FAIRY TAIL 〜夢幻の竜を継ぐ少女〜 作:ことのはや
――霧が、さらに深くなる。
「さっきより霧が濃くなってやがる……」
ナツは眉をひそめ、辺りを見渡した。しかし、すでに周囲は真っ白な霧に包まれ、視界はほとんどゼロ。まるで白い闇の中にいるようだった。
「ナツ……なんか変だよ……」
ハッピーが羽を震わせながら、不安げにナツの肩にしがみつく。その声には、いつもの能天気さはなく、恐怖が滲んでいた。
「大丈夫だ、ハッピー――」
そう言いかけた瞬間、
「う……ぁ……」
ハッピーの身体がフラフラと揺れ、力なくナツの肩から滑り落ちた。
「ハッピー!!」
慌てて駆け寄り、ハッピーの身体を抱き上げる。しかし、その瞬間――
くらり……。
ナツの意識が、ふわりと浮かぶように遠のいた。視界が歪み、足元がふらつく。まるで、深い眠りへと引きずり込まれるかのように。
「っ……こいつは、ただの霧じゃねぇな……!」
ギリッと歯を食いしばり、ナツは無理やり意識を引き戻す。
「ハッピー! 一旦この霧から出るぞ!!」
ハッピーをしっかり抱え込み、霧の中を駆け抜けようとする。
しかし――
スッ……
「甘いよ」
まるで影が立ち現れるように、ナツの真横にネムが現れた。
「――
ナツが気づいたときには、すでに手遅れだった。
ズガァッ!!!!
ネムの掌打がナツの横腹をえぐり、衝撃とともに精神が揺さぶられる。
「ぐっ……!!」
まるで重力が倍になったかのように身体が沈む。そのまま勢いよく吹き飛ばされ、岸壁に叩きつけられた。
ドガァァァン!!!
粉塵が舞い、岩が砕ける。
「……くっ……ハッピー、大丈夫か!?」
ヨロヨロと立ち上がりながら、ナツは叫ぶ。
「……あい……」
ハッピーは意識を保ちながらも、か細い声で応えた。
「くっそぉぉ!!!」
ナツは怒りのままにネムへと突っ込んだ――しかし。
スッ……。
ネムの姿が霧に溶けるように消える。
「っ!? どこだ!!?」
「ここ」
背後からの囁き。
「――夢竜の
シュンッ!!!!
霧の中から現れた爪が、まるで幻のように不確かな軌跡を描きながら襲いかかる。
「ぐっ……!!」
咄嗟に腕を防御に回す。
だが、次の瞬間――
ズバッ!!!
爪は容赦なく肉を裂き、鋭い痛みが走る。
――しかし、それだけでは終わらなかった。
切られた痛みが皮膚の奥へと染み込むように広がり、まるで刃が心の奥深くまで突き刺さるような衝撃が走る。
目に見えぬ力が意識を削り取るように、じわじわと侵食していく。
「……何だ、こいつの魔法……!!?」
肉体だけじゃない――まるで、精神までもが切り裂かれていくようだ……!!
「まだまだ――」
ネムは霧の中を漂うように動き、また消える。
「くそっ……!!」
ナツは攻撃を仕掛けることすらできず、ただ翻弄され続けた。
シュンッ……バシュッ!!!
何度も、何度も。ネムの攻撃がナツを襲い、その度に傷が増えていく。
「……っ!!!」
ナツの呼吸が乱れ、意識がかすれ始めた、その時――
「……もう、終わりかな」
ネムの冷たい声が響いた。
次の瞬間――
「――
ネムが手をかざし、闇の中から黒い珠が生まれる。
それは重々しく浮かび上がり、静かにナツへと向かって飛来した。
ヒュンッ!!!
「っ!!?」
本能的に身をかわそうとするも、回避が間に合わない――
ズドンッ!!!
