FAIRY TAIL 〜夢幻の竜を継ぐ少女〜   作:ことのはや

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白き炎

 

――視点:ネム

 

目の前に立つ火竜(サラマンダー)の姿を、私は改めて見つめた。

 

ーー……まるで別人みたい。

 

ギリギリ意識を保っていたネコですら、その変貌に驚愕している。

 

「……ナツのあんな姿……初めて見る……」

 

紅蓮だった炎は、ゆらりと白く変わり、静かに燃え続けていた。

まるで意思を持つかのように、ゆっくりと揺らめきながら。

 

先ほどまで、火竜(サラマンダー)は私の攻撃をまともに防ぐこともできなかったのに、あの白い炎を纏ってからは、まるで人が変わったかのように攻撃を軽々と防ぎ、さらに反撃を仕掛けてきた。

 

(……まるで、動きを先読みされてるみたい……)

 

ただ力が増しただけじゃない。

攻撃の精度が異常に高い。

こちらの行動を、完全に見透かしているかのような動き――。

 

(……まさか)

 

私は再び霧に身を潜める。

一瞬、気配を消し、意識すら薄める。

 

けれど――

 

火竜(サラマンダー)は何の反応も示さない。

視線も、気配も、私の存在に向けられていない。

 

(……完全に無防備?)

 

違う。

わかってる。

あの白い炎を纏ってから、コイツは別人のように動き出した。

だからこそ、私は試す。

 

(……何処まで見えているか――これで、ハッキリする)

 

私は、スッと霧から抜け出し、静かに死角へと滑り込む。

 

「……夢竜の朧爪(おぼろそう)

 

朧げに揺らめく斬撃が、白い霧と共に火竜(サラマンダー)を切り裂かんと迫る――

だが。

 

シュウッ!!

 

「ッ!?」

 

爪は空を切り、代わりに火竜(サラマンダー)が白い炎を纏った足をこちらへと蹴り込んできた。

 

ヒュッ……!

 

私はギリギリでそれをかわし、そして確信する。

 

(やっぱり……コイツ、私の霧が効いてない)

 

この霧は視界や感覚を阻害し、探知系魔法すら無効化する。

そのため、本来ならそこのネコのように動けなくなるはず。

しかし――

 

火竜(サラマンダー)は二度に渡り、私の攻撃を防ぎ、さらに反撃してきた。

しかもそれだけじゃない。コイツ、私の眠鱗粉の影響を受けている様子がまるでない。

 

(……つまり、私の眠鱗粉を完全に無効化している?)

 

そんなはずはない。

けれど――

事実として、効いていない。

 

(……チッ)

 

苛立ちが、胸の奥をチリチリと焼いた。

この霧は、私の“領域”のはずなのに。

この力は、何もかもを霞ませ、惑わせ、沈めるはずなのに――

 

(だったら……)

 

静かに、息を吸う。

 

これ以上、眠鱗粉をばらまいても意味がない。

ならば。

 

私は、手を前に出し、力を込める。

 

「夢竜の虚拳(きょけん)!!」

 

両腕に幻影によって形作られた巨大な竜の拳を纏わせ、片方を火竜(サラマンダー)めがけて放つ。

 

ドォンッ!!!

 

火竜(サラマンダー)は跳躍してそれを避けるが――

 

「……空中じゃ、逃げられないでしょ」

 

私はすかさず、 もう片方の幻影の拳を火竜(サラマンダー)目掛けて撃ち込んだ。

 

「ッ……!!」

 

火竜(サラマンダー)は両腕を交差させて防御するも、直撃。

 

「ーーー〜〜〜っ!!」

 

火竜(サラマンダー)の顔が歪む。

あれは単なる衝撃の痛みによる表情ではない。

 

(……やっぱり、効いてる)

 

眠鱗粉は効かなくても、精神への直接干渉なら通る。

夢幻の力を宿した滅竜魔法――これは、肉体だけじゃなく 「精神」 まで削る攻撃。

つまり私の魔法を完全に無効化できる訳じゃない。

 

(なら……畳みかける!)

