パワハラギルマスをぶん殴ってブラック聖剣ギルドをクビになったので、辺境で聖剣工房を開くことにした   作:だいたいねむい

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第240話 ゴータ伯爵別邸 ⑤

『おお……これはこれは』

 

 祭壇の間に、ひび割れた声が響いた。

 

「……誰だ!」

 

 その声に対して、アリスが大声を張り上げた。

 

 きっと誰かなんて彼女も分かっている。

 

 だが、誰何(すいか)せざるを得ないほど、その声は人外じみていた。

 

 

 ――ずるり、ずるりと何かを引きずるような音がして、祭壇の奥から声の主が姿を現した。

 

 

「「……!」」

 

 隣からアリスとカミラの息を呑む気配が伝わってきた。

 

 

 それは肉塊……のような何かだった。

 

 高さは5メートル以上ある。

 

 幅も10メートルはあるだろうか。

 

 ただ、その容姿を形容するのは難しい。

 

 昆虫や何かの動物、植物、魔物、魔族、亜人、おそらく人族もだろう……あらゆる生き物の特徴が渾然一体となった巨大な肉塊だ。

 

 そこに、腕部か前脚が4本、後脚と思しき脚部が十数本ほど生えている。

 

 

 その肉塊の真ん中から、人とも昆虫ともつかない上半身が生えていた。

 

 そいつがおそらくは『コドク』の成れの果てであろうことは容易に想像がついた。

 

『おお……これはこれは』

 

 コドクらしき魔物は嬉しそうにそう繰り返してから、俺たちをぐるりと見回す。

 

『王国の英雄様。孤高の聖剣錬成師殿。それに、そこのハーフエルフのご婦人は……学院の才媛……でしたかな。皆様、ようこそ我がダンジョンへお越しくださいました』

 

 頭部の半分以上を占める複眼からは、誰を見ているのかは分からない。

 

 ヤツの身体から生えている夥しい数の『単眼』は、すべてが俺たちを見据えていた。

 

 ずん、と前脚がこちらに踏み出した。

 

 巨大な節足動物の鉤爪が、石床を引っ掻きギリギリと不快な音を立てる。

 

 だが、ヤツの身体がそれ以上前に出てくることはなかった。

 

 よくよく見れば、ヤツの身体は広間の奥にある壁面と繋がっているのが分かった。

 

 あれではもはや身動きは取れまい。

 

「……ブラッド。あれ(・・)が……私たちの探している者でいいのかな」

 

「おそらくはな」

 

 カミラの呟きに、俺はレインを構えたままそう応じる。

 

「兄さま。これはどういう状況なんだろうか」

 

 アリスもまた、『(とき)斬り』を相手に向けたまま、困惑したようにそう呟いた。

 

 確かに彼女たちの気持ちは分かる。

 

 俺も同感だからだ。

 

 だが、ヤツがどうなったのかはなんとなく想像がつく。

 

「おそらくヤツは、魔剣錬成の技術を応用してダンジョンコアを自分の身体に取り込んだんだろう。あとは……魔族か人間の魂を複数……取り込んだ」

 

「にわかに信じがたい話だ。……そんなことが可能なのかな」

 

「理論上は可能だ。人体を『剣』、ダンジョンコアを『人造精霊』に見立てて錬成術式を展開する。普通は思いついてもやらないがな」

 

 俺も、似たようなことを思いついたことがないわけではない。

 

 ただ、そんな事をすれば人間の身体は()たない。

 

 錬成術式はその性質上、いったん素材の形状を『(ほど)く』工程があるからな。

 

 たとえば鋼材をインゴットから剣に成形する工程がそうだ。

 

 だが……蟲型魔族の中には『変態』を行う種族が存在したはずだ。

 

 つまり、幼年期を終えると一度繭となり、その中でいったん身体をドロドロに溶かし再構成し、成体となる。

 

 その生態だからこそ、聖剣錬成の工程とほとんど同じことをしてもまだ生きていられるのだろう。

 

 

 だがこの状況が成功なのか、失敗なのかはよく分からない。

 

 ヤツの肉体は空の肉繭にくらべて明らかに肥大しており、無秩序に突き出した手足のほとんどは体重を支え切れていない。

 

 そもそもあんな何十本も手足が突き出ていたところで、ダンジョンの壁と融合してしまっているなら戦闘力もなにもあったものではない。

 

 広間の入口付近から強力な魔術なりなんなりをぶち込んで終わりだ。

 

 ただ、ここに来るまでに出くわした魔物は全て蟲型だったことを考えると、『一応』はダンジョンの力を制御できているように思える。

 

