パワハラギルマスをぶん殴ってブラック聖剣ギルドをクビになったので、辺境で聖剣工房を開くことにした   作:だいたいねむい

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第92話 『変態』

「うがっ……があぁッ!?」

 

 ブツンと視界が暗転。

 

 目を刺し貫かれる激痛。

 

 脳を抉られるような強烈な頭痛。

 

 平衡感覚がおかしくなるような、耐え難い吐き気。

 

 それらが一気にダレルに襲い掛かった。

 

「がっ……があぁッ!? ……げえぇっ」

 

 ダンジョン最奥部のさらに奥に隠された小部屋の中を悶え転がり、頭を搔きむしり、胃の中のものを石床の上に盛大にぶちまけた。

 

「ゼエッ、ハアッ……! なんてヤツだ……完全に身を隠せていたはずだぞ!? ありえんっ……!」

 

 悪態を吐きながら、震える手で口元を拭う。

 

 頭はまだ、割れそうなほど痛む。

 

 胸のムカつきも収まりきっていない。

 

 足元は吐しゃ物でドロドロだ。

 

 確かに、依頼人(・・・)より提供された魔物『ゲイザー』の能力は素晴らしく有用だった。

 

 他個体との視覚共有。

 

 魔物使いであるダレルは、この力を使いダンジョンへの侵入者の監視を続けていた。

 

 おかげで、侵入する四組の冒険者たちの動向が手に取るように分かった。

 

 だが、この強力な力にも欠点がある。

 

 魔物の眼球が刺激を受ければ、術者にもその感覚がそっくりそのまま返ってくるのだ。

 

 さらに、ダレルは術式を改良して視覚のみならず、五感のすべてを感じ取れるように意識を拡張していた。

 

 そんな状態で眼球を剣で突き刺されれば、ひとたまりもない。

 

 眼球に繋がる神経を切断され脳髄まで抉られたことによる激痛や不快感、そして魔物が天井から落下することにより視界がグルグルと回転することによる平衡感覚の喪失――それらすべてが一気に術者に襲い掛かることになる。

 

 そのまま昏倒、あるいは魔物とともに絶命してもおかしくない状況だ。

 

 それでもなおダレルが意識を保っていられるのは、彼が数々の修羅場を潜り抜けてきた歴戦の魔物使い(テイマー)であったからだ。

 

「この程度、どうということもない……たかが片目を潰されただけだ……ッ!」

 

 ダレルの手駒には、まだ彼の目となり冒険者たちを監視する魔物は何体かいる。

 

 隠密特化型のゲイザーと違い、監視だけでなく奇襲や毒殺なども可能な危険な魔物たちだ。

 

 これまで穏便に監視だけを続けていたのは、あくまで依頼人の意向に沿ったものだった。

 

 曰く、魔剣とかいう新兵器の実地試験だとか。

 

 表の広間で控えている魔剣使いも、今回集められた連中の中では最強だとは聞かされているが、あくまで手駒の一つにすぎない。

 

 もっともこれは、連中の監督役でもあるダレルにしか聞かされていない事実ではあるが。

 

「ふん……あの程度の冒険者など魔剣なんぞで武装せずとも、一瞬で殺せるものを」

 

 ダレルの呟きが、石造りの小部屋に響く。

 

 本来、魔物使いであるダレルの生業は小型魔物や小動物を使った暗殺だ。

 

 毒殺、絞殺、呪詛の付与。群れで圧し潰し、食い殺す。

 

 これまで、他国で何十もの貴族や要人を手に掛けてきた。

 

 そのどの案件でも、下手人として捕まったことはない。

 

 とはいえ、さすがに隣国で仕事を受けすぎて有名になり、ついには賞金首になってしまった。

 

 だから、まだ名前の売れていないアステリア王国に仕事場を移したのだが……すぐに仕事が見つかったのは僥倖だった。

 

 だが。

 

 まさか、取るに足らないと思っていた冒険者に手駒を殺されるとは思っていなかった。

 

 ダレルはプロの殺し屋であるが、その前に一流の魔物使いだという自負がある。

 

「あいつ……許さんぞ。俺の魔物を殺した代償を支払ってもらう。……パーティー全員、できるだけ苦しんで死ぬよう、いたぶり殺してやる……!」

 

