パワハラギルマスをぶん殴ってブラック聖剣ギルドをクビになったので、辺境で聖剣工房を開くことにした   作:だいたいねむい

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第58話 『危機感が鈍麻している』

 『オルディス第十七地下墳墓』は文字通り地下に広がる墳墓である。

 

 かつて地上に存在した街区は樹海の下に眠ったおり、この墳墓の入り口だけが、ぽっかりと黒い口を開けて俺たちを出迎えていた。

 

 内部はダンジョン化している。

 

 かつての地下墳墓とは似ても似つかない、多層構造の迷宮だ。

 

 もちろんここも冒険者ギルドの管理下にあるダンジョンで、依頼は他の場所と違い討伐系のみである。

 

 出現する魔物はほとんどがアンデッド。

 

 しかも報酬はごくわずか。

 

 それゆえ依頼は、ここ数ヵ月は依頼掲示板に放置されていた。

 

 まあ、アンデッドは基本的に素材を落とさないからな。

 

 ギルド的にも、ダンジョンにむやみに立ち入らないよう『とりあえずダンジョンに入るときはこれ受けといてね』みたいに適当に出していたと思しき依頼である。

 

 ギルド職員にこの依頼を剥がして持っていったところ、ずいぶん怪訝な顔をされたものだ。

 

 まあ俺たちのミッションは最下層にあるはずの『戦士の遺灰』……その元となる、古代の軍人あるいは兵士の遺骨を回収することだから、依頼を受けないわけにはいかないのだ。

 

「じゃあ、さっそく行こう、兄さま」

 

「待てアリス。突入前にこれを持っておけ」

 

 意気揚々とダンジョンに入ろうとした彼女を呼び止め、小さな護符(タリスマン)を手渡した。

 

 手のひらに収まる、魔物を象った木製の人形である。

 

「これは?」

 

「これは『腐れの呪詛』の防御とレイスなんかの『憑依』攻撃に対する耐性を付与する魔道具だ。まあ、勇者であるお前にとっては文字通りのお守りに過ぎないだろうがな」

 

 勇者とまで言われたアリスは、身体能力だけでなく、ありとあらゆる攻撃にも高い耐性がある。

 

 おまけに軽鎧にもそれ系に対する防御術式が施されている。

 

 正直護符なんぞ不要だとは思うが、念のためだ。

 

 こういうのは二重三重に安全策を立てておくべきだからな。

 

「……ありがとう、兄さま。大事にするよ」

 

 護符をぎゅっと胸に抱くアリス。

 

 いや、別にプレゼントとかじゃないからあとで返して欲しいんだが……状態異常防護系の護符は結構高価だし。

 

 ……と言い出せないのは、彼女があまりに嬉しそうな顔をしていたからだ。

 

 まあ、別になくなって困るものではないし……彼女に預けたということにしておこう。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 ダンジョン内部は暗く、陰鬱な雰囲気が漂っている。

 

 地下墳墓らしく、壁面は他段ベッドのように隙間が設けられており、当然そこに収まっているのは数千年前に死んだ者たちだ。

 

 そんな中を、俺とアリスはゆっくりと進んでいく。

 

 ちなみにレインとセパは実体化させていない。

 

 たまに念話で『ご主人、アリス様とのご関係は? ご主人の口から直接聞きたいですね』とか『退屈だし、あーしもマスターたちと一緒に歩きたいんだけど……』とか聞こえてくるが、まるっとスルー。

 

 どのみち二人が十全の力を発揮するには、実体化させていない方がいいからな。

 

「それで、兄さま。このダンジョンはいつ魔物が出てくるのさ?」

 

 アリスが退屈そう歩きながら、俺のあとをついてくる。

 

「今は第一階層だからな。第二階層から迷い出てきたヤツくらいしかいないだろう。本番は、次の階層からだ」

 

「じゃあ、さっさと進もう!」

 

 言って、アリスがさっと俺の前に出て、先に進もうとする。

 

「おい待て! ダンジョンの基本行動を怠るな! 罠だってあるんだぞ!」

 

「そんなもの、別に見当たらな……あ」

 

 アリスが踏み出した石床が、わずかに沈み込む。

 

 ガコン!

