パワハラギルマスをぶん殴ってブラック聖剣ギルドをクビになったので、辺境で聖剣工房を開くことにした   作:だいたいねむい

237 / 241
第237話 ゴータ伯爵別邸 ②

「……や、やあ。やはりクロディス伯殿、貴方が来た、か」

 

 ヴェルナー氏は引きつり笑いを浮かべたまま、そう呟き頷いた。

 

 顔は蒼白で、執務机に置いた手は微かに震えている。

 

 だが、その目は妙に嬉しそうだった。

 

「き、救国の勇者様が私を迎えに来た。……これほど光栄なことはない、な」

 

 そう言うとヴェルナー氏は目を閉じ、椅子に深くもたれかかった。

 

「貴殿はこの場で処されることなく、王宮法廷で裁かれる権利がある。取り調べは、僕の名において丁重に扱われると保証しよう」

 

 しかしアリスは彼に近づかず、腰に帯びた剣をいつでも抜けるように手を掛けたまま、静かにそう告げた。

 

(……ブラッド)

 

 俺のすぐ側で、カミラが小さく呟く。

 

 視線はヴェルナー氏を向いており、険しい。

 

(……ああ)

 

 俺も小さく呟き、軽く頷いた。

 

 奴は何か隠し玉を持っている。

 

 その証拠に、観念したふりをしているがその目はせわしなく動き回り、アリスや俺たちの動きを(うかが)っている。

 

 もっとも、書斎には罠の類は仕掛けられているようには見えない。

 

 散らばった書物の中には魔導書もあるが、そのどれもが基本書の類であり、呪詛や危険な攻撃魔術ではない。

 

 ごく普通の書斎と、ごく普通の本だ。

 

 隠し扉や、伏兵が潜んでいる気配もない。

 

 ならば魔剣を隠し持っている? その可能性が高い。

 

 だが机の上には本の類しか見当たらない。

 

 机の中や裏に隠している?

 

 だが、そんな場所に隠し持っていたとしても、取り出す前にアリスがその首を刎ねるだろう。

 

 そもそも、ヴェルナー氏を確保する段階で衛兵たちがこの書斎に踏み込んでいるはずだ。

 

 さすがに連中が彼の武装解除をせずにアリスに引き合わせるほど不用心だとは思えない。

 

 書架から本が掻き出され、床に散乱しているのはそのせいだ。

 

 ……だとしたら、魔剣はどこにある?

 

 

 と、その時だった。

 

 

「クロディス伯殿、ゴータ伯爵の様子はいかがですかな?」

 

 と、俺たちが一向に書斎から出てこないのにしびれを切らしたのか、書斎の扉を開きエルヴィン氏が中に入ってきた。

 

 エルヴィン氏の態度は慇懃だが、その顔には明らかに『早くしてくれ』と書いてある。

 

 貴族であるヴェルナー氏に対して一応の敬意を払うためアリスが出向いているが、これはあくまで形ばかりの敬意だ。

 

 逮捕権そのものは衛兵隊にある。

 

 エルヴィン氏にしてみれば、さっさとヴェルナー氏を屋敷から詰め所へ連行したいのだろう。

 

「僭越ですが、クロディス伯殿。ゴータ伯爵につきましてはこれから取り調べを控えております。お話が済んだのであれば、我々にお任せを――」

 

 だがアリスは、前に出ようとしたエルヴィン氏を手で遮った。

 

「だめだ。貴様は下がれ」

 

「なぜですか!? この期に及んで……ぐふっ!?」

 

 突如。

 

 アリスに抗議をしようとしたエルヴィン氏の身体が後方に吹き飛んだ。

 

 それと同時に、アリスの身体がほんの一瞬ブレたのを俺は見逃さない。

 

 『(とき)斬り』で一瞬だけ時を止め、彼の鳩尾(みぞおち)に剣の鞘を叩きこんだのだ。

 

「兄さま、カミラ殿」

 

 彼女は残念そうに首を振って、俺たちをチラリと見る。

 

 ここまで乱暴な手を使ってまで彼を部屋から追い出したということは……つまりは、そういう事態だということだ。

 

「ああ」

 

「うむ」

 

 狭い室内で素早くレイン……それとセパを抜く。

 

 カミラはすでに杖に魔力を込め始めている。

 

「くく……さすが勇者殿、だ。そうでなくては、な」

 

 そう笑うヴェルナー氏の周囲には、妙な気配が漂い始めていた。

 

 これは――瘴気だ。

 

 すでに彼の顔から神経質な表情は消え去っており、代わりに狂気を帯びた笑みが浮かび上がっている。

 

『ご主人! あの御仁、だいぶ様子がおかしいですよ!』

 

『なんかあの人、すごく変な空気なんだよね……これは戦いの空気!』

 

 セパとレインもヴェルナー氏が放つ空気に気づいたようだ。

 

 念話経由で騒ぎ出す。

 

「くく、ぐふふ、ふはははは……!! やはり勇者殿にはお見通しであった、か! いやはや、まさに敬服するしかない、な!」

 

 ヴェルナー氏が俯きながらくぐもった笑い声をあげたのは、それとほとんど同時だった。

 

「だが……ノコノコと私の屋敷にやってきたのが運の尽き、だ」

 

「…………ッッ!」

 

 ヴェルナー氏が叫ぶと同時にアリスの姿がぶれ、それと同時に彼女のすぐ前でギン! と火花が散った。

 

 ――ギン! ギギギギギギギン!!

