パワハラギルマスをぶん殴ってブラック聖剣ギルドをクビになったので、辺境で聖剣工房を開くことにした   作:だいたいねむい

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第94話 『ライルの奮闘』

「せいっ!」

 

 気合一閃、魔力の刃を纏わせた大剣『風走り』を振るう。

 

 ライルの身長ほどもある巨大な剣が、襲いかかってきた鷲頭に獅子の身体を持つ魔物――グリフォンをあっさりと両断する。

 

 バターどころか、まるでゼリーにスプーンを差し入れたかのような手ごたえだった。

 

『ギッ……グギャッッ……!?』

 

 それで終いだった。

 

 グリフォンが右半身と左半身に分離し、どう、と倒れ込む。

 

「す、すごっ……! 何その剣の切れ味! 今の、結構強い魔物だったでしょ!?」

 

 死んだ魔物が光の粒子へと変わるのと同時に、驚きの声が上がった。

 

 後衛を務めるパーティーの紅一点でライルの実の娘でもある、魔術師ジェシカからだ。

 

「ははっ、お前の『風刃』よりも切れ味があるんじゃないか?」

 

「ぐっ……否定できないのが悔しい……これじゃ、父さんばっかり魔物倒して、あたしの出る幕がないじゃない……!」

 

 ジェシカは魔術杖を握りしめ、地団駄を踏んでいる。

 

「ハハハ、まだお前に負けるわけにはいかんな。だが、前衛にとって後方支援は必要不可欠な存在だ。信頼してるぞ、ジェシカ」

 

「ふん、言われなくても分かってるって!」

 

 ぷい、と顔を背け父に対抗心をあらわにする娘に、ライルは微笑ましくも頼もしい気持ちになる。

 

 最近は、病死した妻によく似てきたと思う。

 

 ライルが王国軍を退役して、5年が経つ。

 

 現在、55歳。

 

 武人としての最盛期はとっくにすぎているとはいえ、体力は衰えはさほど感じない。

 

 まだまだ俺はやれるはずだ。そう思った。

 

 だから、ライルの退役と合わせるように除隊を願い出た部下二人、そして満15歳になったジェシカとともに冒険者パーティーを組むことにした。

 

 ライル自身はもとより剣の扱いに長けており、自分の指揮の下で動くのは勝手知ったる部下ふたりと娘である。

 

 ぐんぐんと実績を積み重ね、ライルが等級Aまでランクを上げるまで、3年とかからなかった。

 

「しかし、とんでもない業物ですな。グリフォンといえば、等級Aを揃えたパーティーでも苦戦するような相手のはずですが……隊長殿の振るう剣は、まるでゼリーか何かを斬っているかのようでしたぞ。あのブラッドとかいう若い聖剣鍛冶……恐ろしいほどの腕前ですな」

 

「ホントだよ! 隊長、いいよなぁ……あぁクソ、俺も聖剣鍛冶のアンちゃんのクツを舐めてでも頼み込めばよかったぜ……」

 

 それに追随するように、二人の男が声を上げる。

 

 長年ライルの右腕を務めたベイン、スラムの孤児だったがライルが直々才能を見出し王国軍に取り立てたロイ。

 

 二人はライルが今も信頼する、元部下たちである。

 

「まあ、これもリーダーの役得ってやつだ。悪く思うなよ。ほら、先に進むぞ。……一応、周囲の警戒は怠るなよ」

 

「分かってるわよ!」

 

「はっ」

 

「へーい」

 

 三者三様の返事を背中に受けつつ、ライルはダンジョンの通路を進み始める。

 

 正直を言えば、二人にも聖剣を打ってもらいたかったのだが……ライルが今聖剣『風走り』を手にしているのは、今回この依頼を受けることを条件として、オルディス商工ギルドが代金を負担してくれたからだ。

 

 それに商工ギルドの担当者から聞いた話では、ブラッドという聖剣鍛冶師は気難しい職人で、気に入った相手以外には聖剣を打たないとのことだった。

 

(ギルドで言葉を交わした限りでは、気のいい青年にしか見えなかったのだがな……)

 

 とはいえ、仮にブラッドが聖剣を追加で打ってくれることになったとしても、ライルの財力ではとても手が出せるものではないのは確かだ。

 

 一般的に聖剣は、そもそも貴族や王族が身に着けるものだ。きちんとしたものを頼めば、それこそ王都の一等地に豪邸が建つほどの値段がする。

 