「~~~~~~ーーー!!?」
ナツの胸に黒い珠が直撃した瞬間、視界が真っ黒に染まった。
— ✧ — ✧ —
「――……ここ、どこだ……!?」
ナツが目を覚ましたのは、漆黒の闇に包まれた世界。
目の前には――
倒れたマカロフを抱きかかえ、その瞳でナツを冷たく射抜くエルザ。
その隣には、憎悪のこもった視線を向けるグレイとエルフマン。
そして、ボロボロに傷つき、血だらけで倒れたルーシィの姿。
ナツは、息を呑んだ。
目の前の光景が信じられない。
「……何で、そんな顔してんだよ……」
「撤退だと言ったはずだ。何故、言うことを聞かなかった?」
エルザの冷たい声が、静かに響く。
「……ッ」
ナツの背筋に、ゾクリと寒気が走る。
「お前が勝手に動かなければ……!」
「マスターを見殺しにしやがって!!!」
「仲間を捨てたくせに……!!!」
グレイとエルフマンが睨みつけ、怒りの言葉を叩きつける。
「そ、そんなこと……」
ナツが否定しようとするが、足がすくみ、言葉が喉の奥で詰まった。
そして――
「……チームなのに」
か細い声が響いた。
ナツが息を呑む。
血だらけのルーシィが、傷だらけの手で地面を掴みながら、震える声で言った。
「ナツが……私を置いていったから……」
「……そのせいで、捕まった……」
「お前のせいで……!!」
その言葉が、心臓に突き刺さる。
「……違ぇ……」
ナツの指が、小刻みに震えた。
ドクンッ――!!!
心臓が、大きく脈打つ。
「違ぇ……!!」
拳を強く握りしめ、震えながら、再び呟く。
「仲間が……」
拳に、紅蓮の炎が灯る。
「ルーシィが……」
ドクンッ!!!
「そんなこと言うわけねえだろ!!!!」
ボオオオオオッ!!!!
ナツの拳が燃え上がり、全ての幻影を吹き飛ばすように火柱を生み出す。
黒い影が、一瞬で燃え尽きた。
――バシュンッ!!
ナツの意識が、一気に現実へと引き戻された。
— ✧ — ✧ —
カッと目を見開き、膝をついたナツは、「ハァ…ハァ…」と荒い呼吸を繰り返す。
額には汗が滲み、身体中の感覚が痛みによって蘇る。
「な……ナツ……大丈夫……?」
ハッピーがよろよろとナツに近づき、心配そうに声をかける。
それを、霧の中からじっと見つめる影があった。
「……ふぅん。まだ、夢の中じゃないんだ……」
ネムは小さく首を傾げ、淡々と続ける。
「しぶといね……でも――」
一瞬、静寂が落ちる。
「もう、動けないでしょ?」
ナツは荒い息を吐きながら、拳を握りしめた。
「はぁ……はぁ……」
全身がズキズキと痛む。だが、それ以上に――心が重い。
「……これが、ネムの魔法……っ!!」
ヨロヨロと立ち上がるナツを見て、ネムが静かに手をかざす。
「……そろそろ、おやすみの時間だよ」
ネムの手のひらから放たれた無数の
シュウウウ……ッ!!!
闇の珠が静かに回転しながら漂い、じわじわとナツを包囲していく。
「くそっ……!!」
ナツは全弾をなんとか避けるが――
「……甘いよ」
ヒュンッ――!!
ネムが一瞬で懐に潜り込む。
「――夢竜の朧掌」
ズガァッ!!!!
「ガハッ!!」
ナツの身体が、吹き飛ばされる。
そのまま壁に叩きつけられ、岩壁が砕ける音が響いた。
ドガァァァン!!!
粉塵が舞う中――。
「
ネムの静かな声が響く。
シュウゥゥ……ルル……
白い霧が、ゆらりと揺れながら、ナツの身体へと絡みつき、包み込んでいく。
「こ……れ……」
ナツの瞼が重くなり、意識が沈んでいく――。
視界がぼやける。
身体が動かない。
まるで、深い眠りへと誘われるように……。
「……永遠に、おやすみ……
スウウ……ッ……
白い繭が、ナツを完全に包み込んだ。
「ナツーーー!!!!」
ハッピーの悲痛な叫びが、静まりかけた霧の中に響き渡る。
だが、返事はない。
繭の中に閉じ込められたナツ。
白く光る霧の繭は、静かに蠢きながら、ゆっくりとその形を密閉させていく。
そこに、微かな脈動も、気配すらもない。
「ナツ!! 返事してよ!! ナツぅ!!!」
ヨロヨロと震える足で立ち上がり、ハッピーはふらつきながらナツの繭へと向かう。
涙に滲んだ視界の中、繭に必死に爪を立て、引き裂こうとする。
しかし――。
「……なんだよ、これ……ッ!」
どれだけ引っ掻こうが、噛みつこうが、繭はビクともしない。
むしろ、じわじわと ハッピーの指に絡みつくように、白い膜が広がっていく。
「……そんなことをしても、無駄」
静かな声が降りてくる。
ハッピーはビクリと肩を震わせ、振り向いた。