 

 通路の奥で重い音が響いた。

 

 次いで、バシュッ! という射出音。

 

「アリス!」

 

「おっと」

 

 アリスが身体をひねり、パシッ何かを掴んだ。

 

「危な……」

 

 彼女が手にしているのは、鋼鉄製の矢だった。

 

 奥の壁面の仕込み矢の仕掛けを踏んでしまったようだ。

 

「……ふん。なんだ、この程度なら百本同時に来ても大丈夫だな……ふんっ」

 

 アリスが掴んだ鉄矢を眺め鼻で笑う。

 

 それからそれを軽々とへし折り、ポイッと床に投げ捨てる。

 

「……一応言っておく」

 

 そんな彼女の様子を眺め、俺は言った。

 

「ダンジョンの罠は見かけどおりとは限らない。踏んで作動させてしまったのは仕方ない。だが、矢や槍が出てきたら、できれば躱すか剣で弾け」

 

「なんでさ? こんな矢、仮に当たっても傷一つつかないよ。それに僕が避けたら兄さまに当たるかもしれないだろ」

 

 指摘が不満だったのか、アリスが口を尖らせた。

 

「お前の気持ちは嬉しいが、それこそが問題なんだ」

 

 俺は床に転がる矢の側まで行って、矢じりのところを指さした。

 

 わずかだが、なにか粘液のようなものが塗布されているのが見える。

 

「おそらくこれは『腐敗毒』だ。呪詛のようにアンデッド化することはないだろうが、体内に入るとそこから肉が腐り落ちていく。治癒術師か、対応する解毒剤がなければここで文字通り朽ち果てて死ぬことになるだろうな。そのあとは文字通り骨だけになって、スケルトンどもの仲間入りだ」

 

「うえぇ……」

 

 その様子を想像したのか、アリスが身をすくませている。

 

「他の罠も、槍や矢などに毒や呪詛が仕込まれていることがある。触れるだけでは無害でも、その手で口元や目をぬぐった時に粘膜から浸透するかもしれない。その場合は鎧の防護魔術が機能せず、毒や呪詛をもらう可能性がある」

 

 アリスは極めて優秀な武人だが、冒険者ではない。

 

 この手のノウハウに疎いのは仕方がないことだ。

 

 だがもちろん、ダンジョンの罠はそんな彼女の事情を考慮してくれない。

 

「さっき僕、触った手で目とか鼻とか触っちゃったかも……」

 

「矢じりに触れていないのなら大丈夫だ。だが用心するに越したことはない。こういう動作というのは、いざというときに反射的に出てしまったりするからな」

 

「……た、確かに」

 

 それを聞いたとたん、アリスはハッとした顔になる。

 

 彼女は武の才に秀でている。

 

 それゆえ『反射的』に身体が動くことの重要さと危険性を、直感的に理解したようだった。

 

「……ごめん兄さま。今度から、罠は極力踏まないようにするよ」

 

「分かればいい」

 

 シュンとしたアリスの肩をポンと叩き、再び俺が先行する。

 

 もちろん、彼女の動体視力や精密な動作は見事というほかない。

 

 薄闇の中、高速で飛来する矢を掴み取るなんて、俺にはとても無理な芸当だ。

 

 だが彼女は生来の身体能力や各種状態異常耐性が常人とはかけ離れているせいか、危機感がかなり鈍麻しているように思える。

 

 これはあまりよろしくない傾向だ。

 

 ダンジョンに限らず、見た目では測れない脅威というのは必ず存在する。

 

 それに出くわしたときに対応できなければ死ぬだけである。

 

 俺はアリスがそんな状況に直面してほしくない。

 

 ここは一般人代表の兄貴分として、しっかりダンジョン攻略の基礎を叩き込む必要があるだろう。

 

「よし、二階層からは罠だけでなく魔物も出没する。気を引き締めて行くぞ」

 

「……うん!」

 

 アリスが元気よく頷いた。

 

 こうして俺たちはダンジョンの奥へと歩を進めるのだった。

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