パワハラギルマスをぶん殴ってブラック聖剣ギルドをクビになったので、辺境で聖剣工房を開くことにした 作:だいたいねむい
翌日。
再びリリア嬢の工房へと向かった。
今度はカミラのほか、セパとレインも一緒だ。
セパとレインは実験の助手だ。
正直、連れてくるべきか迷ったのだが、呪詛の影響を受けない助手というのは非常に貴重だからな。
「いらっしゃい……今日はずいぶんと大所帯ね?」
今日もリリア嬢が工房の扉を開いて出迎えてくれた。
呪詛を扱う実験だからか、少しばかり彼女の顔に緊張が滲んでいる。
「リリア、今日もよろしく頼む。……カミラは知っているな? それと今日は、実験の助手としてセパとレインも参加する。二人とも、オルディスで会ったことはあったよな」
「もちろん覚えているわ! セパちゃん、レインちゃん久しぶりね! はあ、はあ……二人とも今日も可愛いわね……」
『ぴっ!?』
『おいすー!』
なんかリリア嬢のセパへ向ける視線に野獣めいた眼光を感じるのだが気のせいだろうか?
何と言うか、聖剣錬成師が人造精霊に向ける視線と言うより、もう少し生臭い情念のようなものを感じる。
……………………きっとセパがお人形のように思えて可愛らしいと思っているのだろう。きっと。たぶん。
それはさておき。
今日はそれなりに時間がかかる実験になる。
ここでのんびりしている暇はない。
「リリア、工房はまた中庭の場所でいいのか?」
「今日は地下工房をひとつ空けているわ。そっちを使ってちょうだい」
俺の問いかけに、リリア嬢はキリッと表情を戻してからそう答える。
今後もずっとその表情のままでいて欲しいところだ。
「すまんな。……呪詛は絶対に外に漏らさんから安心してくれ」
「リリア殿、今日はお世話になるよ。呪詛対策は万全にして臨むから安心してもらいたい」
「二人の腕は信頼はしているから大丈夫よ。思い切りやっちゃって構わないわ」
「それは助かる」
俺たちはリリア嬢の案内で地下の工房へと向かった。
◇
魔術や呪詛には、現実に効力を及ぼすさいに生じる魔力の固有の揺らぎが存在する。
そしてその揺らぎは同じ揺らぎ(厳密には一周期ずれた揺らぎ)をぶつけることで相殺できることが、これまでの魔術学院などによる実験で実証されている。
この現象を『魔力力場の逆位相による相殺現象』と呼ぶ。
今回の実験では、聖剣錬成の前提としてその状態を再現しようというわけだ。
「……よし、こんな感じか」
地下工房の作業台には、逆位相を生成するための制御用魔法陣と先日呪詛を複製した素材を準備している。
かつて行われた実験では熟練の魔術師が手動で魔術操作を行ったとされているが、それを呪詛でやるには危険すぎる、という判断だ(過去の実験では、安全を配慮して最下位の風魔術や氷雪魔術を使用していたそうだ)。
ただ、今回行う呪詛『裏返りの呪詛』に関しては効果と性質は分かっているが、当然固有の揺らぎなど正確に測定、再現するのは難しい……というか、ほぼ再現不可能だ。
そもそも呪詛は魔術分類学上、古代魔術の一種とされ、一般的な魔術よりもずっと複雑で解読が難しい術式構造をしている。
すなわち呪詛の『揺らぎ』を解析するのは、篠突く雨が水面を叩くときに生じる波紋を正確に把握するに等しい。
まあ、無理である。
そこで俺は『揺らぎ』の測定そのものを諦めた。
……いや、いろいろ考えてはみたのだ。
最初の構想ではそうするつもりだったわけだし。
ただ、仮にそれが実現できたとしても、呪詛だけでなく環境の変化によっても刻一刻と変動する魔力の揺らぎをリアルタイムで解析、再現したうえでそれを打ち消す逆位相の魔力を出力する必要がある。
そのためには、恐ろしく強力な人造精霊と途方もない魔力が必要だ。
魔力については、計算上、だいたい俺一万人分くらい。
しかも、たった一度発動させるだけでもそれくらい必要になる。
