FAIRY TAIL 〜夢幻の竜を継ぐ少女〜 作:ことのはや
その夜ーー
妖精の尻尾のギルドが沈黙する中、マグノリアの街には静かな夜の帳が下りていた。
だが、その穏やかさとは裏腹に、誰もが胸にくすぶるものを抱えていた。
そんな夜、マグノリアの一角にあるルーシィの部屋には、ナツ、ハッピー、グレイ、エルザが集まっていた。
部屋には緊張感が漂い、誰もが昼間の出来事を思い返していた。
「ねぇ……ファントムって、なんで急に襲ってきたのかなぁ?」
ルーシィがベッドに腰掛けながら、ぽつりと呟く。
「さあな……」
エルザは腕を組み、僅かに眉をひそめた。
「今まで小競り合いはよくあったが、こんな直接的な攻撃は初めてのことだ」
彼女はすでに鎧を脱ぎ、パジャマ姿になっていたが、その表情にリラックスした様子はなかった。
「じっちゃんもビビってねぇで、ガツンとやっちまえばいいんだ!」
ナツが立ち上がり、拳を振り上げる。
「マスターもミラちゃんも、二つのギルドが争えばどうなるかを分かってるから戦いを避けているんだ」
グレイが冷静に言う。彼はルーシィが机に置いていた小説を読みながら、気のない返事をしていた。
「あれでも一応、聖十大魔道の一人だぞ」
「ちょっと! それ読んじゃダメ!」
ルーシィが慌ててグレイの手から小説を取り上げる。
「こら、続きが気になるだろーがよぉ! この後イリスはどーなるんだよ!」
「ダーメ! 読者第一号はレビィちゃんに決まってるんだから!」
「ん」
突然、エルザが無言で手を差し出す。
「……その手は何!?」
「興味深い内容のようだから、私にも読ませろ」
「だからダーメ!!」
ルーシィは頬を膨らませながら、小説を布団の下に押し込む。
それを見たグレイが「ちぇっ」と舌打ちをしながら、腕を組む。
「それより、聖十大魔道って?」
ルーシィが話題を戻すと、エルザが真剣な表情で答えた。
「魔法評議会議長が定めた、大陸で最も優れた魔導士10人につけられる称号だ」
「へぇー! すごぉい!」
ルーシィが素直に感嘆の声を漏らす。
「ファントムのマスタージョゼも、その一人なんだよ」
ハッピーがぽつりと呟く。
エルザはその言葉に目を細め、静かに思考を巡らせる。
(そして、あの男もな……)
彼女の脳裏には、顔の右半分に紋様を刻んだ男の顔が浮かんでいた。
「ビビってんだよ! ファントムって数だけは多いからよ!!」
ナツが勢いよく立ち上がる。
「だから違ぇだろ」
グレイが呆れたようにナツの肩を押し戻す。
「マスターはビビってるんじゃねぇ。戦争になれば、ただのギルド同士の抗争じゃ済まなくなることを分かってるからだ」
ルーシィはグレイの言葉に、ごくりと喉を鳴らす。
「そんなに凄いの? ファントムって……」
不安げな表情を浮かべる彼女に、エルザは静かに頷いた。
「実際、戦力は拮抗している。マスターマカロフと互角の魔力を持つと言われる、聖十大魔道のマスタージョゼ……」
「それに加え、向こうでのS級魔導士にあたるエレメント4……」