 

「夢竜の――咆哮!!!」

 

口から勢いよく吐き出される白と黒が渦巻く幻想的なブレスが、螺旋を描きながら火竜(サラマンダー)へと迫る。

 

すると――

 

「――ッ――!!!」

 

ゴォォォォォ!!!

 

火竜(サラマンダー)もまた、口を膨らませ、白い炎を勢いよく吐き出した。

 

ズギャァァァァン!!!

 

轟音とともに、ふたつのブレスが激突し、空間が唸りを上げて歪んでいく。

 

(くっ……押されてる……!)

 

火竜(サラマンダー)の白炎は、私の咆哮をねじ伏せるように勢いを増していく。

このままでは、飲み込まれる――!

 

「っ……!」

 

私は即座に身を翻し、咄嗟に霧の中へ退避。

余波が通り過ぎた瞬間、再び姿を現す。

 

だが――

 

(……え?)

 

火竜(サラマンダー)が、すでに目前にいた。

 

「っ!?」

 

反射的に手を振り上げる。

 

「夢竜の朧爪(おぼろそう)!!」

 

朧げに揺らめく爪が、一閃―― 火竜(サラマンダー)の体を切り裂いた、はずだった。

 

だが――

 

ボシュッ……!!

 

切り裂いたはずの火竜(サラマンダー)の身体が、シュウッと形を失い、白い炎となって崩れ去る。

 

「なっ……!? これ……幻……!?」

 

思わず息が詰まる。

 

私が、幻影に――騙された……?

 

動揺しかけた瞬間、崩れた白炎が、まるで意志を持つかのように這い寄り、肌へと絡みついてきた。

 

「ッ……!?」

 

ぞわりと背筋が凍る。

 

白炎は、触れた部分からゆっくりと広がり、まるで肌をなぞるように、私の内側へと染み込んでいく。

 

(この感覚……!)

 

焼かれる熱さじゃない。

それなのに、じわじわと体の奥を――いや、心の奥を、侵されていくような感覚。

 

(……さっきの、頬にかすった時と同じ……!)

 

これは――ただの炎じゃない。

私の魔法と同じ、精神に――心に干渉してくる力……。

 

(この炎……何なの……!?)

 

戸惑いが、ほんの一瞬、動きを鈍らせた。

 

その隙を――

 

ドゴォォッ!!!

 

「かはっ……!!」

 

火竜(サラマンダー)の拳が、一直線に私の腹部を撃ち抜く。

 

ぐしゃりと内臓が揺れるような衝撃。

私は抵抗もできず、吹き飛ばされ――

 

バギャァッ!!

 

鈍い音を立てて、私は地面に叩きつけられた。

 

「……ッ……は……あ……」

 

まとわりついていた白い炎は、衝撃でかき消えた。

けれど――

身体の奥をじりじりと焼くような感覚は、まだ消えていない。

 

(……マズい……)

 

私の戦法は、奇襲と撹乱が主軸。

真正面から殴り合うような戦いは、そもそも不得手だ。

 

ましてや今は――霧が効かない。

ただの力押しで攻めてくる火竜(サラマンダー)とは、相性が悪すぎる。

 

(……ガジルがいれば、こういう場面は任せられたのに)

 

でも今は、自分ひとり。

 

(……ちょっと、舐めすぎた……)

 

悔しさと痛みを喉奥に押し込みながら、私はゆっくりと息を整える。

そして、足を踏みしめ――立ち上がった。

 

火竜(サラマンダー)は、無言のままこちらへと歩み寄ってくる。

足取りは重く、それでいて迷いがなかった。

 

そして――

 

「………!!」

 

白い炎を纏った拳が、高く振り上げられる。

それが、まっすぐに私を貫こうと振り下ろされた、その瞬間。

 

「……くっ!」

 

撃たれる、と判断した刹那。

私は足に力を込めて――

 

「……夢竜の――」

 

するとその時――

 

シュウゥゥ……ッ!!

