パワハラギルマスをぶん殴ってブラック聖剣ギルドをクビになったので、辺境で聖剣工房を開くことにした   作:だいたいねむい

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第54話 『当代最強なので自由に生きることにした、らしい』

 アステル・フォン・クロディスは勇者である。

 

 といっても、先の大戦で活躍した本当の勇者ではない。

 

 彼は三年前のリグリア戦役での功績を称えるため、国王より『勇者』の称号を(たまわ)った者の一人だ。

 

 そして俺にとっては、当時クロディス家前当主の依頼により彼に剣を教え、聖剣を錬成し引き渡した顧客の一人であり……弟分、という関係性だった。

 

「久しぶり、兄さま!」

 

「ぬおっ!?」

 

 アステルはそう言って、満面の笑みで俺に抱き着いてきた。

 

 殺気のない、それでいて電光石火のダイレクトアタックである。

 

 これには俺も反応できず、彼の抱擁を許してしまう。

 

 当時からそれなりに慕われていたとは思っていたが……まさかオルディスまで追いかけてくるとは。

 

「ああ……兄さまの匂い、ぬくもり……三年前と変わらないなぁ……! それに正装も素敵だ! ……クンカクンカ、スーハースーハー」

 

「そこまでだアステル」

 

「ふぐぅっ」

 

 さすがにずっとこうしているわけにもいかず、グリグリと俺の胸に顔を押し付けているアステルを引きはがす。

 

「ああ、兄さま……」

 

 名残惜しそうな顔をしているアステルから距離をとり、俺は彼に問いかけた。

 

「それで、一体どうしたんだ。お前」

 

「兄さまがこの街にいると聞いて、追いかけてきたんだ」

 

 ニコニコと笑みを浮かべながら、アステルが答える。

 

「…………」

 

 全然答えになっていない。

 

 いやそうじゃなくて。

 

 昔はちゃんと(・・・・)少年の姿をしていたはずだ。

 

 少なくとも俺が剣を教えていた時は。

 

「もちろんお前がなんでここにいるのかも気になるが……なんで、(・・・・)女に戻ってるんだ。(・・・・・・・・・)というか風の噂で聞いたが、第七王女と婚約してるんじゃないのか?」

 

 そう。

 

 彼は、彼女(・・)である。

 

 アステルというのも表向きの名で、本名はアリスだということも、俺は知っている。

 

 そして……その理由も。

 

 ――貴族として位を与えられる前のクロディス家は、いわゆる職業軍人の家系であり『力こそすべて』が家訓という超脳筋一族だった。

 

 当然、クロディス家の当主は一族の中で最強の者である。

 

 ゆえに当主はみな男だった。

 

 ……アリスが生まれるまでは。

 

 幸か不幸か、彼女はその脳筋一族の中でも歴代最強と言われる武の才を持って生まれてきてしまった。

 

 わずか三歳で屋敷の庭に現れた猪を素手で殺し、五歳で当主配下の騎士たち全員をボコボコにし、そして若干七歳で当時の当主である父親を剣で打ち負かしてしまったほどに…‥その力は圧倒的だった。

 

 とはいえ、当時のクロディス家としては女性を当主に据えるのはさすがに抵抗感が強かったらしい。

 

 しかも王国貴族は十五の誕生日をもって成人として扱われる。

 

 いくら化け物じみた強さを持っていても、可憐な少女が当主ではどうあがいても他の連中から舐められるからな。

 

 かくして、アリスはアステル……つまり男性として育てられた。

 

 ふわふわの金髪は短く切りそろえられ、スカートの類は着用を禁じられた。

 

 成長とともに生じたわずかな身体の変化も、布をきつく巻いて隠していたという。

 

 そして三年前。

 

 先代が彼女の誕生日祝いにと俺に依頼した聖剣を携え、アリスは初陣で数万からなる魔族の軍勢を打ち破りその敵将までを討ち取ってしまったのだ。

 

 アリスが国王より辺境伯の爵位と同時に『勇者』の称号を賜ったのも、その功績からだった。

 

 これで彼女は生涯男として生きていくことが確定し、さらには叙任の場で五つ年上の第七王女と婚約まで済ませたはずだったのだが……

 

「うふふ……セリシアならば、了承済みさ。彼女は僕の側付きを大層気に入ったみたいでね。身分違いの恋で盛り上がっているし、今は『騎士団を創設できるほど産みまくりますわ!』と意気込んでいるよ」

 

 そう言って黒い笑みを浮かべるアリス。

 

 おいおい我が国の王族……それでいいのか。

 

 まあ知ったことじゃないが、第七王女のセリフにはさすがの俺もドン引きだぞ……本当にそう言ったのなら、だが。

 

「それに、だ」

 

 アリスが付け足す。

 

「クロディス家で、僕に逆らえる奴なんていやしない。もちろん父上も、三人いる兄上の誰も、さ。だったら、もう我慢して男装なんてする必要なんてないだろう? 僕は……自由だ。そしてその自由は……兄さま、貴方がくれたものなんだよ」

 

 アリスの顔は、完全に恋する乙女のそれだった。

 

「……お、おう」

 

 そして俺も、だんだん思い出してきた。

 

 アリスは、本当に武の神に愛された少女だった。

 

 俺が冒険者時代に会得した剣術の数々を乾いた真綿に水が染み入るように吸収し、当時六歳だった彼女がクロディス家史上最強と呼ばれるようになるまで、わずか半年。

 

 さらに彼女があまりにメキメキ強くなるので俺も楽しくなってしまい、聖剣錬成のさいに知り合った顧客たち……具体的には剣の達人や等級Sの冒険者たちから見聞きした技術のすべてを、余すところなく彼女に教えまくった。

 

 まあ……それをすべて完全に再現するとは思わなかったが。

 

 かくしてアリスは、若干十歳にも関わらず数万の魔族を相手に一歩も引かず、あまつさえ敵将を討ち取ってしまうような化け物に成長してしまったのである。

 

 ただ、男装を捨てて女性に戻るとは夢にも思わなかったが。

 

 普通に貴族として、武人として王国を支える英雄として生きていくものだとばかり思っていた。

 

 とはいえ、彼女の家柄を考えれば当然の結果だったとも思う。

 

 なにしろ力こそ正義。

 

 彼女にもの申せる人物は、先代を含め誰もいないのだ。

 

 彼女が何をしてどんな格好をしようが……自由なのだ。

 

「まあ……元気で何よりだ」

 

 もしかしてこうなったのは、俺のせいかも……という考えに蓋をして、俺はアリスの頭を撫でてやった。

 

「うふふ」

 

 くすぐったそうに、アリスがほほ笑む。

 

 ……まあ、いいか。

 

 可愛い弟分……今は妹分だが……が幸せそうにしているのなら、俺としては何も言うことはない。

 

 先代、絶対草葉の陰で泣いてるだろうなぁ……まだ存命だけど。

 

 ……と、そこで俺は思い出した。

 

「で、アリス。お前はなんでこんなところまでやってきたんだ?」

 

 いくら俺を追いかけてきたといっても、王都からオルディスまでは馬車でひと月以上を要する長旅になる。

 

 並大抵の決意では来れないと思うんだが……

 

「それはもちろん、兄さまとの逢瀬に決まって……あっ……忘れてた」

 

 アリスがふたたび恍惚とした顔になりかけ、すぐに真顔に戻った。

 

 それから彼女は視線を生垣の切れ目に移した。

 

「……………」

 

 筋骨隆々の獣人が、所在なさげに立っていた。

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