。

 

 けれども、この義手が自分に力を与えてくれたのだということは、なんとなく分かった。

 

 再び、ステラは自分の義手に、もう片方の手で触れた。

 

 生身の方の指先が触れた冷たい感触が、はっきりと感じ取れる。

 

 今ではもう、生身の腕と変わらない。

 

 けれども彼女が意識を向けると、じんわりと義手が温かみを帯びた気がした。

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