 なに、別にクライアントからは冒険者たちを生かしたままにしておけとは言われていない。

 

 一組くらいなら、全滅させたところで計画に支障はないだろう。

 

 ダレルが口の端を歪め、ダンジョン内に待機させていた数多の魔物たちに指令を出そうとした……そのときだった。

 

「ふむ、それは困りますねぇ」

 

 落ち着いた声が、ダレルの背後で聞こえた。

 

「なっ……!?」

 

 振り返れば、ダレルのすぐ背後に男が立っていた。

 

 背の高い、黒衣の男だ。

 

「おま……いえ、貴方は……イェルト男爵殿!?」

 

 衣服こそ会った時と違うもの、人間離れした美貌と特徴的なのっぺりとした表情は見間違えようもない。

 

 それは依頼人――王都に居を構える貴族、イェルト男爵だった。

 

 ダレルは依頼を受けるとき必ず依頼人本人と面会し、その顔を確認することにしているから間違えるはずもない。

 

 それは互いに面識があることにより後で金を出し渋られたり、口封じで処分されることがないための保険をかける意味合いでもあり、単純にダレル本人が「コイツとの仕事なら間違いない」と確認するための儀式でもあった。

 

 だが今は、そんなことはどうでもいい。

 

「貴方が、なぜここに!?」

 

 ありえない。

 

 この男は王都にいるはずだ。

 

 もちろん転移魔法陣など、設置していようはずもない。

 

「なぜ、ですか……ふむ」

 

 イェルトが無表情のまま、肩をすくめてみせた。

 

 それから考え込むように首を傾け、顎に手を当てて見せる。

 

 同時に、キシ、という硬質な音が彼の内側(・・)から聞こえた。

 

「いえ、なに。貴方の肩にくっついてきただけですよ。言うなれば、サプライズというやつです。……サプライズ成功! ……あれ、今の笑うところですよ?」

 

「……は?」

 

 一瞬何を言っているのか分からず、ダレルは思わず呆けた声を出した。

 

 だがイェルトは特に気にした様子もなく、話を続ける。

 

「まあ冗談はさておき、今回の案件は過去のものとくらべ色々と大がかりでしたからね。多くの仲間と同じ空気を吸い、同じ目線で視る。企画の立案者として、とても重要な仕事です。……それに」

 

 キシ、キシ、とイェルトの頭部が音を立てた。

 

 どういうわけか、ダレルにはその音が……彼の笑い声にしか聞こえなかった。

 

「誰かさんのように己の失敗を隠蔽しようとするところを見つけるのも、重要な仕事の一つです」

 

 そう言ってダレルを見下ろすイェルトの黒い瞳は、まるでぽっかりと穴でも開いているかのような深い闇を湛えていた。

 

 そこには何の感情も読み取れない。

 

 だというのに、まるで頭の隅々まで覗き込まれているようだった。

 

「失敗などしていない!」

 

 思わず大声が出た。

 

 大声で否定しなければ、呑み込まれる。

 

 ダレルの本能が、そう告げていた。

 

「まあ、まあ。ダレルさん、そう興奮しないでください。別に失敗を咎める気はありませんよ。ただ、この任務は今の貴方には難しそうだな、そう感じただけです」

 

「だから、失敗などしていない! 俺は――」

 

「しーっ……お静かに。そんな大声を出せば、おいでになった冒険者たちに位置を勘付かれてしまいますよ? そろそろ第一陣がこの階層に到達する頃です」

 

 チッチッ、とイェルトが指を振る。

 

 それと同時に、ダレルは首元がギュッと締め付けられるのを感じた。

 

 それから手足も同様に何か太い縄のようなものが巻き付き、身動きが取れなくなる。

 

「……かはっ!?」

 

 首が締まり喋れない。動かすことも難しい。

 

 かろうじて動く視線だけを下に向ける。

 

 なにか黒いものが自分に巻き付いている。縄?

