パワハラギルマスをぶん殴ってブラック聖剣ギルドをクビになったので、辺境で聖剣工房を開くことにした   作:だいたいねむい

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第95話 『孵化』

「こいつは驚いたな……」

 

 目の前に広がる光景に、そう呟やかずにはいられなかった。

 

 気を失ったライル氏を安全な場所まで運んだあと、広間の奥の通路へと入った。

 

 そこには、小部屋があった。

 

 小部屋と言っても、広間と比べて狭いという意味だ。広さ自体は、小さな民家が二棟ほど入る程度の広さがある。

 

 そして、その空間の半分を埋め尽くすように……肉の塊が鎮座していた。

 

 見た目は、何かの繭だ。

 

 ……いや。

 

 上部に潰れた顔のようなものが見える。

 

 これは……赤子?

 

 だとすれば、えらく冒涜的としか言いようのない形状だ。

 

「うげぇ、気色わりぃな……オレ、こういうの苦手なんだよ」

 

「フン、日常的に竜の腹をかっさばいている異常者がよく言うね」

 

「うっせぇ! 竜は別腹(・・)なんだよ」

 

「ヒッ……」

 

「フレイ、不用意な発言はリンドルムを怯えさせるだけだから自重しろよ?」

 

 フレイとカミラの掛け合いを見て、リンドルムが完全にビビってるぞ……これから間違いなく戦闘が始まるのに、彼女の戦意を削ぐようなことはやめてほしい。

 

「兄さま、あそこに見えるの……冒険者だよね?」

 

「……そのようだな。クソ、嫌な予感が完全に的中したな」

 

 アリスの指さす方を見れば、肉繭の表面に、ところどころ人間の手足や顔などが突き出ているのが確認できた。

 

 ほとんど、見知った顔だ。先行組である。

 

 時々痙攣しているのと血色からして死んでいるようには見えないが……元気に生きているとは言い難い状況だ。

 

 というか、まさか引っ張り出したら突き出た手足だけとか頭だけしか残っていませんでした、なんて状態じゃないだろうな……

 

「さて、どうする?」

 

 カミラが隣に立って意見を問うてくる。

 

「この肉繭の素性が気になるが、連中を助け出すのが先決だな」

 

「同感だね。すでに君も気づいているだろうが、彼らが生かさず殺さずあの肉繭に囚われているのは、おそらく魔力を吸い取られているからだろう」

 

「……だろうな」

 

 魔物ほどではないとはいえ、人間も体内に魔力を蓄えている。

 

 さらにいえば、等級Aの冒険者ともなれば、常人の数倍の魔力量を有している者もいるだろう。

 

 強力な冒険者は、良質な魔力供給源足り得るのだ。

 

 それが幸か不幸か、彼らを今まで生かしているとも言える。そういう意味では、手足だけになってしまった、ということもないだろう。

 

 そこが唯一の希望だ。

 

 しかし、このまま放っておけば魔力を吸い取られすぎて衰弱死してしまう可能性もある。

 

 あまり時間はない。

 

「さっさと取り掛かりたいが……そう簡単にはいかなさそうだな」

 

「……そのようだね」

 

 ――ずるり。

 

 どうやら俺たちの存在か、あるいは敵意に反応したのだろう。

 

 肉の繭から、何本もの腕が生えてきたのだ。

 

 それらは捕らわれた冒険者たちの手足とちがい、巨大なものだ。太さは丸太ほどもあり、長いものは俺の背丈の倍以上はある。

 

 手には、冒険者のものと思しき剣が握られていた。そのうち何本かは魔剣に見える。

 

 聖剣は見当たらないが……状況からして、ライル氏以外の全員がこの中に収まっている可能性が高い。

 

 それらが、クン……と俺たちの方に剣の切っ先を向けてきた。

 

「来るぞ!」

 

 こちらが戦闘態勢に入るのと、肉繭の腕がしなるように無数の剣を叩きつけてきたのは、ほとんど同時だった。

 

 ――ガギン!