 それなら、ブラッドのような凄腕の職人が打ったものならば……ライルには、それがどれほどの値段になるのかとても想像がつかなかった。

 

(『風走り』……このような豪運、人生で幾度とあるものか。家宝として代々受け継がねばなるまいな)

 

 ライルは手にした武骨な聖剣を、ぎゅっと握りしめた。

 

「しかしまあ、意外とあっけないもんだな。気づけばもう下層じゃねーか。魔物も大したことないし、もっと歯ごたえある依頼だと思ってたんだけどな」

 

 通路を進みながら、背後のロイが不満そうにぼやく。

 

「そう言うな、ロイ。我々がスムーズに進めているということは、つまりは他のパーティーが魔物の大半を駆除してくれたからだろう。魔剣持ちはブラッド殿の率いるパーティー直々に引き受けてくれていると聞いているしな。それに、最下層に潜伏している首謀者を捕らえるという、大事な任務がまだ残っているだろう」

 

「そうだぞ、ロイ。来るべき時に備え力を温存しておくのも、軍人の務めだ」

 

「うっせーよベイン、俺らもう軍人じゃねーだろ」

 

「はあ、毎度毎度うるさいわね……知ってる? ケンカするほど仲がいいっていうのよ? あんたらホント仲良しね。さっさと結婚したら?」

 

「ちげーわ! いくらお嬢でもそれ以上は言ってくれるなよ!?」

 

「異議あり! お嬢様、最近お読みになっていたご本の内容と我々を重ね合わすのはやめていただきたい!」

 

「だったら二人ともいい加減あたしのこと『お嬢』だの『お嬢様』だの言うのやめてくれない!? あたしももう20歳だし、ジェシカっていう名前があるの!」

 

「三人とも、そこまでにしろ。そろそろ最奥部だぞ」

 

 ライルはこめかみに軽く手を当て、小さく嘆息した。

 

 三人の仲がいいのは構わない。実力も申し分ないことも知っている。

 

 だが、ダンジョン探索の最中は緊張感をもって行動してほしいものだ。

 

「……そういえば隊長、おかしくないっすか?」

 

 注意して大人しくなったと思ったら、今度はロイがそんなことを聞いてきた。

 

「何がだ?」

 

「いえ……俺、生まれつき耳がいいのは知ってますよね? だから部隊でも斥候やってたし……でも、何も聞こえないんすよ」

 

「……何だと?」

 

 100メートル先で鼠が何匹走っているかすら聞き分けることができる『地獄耳のロイ』が、何の音も拾えない? そんなバカな。

 

 ざわり、とライルの胸がざわつく。

 

「隊長殿、我々は確か、一番長い侵攻ルートだったはずです」

 

「……まずい。お前ら、急ぐぞ!」

 

「「ハッ!」」

 

 ベインとロイの顔つきが、一瞬にして軍人のそれへと変化する。

 

 素早く武器を引き抜き、ライルとともに全力で駆け出した。

 

「あ、ちょっと!」

 

「ジェシカ、お前は最後尾だ! 敵と遭遇したら、絶対に俺たちの前に出るな! ……援護は任せた!」

 

「……っ、了解!」

 

 

 

 ◇

 

 

 

 最奥部には、ものの数分で到達することができた。

 

「なんだ、これは……」

 

「うっ……ひでえ臭いだっ……」

 

「あの肉塊……脈動している。生きていますぞ」

 

「うげ……キモッ……」

 

 そこは広々とした空間だった。

 

 天井は高く、縦も横もかなり余裕のある造りだ。

 

(……軍の修練場よりも広いな)

 

 ライルはそう思った。

 

 その大広間の奥に、巨大な肉塊が鎮座していた。

 

 正確には、赤黒い人型の肉だ。

 

 全体的なフォルムは、赤子に近い。腫れぼったく開ききっていない目、太く短い手足。

 

 ただし、その大きさは民家ほどもある。見上げるような巨体だ。

 

 そして――

 

 肉の赤子の背中からは、細長い腕が、何本も突き出ている。

 

 そして、その手のすべてに剣を持っていた。

 

「……敵の親玉は魔剣持ちだったはずだよな?」

 

「あれがそうなのだろう、剣を持っているからな!」

 

 ロイのぼやきに、ベインが大声で応じる。

 

