パワハラギルマスをぶん殴ってブラック聖剣ギルドをクビになったので、辺境で聖剣工房を開くことにした   作:だいたいねむい

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第4話 『古い友人を訪ねた』

「お二人とも、こちらへどうぞ」

 

 俺たちは応接室と思しき部屋に通された。

 

 一応、応接用のソファやテーブルは一通りそろってはいる。

 

 思しき、と感じたのは、そこがおびただしい書物で埋め尽くされていたからだ。

 

「相変わらず汚ねえな……」

 

 店舗の方はそれなりに綺麗にしていたが、ここは混沌の極みだ。

 

 少なくとも数か月、いや数年は来客がないのは明らかだった。

 

 床には書きかけの羊皮紙や着古した衣服が散らばっていて足の踏み場もない。

 

 本棚にみっちり詰まった魔導書のせいで床がたわんでいる。

 

 テーブルとソファの上も、床と大差なかった。

 

 マリアに家事全般をこなす能力がないようには思えないんだが……

 

 ヤツが掃除を禁止しているのだろうか。

 

 もっとも、命令が絶対というわけではない。

 

 高度な人造精霊ほど、命令の穴を突いてくる。

 

「ご主人、何か?」

 

「なんでもない。そのまま黙ってろ」

 

 実際よく見てみると、雑然とした部屋にありがちな埃臭さはなかった。

 

 おそらくマリアはこのカオスな状態を保持したまま、埃だけをしっかり掃除しているらしかった。

 

 ある意味恐ろしい高性能ぶりだった。

 

「ここでしばらくお待ちください。ご主人様を呼んでまいります」

 

 マリアが折り目正しく一礼をしてから、奥の部屋へと消えていった。

 

「ここはすごい場所ですね、ご主人。今私は、人間の多様性に感銘を受けています。この混沌ぶりはご主人の工房とは対極に位置する場所です。魔界と称しても過言ではないでしょう」

 

「そうだな魔界だな」

 

 俺は適当に相槌を打ちつつ、ソファを占拠する書類を近くに投げ捨てていく。

 

 どうせここにあるのは読み終わった書物などだろう。

 

 やつは天才だ。

 

 書物も一度読めば頭にすべて入ってしまう、と言っていたからな。

 

 俺はどうにか人ひとり分が座れる領域を確保すると、そこに体をうずめた。

 

 セパが俺にあれこれ質問してきたり煽ってきたりしてくるのを適当に受け流しつつ、しばし待つ。

 

「お待たせしました。その……」

 

 戻ってきたマリアは、一瞬思案気な様子を見せる。

 

「ご主人様は今、仕事の真っ最中でして、手が離せない、と」

 

「分かった、俺から出向くよ。ヤツは工房だな? 案内してくれ。そっちで待つよ。もちろん邪魔をするつもりはないから安心してくれ」

 

「……承知しました。ご案内します」

 

 工房は地下室にあった。

 

 薄暗く、そして一階にも増して雑然としている。

 

 その奥に、一人の女がいた。

 

「久しぶりだな、『傀儡の魔女』」

 

「……」

 

 返事はない。

 

 『傀儡の魔女』は、俺たちに目もくれず、古びたテーブルの上を漂う光の塊と向き合っていた。

 

 光の塊は、赤子の頭ほどの大きさだ。

 

 近づいてみると、彼女の手元に羊皮紙に描かれた魔法陣があるのがわかった。光の塊は、その魔法陣と繋がっていた。

 

 ちょうど、へその緒が切れていない胎児のような状態だ。

 

「あれが、そうなのですか?」

 

 セパが部屋の奥の人影を認め、指さした。

 

 『なんだコイツは』といった顔をしている。

 

 コイツの気持ちはまあ、分かる。

 

「俺の友人が女なのが意外だったか? それとも、年端もいかない子供に見えるからか?」

 

「どっちもですね……なんですかこの人は。奇人ですか? 変人ですか?」

 

