パワハラギルマスをぶん殴ってブラック聖剣ギルドをクビになったので、辺境で聖剣工房を開くことにした   作:だいたいねむい

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第221話 聖剣『凪(ナギ)』

「お待ちしておりました、ブラッド殿、カミラ殿」

 

 場所は再びアリスの暮らすクロディス家の旧市街別邸。

 

 その応接間で、民族衣装でしっかりと正装したアソ氏とドウジ氏が出迎えてくれた。

 

 二人ともにこやかな顔をしているが、表情はぎこちない。

 

 それも当然だろう。

 

 今日がまさに運命の日、ともいえるのだからな。

 

 

 もっとも、彼女たちには一週間ほど前から『怪力の呪詛』の複製や理論の実証に協力してもらっている。

 

 だから、俺の錬成する聖剣がある程度の効果を発揮することは認識している。

 

 しかし完成品を見るのはこれが初めてになるわけで、本当に『怪力の呪詛』から逃れられるか半信半疑なのだろう。

 

 そして二人の横に立つアリスはそんな二人の様子を黙ったまま眺めている。

 

 しかし彼女の目には、何の不安も緊張の色も浮かんではいない。

 

 ……その信頼に応えるとするか。

 

「さっそくですが、錬成した聖剣を見せて頂けますでしょうか」

 

 アソ氏が落ち着いた口調で切り出す。

 

「では皆さま、こちらへどうぞ」

 

 アリスが優雅な口調でそう言って、俺たちを部屋のソファまで案内(エスコート)してくれる。

 

 今日は家令のクレア氏ではなく、アリス本人がホストを務めてくれるようだ。

 

 アソ氏とドウジ氏はそれだけ大事な客人だ、というわけだ。

 

 

 ソファとソファを隔てるローテーブルは、すでに厚めの敷物で覆われていた。

 

 高級感のある黒革だ。

 

 万が一にも、剣に傷が入るのを防ぐためだろう。

 

 アリスの細やかな心遣いに、俺は胸の内でそっと感謝する。

 

 

 ソファには俺とカミラが隣同士、対面にアソ氏とドウジ氏が腰掛けた。

 

 アリスはホスト席……というか、俺から見て左のテーブル近くに用意されていた椅子に腰かける。

 

 

 皆が着席したのを確認してから、俺は腰の魔導鞄(マジック・バッグ)から布に包んだ聖剣を取り出した。

 

 ローテーブルの上にそっと置き、ゆっくりと布を広げてゆく。

 

 現れたのは、緩く湾曲した短めの剣だ。

 

 長さはショートソードより短く、ダガーよりは長い。

 

 だいたい、大人の前腕部と同じくらいだろうか。

 

「名は『(ナギ)』と言う。さあ、アソさん。ぜひその手に取ってくれ」

 

「これが……私の聖剣」

 

 アソ氏が、おずおずと聖剣を手に取った。

 

 丁寧な所作でキン、と剣を鞘から抜く。

 

 銀色にきらめく刃がスラリと姿を現した。

 

 全体的に緩く湾曲した、片刃の剣だ。

 

 鬼族の故郷である極東地域に伝わる『刀』、その中でも『小太刀』という剣種である。

 

「美しいな……」

 

 ため息交じりの感嘆は、アソ氏の隣に座るドウジ氏から漏れたものだ。

 

 彼は刃の煌めきに魅入られたように視線を外さない。

 

 アソ氏もしばらくの間うっとりと刃を見つめていたが、ハッと我に返った。

 

「失礼いたしました。つい、刃の輝きが美しくて」

 

 彼女は恥じらいつつも『凪』を鞘に納め、そっとテーブルの上に置いた。

 

 それからふと思い出したように呟く。

 

「ナギ……という名は、まさか、我が郷里の古語でしょうか」

 

「ああ。たしか、『穏やかな水面』を意味する言葉だったよな」

 

「ええ、その通りです。ブラッド様は博識なのですね」

 

 俺の言葉に、アソ氏とドウジ氏が驚いたような顔をする。

 

 まさか王国の人間が極東のいち地域の、それも何万年も前に使われていた言語を知っているとは思わなかったのだろう。

 

 だが、残念ながら発案者は俺ではない。

 

「いや……正直に白状すると、名付け親はこっちのカミラでな」

 