 

 フレイが聖剣『大食い(ヴォーラ)』で受け止めたのは、鉄塊のような大剣だ。

 

 同時に、ズン! と重い破砕音が彼女の足元から響いてくる。

 

 見れば、攻撃を受け止めたときの衝撃で、床が砕けていた。

 

 あの腕……脅威なのは剣というよりも腕そのものの攻撃力だな。

 

「ぐっ……重てぇ……だが、エルダードラゴンの尾撃ほどじゃねぇな!」

 

 強烈な初撃を耐え切ったフレイが、聖剣『大食い(ヴォーラ)』をブンと振る。

 

 ギャリン、と甲高い音と火花を散らし、肉繭の腕から剣が弾け飛んだ。

 

「まだだフレイ、次が来るぞ!」

 

 今度は数本の腕での同時攻撃だ。

 

「ちっ……数が多いな!」

 

「僕が行く!」

 

「ワ、我もダッ……!」

 

 疾風のようにアリスが駆け、フレイに並ぶ。さらに顔を引きつらせたリンドルムがフレイの前に立った。

 

「せあっ!」

 

「ドラァッ!」

 

「ガアァッ!」

 

 三重に響く、裂帛の気合。

 

 襲い来る腕が三本、宙を舞った。

 

「……チッ、金髪勇者! リンドルム! オレの邪魔をするんじゃねぇよ!」

 

 戦闘を邪魔されたのが気に入らなかったのか、フレイがアリスとリンドルムを怒鳴りつけている。

 

 だが、アリスは涼しい顔で言い返す。

 

「ふん。ならば僕より腕を多く狩るんだね、『竜狩り』殿?」

 

「わ、我だってお主の役に立ちたいのダッ!」

 

 もちろんリンドルムも引き下がらない。

 

 と、そこにさらなる腕たちが襲いかかってきた。

 

 今度は十本同時だ。しかもすべての腕が剣を持っている。

 

「げっ……」「むっ……」「ヒッ……!?」

 

 これにはさしもの三人も、顔を引きつらせる。

 

 ――――ガイィィン!!

 

 だが、その攻撃は彼女たちには届かない。

 

 強固な魔力障壁が腕の猛攻を完全に受け止めていたのだ。

 

「……まったく、君たちは戦闘時に気を抜きすぎだよ」

 

 ため息交じりで、カミラが杖を振り上げている。

 

 彼女は顔一つ変えず、強固な魔力障壁を展開していた。

 

「ハッ、今のは助かったぜ!」

 

「カミラ殿、援護感謝する!」

 

「あ、危なかったのダ……!」

 

 三人がほっと息を吐くが、猛攻はまだまだ始まったばかりだ。

 

 それに防御障壁越しには、こちらの攻撃も通らない。

 

「さあ、術式を解除するよ。攻撃は君たちに任せた」

 

 もっとも、それはカミラも承知のうえだ。頃合いを見て、術式を解く。

 

 腕の暴威が勢いを取り戻した。

 

「よっしゃ、仕切り直しだっ!」

 

「ははっ、三年前の戦いもこんな感じだったなっ! ――せあっ!」

 

「ぬああアァっ!? 我だっテ、負けないのダ! ガアァッ!!」

 

 狭い小部屋を暴風のように荒れ狂う腕たちを紙一重で躱しつつ、前衛三人が縦横無尽に暴れまわる。

 

 そして、俺はと言えば……

 

『マスター、どのくらい本気出してくー?』

 

 聖剣状態のレインから確認が入る。

 

「ひとまず三割から行こう。お前の力が取り込まれた冒険者たちに波及すると面倒だ」

 

『りょーかい!』

 

 そんなやりとりをした直後、俺にも肉繭の腕が襲いかかってきた。

 

 敵が手に持っているのは……禍々しい装飾の剣だ。あれは魔剣だな。初めて見るデザインだ。ここのボスのものか?

 

「おおっ、意外と気が利くなお前! ――そらっ!」

 

 猛烈な勢いで迫りくる剣を躱し、聖剣レインで手首を斬り落とす。

 

 ――ボシュッ!!