 

突如、火竜(サラマンダー)を包んでいた白い炎が、静かに霧散していく。

同時に、振り下ろされる拳の勢いが鈍った。

 

(……今なら!)

 

私は即座に懐へと踏み込み――

 

「――朧閃(おぼろせん)!!」

 

刹那、足元から朧げに光る軌跡が生まれ、

閃光のような蹴りが、火竜(サラマンダー)の腹部を強烈に突き抜けた。

 

ドガァンッ!!!

 

轟音とともに、火竜(サラマンダー)の身体が崖の壁へと叩きつけられた。

岩肌が砕け、粉塵が舞い上がる。

 

しばらくして――

その粉塵の向こうから、荒い息遣いが聞こえた。

 

「――カハッ……ハァ……ハァ……い、今のは……?」

 

蹴り飛ばされた火竜(サラマンダー)が、地面に手をつきながら、ゆっくりと上体を起こす。

その目が、混乱と戸惑いを滲ませたまま、私を捉えた。

 

私は、白い炎の消えた火竜(サラマンダー)を見下ろしながら、静かに問いかける。

 

「……今の力、何?」

 

だが、火竜(サラマンダー)は眉をひそめ、苦しげに息を吐きながら呟いた。

 

「……知らねぇよ、そんなこと」

 

私は、じっとその顔を見つめながら、眉をひそめる。

 

(……知らない……?)

 

あれほどの力を振るっておきながら、自覚がないだなんて――

信じられない。でも、その表情は、嘘をついているようには見えなかった。

 

お互いに、再び構えを取ろうとした――まさにその時だった。

 

「……面白えことになってんな」

 

低く笑う声が、上空から響き渡る。

 

ドォンッ!!!

 

轟音とともに、黒い影が私と火竜(サラマンダー)の間に降り立った。

着地の衝撃で、地面がわずかにひび割れ、砂塵が舞い上がる。

 

「……ガジル」

 

鉄の滅竜魔導士が、静かに顔を上げる。

その気配は、まるで剣のように鋭く、戦場の空気を一瞬で引き締めた。

 

 

— ✧ — ✧ —

 

ガジルは、私の姿を見てニヤリと口角を上げる。

 

「へぇ……お前がそこまでやられるなんて、珍しいな」

 

私はジロリと睨む。

 

「……やられてない。ただ、ちょっと油断しただけ」

 

そう答えたけれどーー

乱れた呼吸も、肩で息をしているのも、自分でもはっきりわかる。

 

体の奥に残る熱の感覚が、まだ微かに燻っている。

 

(……まだ、内側が熱い……)

 

でも、そんなのはどうでもいい。

この程度で弱ったところなんて、見せるわけにはいかない。

 

私は顔を伏せることなく、無理やり体を起こした。

 

ガジルはギヒッと笑う。

 

火竜(サラマンダー)が、お前に一発入れたってのか。はは、こりゃ面白え」

 

「……全然、面白くない」

 

吐き捨てるように言い返す。

少しでも気を抜けば、表情が揺れそうだった。

 

それでも、立っている。

まだ、戦いは終わっていない。

 

――そう思っていた矢先。

 

「ま、今回は痛み分けってことにしようや、火竜(サラマンダー)

 

ガジルがふっと肩をすくめながら、そちらに視線を向けて言った。

 

「……は?」

 

何を言ってるのか、一瞬、理解が追いつかなかった。

 

「……はぁ!? ちょっと待って、どういうこと!?」

 

思わず声を荒げる。

まるで、もう戦いが終わったかのような言い草に、強い苛立ちが込み上げてくる。

 

(……冗談じゃない)

 

私はまだ、引き下がるつもりなんてない。

 

だが、それは――向こうも同じだった。

 

拳を握りしめ、肩を大きく上下させながら、火竜(サラマンダー)は荒い息を吐く。

 

「……ふざけんなよ……」

 

ギリッと奥歯を噛みしめる音が聞こえる。

 

「レビィたちを……ギルドをあんな目に遭わせておいて……」

 

拳が震える。怒りが、痛みと一緒に滲み出す。

 

