パワハラギルマスをぶん殴ってブラック聖剣ギルドをクビになったので、辺境で聖剣工房を開くことにした   作:だいたいねむい

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第236話 ゴータ伯爵別邸 ①

 ヴァルナー・フォン・ゴータという貴族がいる。

 

 位は伯爵。

 

 もともとゴータ家は数百年前から王都に本邸を構える有力貴族だったが、先々代の頃にライバルとなる貴族に権力争いで敗れ、現在は爵位だけは伯爵とされているが領地を持たない名ばかり貴族として、王都の外れでひっそりと暮らしている。

 

 ヴァルナー氏はそんな弱小貴族の一人息子として生まれた。

 

 すでに先代である父と母は亡くなっており、縁者も遠く離れた地方都市に住むのみ。

 

 年は、現在28歳。未婚。

 

 仕事はしていない。

 

 正確に言えば、数年前までは城壁近くにある役場の支所で事務仕事をしていたそうだが、上司ともめごとを起こしそれ以来職場に来ていない。

 

 しかし半年ほど前から夜の街にたびたび現れるようになった。

 

 その頃からヴェルナー氏は羽振りがよく、多少情緒不安定な時もあるようだが争いごとも起こさず、夜の世界では上得意としてありがたがられていたようだ。

 

 羽振りが良い、とは金回りが良い、という意味だ。

 

 その金がどこから出ていたのか……自分で稼いだ金か、他者の血を啜って得た金か、それともスポンサーがついたのか。

 

 彼の場合は、一番最後のパターンだった。

 

 つまりは、テロリストの魔族に絡めとられた。

 

 もちろん最初は何食わぬ顔で近づき、金や女など、なにくれと面倒を見たのだろう。

 

 もとよりヴェルナー氏は『落ちぶれても元大貴族』である。

 

 プライドの塊で、それゆえ役場の上司とも折り合いが悪かったと聞く。

 

 そういう輩は、(おだ)てられれば、簡単に(ほだ)されてしまう。

 

 それが、邪神復活をもくろむ頭のおかしい魔族のテロリストであっても、だ。

 

 何が言いたいかといえば……そんな哀れなゴータ伯爵が所有する別邸こそが魔剣持ちたちの拠点であり、俺たちが制圧すべき目標だった。

 

 

 場所は王都から少し離れた郊外の森。

 

 大きな街道から逸れた森林地帯の外縁部にひっそりと建つその屋敷は、代々のゴータ家が所有していた狩場へ向かうための別荘として使われていたらしい。

 

 しかし家が没落してからは狩場は別の貴族の所有となり、古びた屋敷だけが残った。

 

 老朽化が著しい屋敷の内部は改修と増築が重ねられ、さながら迷宮(ダンジョン)が如く。

 

 もっとも、冒険者ギルドはその見取り図を早い段階から入手していた。

 

 これは別に敵側にスパイなどが潜り込んでいたわけではなく、単純に不動産業者に売りに出されていた物件だったからだ。

 

 ゴータ伯爵は相当に困窮していたらしい。

 

 もちろん現在は売却できないようになっているようだが、見取り図自体は業者の店内に残っていたというわけだ。

 

 おかげで、屋敷の制圧作戦はこちらの圧倒的有利に進んだ。

 

 すでに衛兵隊と傭兵団の混成部隊、そしてイロイ氏が指揮する王国軍有志軍が邸宅を完全に包囲しており、一部の部隊では魔剣持ちを排除し屋敷へ突入したとの報告も上がっている。

 

 

 アリス、そして俺とカミラは、先発隊がある程度本邸内部の制圧が完了してから乗り込む手はずになっていた。

 

 もちろん相手が貴族だろうが誰だろうが衛兵隊に逮捕権がないわけではないのだが、それは建前上の話であり、実際にそれなりの爵位を持つ貴族を逮捕するには何かと面倒ごとが多いらしい。

 

 それゆえのアリスである。

 

 そして彼女だけでなく俺とカミラが随伴するのは……彼女の最大戦力が俺たちだということと、ヴェルナー氏以外にザルツなど顔見知りがいる可能性を考慮してのことだ。

 

 

「なんというか、典型的な没落貴族だねぇ」

 

 現場から少し離れた場所に停めた馬車の中で調査資料を読み込んでいたら、隣に座るカミラが覗き込んでそんな感想を漏らした。

 

 同情しているのか軽蔑しているのか、どっちとも取れる微妙な顔だ。

 

 俺としては、そのどちらでもないが複雑な気分だった。

 

 ヴェルナー氏が、俺と似たような境遇だったからだ。

 

 ただ、俺は彼と違いたまたまそのとき手に職があった。だから職場をクビになっても生きてこれた。

 

 一方、ただの小役人だった彼は、職場で問題を起こしクビになれば簡単に路頭に迷うことになる。

 

 役人は、職人と違ってコネがなければ転職などほとんど不可能だからな。

 

