パワハラギルマスをぶん殴ってブラック聖剣ギルドをクビになったので、辺境で聖剣工房を開くことにした   作:だいたいねむい

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第224話 王都の休日 下

「よう、ダージとマーレじゃないか。久しぶりだな」

 

 修羅場に割り込む形で、二人に声をかける。

 

「ブラッド!? ブラッドじゃねえか! ちょうどよかった、俺と一緒にコイツをどうにか止めてくれ!」

 

 俺を見た瞬間、ダージが目を見開き、必死な形相で助けを求めてきた。

 

 そして若い男性店員にキレ散らかしていたマーレも、ダージの声を聞くと俺の方にギロリと吊り上がった目を向けた。

 

「ああん!? この王都であたしを止められるヤツなんて団長と副団長以外には……ってブラッド!? 聞いてよ、この若造があたしたちを店に入れようとしないんだよ」

 

「いいからひとまず落ち着けって」

 

「ぶにゃっ」

 

 俺と認めるや店員の代わりに食ってかかってきたマーレの顔を押し返し、ひとまず店員から距離を話す。

 

 もっとも彼女も俺にまで食ってかかるつもりはなかったらしく、店から少し離れた場所に連れて行くとバツの悪そうな顔でシュンと耳を折りたたんだ。

 

「いいかマーレ。さっきのやり取りは聞いていたが、ここは紹介制のレストランだ。一見の客は入れない」

 

「おいおいマジかよ……そんなレストラン、聞いたことにゃーぞ!」

 

「他の都市のことは分からないが、王都には一見(いちげん)お断り店が結構あるんだ。特にこの辺り……上屋敷街はそういう店が多い」

 

「そ、そうなのか……」

 

 マーレは俺の説明を聞くと、すっかり意気消沈してしまった。

 

 どうやら本当に『紹介制』という仕組みを知らなかったようだ。

 

 もちろん下調べも予約もせず店にやって来て騒いだことは責められるべきだが、知らないルールをあらかじめ知っておけというのは酷ではある。

 

「だから言ったろマーレ。俺の誕生祝いをしてくるのは嬉しいが、やっぱり身の丈の合ったレストランに行った方が楽しめるって」

 

 ダージが店員に謝罪したあと、俺たちのところまでやってきた。

 

「でもよ、ダージ。アンタにゃいっつも世話になってるし、この前だってダンジョン探索であたしがミスって魔物に喰われそうになった時にゃ助けてくれたし……それに……」

 

 なぜかそこで顔を赤らめるマーレ。

 

 あれ? こいつらそういう関係?

 

 いや……これはマーレが一方的にダージに想いを寄せている感じだろうか。

 

 やり取りを聞く限り、仕事の借りを返す体でマーレがダージをデートに誘ったものの、肝心なところでしくじった……といった所だろうか。

 

 だとすると、マーレの取り乱しようも合点が行く。

 

 もっとも、あの剣幕で店員に食ってかかったらすべてが台無しだが……

 

「……ふぅむ、青春だねぇ」

 

 そんな様子を、俺の隣でものすごく上からな態度で眺めるカミラ。

 

 腕組みなどをして鼻を広げているあたり、本当に余裕ぶってるなコイツ……

 

『うんうん、青春ですねぇ』

 

『うんうん、青春だね!』

 

 あと聖剣二人も謎の上から目線だな……突っ込んでも不毛なのでスルーするが。

 

 あとダージもマーレもれっきとした成人だ。

 

 

 とはいえ、二人には仕事上とはいえ世話になっている。

 

 ここは人肌脱いでやってもいいかもしれない。

 

 というか、二人が指を咥えて見ているところ、俺たちだけで悠々とレストランへ入るのはさすがに気が引けた。

 

「二人とも、ちょっと待っていてくれ」

 

 俺はダージとマーレにそう言ってから、レストランの前にいる店員に声をかけた。

 

「予約していたブラッド・オスローだ。すまないが、少しだけ話をさせてくれないか」

 

「は、はい、ブラッド様ですね。クロディス伯よりお話は承っております。それで……どういったご用件でしょうか」

 

 若い店員は、俺が誰からの紹介か把握していたようだ。

 

 メモなどを見ずに頷いたあたり、名前だけでなくこちらの人相も把握済みらしい。

 

 ともかく、今のところ門前払いの空気はないので話を続けることにする。

 

「実は、さっきの二人は俺の知り合いでな。それと、俺を紹介してくれたクロディス伯とも、間接的にだが仕事上の付き合いがある連中なんだ。やつらが迷惑をかけたことについては謝罪させる。だから……もし空きがあるなら、彼らの分も席を用意してやってくれないか」

 

「なるほど、先ほどのお二方はクロディス伯の関係者というわけですね……」

 

 言って、男性店員が顎に手を当て考え込んだ。

 

 さすがにレストランにも建前とメンツがある。

 

 彼女の名前を出したとしても、二つ返事で『いいですよ』とは言えないのだろう。

 

 しかし彼は逡巡の後、重々しくではあるが口を開いた。

 

「……少々お待ちください」

 

 それだけ言って、男性店員がレストランの中へと引っ込んだ。

 

 おそらく上司とか支配人に(はか)るつもりなのだろう。

 

 もちろん俺も、それでダメと言われれば引き下がるつもりだ。

 

 さすがに、二人のために無理を押し通すほどの義理はないからな。

 

 

 ――しばらく待っていると、男性店員が戻ってきた。

 

「お待たせいたしました、ブラッド様。ただ今、席を二つご用意いたしました。そちらのお二方にお伝え下さい」

 

「……すまない、恩に着る」

 

