パワハラギルマスをぶん殴ってブラック聖剣ギルドをクビになったので、辺境で聖剣工房を開くことにした   作:だいたいねむい

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第238話 ゴータ伯爵別邸 ③

 ヴェルナー氏が逮捕された後は、あっというまに事態が進展した。

 

 彼は身分を保証されることを条件に、彼が知りうる限りの組織の全容を自供したからだ。

 

 おかげで衛兵隊は電光石火の勢いで主要な拠点を次々と制圧してゆき、あっという間に奴らの組織は瓦解していった。

 

 そんな拠点の中には、当然ながら魔剣の錬成工房も含まれていた。

 

 衛兵隊が踏み込んだ先は行方不明になった武器職人や魔道具師が、強制的に魔剣を造らされているまさにその現場だった。

 

 そして、そこにザルツもいた。

 

 奴はブラック工房時代のノウハウ……ノウハウといって良いのか分からないが、恫喝や脅迫それに手下の魔剣持ちたちによる暴力で恐怖政治を敷き、日夜極限状態で職人たちを働かせていたらしい。

 

 そして奴は突入した衛兵隊を見るなり、誰よりも先に現場から逃げようとしたそうだ。

 

 まあ、あっさりと捕まったわけだが。

 

 ちなみに奴は衛兵隊に確保された時に『自分は魔族に脅され無理矢理働かされていた被害者だ』とかふざけたことを言いながら泣きついたらしいが、飽食と放蕩の果てに奴の体重は俺の知るころからさらに倍以上増えていたというのだから、そんな茶番が通用するはずもなかった。

 

 アリスによれば、現在ザルツは衛兵隊の尋問官相手に楽しく(・・・)おしゃべりしているとのことである。

 

 今後奴が縛り首になるのか生涯を地下牢で過ごすことになるのかは分からないが、いずれにせよ二度と会うことはないだろう。

 

 

 そして……すべての元凶となる、組織のトップ……『コドク』は未だ見つかっていない。

 

 奴は蟲型の魔族であり、かつては先代魔王の側近だったとされる。

 

 だったとされる……というのは、間違いなく本人であると確定している訳ではないからだ。

 

 蟲型魔族は人族や他の魔族に比べて外見的な個体差が少ない部族が多く、特に『コドク』が属する『蟻人族』は女王と側近以外は、人には個体識別がほとんど不可能だ。

 

 まあ『コドク』が彼本人でも別人による騙りでも、凶悪なテロリストであることには変わりはない。

 

 そして、現在逃亡中の奴には冒険者ギルドと衛兵隊からそれぞれ『生死を問わず』の賞金が掛けられているが……今のところ見つかっていない。

 

 ……これが、アリスが俺たちに伝えてくれた事件の後日談なのだが。

 

 

「この武器庫の下に広がるダンジョンに、奴が潜伏していると?」

 

 俺は薄暗くがらんとした倉庫の床を眺めながら呟いた。

 

 ここはヴェルナー氏の屋敷の一階食糧庫から繋がる隠し階段を、さらに降った先にある地下室。

 

 ここには魔剣をはじめとした数々の武器が保管されていたが、現在は衛兵隊によりすべて押収され空っぽになっている。

 

 まさか、事件が解決したあとすぐ、アリスにこんな場所まで連れられてこられるとは思っていなかった。

 

「これはゴータ伯爵が僕にだけ教えてくれた情報だ。彼がくだらない嘘をついてなければ、『コドク』はこの屋敷の下に広がる未踏破ダンジョンに潜伏している。そして、この倉庫内に出入りできる隠し扉があると……あった。ここだ」

 

 アリスはしゃがみこむと、石床に積もった埃と泥を払った。

 

 すると、確かに床にはわずかな継ぎ目が見えた。

 

 間違いない。隠し扉だ。

 

 とても精巧な造りで、石の継ぎ目までしっかりと偽装してあるのでよほど目を凝らさなければ分からない。

 

 実際、倉庫から武器を押収するのに夢中だった衛兵たちは、この隠し扉の存在に全く気付いていなかったようだ。

 

「扉の開封は俺がやる」

 

 罠が仕掛けられている可能性を考慮し、カミラに耐衝撃、耐爆、耐毒などの防護魔術を掛けてもらったあと、その場で錬成した短剣を石の隙間にこじ入れた。

 

 どうやら罠は仕掛けられていなかったらしく、石蓋はあっさりと持ち上がった。

 

「……深いね。底が見えない」

 

 カミラが扉の先……竪穴の奥を覗き込んでそんな感想を漏らす。

 

 それは人が一人通れるかどうかという、細長い立坑だった。

 

 立坑の内壁には、下に降りるため木製の梯子が設置されている。

 

 下から立ち昇ってくる空気は淀んでおりかび臭いが、悪臭はしない。

 

 さらには、明らかに梯子の段には最近こびりついたと思しき泥の塊が見えた。

 

 つまり、この通路は生きている(・・・・・)

 

「念のため、内部に危険なガスが滞留していないか確認してみよう」

 

 カミラが進み出て、口の中でもごもごと呪文を唱える。

 

 すると彼女の差し出した手の平に、拳大の青白い火球が生まれた。

 

「これは?」

 

「炎の精霊の一種、『鬼火の小精(ウィル・オ・ウィスプ)』だ。この精霊は周囲にある気体や魔力に反応して色が変化する。内部に危険ならすぐに知らせてくれるのさ」

 