 大抵の貴族は本来働かなくても一代くらいなら食っていけるだけの財産を有しているが、彼の場合は持ち家はあったものの庶民とほぼ変わらない暮らしをしていたと聞く。

 

 蓄えもなく、しばらくは家財を金に換えて糊口をしのぐ生活だったという。

 

 そして……そんな人生のどん底で手を差し伸べられてしまえば、相手が悪い奴だと分かっていても縋らざるを得ない。

 

 

 繰り返すが、彼の所業は欠片も同情はできない。

 

 だが……きっと何かが欠けていれば、俺も彼のような道を辿っていた可能性はあったかもしれない。

 

 そう思ってしまうのは、仕方ないことだと思う。

 

 もっとも、俺たちにできるのは彼にしっかりと引導を渡してやることだけだが。

 

 

「……そうだな。残念な奴だ」

 

 カミラの呟きには、そうとだけ答えておいた。

 

 

 

 ◇

 

 

 

「――うん、了解。……二人とも、そろそろみたいだ。準備はいいかな?」

 

 しばらく資料を読み込んでいると、同じく待機していたアリスが耳元を押さえながらこちらを向いた。

 

 彼女が触れているのは耳栓型の小型遠隔通信魔道具だ。

 

 かなり高価な魔道具だが、今回の作戦では魔道具師ギルドの幹部であるカリシュ子爵の全面バックアップのもと、アリスや現場の各指揮官に提供されている。

 

 今アリスが応対しているのは、おそらく正面玄関の突破を担当している衛兵隊からだろう。

 

「ああ、準備はできている」

 

「私も万端だよ」

 

「よし。では行こうか」

 

 

 馬車を降り道を少し進むとすぐ、ゴータ伯爵の別邸が見えた。

 

 すでに大半の戦闘は終わっているらしく、屋敷周辺に広がる庭園では衛兵や傭兵団の面々がたむろしており、捕縛した魔剣持ちを並べていたり現場の後片付けをしている。

 

「おお、派手にやったな」

 

 別邸の玄関口は完全に破壊されていた。

 

 周囲に放置された鉄製扉のひしゃげ具合や玄関口の壁面に広がる煤の跡から推察するに、爆破系の魔術を使ったようだ。

 

 どうやら制圧作戦を担当した衛兵隊には魔術戦闘特化の部隊がいるらしい。

 

 そんな光景を眺めつつ玄関をくぐる。

 

「おお、クロディス伯殿か。それに護衛の方々も……お待ちしておりましたぞ」

 

 がらんとしたエントランスホールには衛兵隊らしき男女が十人ほど固まっており、その中の一人が俺たちを認めると近づいてきた。

 

 立派な身なりで、50代半ばほどのがっしりした体つきの男だ。

 

 おそらく彼が現場の指揮官なのだろう。

 

「屋敷制圧を担当しました、エルヴィンです」

 

 エルヴィン氏はそう言って王国式の敬礼をした。

 

 アリスは『うむ、ご苦労』と頷いてから、ホールの奥へと目を向ける。

 

「ゴータ伯爵殿は?」

 

「3階の書斎にてクロディス伯殿をお待ちです。監視を付けてありますが捕縛はしておりませんので、十分ご注意を」

 

「ありがとう。早速だけど、案内してくれるかな」

 

「はっ。ではこちらへ」

 

 エルヴィン氏に先導され、ヴェルナー氏の書斎へと向かう。

 

 書斎は3階一番奥にある部屋だった。

 

 扉の前には衛兵が2名ほど警備に当たっている。

 

 彼らは衛兵だが、魔術師のようだ。

 

 俺たちが近づくとすぐ、扉に張ってあった結界を解除し脇にどいた。

 

「エルヴィン殿、ありがとう。ここからは僕たちだけにしてくれ」

 

「承知いたしました。我々は部屋の外におりますので、何かあればすぐに駆け付けます」

 

「うむ、よろしくたのむよ。それじゃあブラッド、カミラ、行こうか」

 

 アリスは余所行きの表情と声色でそう言うと、扉を開いた。

 

 

 書斎内部は、様々な本が詰め込まれた書棚が壁面を覆っていた。

 

 床には争った跡なのか、書棚から落ちた無数の本が散乱している。

 

 魔導書が三割、その他の教養書が七割といったところだろうか。

 

 隣でカミラが『ああ、もったいない……』と呟くのが聞こえる。同感だ。

 

 

 執務机の奥には二十代後半くらいの男が座っていた。

 

 神経質そうな顔立ちで頬はこけており、無精ひげに覆われている。

 

 ヴェルナー氏だ。

 

 彼はすでに観念しているのか、真っ青な顔に引きつった笑みを浮かべながら俺たちを眺めていた。




年末は諸々多忙のため、来週はお休みして次話は年明け1/3(土)更新の予定です。

それでは皆様良いお年を!!
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