 理性の方は……どうだろうか。

 

 今のところ人間の言葉を発しているが……

 

「君がコドクだな?」

 

 アリスが目の前の肉塊に対して、もう一度誰何した。

 

『コドク……そう、私は蠱毒(コドク)。ここまでご足労頂き光栄です。このダンジョンは我が眷属を産み出すようになりました。ようこそ、ここは蠱毒のダンジョンです。我が眷属の楽園。素晴らしい場所です』

 

「君の目的はそれか?」

 

『目的……目的。はい、目的なら私にもあります。ダンジョンの繁栄は我が望み。ぜひともたくさんの人々をお招きいただければ幸いです。きっとたくさんの魔物を生み出し、貴方たちをもてなしましょう』

 

「……だめだね。精神をダンジョンコアに侵食されている」

 

「そのようだな」

 

 コドクは、確か古の魔王を復活させるのが目的だったはずだ。

 

 それが、ダンジョンの繁栄とか意味の分からないことを呟くだけになってしまった。

 

 俺たちを排除するために、この場に魔物を生み出す様子もない。

 

 もともとダンジョンコアに防衛能力は存在しないとされている。

 

 それゆえ連中はコアを盗み出せたのだが……それはつまり、俺たちがこの場にいても攻撃される可能性が低いことを示している。

 

 まあ、こちらから攻撃したらコドクの方が反応して襲いかかってくるかもしれないが。

 

 

 おそらくコドクは、このダンジョンに逃げ込みダンジョンコアと融合することで力を得ようとしたのだろうが……残念ながらその試みは失敗に終わったようだ。

 

 そもそもダンジョンコアなど、人の手に余る代物だ。

 

 もう、おそらくヤツにできるのは、ただダンジョンの本能――本能と呼べるものかは分からないが――に従い、自分の眷属たる魔物を生み出すことだけだろう。

 

 せめて、(くだん)の古の魔王とやらを呼び出していれば、王都に破壊をもたらしたかもしれないが……

 

「どうする、アリス。コイツはもう終わりだ。せいぜいこのダンジョンの魔物を蟲型に変え生み出し続けるだけだ。ここを封印してしまえば、コイツにできることはもう何もない」

 

「ふん。欲をかいた愚か者にはふさわしい末路だね」

 

 カミラが何の感情も込められていない声色でそう言った。

 

『――――、――――……』

 

 コドクはその間も、俺たちや、どこか虚空に向かって意味の通らないことを話し続けている。

 

 そんな様子を、アリスはただじっと見つめていた。

 

「……そうだね」

 

 彼女はそうとだけ呟いて、『(とき)斬り』を鞘に納めた。

 

「どうするかい? あれを焼き払うことは可能だけども、おそらくダンジョンの恒常性維持能力で半日もすれば再生してしまうだろうね。私としては、一通りの調査が済んだあとはこのダンジョンをさっさと封印してしまうのが一番だと思うがね?」

 

「俺もカミラの意見に賛成だ。どのみちこうなってしまえば、奴は不死だ。少なくともダンジョンの魔力が枯渇するまで何万年も何十万年も生き続けるだろう。ただ魔物を生み出すだけの装置となってな」

 

「…………」

 

 アリスは目を伏せ、俺たちの言葉をじっと聞いていた。

 

 彼女はしばらく沈黙したのち、やがて目を開いた。

 

「兄さま。頼みがあるんだけど」

 

 何となくだが、俺はアリスのしたいことが分かった。

 

 だから俺はレインを鞘に納め、代わりに腰に差したセパに手を掛けた。

 

「おう。なんでも言え。ただし、俺ができることで頼むぞ」

 

「ふふ……やっぱり兄さまは頼もしいな」

 

 彼女はそれを見て、薄く微笑んだ。

 

 それから彼女はゆっくりと、しかしはっきりと口を開く。

 

「コドクは重罪人だ。すでにたくさんの王国民を、他の国々の民を、そして魔界の民を……直接あるいは間接的に殺している。何十人も、もしかしたら何百人も。万死に値する」

 

「おう」

 

「けれども……だからこそ……彼は罪を償わなけ(・・・・・・)ればならない(・・・・・・)。こんな薄暗いダンジョンの底で永遠に生きな(・・・・・・)がらえること(・・・・・・)は許されない(・・・・・・)。……国王陛下の御名の下、法廷で裁かれなけれならない。……だから」

 

 アリスはそう言って、俺の目をしっかりと見た。

 

「コドクをダンジョンから『切断』してやってくれないかな、兄さま」

 

 だから、俺はこう答えた。

 

「もちろん。お安いご用だ」

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