そこには、何の感情も見えない瞳をしたネムが立っていた。
「……その繭は、高濃度の
「……眠鱗粉?」
ハッピーが、戸惑いの色を滲ませながら聞き返す。
「……ん、この霧のこと」
ネムは ゆったりとした仕草で、周囲に漂う白い霧を指先でなぞる。
「私の魔力から生み出される、夢竜の鱗粉。
吸った者の意識を朧にして、深い眠りに誘う……」
そこまで言うと、ネムは繭を見つめながら、静かに続けた。
「そして――」
繭が、かすかに脈動する。
「包み込まれて繭にされた者は、永遠の眠りへと堕ちる……」
「貴方の力じゃ、決して破れない」
まるで 決定事項を告げるかのように、ネムは淡々と断言する。
ハッピーは、息を呑む。
「永遠の……眠り……?」
ネムは霧の中で、淡々と続けた。
「この繭が羽化する頃には……
「……ッ!? そ、そんなの嘘だ!!」
ハッピーの目に、大粒の涙が浮かぶ。
必死に 爪を立て、噛みつき、叩きつける。
それでも、繭はまるで鉄のように硬く、微動だにしない。
「ナツが……ナツが負けるなんて……」
力いっぱい引き裂こうとするが、
それは、ただの無駄な抵抗にしか思えなかった。
指先に力を込めても、爪が滑り、繭には傷ひとつつかない。
どれだけ噛みつこうと、どれだけ叩こうと、
ナツが閉じ込められた現実は変わらない。
「ナツ……ナツ……っ!!!」
必死に名前を呼ぶが、繭の向こうからは何の応答もない。
ハッピーの呼吸が乱れ、全身がじわりと震え出す。
そして―― 視界が、ゆっくりと霞んでいった。
(……なんだか……身体が重い……)
霧が、ハッピーの意識までも蝕んでいく。
思考がぼんやりとして、頭がふわふわと浮くような感覚が広がる。
まるで、深い眠りの底へと引きずり込まれていくかのように。
「……ナ……ツ……」
掠れた声で、最後の力を振り絞る。
しかし―― 体が、動かない。
このまま目を閉じれば、きっと、二度と覚めることはない。
ネムは、そんなハッピーの姿をただ静かに見つめていた。
しばらく、淡々とした瞳で観察していたが、やがて小さく微笑む。
「……貴方も、私の鱗粉を浴びて、まだ意識を保てるなんて、凄いね」
静かな声が、霧の中に溶けていく。
「でも――もう我慢しなくていいよ」
優しげな声音とは裏腹に、その言葉は ゆっくりと確実に、ハッピーの意識を沈めていく。
そして――。
「おやすみ……ネコちゃん」
ネムは、静かに背を向けた。
霧の中へと、ゆっくりと歩み出す。
―― 勝負は、ついた。
ルーシィはすでに幽閉され、
ここに、もはや脅威は何もない―― そう、確信していた。
「……つかれた」
小さく息をつきながら、ネムは手をかざす。
すると―― 静かに、霧が引いていった。
まるで、幕が降りるように。
まるで、静かに終幕を迎える劇のように。
――そこに残されたのは、
繭に閉じ込められたナツと、意識を手放しかけたハッピー。
ネムは、それを淡々と見つめる。
「……
誰に言うでもなく、独り言のように呟くと、踵を返す。
白いローブをなびかせながら、本部へと歩き出す。
しかし―― その時だった。
ピシッ……!!!
「……?」
ふと、背後で聞こえた微かな音。
ネムは、足を止める。
「今のは……?」
僅かに首を傾げ、振り返る。
すると―― 繭に、小さな亀裂が入っていた。
「………………!!?」
目を見開くネムの視線の先で、
その亀裂が、ゆっくりと広がり始める。
そこから―― 淡く、赤い光が漏れ出した。
「ありえない……」
ネムの思考が、一瞬、停止する。
この《夢竜の繭》は、完全に包まれたら最後。
内部からの脱出は、不可能。
もし破壊するなら――
外部から強い衝撃を加えるか、繭が形成される前に砕くしかない。
それが、絶対の事実 だった。
――それなのに。
ピシッ……バキ……
繭の表面に、はっきりとした亀裂が走る。
「な……ッ!?」
ネムの呼吸が、一瞬止まる。
包まれた人間が、中から破るなんて――ありえない……ッ!!
驚愕に目を見開きながら、ネムは反射的に霧を濃くする。
しかし――
グゥゥゥゥ……!!!
繭の内部から、膨れ上がるような圧が発せられる。
まるで何かが目覚めようとしているかのように、空気が震えた。
(……なに、この感じ……!?)
胸の奥で、小さな警鐘が鳴り響く。
ピシッ……バキバキッ!!
繭に走った小さな亀裂が、一気に広がる。
そこから、赤い光が激しく溢れ出した。
そして――
ドォォォォォォン!!!!