「そして――」
一瞬、エルザが言葉を区切る。
ナツの表情が険しくなった。
「
「双竜……?」
ルーシィが眉をひそめる。
「ファントムには、二人の
エルザはゆっくりと視線を上げた。
「一人は
「
ルーシィが驚愕の声を上げた。
「ナツ以外にもいたんだ……! じゃあ……そいつ、鉄とか……食べちゃうわけ!?」
「その通りだ」
エルザは冷静に頷く。
「ガジルは体を鋼鉄へと変え、あらゆる攻撃を防ぎながら、鉄を食らい、より強力な力を発揮する」
「……フン」
ナツが鼻を鳴らし、拳を握りしめた。
エルザは、続ける。
「そしてもう一人……
その名前が告げられた瞬間、部屋の空気が変わった。
「夢幻……?」
ルーシィが聞き慣れない単語に首をかしげる。
「ガジルについての情報は多いが……ネムの滅竜魔法については、ほとんど知られていない」
「どういうことだ?」
グレイが目を細める。
エルザは腕を組みながら、慎重に言葉を選ぶように口を開いた。
「戦いの場には何度も現れているのに、“ネムの戦いを見た”と言える者はほとんどいない」
「見たことがない? でも、戦ってるんだろ?」
ナツが眉をひそめる。
「ああ。だが――記憶にすら残っていない者が多い」
「皆、廃人となっているからな」
「……!」
ルーシィが息を呑む。
エルザはわずかに目を細めた。
「故にその能力、戦闘スタイル、すべてが謎のベールに包まれている」
「それが、ファントムの『双竜』だ」
「そんな
ルーシィはナツの方を振り向くが、ナツはそれまでの余裕とは打って変わって、険しい表情のまま黙っていた。
エルザが続ける。
「ナツ……」
エルザが声をかけたが、ナツはそれに応えない。
ルーシィが不安げにナツの表情を伺う中――
その頃、オークの街では――
⸻
オークの街の外れにそびえ立つ巨大なギルド。
冷たい石造りの建物の中には、強面の魔導士たちがたむろし、酒をあおりながら騒いでいる。
けれど、その一角では、まるで別世界のように静かな空間があった。
そこにいたのは、『双竜』と呼ばれる二人の
ガジル・レッドフォックスは無造作に鉄片を拾い上げ、バリバリと噛み砕く。
その隣では、机に頬を乗せた少女が、小さく寝息を立てていた。
ネム・アーシェンタ。
「すぴぴぴぴ……」
戦闘の疲れが、心地よい眠気を誘う。
何も考えずに眠れる時間は、彼女にとって何よりの癒しだった――。
しかし――
「おいガジルゥ〜、ネムゥ〜!」
けたたましい声が、静寂を破る。
「……んぁ?」
薄れゆく意識の中、聞こえてくるのは野太い男たちの声だった。
「聞いたぜぇ〜!
「ひゃはははは! いいねぇ、いいねぇ! ギルドの命令とはいえ、よくやるぜぇ!」
「ひゃっはははは! アイツら今頃、スゲェブルーだろうなっ!!!」
私は眉をひそめる。
――うるさい。
ただ静かに眠りたいだけなのに、何度も何度も、耳障りな笑い声が響く。
頭の奥で苛立ちがじわじわと膨れ上がる。
「「ひゃはははははは――ハバラッ!!?」」
ドガァァン!!
