パワハラギルマスをぶん殴ってブラック聖剣ギルドをクビになったので、辺境で聖剣工房を開くことにした   作:だいたいねむい

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第217話 呪詛抽出

 工房は地下ではなく、建物の中庭を抜けた先の小屋だった。

 

「へえ……地上の工房は久しぶりだな」

 

 内部は綺麗に整頓されていた。

 

 床は綺麗に掃き清められ、あるべき場所にあるべき素材や道具が収まっている。

 

 小屋自体の構造もしっかりした石造りで、随所に防護結界を施してある。

 

 よほど危険な素材を扱わない限り問題ないだろう。

 

 ただ、地上にあるうえ屋外に建てられた簡素な小屋はどうしても外気や微量な魔素が入り込んでくる。

 

 おそらくここは、人造精霊を宿さない儀礼用聖剣を錬成する工房なのだろう。

 

「ごめんね、地下工房は二つあるんだけど……どっちも仕事で使用中で。もしかして、耐爆結界が必要だったりする?」

 

 リリア嬢もその辺りは分かっているのか、申し訳なさそうな顔でそう言ってきた。

 

「いや、爆発する素材は使わない。地上(ここ)でも問題ない」

 

「それを聞いて安心したわ。……それにしても、珍しいことをやるのね。呪詛の抽出だけをやるんでしょう?」

 

「『抽出』というよりも素材化に近いかもな。魔剣の状態だと、何かと取り扱いが面倒だ。だからもっと使いやすく安全な素材に呪詛を移す」

 

「なるほど、それならば最低限の結界が施されていれば大丈夫ね」

 

 確かに、聖剣錬成の工程で呪詛の抽出を行うことはまずない。

 

 そもそもアンデッドが落とした魔剣の呪詛を浄化して素体として適切な処理を施す、という形が多い……というかほとんどだ。

 

 ちなみにその場合、呪詛は神官に神聖魔術などで浄化してもらうことになる。

 

 工房に呼ぶか寺院で依頼するかはケースバイケースだが。

 

 ちなみに予算が潤沢な場合は、魔法陣の錬成術式に解呪系の神聖魔術を組み込んでもらったりもする。

 

 ……今回は一番後者だったりする。

 

「さて、あんたは見学していくってことでいいんだな? 仕事は大丈夫か?」

 

「実は私、今日は休暇中なの。ほら……しばらく長旅だったでしょ?」

 

「そう言えばそうだったな」

 

 そう言えば、彼女は王都からはるばるオルディスまで俺に依頼をしにきていたんだった。

 

 その後いろいろあって忘れていたが、オルディスと王都は普通に行き来すれば一か月はかかる。

 

 俺はカミラと一緒に転移魔法陣でここまでひとっ飛びだが……彼女は王都に帰ってきてからそう時間が経っていないはずだ。

 

「それにしても、魔術師ギルドの転移魔法陣をプライベートで使用できるなんてズルいわね……私も使えたらよかったのに」

 

「まあ、役得ってやつだ」

 

 工房が空くまでの間、ロビーで話したことではあるが……やはりリリア嬢も羨ましかったようだ。

 

 もっとも俺だって、カミラやアリスがいなければ転移魔法陣なんぞ見る機会すらなかったからな。

 

 こればかりは人脈というしかない。

 

 リリア嬢も、そう言う意味では王族とコネがあるはずだから、仕事によっては王家所有の転移魔法陣を使わせてもらえそうなものだが。

 

 まあ、その辺りの関係性は人によって様々か。

 

 ……そんな他愛のない会話をしつつも、俺は呪詛抽出の準備を進めていく。

 

 

「あら、錬成用の魔法陣を敷くのね」

 

 と、リリア嬢が俺の手元を覗き込んで意外そうな声を上げた。

 

 呪詛の抽出と言いつつ、作業台の上に聖剣錬成用の魔法陣を敷いたのが不思議だったようだ。

 

 もちろんこれには理由がある。

 

「これは万が一のためだな」

 

 俺は言って、さらにその上に薄い油紙を敷いた。

 

 これにも魔法陣が描かれている。

 

「錬成用魔法陣は、指定範囲内にある物質の状態を曖昧にして、宙に浮かせる効果があるのは知っての通りだろう。直接刃に手を触れずに作業するには、コイツが一番やり慣れている」

 

「それはそうね。で、この油紙は?」

 

「コイツは万が一の場合に呪詛を無効化する神聖魔術を記述している。後で使う奴だが……今敷いたのは、まあ、安全対策だな」

 

「なるほど……じゃあ、最初は『裏返りの呪詛』から始めるのね。……裏返りの呪詛!?」

 

 と、リリアが油紙に描かれた術式をまじまじと見た後、素っ頓狂な声を上げた。

 

「そんな危険な呪詛、よく抽出しようと思ったわね!」

 

