パワハラギルマスをぶん殴ってブラック聖剣ギルドをクビになったので、辺境で聖剣工房を開くことにした   作:だいたいねむい

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第228話 王都ダンジョン潜行④

馬鹿(バァカ)め」

 

 狭苦しい小屋の中で、椅子に腰かけた男が愉悦に口を歪める。

 

 口元から頬の奥側へ大きな傷跡がある、目つきの悪い男だ。

 

 手の中ではいくつかのチェスの駒をチャラチャラと弄び、その視線はテーブルの上に敷かれた見取り図へと注がれている。

 

 見取り図の随所には印がつけられており、すでにそのうちのいくつかの印の上にチェスの駒が置かれていた。

 

「……ヒヒッ! 第2階層までは首尾よく突破できたようだが、詰めが甘かったなぁ?」

 

 引きつるような笑い声をあげながら、男は手に持った駒を『第3階層』に相当する見取り図の、『入口』にあたる場所にコトリと置いた。

 

 

 すでに、侵入者がダンジョンに足を踏み入れたところで『音送り』と『マーキング』が発動している。

 

 その後、侵入者は罠が仕掛けられていることに気づき回避を試みたようだが、すでに手遅れだ。

 

 マーキングの魔術は付与されると一定間隔で魔力を漏出させる男のオリジナル魔術だ。

 

 これと魔力感知型の『音送り』と組み合わせることで、一定範囲内にいる相手の位置が手に取るように分かるのだ。

 

 侵入者の人数は2名。

 

 進路の取り方と侵攻速度から、どちらもそれなりに腕の立つ冒険者のようだ。

 

「ふむ……どうやら罠に対する勘は鋭いみたいだなぁ?」

 

 同じく男が設置している『めくらまし』『麻痺』『猛毒』などの罠が発動したにも関わらず、攻略速度に変化がない。

 

 であるならば、これらはすべて回避されたと見ていいだろう。

 

 現在は、第3階層の半ば頃。

 

 男がいる最下層――第4階層に到達するのも時間の問題だ。

 

 ……もっとも、侵入者が一番最初の罠に気づかなかった時点で連中の運命は決まっている。

 

 

 男は手に持った駒をさらに見取り図にさらに配置する。

 

 そろそろだ。

 

 と、ふいに男の背後に影のようなものが(わだかま)り、それが女性の姿を取った。

 

 全身にタトゥーを刻み、両手にそれぞれ黒と赤の刃の短剣を持った美しい少女だ。

 

 年の頃は十代後半だろうか。

 

 民族衣装のような服をまとっており、露出した手足には所々鱗や羽毛のようなものが生えている。

 

 さらには彼女の亜麻色の髪も、よくよく見ればそれが長い羽毛であることが分かる。

 

「へえーっ。相変わらず『ルドラ』さんの罠配置スキル、パネェっすね……」

 

 彼女は男の肩越しに、テーブル上に広げられた見取り図を覗き込んだ。

 

 もっとも彼女に、軍歴十数年の集大成であるこの罠配置の勘所など分かるはずもない。

 

 こいつはバカだから、こういった複雑な図などを見た時はこんな反応をするというだけだ。

 

 もちろん作戦行動を共にする同志に、そんな悪態をつくほど男――ルドラは馬鹿でないが。

 

「『ガルーダ』か。『回収』は終わったか?」

 

 ルドラは振り返りもせず、ガルーダと呼ばれた少女に返事をする。

 

「うっす。ここの祭壇に(まつ)られていたのは小物でしたし、あたしの『歌』であっさり大人しくなりましたよ」

 

 言いながら、ガルーダがごそごそと懐を漁り、取り出した小瓶をトンとテーブルに置いた。

 

 透明なガラス瓶の中には、赤い光球が浮かんでいる。

 

「セイレーン族の『眠りの歌』だったか? 魔族ってのは便利な能力を持っているな」

 

「ウチらの歌は魔術というより呪詛に近いっすからね。昔の御霊が呪詛対策なんてしているわけないし、楽勝っすよ」

 

「一応、ここに(まつ)られているのは古き神々の一柱なんだが……ま、仕事ができるなら何でもなんでもいいけどな」

 

「ははっ! シケた盗賊団のパシりしかできなかったバカなあたしを拾ってくれたうえ、能力を見出してくれた『組織』には感謝してますよ」

 

「ま、それを言えば俺もだけどな」

 

 ルドラは言って、テーブルの上の見取り図、その第3階層から第4階層へ通じる階段付近に駒を置いた。

 

「俺みてぇな魔術工兵がいなけりゃロクに陣地構築もできやしねぇだろうに、たかだか隊の食糧やら酒を横流ししたくれぇでクビにしやがって」

 

「ははっ! ルドラさん、真面目そうに見えて結構ワルだったんすねぇ」

 

「るせぇよ。俺は俺の能力にふさわしい報酬を自主的にもらっていただけだ」

 