 

 ――いや、違う。縄じゃない。

 

 縄に無数の脚(・・・・)は付いていない。

 

 蟲だ。おそらく、ムカデ、あるいはヤスデ。人間に巻き付くような、恐ろしく長く巨大な――

 

(クソ……コイツ、蟲使いか……ッ! おい、お前たち、俺を助け――)

 

「ああ、貴方の使役魔物でしたら処分しましたよ。もう不要ですので」

 

「!?」

 

 助けは来なかった。

 

 視線だけを動かして部屋の隅を見る。

 

 バキ、バキ、と何が砕ける音とともに、闇が蠢いていた。

 

 いや、違う。

 

 それは蟲だった。黒光りする蟲たちが、何百、何千の群れを成し、何かを貪り喰っている。

 

 一瞬だけ、赤黒い何かが見えた。

 

(そ、そんな……!?)

 

 蟲の大群に(たか)られ無残な残骸と化したそれ(・・)は、ダレルが護衛用に配置した魔物だった。

 

「キシ……そう暴れないでください。別に怖いことなど、何もありませんよ」

 

 ぐにゃり、とイェルトの顔が歪んだ。

 

 キシ、キシ、キシ。

 

 硬質な音を立てながら、彼の頬の皮下を、何か細長いものが這いまわっている。

 

「……ッ! ……ッッ!!」

 

「魔剣の性能試験の結果としては芳しくありませんが、現状把握と改善点の洗い出しという意味では十分な成果が手に入りました」

 

「そういう意味で、貴方もそれなりによく働いてくれました。すでに全額報酬は支払っておりますし、せっかくですから、私個人(・・・)の試験にも協力していただきましょうか」

 

 イェルトが懐から取り出したのは、拳大の肉塊だ。

 

 肉塊のあちこちから触手が伸びており、それがうねうねと蠢いている。

 

 端的に言って、強烈な生理的嫌悪感を催す形状だった。

 

「成功すれば、貴方はこれまでとは比べ物にならないほどの『できる男』になれるはずです。素敵でしょう?」

 

「か……は……」

 

「これは『孵卵核(インキュベーター)』と言います。本来なら魔剣製造のために用いるのですが……この中に入っている『御霊』は、我々(・・)の管理下にある遺跡から持ち出した特別製でしてね……む?」

 

 と、イェルトは何かに気づいたように、ハッとダレルの顔を見た。

 

 それから彼を安心させようと穏やかな声色で語りかける。

 

「ああ、安心してくださいダレルさん、大丈夫です。これは魔剣だけではなく人間にも使えるのですよ」

 

「…………ッッ!?!?!」

 

「確かに以前被験者に試したさいは、浸食が激しすぎて身体を引きちぎられてしまいましたが、失敗とは成功の母とはよく言ったものです」

 

「………ッ!? ……ッッ!!!」

 

「改良に改良を重ね、かなり安全に使用できるようになったのです。なに、浸食するさいは少々痛みますが、神経構造の置換が済めばすぐ楽になります」

 

「……ッ! ――――ッッ!?!?」

 

 これから何が起きるのかを悟ったダレルが、イェルトから逃れようと、必死で身体を捩る。

 

 だが、何もかもが遅かった。

 

「さあ、受け取ってください」

 

 額に、ぺたりと肉塊を押し付けられた瞬間。

 

 ダレルの全身に、まるで神経を引きちぎられたかのような強烈な痛みが走り抜けた。

 

「あがっ……ああああぁぁぁアアァアァァッッ!!!!??」

 

 だがその苦痛は、それほど持続することもなかった。

 

 ダレルはすぐに、自分の身体を蝕む苦痛が快楽に変わっているのに気づく。

 

 胸の奥底からは、全能感と多幸感が湧き上がってくる。

 

 そして――

 

 ダレルの意識はそこで途切れた。

 

 

 

 ◇

 

 

 

「ふむ。変態は問題なく開始されていますね、結構結構……さて」

 

 それ(・・)を一瞥し、イェルトは満足げに頷く。

 

「ザルツさんに、今回の成果を報告するとしましょう。キシ……次なる魔剣はさらに強力なものとなるでしょう」

 

 そんな言葉を残し、イェルトは黒い塵と化し虚空に溶けてゆく。

 

 ダレルが意識を保っていたのなら、それはごく小さな羽蟲の群れだと認識できただろう。

 

 何万、何十万という黒い羽虫の大群はふわふわと周囲を漂い、やがて姿を消した。魔物を貪り食った蟲たちと一緒に。

 

『ウゴ……ウゴゴ……』

 

 あとには、不気味な呻き声を上げる異形の肉塊だけが残されていた。

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