パワハラギルマスをぶん殴ってブラック聖剣ギルドをクビになったので、辺境で聖剣工房を開くことにした   作:だいたいねむい

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第241話 あり得た未来

「うう……私は……」

 

 ドロドロに溶け落ちた肉塊がもごもごと蠢き、蟻頭の魔族が起き上がった。

 

 蟲型魔族の正確な年齢は、外見からはよくわからない。

 

 だが、身体についた傷痕や千切れた触覚の感じからして、老境に達した者だということは察せられた。

 

「長い夢は楽しかったか、コドク」

 

「貴方は……クロディス辺境伯」

 

 蟻頭の魔族――コドクは周囲を見回したあと、自分の状況をすぐに把握したようだ。

 

 ゆっくりと4本の手を挙げ、降参の意を示した。

 

「……私は失敗したのですね」

 

「ああそうだ。説明は必要かな?」

 

 アリスが訊ねるが、コドクは力なく首を横に振った。

 

「いえ……大方の事情は理解しております。ダンジョンコアの力に呑まれたのでしょう。……私は賭けに敗けた。残念です」

 

 コドクはまるで他人事のように淡々とそう言うと、深いため息を吐き出した。

 

 正直な感想を言えば、もっと抵抗すると思っていたのだが……潔いというよりは、生きる力をなくした老人のように見えた。

 

 もしかすると、セパの『切断』で野望や野心もダンジョンコアの中に置いてきてしまったのかもしれない。

 

 なぜかそんな気がした。

 

「辺境伯殿。少し聞いてもよろしいでしょうか」

 

「いいだろう。発言を許可する」

 

 剣を突き付けたまま、アリスが頷く。

 

 それを確認したのち、コドクがゆっくりと話し出した。

 

 困惑したような声色だった。

 

「私はなぜ助かったのでしょうか。実は……ダンジョンコアと融合する直前の記憶が少し残っているのです。……私はコアから流れ込む濁流のような情報の渦に巻き込まれ、自我の精神も完全にバラバラに引き裂かれたはずでした。だからこそ、今こうして貴方がたと会話ができているその理由が分からないのです。一体……どんな奇跡が起きたのですか」

 

「それは、聖剣錬成師である彼に聞くといいだろう」

 

 アリスはそう言って、俺の方に視線をやった。

 

 つられてコドクの複眼がこちらに向く。

 

「……貴方は……その携えた剣が……? まさか、聖剣の力で……?」

 

「まあ、そういうことになるだろうな」

 

 コドクの震えたような声に、俺は淡々と応じた。

 

「あんたに手の内を明かすつもりはないが、簡単に言うと俺が錬成した聖剣の力でダンジョンとあんたの身体を分離した。そのとき、精神や記憶も一緒に復元されたんだろう。まあ、そういう力があるってことだ」

 

「まさか……そんなことが、本当に可能なのですか……?」

 

「今あんたの身体に、現実に起きたことだ。まあ一つ言えるのならば……あんたが造ろうとしていた魔剣にはできない芸当だな」

 

「そんな、そんな……ふ、ふはは、ふははははは……!」

 

「何がおかしい」

 

 突如笑い声をあげ始めたコドクの喉元に、アリスが剣を突き付ける。

 

 だがコドクは笑いながらも、悲し気に肩を震わせ始めた。

 

「ふはっ、ははっ、ははは……これが笑わずにいられましょうか! そうですか、そうですか……私の実現しようとしたのは、結局『車輪の再発明』だったというわけですね。しかも、多大な犠牲を払って、それでも失敗した。……やはり私は決定的に選択肢を間違えてしまったようです」

 

 そして力なく、ガックリと肩を落とした。

 

 すでに抵抗の意思はこれっぽっちも残っていないのだろう、4本の手を地面につき、自分に言い聞かせるかのように小さく呟いた。

 

「私が……いかなる犠牲を払ってでも欲していた力は、まさにこんなすぐ近くにあったというのか……」

 

 それからコドクはおもむろに頭を上げ、ふたたび俺を見た。

 

 硬い外骨格と複眼からは、その内部にどんな感情が浮かんでいるのか伺い知れない。

 

「最初から、貴方に聖剣錬成の依頼をしていれば……このような結末を迎えることはなかった。でも、もう取り返しがつかない。私は間違った方法のために多くの命を奪い、無駄に使い潰してしまった。本当は、そんなことをする必要などなかったというのに……」

 

「悪いが、頼まれても脅されてもあんたの仕事を受ける気はないな」

 

 さすがに俺にも仕事を選ぶ権利ってやつがあるからな。

 

 古の魔王だか邪神だかを復活させる聖剣など論外だ。

 

 俺は世界の破滅を引き起こす張本人になりたくない。

 