 言って、俺はアソ氏から視線を逸らしポリポリと頬を掻いた。

 

 実のところ、命名はかなり悩んだ。

 

 この聖剣が『凪』に決まるまで、十か二十はアイデアを出したものだ。

 

 それでも決まらずセパやレインだけでなく、アリスも動員して知恵を絞ったのだが……結局カミラがぽつりと『極東の海は穏やかでね』という昔話が決め手になった。

 

 彼女はずっと昔(多分俺が産まれる遥か以前のことだろう)に極東の国々を旅したことがあったそうだが、その時に見た海の穏やかさが印象に残っていたらしい。

 

 確かに荒ぶる海のような『怪力の呪詛』を鎮める剣に『凪』と言う言葉は良く似合う。

 

「さて……それで、アソさん。『凪』を手に取ってみて、どう感じた?」

 

「……どう、と言われれば……確かに美しい剣だとは思いましたが……」

 

 アソ氏がそう言って、再び『凪』を手に取り……動きが止まった。

 

 それから彼女の顔に、驚きの表情が広がっていく。

 

「そういえば、剣を鞘から抜くときも収めるときも、何の違和感もありませんでした。普段ならば、鞘を強く握りしめてしまうせいで抜きにくかったり、収めようとしても鞘が歪んで上手く入らなくなるというのに……」

 

「もちろん、『凪』は堅牢な造りだ。だが鬼族の、それも『怪力の呪詛』で歪まないほど剛性は高くない」

 

「つまり、それは……」

 

「ああ。うまく呪詛の力を中和できているようだな」

 

「おお……! ……ならばアソよ、私(人称確認)の手を握ってみてくれないか」

 

「ええ、試してみましょう」

 

 ドウジ氏の申し出に、アソ氏が頷く。

 

 彼女は、ドウジ氏が差し出した大きな右手を、おそるおそる握りしめる。

 

「……どうですか?」

 

「おお、なんということだ……まるで絹で包み込まれているようだ。まるで痛くない。もっと強く握りしめてくれないか。今度は両手で、だ」

 

「ほ、本当に大丈夫なのですか?」

 

「くく、お主の手で握りつぶされるのなら本望よ。片手が残っておれば、子も抱けるからな」

 

 言って、ドウジ氏が不敵に笑う。

 

「……分かりました」

 

 アソ氏はしばしの間逡巡してから、覚悟を決めたようだ。

 

 両手でドウジ氏の右手を包み込み――

 

「では…………ふんっ!」

 

 存外に可愛らしい気合いの声が彼女の口から漏れ――何も起こらなかった。

 

 アソ氏の両手が、ドウジ氏の右手をただギュッと握りしめただけだ。

 

「ま、まさか」

 

 驚いた表情の彼女が、もう一度両手でドウジ氏の手を握りしめる。

 

 しかしドウジ氏の手は肉塊と化すこともなく、そのゴツゴツとした質感を保っている。

 

 何か変化といえば、せいぜいアソ氏が握りしめた箇所が強く圧迫されて皮膚が白くなっているくらいだろうか。

 

「……くく」

 

 そんなアソ氏の可愛らしい様子に、ドウジ氏の口から低い笑い声が漏れる。

 

「くく、くくく、くははははっ! くははははははははっ!!」

 

 それが徐々に大きくなってゆき、やがて応接間を揺るがすような大音声になった。

 

「なんということだ! 本気のお前に手を握られているというのに、まるで痛くない。按摩でもされているかのようだ! なんと……なんと、素晴らしい……こと、か……っ!」

 

 最後の言葉は嗚咽交じりになり、すぐに彼の目からは滂沱の涙が溢れ出す。

 

「ふふ、貴方は妻の力が弱くなったからと喜ぶのですね」

 

 そう言うアソ氏も、目の端が少し光って見える。

 

 二人はしばらく見つめ合ったあと、どちらからともなく強く抱きしめ合った。

 

「兄さまのことだから、どうにか呪詛の力を和らげる(すべ)を見つけて来るとは思ってはいたけども……まさか、完全にねじ伏せてしまうとは……恐れ入るしかないよ」

 

 アリスは号泣する二人の鬼族を穏やかな表情で眺めながら、呟くようにそう言った。

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