突然、鉄柱が男の顔面を捉えた。
ガジルが拳を鉄柱に変え、男たちを殴り飛ばしたのだ。
2人の男は吹き飛ばされ壁に激しく叩きつけられる。
「ぐはぁッ!?」
「がっ……!!」
男たちは呻きながら崩れ落ち、動けなくなる。
ギルド内に、沈黙が広がった。
ガジルは腕を鉄柱から拳の形に戻しながら、倒れた男たちを見下ろす。
そして、鼻を鳴らし、軽く首を鳴らすと、低く呟いた。
「メシ食ってる時ァ話しかけんなって、いつも言ってんだろーがよォ……クズが」
鉄を噛み砕く音だけが響く。
誰も口を開かない。
先ほどまで騒いでいた男たちの無様な姿に、ギルドの空気は静まり返っていた。
そんな沈黙の中――
ゆっくりと、私は目を開ける。
そして――
無造作に立ち上がり、壁際で倒れている2人の首を掴み、締め上げる。
「カヒュッ……!?」
「っ……ぐ……」
突然の苦痛に、男たちの喉が鳴る。
私は、淡々とした口調で囁く。
「うるさい……私が寝ている時、邪魔するなって、いつも言わなかった?」
静かに響く言葉とは裏腹に、指に込められた力は徐々に増していく。
男たちは必死にもがくが、私の手を振りほどく力は残っていない。
そして――
私の目が鋭い光を放つ。
その眼光を捉えた瞬間、2人の男の表情が凍りついた。
「ヒ……ッ!?」
恐怖に引き攣った顔で目を見開き――
「ギャアアアアア――!!!」
悲鳴を上げた直後、2人は何かに怯えるように後ずさりし、震える手を前に突き出す。
「く……来るな……こっちに来るなぁぁぁ!!!」
まるで 見えない何か から逃れようとするように、必死にもがき暴れ出す。
だが―― 次の瞬間、2人の体がピタリと硬直した。
「あ……」
掠れた声が漏れたかと思うと、 糸が切れたかのように ガクンと力なく崩れ落ちる。
完全に意識を呑まれ、深い闇へと沈んでいった。
その様子を見たガジルが、一言吐き捨てる。
「チッ……くだらねぇ」
鼻を鳴らし、また鉄を食べ始めた。
私も何事もなかったかのように、席に戻り、静かに目を閉じた。
「すぴぴぴぴ……」
静寂が降りる。
ネムは再び穏やかな寝息を立て始める。
――凍りつくギルドの空気。
誰も言葉を発せない。
周囲のギルドメンバーは息を呑み、冷や汗を流しながら、目の前の光景をただ見つめていた。
鉄を噛み砕く音と、静かな寝息だけが、異様なほど響いていた。
誰もが、その異名にふさわしい二人の”異質さ”を感じ取っていた。
⸻
そんな静まり返ったギルド内に、落ち着いた声が響いた。
「火種は撒かれた。見事ですよ、ガジルさん、ネムさん」
暗がりの階段から、ギルドマスター・ジョゼ・ポーラがゆっくりと降りてくる。
一歩一歩、静かでありながら威圧感を伴う足取り。
まるで、深海から這い上がる魔物のように、ひそやかに――だが確実に、空気を支配していく。
そんなジョゼの登場を前にしても、私は――
「……おはよーマスター」
欠伸をかみ殺しながら、寝起きのような声で挨拶した。
ジョゼは一瞬、微かに目を細めたが、すぐに冷ややかな笑みを浮かべる。
「ほほほ、あなたは本当にどんな場でも変わりませんね」
「ふわぁ……マスターが静かに歩くのが悪いんだよ……寝る前みたいな気分になる……」
私がまぶたを擦りながら呟くと――
「テメェがだらけすぎなんだよ」
ガジルが呆れたように私の頭をゴツンと軽くはたいた。
「……んー、だって眠いもん……」
不満げに目を細める私を見て、ガジルは鼻で笑う。
「ケッ……相変わらずマイペースだな」
呆れたように鼻を鳴らしながら、鉄を噛み砕く手を止め、指を軽く弾く。
ジョゼはそんなガジルを一瞥すると、ゆったりとした口調で問いかけた。
「ガジルさん、あなたはどう見ますか?」
ガジルは鉄を噛み砕く手を止め、軽く指を弾くと、短く息を吐いた。
「フン……甘ェよ、マスター」
口元を歪めながら、鉄片を指先で弾く。
「アレくらいじゃクズどもは動かねぇ……」
そう言いながら、ガジルは私の頭をガシガシと乱暴に撫で回す。
「だからもう一つ、コイツととびきりのプレゼントを用意してきたぜ」