「ふふ……我が盟主は巷で言われているような恐ろしいお方ではありませんよ。慈悲深く、思慮深く……私たちのような種族にすら愛を注いでくださる……きっと貴方も、彼女に相まみえる機会があれば、あるいは――」

 

「そこまでだ、コドク」

 

 さすがにしびれを切らしたのか、アリスが『(とき)斬り』でコドクを小突く。

 

「その後のご高説は、王宮法廷で披露すればいい。時間切れだ」

 

「くふふ、承知しました。……ですが、その機会が得られるならば本望です」

 

 言って、コドクはもう一度不敵な笑みを上げ、今度こそ静かになった。

 

 

 ――今後、ヤツは地上まで連行されたあと衛兵隊に引き渡され、おそらくは王宮法廷に掛けられることになる。

 

 その後……どのような刑が処されるかどうかは分からないが、おおかた死刑、良くて一生地下牢暮らしとなるだろう。

 

 まあ、どうなろうと俺の知ったことではない。

 

 

 

 ◇

 

 

 その後、俺たちは捕縛したコドクを衛兵隊に引き渡し、たくさんの調書や質問に答えたあとようやく解放された。

 

 王都の中心部にある衛兵隊の本部を出た頃には、辺りはすっかり暗くなっていた。

 

 

『ふう……流石に今回は手間でしたね。何重にも積み上げられた魔術や呪詛による身体改造、堅牢な魔術防護、それに……数多の魂のすべてを確実に切断し解放するのは、骨が折れました。さすがの私でもヘトヘトです』

 

 しばらく通りを歩いたところでようやく緊張が解けたのか、セパが実体化すると同時にぐぐっと伸びをする。

 

『セパおつかれー! あーしも久しぶりにたくさん戦って楽しかったかも!』

 

 すでにレインは実体化済みで、俺の隣を楽し気な様子で歩いている。

 

「二人とも今日はお疲れさん。大活躍だったな」

 

『そうでしょうそうでしょう! ご主人も認める私の大活躍。もっと褒めても良いのですよ!? ですが感謝の気持ちは具体的な形としてご提示頂く方が私としては嬉しいですね! 具体的には今夜のご飯は肉づくしを所望します! お肉の種類はなんでもいいですが、ステーキ山盛り、ローストビーフどか盛り、付け合わせのシチューはもちろんお肉がたくさん入ったやつがいいですね!』

 

『えー、あーしも! あーしは魚がいい! 王都ってナマズのフリッターが名物らしーよ! ほらあそこの屋台で売ってるし! とりま10人ぶんよろー!』

 

 こいつら、限度ってものを知らないのかよ……

 

「ふふ……ならば私は王都中の屋台を巡って食べ歩きをしたいね」

 

「それはいい考えだね、カミラ殿。それじゃあ僕は、拠点になるレストランと王都中の屋台を貸し切る準備をしてこようかな。商工ギルドのお偉いさんに僕の顔なじみがいてね。通常営業が終わってからになるけど、やれなくはないよ」

 

「アリス、お前もか……」

 

 というか、クロディス家の権力があればなんでもありだな!

 

「いいじゃないか、兄さま。僕も皆と一緒に騒いでみたいと思っていたんだからね? オルディスに滞在していたときだって、ほとんどの日は別邸でひとり寂しく食事を摂っていたからさ」

 

 そんなことを言われても、さすがに王都中を巻き込んで大騒ぎをするわけには……

 

 ……はあ。まあいいか。

 

「分かったよ。好きなようにしてくれ。ここはお前の縄張りだ」

 

「そう言ってくれると思ったよ! それじゃ、さっそく準備に取り掛かるね」

 

 アリスが嬉しそうな様子で、小走りに街の中へと消えていった。

 

 そんな様子を眺めながら、カミラがため息交じりに呟く。

 

「……まあ、今日くらいはブラッドを貸してやってもいいかもしれないね」

 

 ……一体何の話だ。

 

『ご主人、もしかしてこの辺りの屋台は全部食べ放題になるんですか!?』

 

『えぇっ!? それマジ!?』

 

「たぶんな。アリスならやりかねん。……お前ら、食いすぎて腹が破けないように気を付けろよ?」

 

 やれやれ……

 

 今日という日は、まだまだ続くらしい。




 これにて第5章は完結となります。
 ここまでお読みくださりありがとうございます!!

 とはいえまだ書き足らないエピソードがかなりあるので(ケット・シーのお宝探索とか)、そちらは閑話という形でお出しできたらと思っております。
 その後、第6章を始める予定ですが、閑話含めてちょっとお話を作り込みたいので2~3か月くらい間が空くと思います。
 気長にお待ちいただけますと幸いです。

 それでは引き続き本作をよろしくお願いいたします!!
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