「ここで終わらせるわけねぇだろ……ッ!!」

 

ぐらつく足を踏みしめて、それでも前へ――

まだ、戦う意思を捨てていなかった。

 

しかしーー

 

「……いいのか? 火竜(サラマンダー)

 

ガジルが、ギヒッと笑いながら本部の、更に上の方に視線を向ける。

 

「お前が助けたがってるお嬢様が、今にも落ちそうだぜ?」

 

「……!!?」

 

火竜(サラマンダー)はその言葉を聞いて、一瞬、凍りついたように固まる。

だが次の瞬間、はっと息をのみ、叫んだ。

 

「ハッピー!! ルーシィが……!!」

「あ……あい! いくよナツ!!」

 

ヨロヨロと起き上がったハッピーが、必死に火竜(サラマンダー)の腕を掴む。

そのまま羽ばたき、よろめくようにして空へと舞い上がった。

そしてーー本部の方向へと、一直線に飛び去っていく。

 

 

 

 

— ✧ — ✧ —

 

私はすぐさま追おうと身を乗り出すーーが、

 

「よせよ。疲れてんだろ?」

 

目の前に伸ばされた腕が、それを制した。

 

「……何のつもり?」

 

私が睨むと、ガジルは無造作に肩をすくめて言った。

 

「少し休んでろ」

 

「そんな場合じゃない。あいつら追いかけなきゃ……!」

 

「無理して追ったって、どうにもなんねえよ」

 

ガジルはフッと鼻を鳴らして笑う。

 

「あそこまでボロッカスにやられた連中がよ、本部に行ったところで……今さら何ができるってんだよ」

 

ガジルはギヒッと笑いながら言う。

 

「それより、これから本格的に動き出す。少し休んどけ……腹、ずっと抑えてるけど痛ぇんだろ?」

 

ネムは言葉を返さない。

 

自覚はなかった。でも、言われてみれば――

 

「………痛い」

 

口にした瞬間、全身を駆け巡る鈍い感覚。

遅れて、腹の奥がジリジリと焼けるように疼く。

 

ああ、痛かったんだ。

苦しかったんだ。

 

(でも……)

 

ギリッと奥歯を噛みしめる。

 

(それだけ、じゃない……)

 

ポタッ……ポタッ……

 

頬をつたう温かい何かに気づく。

 

「……は?」

 

驚いて手の甲で拭う。

だが、それはあとからあとから溢れてきて――止まらなかった。

 

(……は?)

 

思わず手の甲で拭う。

でも、拭っても拭っても止まらない。

 

(……なんで?)

 

ギルドに入ったばかりの頃、特訓してた時は泣いてばかりだった。

悔しい時も、痛い時も、すぐに泣いた。

 

けど、強くなってからはーー

負けることもなくなったし、痛みも「まあ、そんなもん」って感じだった。

だから今回も、少し痛かったけど、それだけで終わるはずだったのにーー

 

(……なんで、こんな……)

 

拳をぎゅっと握る。

 

悔しいのか?

苦しいのか?

 

それともーー

 

(……あの炎を浴びてから……)

 

じわじわと疼く 「この感じ」 は、一体なんなの?

 

ポタッ……ポタッ……

 

涙の音が、やけに大きく耳に残る。

静かなはずのこの場所で、それだけが際立って響いていた。

 

(……ちがう。こんなの、私じゃない)

 

震える手でぬぐおうとするたびに、逆に涙はどんどんあふれてくる。

止めたいのに、止まらない。

 

(なんなの、これ……こんな感情、知らない……)

 

ふと、視線を感じた。

 

見上げると、そこにはガジルが立っていた。

 

「……」

 

じっと、見下ろしている。

いつものように 「ヘマしやがって」 とか皮肉を言うでもなくーー

 

ただ、黙っていた。

 

(……何なの)

 

言葉にできないまま、私は歯を食いしばる。

 

ガジルは ふぅ と小さくため息をついた。

そして、何も言わずに無言でしゃがみ込み、背を向ける。

 

「……何のつもり?」

 

「察しろや」

 