「ま、それに関しちゃアタシもっすけどね」

 

「お前、自分の(かしら)を『歌』で眠らせて文字通り『寝首』を掻いたうえ、盗賊団の金を持ち逃げしたんだっけ?」

 

「あー、そんな感じだったっすね。頭にゃ世話になったけど、あたしの身体までくれてやるつもりはなかったんで。……それよか知ってます? 人間って頭を切り離すと、胴体から天井まで血が噴水みたいに噴き出すんすよ。あれは綺麗だったなぁ」

 

 言って、ガルーダが両手に持った魔剣を眺めた。

 

 陶然とした表情で、その目には明らかな狂気が浮かんでいる。

 

 その様子を見て、ルドラは心の中で舌打ちをする。

 

(ちっ、魔剣に魅入られやがって。てめぇの能力にゃ、少しは期待していたんだがな。……結局、まともな奴は俺と『ウルカヌス』の旦那くらいか)

 

 ここには居ない、まだ話が通じる人族の同志を思い浮かべる。

 

 奴も自分と同じ、『追放』された境遇だったか。

 

 たしか、鍛冶ギルドだか聖剣ギルドだかのトップだったが権力争いに巻き込まれたのだとか。

 

 この組織は、そういう特殊なノウハウや技術を持っているが故あって表舞台に立てない連中を集めている。

 

 もっとも、この組織が狂っているのは間違いなかった。

 

 ダンジョンに祀られた古き神々の御霊を取り出す技術や魔剣の錬成など、明らかに王国の魔導技術を凌駕した高度な魔道具を揃えている一方で、その理念はあまりに常軌を逸している。

 

(何千年も前に地上を滅ぼしかけた邪神の復活……? いくら魔族が組織のトップだとはいえ、王国を滅ぼしたところで何になるんだ。何百年も前の戦国時代じゃねえんだぞ)

 

 ルドラの頭はまとも(・・・)なのだ。

 

 だから魔剣など持とうとも思わないし、組織の狂った理想とやらに殉じるつもりもない。

 

 ここである程度の金を稼いだら、邪神復活とやらの混乱に乗じて他国へ脱出する予定だ。

 

「……おっ、そろそろか」

 

 と、そこで耳元にピン! と甲高い音が鳴るのが聞こえた。

 

 最後から二つ手前の『音送り』が発動した音だ。

 

「そろそろお客さんがやってくるぜ。なんと罠を全部回避してこの階層まで降りてきやがった。手ごわい奴らだ。連中に見つかる前にさっさと配置につけ」

 

「おっしゃ、やったるっすよ。で、敵は何人でしたっけ?」

 

 ガルーダの恍惚とした表情に意思の光が戻る。

 

 もっとも、その目の奥には嗜虐的な感情が渦巻いてはいたが。

 

「二人だ。それと、勘の鋭さからいって――」

 

 ルドラは言って、見取り図を一瞥した。

 

「連中は獣人だ。ついでにそいつらも魔剣の材料にしてやろうじゃねえの。ガルーダ、てめぇも『歌』だけじゃねえことを示してこい」

 

「当然っすよ。あたしの魔剣『影法師』と『蛭子(ヒルコ)』でやつらの血を一滴残らず啜り尽くして――」

 

 ガルーダの声は最後まで聞き取れなかった。

 

 ――ゴッ!!

 

「ぐあっ!?」

 

 突如、轟音とともに凄まじい揺れが小屋を襲う。

 

 床が突き上げられ、テーブルや椅子が吹き飛んだ。

 

 壁を構成していた木材や石材がバラバラに崩れ落ちる。

 

 予想していなかった衝撃に、ルドラはなすすべもなかった。

 

(一体、何が起こったんだ……!? まさか伏兵か!? ありえん……! このダンジョンには、マークしていた二人しかいなかったはずだ!)

 

 ルドラの頭の中はもはやパニックに陥っていた。

 

 侵入者たちの位置は、ついさきほどまで第4階層の入口付近を示していた。

 

 これまでの侵攻速度から見ても、今攻撃を受けるなどありえない。

 

 この階層はダンジョン由来のものから自分が設置したものまで(おびただ)しい量の罠が配置されているし、アンデッドなどの魔物も徘徊している。

 

 

 だが……それがすべて間違いであることを自覚せざるを得なかった。

 

 壁が崩壊する瞬間、外の景色がルドラの視界に映った。

 

 死を意識したせいだろうか、すべてがゆっくりに見える。

 

 飛び散る木片、砕け散った石材の破片のさらに向こう側。

 

 ひらけた祭壇の間の先に、杖を突きだした赤髪の女が見えた。

 

 さらにその後ろに冒険者らしき男と獣人の男女が二人。

 

 

(クソ……まさか、罠の裏をかかれたというのか……でも、どうやって!?)

 

 

 ――訳が分からない。

 

 だが、その疑問に答えを出す前に倒壊した天井が迫ってきて――ルドラの意識はブツリと途切れた。

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