悪いお姉さんに飼われる話   作:たぶんエタル

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知らない心、知らない景色

 

 夜が深くなる。お姉さんに貰った毛布にくるまって丸くなると、疲れがどっと出てきた。にも関わらず、気分は落ち着かず眠りにはつけないでいる。

 

 寂しかった。隣に誰もいないことが。冬は寒いから、みんなで集まって寝ていた。夏だって寒くもないのにくっついて寝ていたものだ。仲がいい家族だったから、暑いだの鬱陶しいだの言い合いながらも、誰も離れて寝ようなんて言い出さなかった。今思えば、寝る前のじゃれ合いがとても懐かしい。最後にみんなで寝たのは、まだ2日前のことなのに。

 

「ポチ」

 

 ばっと顔を上げる。お姉さんがタロと呼ばれていた狼を背もたれに寄りかかっていた。

 

「おいで」

 

 ぽんぽんと横を叩いて、私を呼んでいる。私は若干の躊躇いを覚えたが、大人しく隣に向かうことにした。

 

「うわぅっ」

 

 少し間を空けて座るとお姉さんの腕に強引に引き寄せられる。その勢いのままお姉さんの太ももに倒れ込んだ。ふわりと甘い香りが漂い、鼻腔をくすぐる。優しく撫でられると、心の中が変になった。嬉しいような悲しいようなもどかしいような。ぐちゃぐちゃになって、どうすればいいかわからなくなって、私はただ身を委ねた。

 

「まだ寂しい?」

「……」

 

 お姉さんと目が合う。なんだか恥ずかしくなってふっと目を逸らすけれど顔が赤くなっているような気がして隠れるようにお姉さんの太ももに顔を埋めた。息をするとお姉さんの香りがして、ふわふわする。私は無意識のうちにぎゅっと抱きついて鼻を押し付けていた。お姉さんは変わらず私をあやすように撫で続ける。

 

 ……なんで、こんなに優しくしてくれるのだろう。

 

 寂しくないように私を撫でてくれたり、私の為に首を絞めてくれたり。

 

 ぽっかり空いた心の隙間に、どんどんお姉さんが入り込んで、おかしくなってしまいそうだ。

 

 この人は、悪い人なのに。

 

 ぽろぽろと涙が溢れて、お姉さんの服を濡らした。

 

「また辛くなったの?」

 

 こくりと頷き、私の罪悪感をお姉さんが消してくれる。でもこの感情は消えずに風船のようにどんどん膨れ上がっていった。それが辛くてまた胸が痛んだ。

 

 夜が明けても私は憂鬱に鼓動が高鳴っていた。

 

「ポチ、行くよ」

「……」

 

 上手く返事が返せない。差し伸べられる手にますます高鳴る鼓動。

 

 きっと違う。そんなわけがない。そう思いながらその考えを心の片隅に追いやった。認めたくなかったから。

 

 だってこれでは……これではまるで、恋をしているみたいじゃないか。

 

「タロ、頼んだよ」

「ゥヴヴヴゥウウ」

「っへ? あ、わぁ!」

 

 体がふわりと浮き上がる。俯いていた私はびっくりして、思わず大きな声を出してしまった。見れば背後からお姉さんに抱き抱えられるようにしてあの大きな白い狼の背に乗せられている。背中から伝わる体温と鼓動と、あの甘い香り。それらに包まれ、私の心臓はバクバクと脈打って止まない。

 

「走れ」

 

 そのまま森の木々に突っ込むように狼が駆けた。眼前に迫る木々。ぶつかる。そう思い私は咄嗟にぎゅっと目を閉じて、回されたお姉さんの腕にしがみついていた。

 

「……?」

 

 予期していた衝撃はいつまで経っても来ない。不思議に思った私は恐る恐る瞼を開けると──

 

「……!」

 

 ──木々が私達を避けていた。近づくと道を開けるようにぐにゃりと木々が曲がっていく。まるで森のお姫様を歓迎しているかのようであった。

 

 そのままあっという間に森を抜け、途端に視界がばっと開けた。

 

 

「──っ!」

 

 

 それは息を呑むような景色だった。陽の光を照り返し輝く雪原と、雲ひとつない青空。吹き付ける風が冬の匂いを運んできて、雪の冷たさを伝えてくる。白い息が漏れ出て、私は自然と一体となった。

 

 誰もいない、不思議な光景。まるで、この世界に私達しかいないと錯覚してしまいそうな程、まっさらで、雄大としている。その中を物語の主人公かのように、颯爽と、悠々と、駆けていく。

 

「怖くない?」

 

 優しい言葉。その理由が、今なら聞ける気がした。

 

「……なんで」

「ん?」

「なんで、優しくしてくれるんですか」

 

 努めて声が上擦らないように、無感情にそう問う。

 

「可愛いから」

「……ッ」

「前にも言ったと思うけれど」

「……最低です」

「ふふっ、言うようになったね」

 

 今日はなんだか暑い。冬にしては暑すぎる。その暑さを冷ますように、私は風を一身に受けた。

 

 

 

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