「………」

 

私は、その背を じっと見つめる。

しばらく、何も言わずに立ち尽くした。

 

そしてーー

 

静かに歩み寄り、 のそのそと背に乗る。

 

その瞬間ーー

 

じわりと、体の奥から緊張が解けていくのを感じた。

まるで、張り詰めていた糸が、ふっと断ち切られるように。

 

胸の奥が温かいのか、冷たいのかもわからない。

でも、たったひとつ、確かなものがあった。

 

ーー安心感。

 

ゆっくりとまぶたが落ちる。

意識がふわりと遠のく。

 

「……zzz」

 

静かに、ガジルの背中で眠りに落ちたーー。

 

「たくっ、世話が焼ける奴だぜ…」

 

そうぼやきながら、ガジルは本部へと向かっていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

— ✧ — ✧ —

 

その頃ーー。

 

ハッピーに抱えられながら、ナツは猛スピードで幽鬼の支配者(ファントムロード)の本部へと向かっていた。

風を切る音が耳元で鳴る中、遠くに見えてきた巨大なギルド本部。

 

そして――

ナツとハッピーの視界に映ったのは、建物の最上階から落下するルーシィの姿だった。

 

「ナツーーーー!!!!」

 

「「ルーシィィィィィ!!!!」」

 

叫ぶ声がほぼ同時に響き、ハッピーは全速力でルーシィへと飛んでいく。

ナツも力を込め、タイミングを見て飛び出す準備をする。

 

「「うおぉおおおおおお!!!」」

 

間一髪。

ナツは勢いよく飛び出し、落下寸前のルーシィをその腕に抱きとめた。

そのままの勢いで、ギルドの城壁へと突っ込み―― ドガァァァン!!!

瓦礫が舞い上がり、煙が辺りを包む。

 

「ま…間に合ってよかったよ…」

 

目をぐるぐる回しながら、ハッピーがぼそりと呟く。

 

「めちゃくちゃだな…おい…」

 

ナツは呆れたように言いながら、ルーシィの体を抱えたままゆっくりと立ち上がった。

 

「ナツ…ハッピー…やっぱりいると思った…」

 

ナツの腕の中で、ルーシィはほっとしたように微笑む。

だが、すぐにルーシィの表情が険しくなる。

 

「二人とも、その傷……一体何が……?」

 

ナツとハッピーは全身傷だらけでボロボロ。

特にナツは、どこかフラついているようにも見えた。

 

「オイラ達、ルーシィを助けに向かってたら、ネムって滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)に襲われたんだ」

 

ハッピーがそう言った瞬間、ルーシィの表情が凍りついた。

 

「……ネムって……」

 

彼女の脳裏に浮かぶのは、幽鬼の支配者(ファントムロード)に囚われる直前の記憶――

 

レビィたちのお見舞いの帰り道、 傘を差した青髪の女性と、白いローブを纏った少女。

自分は その二人相手に何もできず、眠らされ、気づけばファントムの本部に囚われていた。

 

(……あの時の少女が、まさかナツをこんなにボロボロに……!?)

 

背筋が寒くなる。

 

「二人とも、よく無事だったわね……」

 

ルーシィは震える声でそう呟く。

以前、エルザから 「ネムと戦った者は、無事じゃ済まない」 という話を聞いていた。

それほどの実力者を相手にして、生きて戻ってきたのが信じられなかった。

 

「……それで、ネムには勝ったの?」

 

ルーシィが不思議そうに尋ねる。

しかし、ナツは答えない。

 

代わりに、ハッピーが口を開いた。

 

「ううん、途中までは本当に危なかったんだでも…」

「…でも?」

「ナツの炎が……変わったんだ」

「炎が……?」

 

「うん、いつもの炎じゃなくて、白い炎になったんだ。その後のナツ、オイラが知ってるいつものナツじゃない感じだった…あんなの初めて見たよ……」

 

ハッピーの声には、不安が滲んでいた。

 

「白い炎……?」

 

ルーシィは眉をひそめるが、ナツは 「さあな」 とだけ呟く。

 