「……おい、まさかこいつを投げ入れるのか?」

 

 カミラがしようとしていることを察して、思わず聞き返す。

 

 俺も冒険者の端くれである以上、閉鎖空間に関する知識はそれなりにある。

 

 基本的にダンジョンは魔力による恒常機能が働いており、常に人が活動できる程度の環境が維持されている。

 

 もちろん罠などがある場合は例外だが、よほど大規模な火炎魔術を乱打しない限り窒息することはない。

 

 だが単に長年閉塞しているだけの坑道や天然洞窟、それに地下室などは、ダンジョン化していないので危険なガスが充満していることがある。

 

 それゆえ、まともな感覚を持った魔術師ならば炎をそれらの内部に投げ入れるような真似はしない。

 

 だがカミラは自信満々に言い切った。

 

「問題ない。この精霊()は炎そのものではないからね。仮に可燃性のガスが充満していたとしても、それで爆発することはない」

 

 それから彼女はニヤリと笑うと、青白い火球を立坑に投げ落とした。

 

 ふわふわと羽根が落下するように、火球はゆっくりと立坑を降下してゆく。

 

 そして……十秒ほどで立坑の底にたどり着いた。

 

 深度は10メートルと少しといったところだろうか。

 

 火球は青白いまま、消えることなく炎を揺らめかせている。

 

「ふむ……炎色反応はなし、と。魔力は希薄だけども、きちんと空気が通っているようだね。……誰から降りる?」

 

「僕が先に行こう」

 

 アリスはそう言うと腰に下げた魔導カンテラの明かりを点け、まったく躊躇せずに立坑を降りてゆく。

 

 こういう肝っ玉はさすが『勇者』と言われるだけあるな。

 

 もちろん俺たちも遅れず立坑を降りてゆく。

 

 底には、大人が並んで歩けるほど広々とした通路が広がっていた。

 

 松明などは灯っておらず、どうやらここはまだダンジョン化していないようだ。

 

 おそらく屋敷の地下室という位置づけなのだろう。

 

 

「今さらだが、この秘密の通路やら魔族の潜伏先を俺たちに漏らしてよかったのか? ヴェルナーさんは、まだ取り調べ中なんだろ」

 

 アリスを先頭に通路を進みながら、彼女に話しかける。

 

 この場には、俺とアリスだけでなくカミラもいる。

 

 もちろん俺もカミラも秘密を漏らしたりしないが、機密情報には違いないと思うのだが。

 

「別に、この情報は衛兵隊からもたらされたものじゃないからね。それにゴータ伯爵がわざわざ僕だけに教えてくれた極秘情報だ。それはつまり、衛兵隊ではなく僕たちに事件の完全解決を委ねた……ということだよ。……それに」

 

 アリスが立ち止まった。

 

 腰から下げたカンテラを外し、そして明かりを消した。

 

 気づけば彼女の手には、すでに『(とき)斬り』が握られていた。

 

 俺もすぐさま『レイン』を腰から引き抜く。

 

 それと同時に、カミラも魔導鞄(マジック・バッグ)から魔術杖を取り出した。

 

 

 ちょうど、通路が途切れ大きな広間に差し掛かったところだった。

 

 ちょっとした寺院がすっぽり入りそうな、明らかに地上との高低差が合わない広大な空間だ。

 

 そして壁面には、等間隔で煌々と燃え盛る松明が掲げられている。

 

 ここから先は、ダンジョン化しているようだ。

 

「この状況を、衛兵隊でどうにかしようとするのはきっと無理だと思うよ」

 

「……そうだな。仮にここに百人いようが、まず全滅する」

 

 アリスの言葉に、俺は顔を顰め応じた。

 

 広間の壁面や天井を埋め尽くすように、蟻型魔物が蠢いていた。

 

 一体一体が大型犬ほどもある魔物たちが、おそらく千体以上。

 

 とんでもない大群だ。

 

 筆舌に尽くしがたいおぞましさだが、こいつらがいるということは、『コドク』がこの奥に潜伏している可能性は極めて高いということだ。

 

 どうやらヴェルナー氏の情報は正しかったらしい。

 

「まだこちらに気づいていないみたいだ。誰からいく?」

 

 アリスは目の前の光景を目の当たりにしても、楽しそうだ。

 

 まあ、彼女にとってはこの程度の魔物、千体いようが二千体いようが物の数ではないだろう。

 

 それを言えばここにいる全員がそうなのだが。

 

「では、一番手は私が務めさせてもらおうかね」

 

 進み出たのはカミラだ。

 

「蟲型魔物とは、どうも相性が悪くてね。景気づけの一発というやつが必要なのさ」

 

 そういえば、昔パーティーを組んでた時も蜘蛛型魔物に糸で絡めとられて散々な目に遭っていた気がするな。

 

 ここらで苦手意識を払拭したいということなのだろう。

 

 もちろん俺も止めるつもりもない。

 

「じゃあ、ド派手に頼むぜ」

 

「言われずとも。――『白霜の精霊よ、すべてを凍てつかせよ』」

 

 カミラが前に進み出ると、杖を掲げた。

 

 ――ギィン!!

 

 広間全体が、一瞬にして強烈な冷気に覆われる。

 

 その直後、黒い塊がひとつ残らず青白い霜で覆われ――そのすべてが、まるでガラスのように砕け散った。

 

「さて、次の部屋は誰がいく?」

 

 あっという間に千体からの魔物を片付け、ドヤ顔のカミラがそう言った。

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