次の瞬間―― 繭が、内側から弾け飛んだ。
爆風が吹き荒れ、白い霧が炎に包まれて消し飛ぶ。
吹き上がる紅蓮の炎の中心――
そこに、ナツ・ドラグニルが立っていた。
「ナ……ナツゥゥゥ……!!!」
かすれた声が、静まりかけた戦場に響いた。
ハッピーは、意識が途切れそうになりながらも、絞り出すように叫ぶ。
視界が揺れ、涙で滲む。
しかし――
「…………」
ナツは、何も言わなかった。
紅蓮の炎の中、ゆっくりと立ち上がる。
だが――それは、いつものナツではなかった。
燃え盛る炎が、まるで生き物のように揺らめき、変質していく。
――いや、ナツは、ただの炎を纏っていたわけではない。
次第に、赤々と燃え上がっていた炎の色が淡く変化していく。
紅の輝きが薄れ、代わりに生まれたのは――
これまでとは明らかに異なる、白い炎。
それは、どこまでも静かに燃え続ける炎だった。
まるで、熱を持たぬ幻想のように。
まるで、そこに存在しないかのように。
魔力を感じさせない、奇妙なほどに 無機質な輝き。
「……なんなの、あの炎……?」
ネムの表情が、わずかに強張る。
――絶対に出ることの叶わない檻からの脱出。
――
――そして、その体を包む 謎の白い炎。
彼女の心の奥底で、初めて 警戒心 というものが生まれる。
(……嫌な予感がする)
無意識に、指先が僅かに震えた。
「……今のうちに、片付ける」
そう呟くと、ネムは再び濃い霧を発生させ、辺りを包み込む。
シュウウウゥゥ……!!!
「…………」
ナツは依然として動かない。
そんなナツを見据えながら、ネムはふわりと霧に溶けた。
姿も、気配も、音さえも――静かに、霧の中へ消える。
「……ここで仕留める」
呟いた瞬間、ネムの身体は完全なる“無”へと沈んだ。
そして次の刹那には、すでにナツの死角に立っていた。
「――夢竜の朧掌」
霧の帳から、音も気配もなく放たれる、鋭く抉るような掌打。
ナツの背中を確実に捉えるはずだった――その一撃。
しかし
「…………」
「――ッ!?」
ナツが振り返っていた。
霧の中、こちらを正確に見据えていた。
しかもそれは、偶然でも反射でもない。
まるで――最初から、そこに来ると分かっていたかのように。
「な……!?」
ネムの思考が、一瞬、空白に染まる。
ドゴォッ!!!
ナツの白い炎を纏った腕が、迫る掌を正面から受け止めていた。
「……ッ!」
衝撃に弾かれ、ネムはすぐさま霧の中へと身を翻し、後方へ跳ぶ。
「……ッ、今のは……?」
心臓が、ドクンと跳ねる。
完全な不意打ちだった。
それなのに―― ナツは、まるで霧の中すら見通しているかのように対応してみせた。
「……ッ!!」
ネムはすぐに霧へと溶けるように身を隠す。
――はずだった。
だが、次の瞬間――
まるで、最初からそこにいると分かっていたかのように、白い炎が一直線に霧を裂きながら迫る。
「くっ――!!!」
ギリギリで回避し、再び距離を取る。
その額に、冷たい汗が一筋、流れ落ちた。
――ナツの動きが、変わった。
ネムは 霧の中へと消えた。
それなのに。
「……見えてるの?」
ゾクリとするほど鋭い殺気が、霧の奥からこちらを狙っている。
次の瞬間――白い炎が一直線に突き抜けてきた。
「っ……!!」
かろうじて回避するも、頬をかすめた瞬間――
意識が、一瞬、フッと遠のいた。
「……ッ!?」
わずか一瞬の眩暈。
だが、それだけで 背筋を凍らせるには十分だった。
(……なに、これ……?)
頬をかすめた部分が、じりじりと焼けるように疼く。
熱が引かない。ただの火傷とは違う。
これは―― 内側まで染み込むような感覚。
(……何なの、この熱……?)
肌に残る 奇妙な余韻 に、無意識に喉を鳴らす。
そして、私は改めてナツを見据えた。
紅蓮だった炎は、 ゆらりと白く変わり、静かに燃え続けている。
それは、これまでの
お互い、距離を保ったまま、静かに向き合う。
異質な力同士が、いま、静かにぶつかり合おうとしていた――。
――続く。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます!
今回はナツ vs ネムの前半戦。
ネムの「夢幻の滅竜魔法」が本領を発揮し、ナツを徹底的に追い詰める展開でした。