その返事は、普段のナツらしくなかった。

 

ルーシィはふと、ナツの様子をじっと見つめる。

顔色が悪い……? いや、それだけじゃない。

いつもなら無駄に元気なナツが、妙に静かだ。

 

「ナツ、本当に大丈夫? なんか……ぼーっとしてる気がするけど」

 

「……」

 

ナツは一瞬、ルーシィの言葉に反応しかけるも、すぐに目を伏せた。

それから、何かを振り払うように こめかみを軽く押さえながら 頭を振る。

 

「……平気だっつの」

 

短く返した声には、どこか違和感があった。

まるで、何かを誤魔化しているような——。

 

それだけじゃない。

ナツの 指先が、わずかに震えているように見えた。

 

「……?」

 

ルーシィの胸に、小さな不安がよぎる。

 

(ナツ、やっぱりおかしい……)

 

 

 

 

 

 

 

「ルーシィも助けたし、オイラ達も急いでギルドに戻ろうよ!」

 

ハッピーが言うと、ナツはすぐに反論しようとした——が、

 

「ハァ!? ここが本部だろ!? だったら……っ」

 

言いかけた瞬間、ふらつくように足元が揺らぐ。

 

「ナツ!?」

 

ルーシィが驚いて声を上げる。

ナツはすぐに踏ん張り、誤魔化すように拳を握った。

 

「……ビビってんだよ! 俺はこんな奴らちっとも怖くねえ!!」

 

だが、いつもの威勢の良さとは違った。

どこか息が上がり、声に力がない。

 

「ネム1人相手にするだけでそんな状態なのに、ナツ1人じゃ無理だよ!」

 

「な……なんだと……」

 

「無理だよ!!」

 

「……2回言うな……!」

 

ナツは険しい表情のまま睨み返すが、

先ほどから感じる身体の重さを、自分でも否定できなかった。

 

「……あの時ガジルが戦う気だったら、オイラ達確実にやられてたんだよ!」

 

その言葉に、ナツは言い返そうとした——が、

反論しようと開いた口が、すぐに閉じる。

「くそ……」 どうしても納得できない。

 

しかし、沈黙を破ったのは―― ルーシィの嗚咽だった。

 

「……ごめん…ごめんね……」

 

目から ポロポロと涙が溢れる。

 

「全部…全部、あたしのせいなんだ……」

 

ルーシィの小さな手が震える。

 

もし……もしあたしが家出なんてしなければ……

ギルドが破壊されることも、レビィちゃん達が襲われることも、みんなが傷つくこともなかった……

 

心臓がギリギリと締め付けられるような痛みが走る。

 

(……あたしなんて、いなければ……)

 

そう思うのに、でも――

 

「あたし……」

 

言葉が喉で詰まる。

涙が止まらない。

 

「それでも……」

 

ギュッと拳を握りしめる。

声を震わせながら、涙を流しながら――

 

「それでも……あたし……ギルドにいたいよ……」

 

ポロポロと涙が頬を伝う。

震える声で、胸の奥に秘めていた想いを、絞り出すように――

 

妖精の尻尾(フェアリーテイル)が……大好き……!!」

 

その場に、一瞬、時間が止まったような静寂が落ちる。

ルーシィの涙が、一粒、地面に落ちた音がやけに大きく響く。

 

ナツも、ハッピーも――

その言葉を聞いた途端、言い合っていた熱がすっと消えた。

 

「お、おい……なんだよ、それ……いればいいじゃねぇかよ」

 

ナツは困惑したように後頭部をかきながら言う。

ハッピーも、小さく頷いた。

 

「ナツ……戻ろうよ」

 

「……そうだな」

 

ナツは深く息をつき、ルーシィの前に手を差し出した。

 

「ほら……帰るぞ、ルーシィ」

 

ルーシィは 泣きながらその手を握る。

そして、3人は妖精の尻尾(フェアリーテイル)へと帰っていった。

 

 

 

 

 

— ✧ — ✧ —

 