 

 続けざまに金属同士がぶつかるような甲高い音が連続し、大量の火花が周囲に舞う。

 

 すでにアリスの手には、抜き放たれた『(とき)斬り』が握られている。

 

 なるほど、不可視の刃か。

 

 たしかにアリスへの攻撃の直前、ヴェルナー氏の周囲に空気の揺らぎが見えた。

 

 風の刃を飛ばしている? それとも剣自体に偽装を施しているのか。

 

 いずれにせよ、アリスはなんなく攻撃を受け流している。

 

 何も問題はない。

 

「ハハッ! 凄い、な……今のをすべて凌いだの、か? さすがは勇者様、だ」

 

「ゴータ伯殿。貴殿の抵抗はすべて無意味だ」

 

 冷たい口調でアリスがそう言い放つ。

 

 だがヴェルナーは笑みを浮かべたまま、ゆっくりと着込んだシャツのボタンをはずしてゆく。

 

「半年……あの方に出会い、私という存在の使い道は定められ、た。これがどれだけ幸せなことか……栄光の道を常に歩んでこられたであろう貴殿には分かるまい、よ」

 

 もはやアリスの忠告は耳に入っていないらしい。

 

 肋骨の浮き出た胸板が徐々に姿を現してゆき――ちょうど心臓付近に醜く引き攣れた傷痕が露わになった。

 

「まさか……魔剣を自分に埋め込んだのか。なんてことを」

 

 アリスが絶句する。

 

 なるほど、魔剣が見つからないのはそういうことか。

 

 衛兵隊が貴族を捕縛する場合、極力ボディチェックを行わないと聞いたことがある。

 

 ――高貴な身体に触れられるのは同じ貴族のみ。

 

 古いしきたり(プロトコル)というやつだ。

 

 それが裏目に出た。

 

 あるいは、ヴェルナー氏はそれを見越して魔剣を身体に埋め込んだのか。

 

 いずれにせよ、これなら剣を手に持つ必要性はない。

 

 ――ギギギギギギンッ!!

 

 さらに火花が散る。

 

「どうだ? 素晴らしいだろう。私は剣になったのだ、よ」

 

 ――ギギギギギギギギン!!

 

 薄暗い書斎が大量の火花が舞い散る。

 

 床の書物に火花が付着し、引火こそしないものの黒々とした焦げ穴がいくつも生じてゆく。

 

 パッ、パッ、と書棚が斬り裂かれ、木屑が周囲に散乱する。

 

「だが私にも貴族の矜持(プライド)というものが、ある。この刃が斬るのは、衛兵のような雑魚では、ない。だが貴方が直々出向いたのであれば話は別、だ! ゆ、『勇者』を斬る。この魔剣にこれほど相応しい門出はなかろうッ!」

 

「……貴殿は一つ思い違いをしている」

 

 アリスはヴェルナー氏の猛攻を涼しい顔で凌ぎながら、静かに言葉を紡ぐ。

 

「たしかに僕らはここまでノコノコとやってきた。その理由を考えたことはあるか」

 

 ――ギンッッ!! ガシュッ!

 

 ひときわ大きな金属音が響き、天井に大きな裂け目ができた。

 

 アリスが弾いた不可視の刃が方向を変え、天井を斬り裂いたようだ。

 

 それと同時に、ヴェルナー氏の頬からパッと鮮血が散った。

 

 少し遅れて、俺たちと彼を隔てていた執務机が細切れになり、ガラガラと床に崩れ落ちた。

 

「この程度の力など簡単に叩き潰せるからだ」

 

「ひ……来る、なッ!!」

 

 彼の顔が、初めて恐怖で歪む。

 

 だが、攻撃の手は緩まない。

 

 ――ガガガッ! ガキン!

 

 さらに虚空で火花が散る。

 

 それを合図に、アリスが一歩、また一歩とヴェルナー氏に近づいていく。

 

 彼の頬に、胸に、傷が増えてゆく。

 

「ふ……ふざけるなっ!! まだ私には奥の手が――」

 

「いいや、もう終わりだ。……兄さま」

 

「おうよ」

 

 アリスの合図とともに、俺はヴェル(・・・・・)ナー氏の(・・・・)背後から、(・・・・・)彼の首元にセパの刃を突き立てた。

 

「がっ……な、んで……きさ、ま……」

 

 ほとんど痛みはないはずだ。

 

 だが自分の力が消えたことを自覚したのだろう。

 

 驚愕の表情のまま、ヴェルナー氏がゆっくりとこちらに振りむいた。

 

 なぜ俺が自分の後ろにいたのか、って顔だな。

 

 

 ――まあ、単純なトリックだ。

 

 つまりは奴が魔剣を隠し持っていると分かった瞬間、カミラが杖を構えた。

 

 行使したのは、闇の精霊による『幻惑』だ。

 

 つまり彼女は俺の姿を隠し、同時に俺の幻覚による分身を創り出した。

 

 あとはまあ……戦闘の間をかいくぐり、あるいはレインで不可視の斬撃を受け流しつつ、こっそり彼の背後に立ったというわけだ。

 

 すぐに攻撃をしなかったのは、アリスによる合図がなければ、貴族同士の『決闘』の邪魔をしたことになるからな。

 

 まあ面倒だが、これも古いしきたり(プロトコル)というやつだ。

 

 

「あんたのお遊びはここまでだ。俺たちも暇じゃないんでな」

 

「な……嘘、だ! なぜ剣が……なぜ剣が、出ない……!!」

 

 どうやら俺に向けて不可視の刃を繰り出したつもりらしいが、もちろん何も起きない。

 

「チェックメイトだ、ゴータ伯爵殿」

 

 言って、アリスがヴェルナー氏の喉元に剣を突き付けた。

 

「あ、あぁ……」

 

 さすがにここに来てようやく己の敗北を悟ったようだ。

 

 ヴェルナー氏は脱力すると、ガクリと首を垂れた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。