悪いお姉さんに飼われる話 作:たぶんエタル
街の中央に近づくにつれ、人だかりが大きくなっていくのをポチは感じていた。街の中央にはこの街の領主の屋敷があるのだが、そこに聖騎士様がいるらしい。この五年で慣れた人混みとは異なる熱気に足がすくむ。
(お肉……買いたいんだけど……)
聖騎士のことなど全く興味がないポチからすれば、今日のご飯の出来の方が重要度が高い。もっと詳しく言えば、ご主人様をどれだけ喜ばせることが出来るかがポチにとっての1番なのだ。
めいいっぱい背伸びをして、人の混み具合を見る。領主の屋敷までまだ遠い。だというのに肉屋までの通り道にはこの街の人が全ているのではないかと思うほどにぎゅうぎゅうに人が詰まっていて、とても通れそうにない。
この有様では肉屋がちゃんと営業しているかも怪しいものだ。ポチは残念そうに眉を困らせ、とぼとぼと帰路に着く。この日に聖騎士が来ることを知っていれば、このような事にはならなかっただろう。
ポチは自身の失態に酷く落胆した。買い貯めているせいで新鮮な街の情報があまり入ってこないのだ。丁度街に出ない時期が悪かっただけのこと。運が悪かったという他ない。仕方がないことだ。
しかし、そのように気持ちを片付けることが出来ればどれほど楽だろうか。ポチはそう思わずにはいられない。どんどんと沈んでいく気持ちに比例するように、背筋が曲がっていった。
怒られるのは別にいい。というか、怒られないだろう。ご主人様はとても優しい人なのだ。だからこそ、ただ悲しませたくなかった。期待を裏切りたくなかった。
(いっそのこと、怒ってくれないかな……)
ポチの脳内で繰り広げられるのは、この先の理想の未来。カタリと置かれた野菜だけの食器。青々とした食卓。それを見て不思議そうな顔をしたご主人様。
『今日は少ないね』
『ご、ごめんなさい』
『凄く悪い子だ』
ぎゅっと首を絞められる。
『お仕置きだ』
『あああー! ご主人様ー!』
ポチは往来の中、自分の首を触り、くねくねと腰を動かす。口元はだらしなく開き、熱い吐息が漏れる。そうして一通り満足した後、長いため息を吐いた。
解釈不一致過ぎる。こんなよく分からないことでご主人様は怒ったりしない。
(もし私の首を絞めてくれるとしたらそれは…………)
妄想を再開する。顔がだらしなく崩れ始め、しかし、肩を叩くとんとんという軽い刺激がそれを中断した。
「もし、そこのお嬢さん」
突然の出来事にトリップから完全に抜け出したポチは慌てて表情を整え振り返る。
長身の女性。外套に身を包み、サングラスをかけた少し怪しげな人物がそこにはいた。
「わ、私ですか?」
「そうだ。聞き及んでいると思うが……少々迷子になってしまってな」
「な、何も聞かされてないですけど……」
「なに? であればこれはチャンスか」
「ちゃんす……?」
変な人だ。いささか失礼なレッテルを貼り付けたポチは目の前の人物に少し距離を置きながら話を聞いた。
「どこに行こうとしてるんですか?」
「それはもちろん、領主邸だ」
「なるほど……」
この人も聖騎士様のファンなのだろうか?
「それで、早速お願いがあるのだが……領主邸は何処なのだ?」
「領主邸はこの道をずっと行った先にあります。大きいので見れば分かると思いますよ」
そう言ってぎゅうぎゅうに人の詰まった道の先を指差す。
「真っ直ぐか?」
「はい。真っ直ぐです」
「なるほど。それはチャンスだな」
「そうですね。チャンスです」
「ありがとう。君の主人にはよく言っておくよ」
「ありが……へ?」
何を言っているのか分からない。少ししてその言葉の意味を理解した時には既に女性の姿は人の波に消えていた。