FAIRY TAIL 〜夢幻の竜を継ぐ少女〜 作:ことのはや
静寂が支配するその部屋で、一人の男が書類を捲っていた。
「……バルサさんたちが戻らない?」
報告を受けた男――ジョゼ・ポーラは、書類から目を離さずに低く呟いた。
バルサは
決して突出した実力者ではないが、危険な任務もそつなくこなす手堅い人材である。
そんな彼らが、依頼に出てからすでに一週間も戻らないというのは、あまりに不自然だった。
「ふむ……」
ジョゼの手が一瞬止まり、僅かに眉が動く。
「依頼の内容は?」
「オボロ山に出没した魔獣、バルカンの群れの討伐です。村からは“軽い山の掃除”程度の依頼だったとのことですが……」
「それで、一週間も戻らない……?」
書類を閉じながら、ジョゼは静かに呟く。
その目には、ただの遅延では済まされない、妙な胸騒ぎが宿っていた。
「……捜索隊を出せ。別のメンバーでな。詳細は任せる」
落ち着いた声で命じる。
⸻
――数時間後。
新たに派遣した魔導士たちも、誰一人戻らなかった。
ギルド内に緊張が走る。
「マスター、これは明らかに普通ではありません」
「捜索に向かったメンバーも、皆、消息を絶っています……」
ジョゼは軽くため息をつき、視線を上げた。
(何が起こっているーー!)
内心で怒りが込み上げるのを抑えつつも、冷静に言った。
「……詳しく調査を」
その後、ジョゼはさらに声を低くして命じる。
「慎重に捜査しろ。この件は他のギルドに知られないようにしろ」
⸻
その後、調査が進む中、数日後に報告が入る。
バルサ達が依頼を受けて向かったオボロ山の中腹部に、謎の濃霧が発生していることが判明した。
その霧は異常なほど濃く、日中になっても晴れることなく、周囲の視界をほとんど奪っているという。
さらに、ようやく戻ってきた捜索隊の一人が、衰弱した様子でこう証言した。
「……あの霧に入ると、突然、激しい眠気に襲われるんです……っ……抗おうとしても、ダメなんだ……気づいたら……外に……っ……」
「ほう……?」
ジョゼは眉をひそめ、じっとその言葉を受け止めた。
「単なる疲労とは異なる、魔力的な影響の可能性が高いかと」
「ふむ……」
ジョゼは机に肘をつき、冷静に考えを巡らせながら、調査報告書を読み進める。
しばらく黙って考え込んだ後、ジョゼが口を開いた。
「この山の奥に年中霧が立ち込める森があると聞いたが、それと何か関係がある可能性はないか?」
ジョゼが言う森、それはオボロ山の奥地に広がる、年中深い霧に覆われた謎の森のことである。
捜索隊の一人が、顔色を曇らせながら答える。
「その森は神聖な場所とされており、立ち入りは禁じられていましたが……村の者によると、霧が森から外に出ることはこれまで一度もなく、オボロ山に霧が発生したのは今回が初めてだそうです……」
ジョゼは眉をひそめ、冷静に考えを巡らせながら、無言でその話を飲み込んだ。
(チッ)
苛立ちながら内心で舌打ちをする。
おそらく、このままここにいる使えない者たちをいくら送り込んでも、何も進展しないだろう。
これ以上の被害は、我がギルドの名に傷がつくことに他ならない。
それだけは、決して許されない。
「S級魔導士を呼びなさい」
静かながらも鋭い声がギルド内に響いた。
⸻
魔導士の一人が素早く指示を受け、奥へと駆けていく。
数秒間の沈黙。
誰もが次に現れる人物を思い浮かべ、言葉を飲み込む。
そして――
しんと静まり返ったギルド内に、ゆっくりと響く重い足音。
ギルドの奥から、一人の男が歩いてきた。
S級魔導士・アリア。
幽鬼の支配者において最高戦力の一人であり、ジョゼが最も信頼を寄せる魔導士。
「マスター……お呼びでしょうか?」
アリアの声は低く、静かに響く。
ジョゼは、アリアの姿を確認すると、ゆっくりと口を開く。
「オボロ山に発生した謎の霧の調査を貴方にお願いしたい」
「……霧、ですか……」
アリアはわずかに沈黙し、冷静に目を細めると、再びゆっくりと頷いた。
「……了解しました」
その時――
「悲しい……」
ギルドの空気が、一瞬、変わる。
「我がギルドの看板を掲げながら……何一つ成すことなく、ただ霧の中へと消えるとは……」
その言葉には、怒りも軽蔑もなく、ただひたすらに哀れみだけが滲んでいた。
「そして貴方もまた……なんと、悲しき醜態……」
調査に向かった魔導士の一人は、その言葉に震え上がり、身体が硬直する。
「ヒッ…」
思わず足がもつれ、尻餅をついてしまう。
ジョゼは尻餅をついた男を、ゴミを見るかのような冷徹な目で見つめながら、静かに言った。
「……ええ、実に悲しい話ですねぇ」
一呼吸おいて、視線をアリアに移すと、無感情なまま続けた。
「ならば、アリアさん――あなたに任せますよ」
「……承知しました」
アリアは再びゆっくりと頭を下げ、ギルドの奥へと歩き去ろうとした。その背に向かって、ジョゼがふと思い出したように、低く響く声をかけた。
「そうそう……それともう一つ、バルサさん達が受けた依頼がしっかり達成されているか、その確認もお願いしますよ」
アリアは足を止め、静かに振り返る。
ジョゼは冷徹な目でアリアを見つめ、言葉を続けた。
「彼らの生死なんて正直どうでもいいことですが、依頼達成の有無は我々ギルドのメンツに関わりますからねぇ」
アリアの瞳には一瞬の沈黙が流れたが、何も言わずに頷いた。
ジョゼはその後、指先で軽く机を叩きながら、ふっと思いついたように口角をわずかに持ち上げた。
「ん……待てよ?」
しばらくの間、考え込むようにしてから、ジョゼはアリアに向かって軽く命じる。
「アリアさん、村に着いたら村長にこう伝えなさい。“我々が霧を解決してやろうか?”と」
ジョゼの声には冷ややかな計算が込められており、アリアはそれに一切の躊躇なく反応した。
「……非公式の案件となりますが?」
ジョゼは薄く笑い、静かに言葉を継いだ。
「ほほほ……非公式だからこそ、報酬はこちらで決められるというもの」
その瞬間、アリアの口元がわずかに歪んだ。微かな笑みが浮かび、アリアはそのまま静かに言った。
「……ふふ……実に……」
ジョゼもまた、微かに口元を引き上げ、静かに笑った。その笑みは、静かに、しかし確かに冷たく――愉悦すら滲ませていた。
「……承知しました」
ジョゼは満足げに微笑みながら、軽く手を振る。
「頼みましたよ、大空のアリアさん…」
アリアは再び無言で一礼し、静かにギルドを後にした。
――扉が閉まり、アリアの気配が完全に消える。
ジョゼはしばし沈黙した後、机に肘をつき、僅かに笑みを浮かべた。
「ほほほ……さて、どうなりますかな……?」
静かに指を組み、再び書類へと視線を落とす。
まるで、すでに結末が決まっているかのように――。
続く――。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます!
バルサは今回の物語で一時的な役割を果たしたキャラクターであり、今後再登場することはありません。いわば捨てモブ的な存在でしたが、物語を進める上で必要な役割を担いました。