「……ガジル、痛いんだけど……」
不満げに呟く私を見て、ジョゼはくつくつと笑う。
「ほほほ、それはそれは、頼もしい限りですよ、二人とも」
微かに口元を歪めながら、ゆっくりと続ける。
「ただし、奴だけはくれぐれも生かしておいてくださいよ?」
その言葉に、ガジルは喉を鳴らして笑った。
「ギヒッ」
「ふわぁ〜……任せて、マスーー……すぴー……」
言い終わる前に、そのままスピード寝した。
「……あ、相変わらずですね」
ジョゼがふっと微かに息をつき、目を細める。
「いつもこんな感じですか? ガジルさん」
「あァ? まあ、こうなったら当分起きねぇな」
ガジルはそう言いながら、面倒くさそうに指でネムの頬をつつく。
「んー…すぴー…」
幸せそうな寝息を立てるネムを見て、ガジルはため息混じりに肩をすくめた。
「……こりゃダメだな」
呆れたように息を吐くガジルと、微妙な表情を浮かべるジョゼが、静かなギルド内に漂った。
⸻
翌日、マグノリアの南口公園
夜が明けると、マグノリアの街は不穏な空気に包まれていた。
公園の中央に立つ大木――その周囲には、恐怖と戸惑いの色が広がっていた。
マグノリアの住人たちは足を止め、言葉を失ったまま、ただ震えながらその光景を見つめている。
その理由は――目の前にある、あまりにも凄惨な光景だった。
大木に磔にされた三つの影。
レビィ、ジェット、ドロイの三人は、無惨にも吊るされていた。
血に塗れた衣服。
傷だらけの身体。
どこか遠くを見つめる、焦点の合わない瞳。
肉体の損傷も酷いが、それ以上に――
精神が壊されている。
レビィの唇は微かに震えていた。
「……あ……あ……」
喉が乾いたような掠れた声。
意味を成さない言葉が、弱々しくこぼれる。
ジェットとドロイも同様だった。
虚ろな目。
何かに怯え続けているような震え。
まともな意識が残っているのかさえ、分からない。
彼らは何かを見たのだ。
普通の戦闘ではありえないほどの恐怖を植え付けられたのだ。
“悪夢”を。
そして――その腹部には、見覚えのある憎々しい紋章が深く刻まれていた。
これが意味することは、誰の目にも明らかだった。
これを刻んだのは――
「レビィちゃん……!」
ルーシィは涙を流しながら彼女の名を呼ぶ。
「ジェット!! ドロイ!!」
グレイが怒りに満ちた声で叫ぶ。
エルザは、ワナワナと拳を震わせ――
ナツは、怒りのあまり声すら出なかった。
この仕打ちが何を意味するのか、誰もが理解していた。
だからこそ――
この怒りは、絶対に許されるものではない。
そして――
その場に、一人の老人が歩み寄る。
小柄な体に、強大な魔力をまとい、怒りを宿したその男。
マスターマカロフ。
彼が一歩踏み出すと、周囲の住人たちは黙って道を開け、恐れを抱きながらも彼に道を譲る。
「マスター……」
エルザが小さく呟く。
マカロフは目の前の光景を見据え、拳を震わせた。
その背中は小さく、しかし怒りと悲しみを湛えた威圧感が、そこにいる誰よりも圧倒的だった。
彼の視線の先にあるのは――磔にされたレビィたちの姿。
「ボロ酒場までなら……我慢できたんじゃがな……」
低く、抑え込んだ声が響く。
「ガキの血を見て黙ってる親はいねぇんだよ……!!」
バキィッ!!
握りしめた木の杖が、砕け散る。
その瞬間、マカロフの魔力が爆発的に膨れ上がった。
地面が震え、空気が軋む。
周囲の住人たちは息を呑み、後ずさる。
妖精の尻尾の面々は、怒りに燃えるマスターの姿をじっと見つめた。
彼の眼光が鋭く光る。
そして――
「戦争じゃ――!!」
その言葉が轟いた瞬間、戦火の幕が切って落とされた。
――続く。
今回、チーム・シャドウギアの襲撃後の発見シーンを書きましたが、思いのほか原作以上に悲惨な状態になってしまいました…。
そして次回から、いよいよ本格的に”戦争”が始まります。
妖精の尻尾が激怒し、幽鬼の支配者との激しい衝突へ――。
物語が大きく動き出す展開になりますので、ぜひ次回もお楽しみに!