「とんでもありません。ただ……一つだけお願いがございまして」

 

 男性店員はそう言うと、おずおずと一枚の書類とペンを差し出してきた。

 

 大きさは一般的に流通している書類サイズよりも少し大きく、正方形。

 

 羊皮紙にしては分厚い。

 

 魔法陣などを描くためのものに見えるが、魔術処理用の加工がされていない。

 

 どうみても、ペンも羊皮紙も、ごくごく普通のものだ。

 

「……これは?」

 

 俺が聞くと、店員は(かしこ)まった様子でこう話した。

 

「今回の措置は特例となりまして。お手数ですが、『ご署名』を頂けませんでしょうか」

 

「ああ、そういうことか」

 

 書類の形式はともかく、理由は分かった。

 

 要するに、形式上でもいいからダージとマーレの身元保証人になれ、ということなのだろう。

 

 このレストランは紹介制の体裁を取っている以上、そう簡単に一見客を入れるわけにはいかない。

 

 それゆえ、連中が迷惑をかけたときの責任を誰が取るかを明確にしたいのだ。

 

 しかし、王国でも有数の大貴族であるアリスに直接話を持っていくのは何かと恐れ多い。

 

 そこで、ひとまずの措置としてこの場にいる俺に誓約書のようなものを書かせたいのだろう。

 

 俺もレストラン側に頼み込んだ手前、否というつもりはない。

 

「分かった。……ここに署名をすればいいのか?」

 

「はい、恐れ入ります。……あ、できれば用紙の中央に、しっかり大きくご署名頂ければ」

 

「……? まあ構わんが」

 

 店員の妙な注文に首を傾げつつも、しかしその方が余白にあれこれ変な術式とか文言とかを書き込まれたりする心配がないと思い、なるべく余白を残さないように大きく署名をする。

 

 さすがにアリス御用達の高級レストランが俺の署名を使って変なことをするとは思えないが、念のためだ。

 

 署名が終わると、店員は大事そうに羊皮紙を布で覆い、小脇に抱えた。

 

「……ありがとうございます。これで支配人も喜ばれるかと」

 

「……??」

 

「あ、いえ失礼、こちらの話です。……それでは皆様をお連れ下さい。中へとご案内させて頂きます」

 

「ああ、頼む」

 

 

 ダージとマーレにレストランに入れることを伝えると、ダージには必ず借りは返すと言われ、マーレは飛びあがって喜んでいた。

 

 ダージはともかく、マーレは喜怒哀楽が極端のようだ。

 

 まあ、喜ばれる分には悪い気はしない。

 

 マーレにはレストラン内ではきちんと大人しくするように念を押して、六人で連れだって建物の中へと入った。

 

 

 

 ◇

 

 

 

「フヒ……! まさかこんなところであのブラッド様の『サイン』をゲットできるとは思いませんでしたねぇ……!!」

 

 時は深夜。

 

 『古都の若木亭』の支配人室で、眼鏡をかけた妙齢の女性が執務机の椅子にゆったりと腰掛け、悪い笑みを浮かべていた。

 

 彼女の名は、シャーレイ・アートバウムと言う。

 

 言わずもがな、このレストランの支配人その人である。

 

 

 レストランの営業はすでに終了し、ひととおりの締め作業も終わっている。

 

 あとは店の戸締りをして帰宅するだけだ。

 

 しかし彼女の執務机には一つだけ、片付けていないものがあった。

 

 豪華な額縁に収められた、大きな署名が入った羊皮紙だ。

 

 署名の主は、言わずと知れたブラッドである。

 

 もちろんなにがしかの書類に対する署名ではない。

 

 ただの『サイン』である。

 

「フヒヒヒーーッ! これはレアですよ! 今売り出し中の聖剣錬成師にして等級Bの冒険者、しかも今をときめくアステル・フォン・クロディス辺境伯様の知己……! レア中のレアです……!!」

 

 シャーレイは高笑いしながら、執務室の壁をぐるりと見回す。

 

 そこには、壁一面にこのレストランを訪れた高名な冒険者や有名な吟遊詩人などの『サイン』がずらりと飾られていた。

 

 何を隠そう、この老舗高級レストランの支配人であるシャーレイには奇癖があった。

 

 レストランを訪れたそれらの者たちのサインをコレクションし、夜な夜なそれらを眺めながら悦に浸ると言う、奇癖が。

 

 もちろん、レストランを訪れた者に頭を下げて普通にサインを頼めばいいのだが、支配人という立場と高級レストランという場が、そのような真似を彼女に許さなかった。

 

 そうして考え出した苦肉の策が、このようなイレギュラーを利用したサイン集めである。

 

「高名な方ならともかく、新進気鋭な冒険者の皆さんは、なかなか私のレストランを訪れる機会がありませんからね……この機会を与えてくれたアステル様には感謝しなければなりません……! 今度訪れた際には、新開発のメニューを一番先に振舞うことにしましょう!」

 

 ニチャァ……と気持ちの悪い笑みを浮かべながら、シャーレイが独り()ちる。

 

 弱冠二十八歳にして老舗の高級レストランを切り盛りする才媛でありながら、その妙な趣味から部下たちからは『支配人って仕事はできるし美人だけど気持ち悪いよな……』と陰でドン引きされている、残念支配人であった。




※補足※
 王国では、正式な場で契約などを交わす際は改(ざん)防止の魔術処理を施した特殊な用紙を使用することが一般的です。
 このため普通の白紙に署名をしたところで落書きと一緒であり、署名そのものを鑑賞する以外に何かの役に立つということはありません。


※他サイトの最新話まで追いついたので、以後は週一更新(多分金曜)になります。
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