「お前の生みの親だ」

 

 『傀儡の魔女』の外見は十四、五歳くらいの少女だ。

 

 ……が、ハーフエルフの見た目は人間のそれとは異なる。

 

 以前会話したときの内容から、おそらく百歳は超えているはずだ。

 

 ……という説明をセパにしてやる。

 

 ちなみに正確な年齢は知らない。

 

 一度聞いたときに殺されそうになったからな。

 

 エルフの血を引く彼女の横顔は、恐ろしく整っている。

 

 だが顔色はすこぶる悪い。

 

 おそらく連日に及ぶ徹夜でもしていたのだろう。

 

 淀みきった両目の下には、酷い(くま)がはっきりと現れている。

 

 くすんだ長い赤髪を後ろで無造作に束ね、丈のあっていないローブは床に引きずられ端がボロボロだった。

 

 彼女がまだ王都の魔術師ギルドに所属していたころから、その背格好はまったく変わっていなかった。

 

「おっ、ブラッドか。ちょうどいい、手伝ってくれ」

 

 側に立つと、そこでようやく俺を認識したようだ。

 

 ちらりとこちらを見やり、『傀儡の魔女』がちょいちょいと手招きする。

 

 光の塊が少しゆらめいた。

 

「おっと……大丈夫だよー、怖くないよー……ああ、今が正念場でな。霊魂を龍脈から切り離すところなんだが、少々問題があってね」

 

 『傀儡の魔女』が光の塊をあやすように語り掛ける。

 

 確かにそれはイヤイヤをしているように身体を揺すっている。

 

「どれ、見せてみろ」

 

「羊皮紙が少し古かったせいか、魔力の流路にほんの少しほころびがあるみたいでな。そのせいで彼女が不安がって、龍脈から切り離されるのを拒んでいる」

 

「ここか」

 

 ほころびの場所はすぐに分かった。

 

 魔法陣の左上だ。

 

 ごくわずかだが、そこに魔力のムラが見て取れる。

 

 そこに手をかざし、魔力の流れを補強する。

 

「すごいですね、ご主人。私にはさっぱりわかりません」

 

「これでも魔術師の端くれだからな」

 

 セパが俺の肩にとまり、一緒に覗き込んでくる。

 

 新たな精霊の誕生場面に強く興味を引かれているのか、言葉は少ない。

 

「うむ、うむ……ようし、安定してきたぞ……もう大丈夫だよー、怖くないからねー……それっ!」

 

 『傀儡の魔女』が小さく叫ぶと同時に、魔法陣が淡く輝く。

 

 すると……しゅぽん、という音とともに光の塊の尾が消失した。

 

 魔法陣の上には、光の塊がふわふわと漂っている。

 

 心なしか、さっきより人の形に見える気がする。

 

「ふう……ここまでくれば大丈夫だね。助かったよ、ブラッド……なんで君がここにいるんだ?」

 

 『傀儡の魔女』が人造精霊をビンの中に詰め込みながら、怪訝な顔をしている。

 

「いまさらかよ」

 

 コイツは仕事に没頭しすぎて周りの注意が適当になることがあった。

 

 十年前からそれは変わっていないな。

 

 

 

 ◇

 

 

 

「くくく……! なるほど、工房主の鼻っ柱を文字通りへし折って辞めてきたというわけか。実に君らしいな! 以前と全く変わりなくて嬉しいよ」

 

 『傀儡の魔女』の仕事がひと段落したあと、俺たちは工房でくつろいでいた。

 

 テーブルにあった魔法陣は片付けられ、代わりにマリアが淹れてくれた珈琲が人数分置かれ(かぐわ)しい湯気を漂わせている。

 

「それで……そこに浮かんでいる人造精霊は『切断のセパ』だね? 以前君が言っていた、元気な子だとか」

 

「コ、コニチワ」

 

 俺の頭の後ろに隠れて、セパが『傀儡の魔女』にあいさつをする。

 

 なぜかカタコトだった。

 

 緊張しているのか? 