「反則だろありゃ。何人分だよ……!」

 

「隊長、あの魔物が持っている武器……うち二本は、見覚えがあります」

 

「ああ、あれはビックス殿とエリィ殿のものだ。本人たちは……」

 

「状況からして、他の連中ともどもあの魔物にやられたのは明白です。……考えたくありませんが、全員捕食された可能性もあります」

 

「……クソ、なんてことだ!」

 

 ライルは悪態を吐き、それから大きく深呼吸をした。

 

 一瞬血が頭に昇りかけたが、すぐに冷静さを取り戻す。

 

 そして、決断した。

 

 ジェシカをちらりと見やり、それからロイとベインに目配せをする。

 

 二人は無言で頷いた。

 

「ジェシカ、今すぐ逃げろ。何があっても絶対に振り返るな。コイツは俺たち三人でどうにかする」

 

「でも、父さん!」

 

「まだヤツはこちらに気づいていない。今しかない」

 

「……っ!」

 

 ジェシカが視線を落とし、唇を強く噛む。握りしめた拳が震えている。

 

 が、すぐにライルの目をしっかりと見据えた。

 

「お願い……みんな、絶対帰ってきてよね」

 

 即断即決は優秀な兵士の条件だ。

 

 ジェシカはいい兵士に育った。

 

 ライルは胸から溢れそうになる感情を押し殺しながら、笑みを浮かべて見せた。

 

「もちろんだ。愛してる、ジェシカ」

 

「はあ……お嬢にカッコイイとこ見せられねーの、つれーわー」

 

「お嬢様、大丈夫ですよ。隊長殿はもちろんのこと、ロイと私も十分強いですから」

 

「知ってるわ。……ごめんなさい」

 

 絞り出すような声を発し、ジェシカが踵を返した、その時だった。

 

 ――ドンッ!!

 

 突如、彼女の足元の床が砕け、赤黒い丸太のようなものが勢いよく突き出したのだ。

 

 ヒルやミミズを思わせる、肉の塊だ。

 

 その先端が、ガバッと開いた。中は空洞――あれは口吻だ。ライルがそう思った瞬間。

 

「……えっ?」

 

 それが彼女に覆いかぶさった。

 

「ジェシカアアアァーーーーッ!」

 

 ライルは絶叫した。

 

 ほとんど反射的に聖剣『風走り』を振りかぶり、ジェシカがまだ呑み込まれていないであろう箇所を、渾身の力で薙ぎ払う。

 

 バシュッ!!

 

 さほどの抵抗感もなく、丸太ほどもある胴体が断ち斬られる。

 

 ばしゃっ、と赤黒い体液が広間の床を汚した。

 

 どう、とワーム状の肉が床に倒れ込む。

 

「ジェシカ、無事かっ!?」

 

「うっ……ごほっ、ごほっ……! ごめん父さん、油断した……!」

 

 切断面がもごもごと動き、しかめっ面のジェシカが這い出してきた。

 

 呑み込まれた直後で体液を飲み込んだのか激しくせき込んでいるが、命に別状はなさそうだ。

 

 ライルはその様子を見て、ほっと胸をなでおろした。

 

 だが、安堵の時間は一瞬だった。

 

「た……隊長、隊長……!」

 

「くそ、何て数だ……」

 

「うそ……こんな魔物、どうやって戦うの……」

 

 ロイとベイン、そしてジェシカの絶望の色を帯びた呟きが、ライルを現実に引き戻す。

 

「……クソ」

 

 そしてライルは正確に状況を理解した。

 

 ドン!

 

 ドン!

 

 ――ドン、ドン、ドン!

 

 床から、壁から、天井から、赤黒く長い肉塊が次々と生えてくる。とても数えきれない量だ。すでに全方位を取り囲まれている。

 

 みれば、赤子の下半身は広間の床に埋まっていた。あそこから肉の根を張り、広間全体を覆い尽くしているのだろう。

 

『キャハッ……!』

 

 赤子が嘲るような笑い声を上げている。濁った眼は、こちらをしっかりと見据えていた。

 

「ハハ……広間に足を踏み入れたときには、すでに我々はヤツの腹の中だった、というわけか」

 

 ライルが乾いた笑い声を上げる。

 

 彼が意識が途切れる、その直前に見た光景。

 

 

 

 それは、眼前を覆い尽くすように殺到する肉塊の群れだった。

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