幽鬼の支配者(ファントムロード) 本部 最上階

 

独房の中、 男の低い呻き声が響く。

 

幽鬼の支配者(ファントムロード) マスター・ジョゼ は、膝をついたまま、荒々しく息を吐いていた。

顔を歪め、先ほどの屈辱と痛みに震える。

 

「〜〜〜〜ーーーっ……ッ!!!」

 

数分前。

あの小娘―― ルーシィ・ハートフィリアに、不意打ちで股間を蹴り上げられた。

 

激痛と屈辱が体を駆け巡る。

だが、それがやがて 怒りへと変わる。

 

ギリギリ……! と拳を握り締める。

次の瞬間、ジョゼの周囲に 禍々しい魔力が膨張し、独房全体が軋んだ。

 

「やってくれたなぁ……小娘ぇ!!!」

 

ゴゴゴ……!!

 

空気が一変する。

独房の壁が、ジョゼの魔力に圧されて細かくヒビ割れた。

 

その時―― 扉が開く。

 

「……マスター、全員揃ったぜ」

 

静かに、 ガジル・レッドフォックスが現れる。

いつもと変わらぬ調子で、だがその瞳は、ほんの少しだけジョゼの異様な気配を警戒していた。

 

ジョゼは ゆっくりと立ち上がる。

怒りに震えながらも、口元には不気味な笑みを浮かべていた。

 

「そうか……なら作戦を伝え次第、妖精(ハエ)共の住処を潰しに行くぞ」

 

「OK、マスター」

 

ガジルは短く答えた。

その隣にネムの小さな姿。

ジョゼの視線が、無言のまま彼女へと向けられる。

その眼差しは冷たく、容赦がない。

 

「……ネム」

 

名前を呼ばれた途端、ネムの小さな肩がピクリと揺れた。

だが彼女は何も言わず、ジョゼを真っ直ぐに見つめ返す。

 

その態度に一瞬の沈黙が落ちる。

 

ジョゼはゆっくりと歩み寄った。

まるで、弱者を試すかのように圧をかけながら。

 

幽鬼の支配者(ファントムロード)に敗北者はいらねぇ」

 

ゴゴゴ……!!

 

一瞬、独房全体の空気が歪んだ。

ジョゼの魔力が密度を増し、場を支配する。

 

「……私を失望させるな」

 

ジョゼの低い声が響いた。

それは警告であり、 脅しであり、 最終通告でもあった。

 

ネムは小さく息を呑む。

だが、すぐには言葉を返せなかった。

 

(……敗北者はいらない)

 

頭ではわかっている。

それでも、心の奥で何かが引っかかる。

一瞬、視線が揺れる。

しかし、ジョゼの視線は鋭く、ネムの躊躇いすら許さない。

 

「……うん、分かってる……」

 

かすかに震える声で、それでもはっきりと頷いた。

 

ジョゼは一瞬だけ、彼女を見下ろすように観察する。

だが、それ以上何も言わなかった。

 

――代わりに、口元に不気味な笑みを浮かべる。

 

「……それでは、行きましょうか。ガジルさん、ネムさん」

 

まるで優雅な舞踏会へと赴くように、静かにジョゼが言う。

だが、その次の瞬間――

 

妖精の尻尾共(ハエども)の殲滅開始だぁ……ッ!!」

 

声のトーンが一変する。

低く、ドスの効いた声音。

狂気を 滲ませるような響き。

 

その言葉に、ガジルとネムがそれぞれ応じた。

 

「おう」

 

「……うん」

 

そして―― 3人は闇へと消えていく。

 

幽鬼の支配者が動き出す。

 

戦争の鐘は、既に鳴り響いている――。

 

――続く。




お読みいただき、ありがとうございます!
今回は ナツ vs ネム の戦いを中心に、 「白い炎」という新たな謎を描きました。

ナツの異変、ネムの涙――それぞれの”違和感”が、今後の展開にどう影響していくのか?
そして、幽鬼の支配者が動き出す。
物語は、次の局面へ――。

――最後まで読んでくださり、ありがとうございました!
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