「仕方ないだろ、これしか手に入らなかったんだよ。ちなみにもう一つは『肉繭の呪詛』だ」

 

「どっちも危険度上位の呪物じゃない!」

 

 リリア嬢が青い顔で飛び下がった。

 

 たしかに呪詛の内容までは、ロビーでの話ではしなかったが……別にこの程度の呪詛なら、俺の冒険者等級ならば持ち運びは問題ない。

 

 もちろん厳重に封印を施しておくのが条件だが、当然そういう処置は済んでいる。

 

 そもそもこの手の呪詛は、ただ剣に触れただけで付与されることはない。

 

 しっかり剣に魔力を通したうえで、刃で傷を付けなければならないのだ。

 

「つーか、この工房の結界ならばなにかあっても問題ないよな? 今さら『ダメです!』と言われても困るんだが……」

 

「そ、それはさすがに言わないけども……! はあ……言われてみれば、アンタみたいな腕利きが普通の呪物を持ち込むわけがなかったわね……」

 

「それは褒め言葉と受け取っていいんだな?」

 

 まったく、騒がしい見物人だ……

 

 とにかく、さっさと始めてしまおう。

 

 俺は錬成用魔法陣にしっかり魔力が通っていることを確認してから、俺は『首狩り(ヘッドハンター)』の持っていた大剣を魔導鞄(マジック・バッグ)から取り出し、魔法陣の上に横たえるように浮かべた。

 

 身の丈を越えるような大剣だが、魔法陣の上でうまくバランスを取って浮かんでいる。

 

 ベクトルも浮遊位置も術式でしっかり固定してあるから、見た目よりもずっと安定しているはずだ。

 

「この剣……旧王国時代の重装兵用の武装ね。柄の先端に一つ目鬼(サイクロプス)の紋様が彫り込まれているからすぐ分かったわ」

 

 と、再びリリア嬢が俺の側に戻ってきていた。

 

 彼女は顎に手を当て、剣をじっと見つめている。

 

「へえ、詳しいんだな」

 

「これでも私、王国学院で旧王国史を専攻していたのよ」

 

 リリアはそう言って、得意げに胸を張る。

 

「この時代……今から約八百年前の旧王国時代では、こういう強そうな魔物を部隊のシンボルにして武器に彫りこむのが流行っていたそうよ。サイクロプスは王都守備隊の重装歩兵部隊の隊章だったかしら」

 

「……確かに、アイツはかなりの重装備だったな」

 

 どうやらこの大剣は魔剣である以前に歴史的価値もあるらしい。

 

 潰してしまうのは勿体ないから、呪詛を抽出した後はしっかり無力化して保管しておこうかな。

 

 

 俺は大剣が安定していることを確認してから、分厚いグローブを嵌め、作業台に並べて置いた素材を取り上げた。

 

 ――干した鹿肉だ。

 

 もう少しばかり正確に言えば、広口瓶(ジャー)に収まる程度の、小さく切り分けた干し肉。

 

 それを五つほど準備している。

 

 その一つを大剣の刃でしっかりと傷つけると、干し肉はすぐにミチミチと音を立てて裏返り始めた。

 

 それを確認してから、すぐさま干し肉をガラス製の広口瓶の中に落とし込み、さらに次の干し肉に呪詛を移してゆく。

 

 

 全ての干し肉に呪詛を移し終え瓶にしまい込むと、蓋がしっかり閉まっていることを確認。

 

 広口瓶は強力な封印術式が施されており、中から呪詛が漏れ出ることはない。

 

 これで呪詛の抽出作業は完了。

 

 次は大剣の解呪作業だ。

 

 ひとまず作業台の邪魔にならない場所に瓶を置き、今度は錬成魔法陣の上に敷いた油紙の方に魔力を通した。

 

 するとすぐにキシキシと薄氷が砕けるような音がして、大剣の表面に赤黒い光の(ひび)が入ってゆく。

 

 さらに魔力を込める。

 

 パキン、と大剣の表面を覆う膜のようなものが砕け散った。

 

 これで解呪も完了。

 

 普段ならセパに解呪作業を頼むところだが、呪詛以外の魔力効果を打ち消したくない場合はこれが一番確実だ。

 

 これで一連の作業が完了した。

 

「……ふう」

 

 ひと仕事終えた心地よい疲労感で、思わず大きな息が口から漏れる。

 

「お疲れ様。やっぱり手際のよい作業を見るのは心の健康にいいわね」

 

 見学客のリリア嬢が、感心したように頷きながらそんなことを言っている。

 

 こいつ、根っからの職人気質というか……もうちょっと年頃の女性っぽい趣味とか持った方がいいんじゃなかろうか。

 

 まあ、俺が言う話ではないが。

 

 

 さて、モグリの少年が持っていた魔剣ももやってしまうか。

 

 俺はふたたび準備を整えたあと、作業に取り掛かった。

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