 

 軽い破裂音がして、魔力の粒子が小部屋に舞う。

 

 肉繭から突き出た腕の、肘から先が完全に消失していた。

 

「よし、一本ゲット!」

 

 カランと床に転がった魔剣を素早く回収。

 

『マスター、あの腕、けっこう硬いかも……』

 

「……だな。さすがに三割は舐め過ぎだったか』

 

 腕一本まるごと消すくらいはいけるかと思ったんだがな。

 

 まあ、やり過ぎて冒険者たちに被害が及ぶよりはマシだ。

 

 別に問題はない。

 

 だが……

 

「ふむ……いくら腕を潰しても再生してしまうようだね」

 

 戦場からさらに一歩下がり、皆の援護を行っていたカミラが不機嫌そうに呟いた。

 

「……だな」

 

 腕が振り回す剣については、腕を斬り落として奪えばそれで終わりなのだが……腕自体は無限に再生してくるのだ。

 

 腕が一本生えるたびに、冒険者の手足がビクビクと痙攣していることから、連中から無理矢理魔力を絞り取っているのだろう。

 

 おまけに素手になっても、指が自由になった分、殴打と掴み攻撃の両方を警戒しなければならなくなるため厄介度が増してしまっている。

 

 前言撤回。

 

 これはかなり面倒だ。

 

 それに、肉繭の鼓動が徐々に激しくなっているのも気がかりだ。心なしか、収縮しているようにも見える。

 

 ――と、そのときだった。

 

 唐突に、腕たちの攻撃がピタリと止まった。

 

 すべての腕が、繭本体を抱きかかえるようにして縮こまっていく。

 

 プルプルと痙攣しており、まるで内部からこみあげる何かを抑え込んでいるようにも見える。

 

「……ハッ、さすがに観念したのか?」

 

「お、終わったのカ……?」

 

 フレイとリンドルムが同時に声を上げる。

 

「いや、様子がおかしい。……っ! おい、全員この部屋から脱出するぞ! 今すぐだ!」

 

 ゾクリ、嫌な予感が俺の背筋を駆け上がる。

 

 そしてこの場の全員が同じ感想を抱いたようだ。

 

 一瞬皆で顔を見合わせると、即座に部屋を飛び出した。

 

 直後。

 

 ――パン!

 

 小部屋から破裂音が聞こえてきた。

 

 だが、幸いなことに肉繭の破裂自体はごく小規模なものだったらしく、ダンジョンを破壊する力はなかったらしい。

 

 あとに残るのは、静寂のみだ。

 

「皆、無事か?」

 

「オレは問題ないぜ!」

 

「わ、我もダ!」

 

「僕は平気だよ、兄さま」

 

「私も無傷だね。とっさに障壁を張っておいたから、汚れもないはずだよ」

 

 広間に出たところで、それぞれの声が上がる。

 

 しかも部屋から退避するときに、カミラが背後に防御障壁を張っていたらしい。どおりで衝撃すら感じなかったわけだ。

 

 さすがは経験豊富な魔女様である。

 

 それを口にした瞬間殺されるから言わないが。

 

 ……ともかく。

 

 おかげで皆、飛び散った肉片で装備が汚されないで済んだ。

 

 それ自体は素直にありがたい。

 

「で、どうなったんだ、アレは」

 

 フレイの声が上がる。

 

 広間(ここ)からでは、小部屋(むこう)の様子は分からない。

 

 肉繭の破裂による、冒険者たちの安否も気になる。

 

 さすがにあの程度で等級Aクラスの冒険者が死ぬことはないとは思うが……

 

 そう思い体制を整えた、その時だった。

 

「おや……? まだ無事な冒険者がいたのか」

 

「……誰だお前」

 

 小部屋から、のそりと出てきた人影があった。

 

 端正な顔立ちの、少年だ。

 

 歳は十代前半だろうか。

 

 何故か、サイズの合わないローブを羽織っている。

 

「まさか、あの少年……」

 

 カミラが訝し気な声を上げる。

 

「ああ、多分お前の考えで合っていると思う」

 

 あの異様な雰囲気と魔力、それに……瘴気。

 

 あれはおそらく――

 

 

 

 肉繭の中身(・・・・・)だ。

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