アソ氏は魔族だから普通の人間よりずっと魔力量が多いはずだが、さすがに俺の一万倍の魔力を有しているとは思えなかった。
そしてそんな彼女が聖剣を握った場合、その瞬間に体内全ての魔力を吸いだされ消滅してしまうのはほぼ確実である。
クライアントがこの世から消滅すると、俺は報酬を得られない。
よってこの方法は却下である。
まあ、そもそもそんな無茶な聖剣を制御する人造精霊など、仮に邪神の魂を一万柱集めても創造可能かどうか分からないが。
というわけで、俺はもっとシンプルな発想にたどり着いた。
つまりは――
「ふぅん……こっちは呪詛の効果を増幅する術式で……この術式は『
実験の見学を申し出たリリア嬢が、作業台の制御用魔法陣に描かれた術式を見て感心したように呟いた。
俺たちが準備をしている様子を一目見ただけで何をやろうとしているのか見抜くあたり、彼女も非凡な才を持っている。
――戦闘支援系統魔術、『
その名が示す通り、相手から放たれた魔術をそっくりそのまま跳ね返す魔術だ。
その起源は古く、最初に
まあ、基本的に魔術ってのはダンジョン化した古代遺跡から発掘された古文書やら石板を解読して知識を得るものだから、別に珍しいものでもないが……それはさておき。
ともかく、支援系の魔術師ならば名前くらいは知っているこの術式は、実のところ習得しているヤツはかなり少ない。
それには理由がある。
この魔術は確かに相手の魔術のほとんどすべてを跳ね返すことができるのだが、当然だが相手が使ってくる魔術が何かを事前に知っておかなければならない。
おまけにうまく反射するタイミングや方向を考えなければ、味方に被害が出るという、非常にピーキーな魔術なのだ。
そもそも相手の使ってくる魔術を事前に知っていなければ使い道がないという時点で運用上の致命的な欠陥を抱えているのだが、さらに同系統の支援魔術で似たような目的を達成できる『
ぶっちゃけてしまえば、『魔術反射』は魔術戦闘の現場においてほぼ使用されない『ネタ魔術』なのである。
しかし、である。
俺のように特定の魔術(今回は呪詛だが)を反射させることが目的ならば、この魔術以外に同様の効果を得られる魔術は存在しない。
何しろこの魔術は、『魔力の揺らぎ』も含め、そっくりそのまま任意の方向に反射させられるのだ。
そしてこの性質を応用すれば、比較的容易に『魔力の逆位相状態』を作り出せるのではないだろうか? という仮説を検証するのが今回の実験の目的である。
「セパ、レイン、そっちの準備はできたか?」
『こちらは準備完了です、ご主人』
『こっちもだいじょーぶ!』
二人に声を掛けると、元気な返事が返ってきた。
すでに配置についており、俺の指示を待っている。
この実験には、かなりの集中力を要するため素材の取り扱いなどには助手がいた方がいい。
最初はカミラに頼むつもりだったのだが、彼女には工房から呪詛を漏らさないように結界を張ってもらった方が良いと判断した。
それにセパもレインも性格はウザ……おおざっぱなところがあるものの、聖剣に宿る人造精霊だけあってタイミングを正確に計ったり精密な動作を要求される場面では人間よりはるかに『精確』な仕事ができる。
今回の実験の助手にはまさにうってつけなのである。
「よし、そろそろカミラは結界魔術の展開を頼む。範囲は打ち合わせした通りだ。リリアは結界の外側になるよう壁際まで移動してくれ」
「了解」
「了解したわ」
リリアが工房の壁際に背を付けたのを確認したあと、すぐにカミラが結界魔術を発動させた。
俺を含む作業台の周辺が、半円状の燐光に包まれる。
これで万が一呪詛が暴走しても、結界に阻まれて工房全体が汚染されることはない。
俺は『裏返りの呪詛』対策の護符を全身に仕込んでいるし、セパとレインはそもそも呪詛を含む状態異常が効かない。
準備は万端だ。
「よし、それじゃ実験開始といくか」
魔法陣にゆっくりと魔力を流し込んでいく。
徐々に術式の文字が発光してゆき、魔法陣全体に魔力が行き渡った。