 

 そういえばセパを俺が錬成したのは、彼女が王都を去ってからだったことを思い出す。

 

 人造精霊は『還流する龍脈』から分離しただけでは自我を持たず、この世界を認識することができない。

 

 彼や彼女たちは、聖剣に宿ることにより初めて人格を獲得し、そして世界を認識する術を得る。

 

 そんなわけで、セパと『傀儡の魔女』は初対面だった。

 

「よろしくね、セパ。私は君の生みの親……と言ったらいいのかな?」

 

「ど、どもです。『傀儡の魔女』様……ですよね。ご主人からお話は伺っています」

 

「そうかそうか! なかなか賢い子だね、ブラッド。君の教育がいいのかな?」

 

「…………さあ、どうだろうな」

 

『ご主人、その目はどういう意味ですか?』

 

 俺はセパの質問を無視した。

 

「それで……この街にはどのくらい滞在するんだい? ひと月? それとも半年か?」

 

「移住するつもりだ。お前もいるしな」

 

「んんっ……!? ごほっ、ごほんっ……! そ、そうか……参考までに聞くのだが、そそ、それは、どういう意味かな?」

 

 すまし顔で珈琲を啜っていた『傀儡の魔女』が突然せき込んだ。

 

 気管にでも入ったのか?

 

 顔が真っ赤だ。

 

 目も涙が溜まっている。

 

「実は、自分の聖剣工房を開こうと思っていてな。できればこの街で」

 

 俺も珈琲を一口すすってから、言った。

 

「ほ、ほう……そ、それで?」

 

 なぜか『傀儡の魔女』が期待に満ちた目で俺を見てくる。

 

「しばらくはこの街で冒険者をやるつもりだから、定住できる宿か賃貸物件を探すつもりだ。ともかく、お前ほど質のいい人造精霊を造れる魔術師はそうそういないからな。王都の魔術師も悪くないんだが、やはり精霊術師といえば『傀儡の魔女』だろう」

 

 王都にはもちろん精霊魔術で人造精霊を創り出す魔術師は存在する。

 

 元いた工房でも、魔術師ギルドを介して仕入れていたからな。

 

 だが俺の知る限り、王国内で名の知れた聖剣に宿る人造精霊は、すべて彼女が創り出したものだ。

 

 彼女が王都魔術師ギルドを抜け、辺境のこの地に移住すると聞いたときは、ずいぶん落胆したものだった。

 

「ご主人ご主人」

 

 セパが耳打ちしてきた。

 

 なぜか目を輝かせている。

 

「なんだセパ」

 

「ご主人、彼女とはどういうご関係なんです? 私を創り出した、ただの取引先には見えないんですが」

 

「彼女とは昔、冒険者仲間でな」

 

 『傀儡の魔女』――カミラ・オストラヴァと俺は、十年以上前に冒険者をやっていた。

 

 俺も多少は魔術を(たしな)んでいたこともあって、何かと気が合ったのだ。

 

 とはいえ、俺はすぐ冒険者を辞めて聖剣錬成師になってしまったから、実際に彼女と組んでいたのは数年ほどだが。

 

 だがその後仕事の縁もあり、こうして今まで彼女とは友人関係が続いている。

 

「それで……なんだが」

 

 俺は『傀儡の魔女』に切り出す。

 

「悪いが、少しだけ工房の端を貸してくれないか? それと、人造精霊を一人、もらい受けたい。冒険者でやってくにあたり、武器が必要なんだ」

 

 これが、今日彼女の元を訪ねた目的の一つでもあった。

 

「ふむ、いいだろう。ちょうど私の仕事も終わったところだ。見学してもいいだろうね?」

 

「もちろんだ」

 

 彼女の人造精霊で聖剣を錬成するのは久しぶりだ。

 

 どんなヤツになるのか楽しみではある。

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