甚大な被害をもたらす系魔法少女の弟子になりました。 作:ヴィヴィオプロペータ
正座。からの土下座。それは誠意を表すための行動である。
例え戦いの果てにボロボロの服装であっても、幾ら恥ずかしくて隠したい姿であっても、誠意を蔑ろにしてよいわけではない。
とりわけ、悪人の前では……。
黒い玉座、そこに座るのは漆黒のゴシックドレスを身にまとった少女。玉座は少女の背丈を優に超え、魔王がごとき威圧感を演出する手助けをしている。
そんな彼女の足元に、一人の少女が頭を地につけて謝罪の意を示している。
二人を取り囲むように両の手では数え切れない数の魔法少女も立っている。そのすべてが黒の魔法少女の手下。彼女たちは気を付けの姿勢を取り、視線を上へ向け哀れな姿の少女を視界に入れないようにしていた。同情からではない、恐怖からだ。彼女の姿が、かつての己と重なってしまうため、見ようとしない。
「あのさぁ、こっちも困るんだよね。お前みたいなのがいると」
「……はい」
「わかってる? 守るもん守れって言ってんだけど。本当に理解してるわけ?」
土下座している少女の頭の上に靴の底が当てられる。踏みにじる様に、靴底の土を擦り付けるように、ぐりぐりと踏みしめられる。
「なあ、どうなんだよ。わかってる? って聞いてるんだけど」
土下座させられている彼女――新人魔法少女として、本日初めて戦闘を経験したヴィヴィオプロペータは泣きそうになっていた。どうしてこうなった、と。
頼みの綱だったパートナーとも連絡が取れない。この空間そのものが異質なのだろう。実際、この広間は一種の閉鎖空間。離れていても念話ができる魔法少女とパートナー同士でも繋がれない、現世とは別の世界だった。
これも、一人の魔法少女によって作られたものだ。
魔法少女。それは可愛らしい衣装に身を包み、人類を守護する正義の味方――とされている。
作り話だったのは昔のこと。今となっては、現実のものとなっていた。
彼女たちが魔法少女と呼ばれるようになったきっかけは所説あるが、テレビに映り、きらびやかで人々のために活躍する彼女たちは、若い女の子を中心に絶大な人気を誇っていた。
ヴィヴィオプロペータも、その例にもれず魔法少女に憧れを持っていた少女だ。間違いなく、正義のために戦う意志を持っていた。そのために、恐怖に負けず人々を傷つける敵と戦ったのだ。
「なあなあ、答えろよ。なーあー」
その結末が、これだ。人々を襲う敵と戦うよりも、更に恐ろしいものと対峙させられている。
同じ魔法少女のはずなのに。同じ志を持つ仲間のはずなのに。
「――さては、私を舐めてるな? お前」
その言葉が彼女の口から離れた瞬間、明らかにその場の空気が変わった。
もちろんそれまでが楽な空気だったわけではない。逃げ出せるならプロペータはすぐにでも逃げ出したかった。それでも、意識をしっかりと保ち、何とか耐えられる範疇だった。
これは違う。とてもただの少女に耐えられるような重圧じゃない。
「聞いてるのに返事しないってことはさ。お前の言葉なんて答える価値がないってことだろ?」
違う。そう言いたかったが、プロペータの口は恐怖で震え言葉を放つ余裕を与えてくれない。
それをいいことに、黒の魔法少女はなおも声を張り上げる。
「なあ、これさ、私舐められてるよな。お前ら、どう思う」
「「「も、もちろんでございます」」」
「だよなぁ! そうだよなぁ!」
周囲を取り囲んでいる少女たちも、恐怖に顔を歪ませている。
言うしかない。同意するしかない。他の事を言える空気でない。
その場を支配しているのはただ一人――『悪逆の魔法少女』と呼ばれているその人。
異端も異端。メディアでは表沙汰にされない、しかし、その名前だけは広く知られている魔法少女。
ネット上だけの都市伝説とも、見つけたら逃げるべき災害とも言われている、彼女。
曰く――敵も含めてなお、最も大きな被害を人類にもたらした魔法少女。
もちろん、ヴィヴィオプロペータも彼女のことは知っていた。噂だけに過ぎない存在だったが、噂にしておくにはあまりにも凶悪過ぎた。先輩魔法少女から、『黒い魔法少女には気を付けろ』と忠告を受けていたのもある。
見た目ではわからずとも、ここまで関われば嫌でもわかる。基本善良であることを求められる魔法少女で、ここまで憚りもせず悪行を成す魔法少女は他にいない。
まさか、本当に関わり合いになる日が来るとは思わなかっただろうが。
「で、そこんとこどうなの」
「い、いえ。滅相も――」
「……ああ! しょうがないか、新人だもんな。いやー、しまった、私も名前が売れてると勘違いしちゃったよ。これはいけない」
自身の額を叩いて、コミカルに。けれども、見ていた人々は全員血の気が引いていた。
彼女がこういう行動をするときは、大抵碌なことにならない。一見機嫌がよさそうに見える行動をしている時ほど、油断してはならないということを取り巻きはよく理解していた。
「じゃあ、覚えて帰れ。私の名前は――」
プロペータの髪を鷲掴みにし、土下座していた頭を強制的に上げさせる。
もしも、このような場でなければ、思わず見惚れてしまっていたに違いない。
そのぐらい美しい純黒だった。眼に宿る狂気から目を背けられれば。
「――“アヴィオシータス”。大悪を以って小悪を殲滅する魔法少女だ。以後よろしく、
名乗っていないはずの名前を当てられて、その狂気的な双眸に見据えられて、プロペータは我慢の限界に達していた。
「あっ。こいつも漏らしやがった。どいつもこいつも……」
股下から温かいものが流れ出るのを感じながら、どうしたこうなったのか、彼女は考えていた。
どうして、この悪魔のような魔法少女に目をつけられてしまったのか。
「ん? さらに気絶してね? おーい、お前ら……」
その原因は数時間前に遡る。
◇ ◇ ◇
『初めての実戦。緊張してますか? ヴィヴィオプロペータ』
「うっ。はい。実を言うと、そうです」
『大丈夫ですよ。貴方は強い。私が保証します』
パートナーの励ましの言葉を受けて、私は気を強く持ち直す。
そうだ。魔法少女になってから、何度も練習した。……頭の中で。
だから、きっとうまく行くはず。
魔法少女。それは、空想の世界から飛び出してきた正義の味方。
選ばれた乙女が力とパートナーを授けられ、異世界より来る悪と戦う。テレビで見て憧れた、あの世界に今私は足を踏み入れた。
自分がやれるのか。怖さはある。でも、なった以上は全力を尽くしたい。
「……よし。戦える」
覚悟はできた。一度足を踏み出せば、そこはもう人の目がある戦いの舞台。
路地裏から姿を出して、衆目の元に晒す。
「魔法少女だ!」
「来てくれたんだ!」
「でも見たことない子だぞ?」
避難途中だった人々の視線を浴びて、少しだけ緊張が戻ってくる。
でも、深呼吸。私は大丈夫。私ならやれる。そう言い聞かせる。
呼吸が落ち着いたところで、悠然と敵の前へと歩いて行く。
人の前だから、恐怖を表に出してはいけない。私は魔法少女なのだから。
そこにいるのは、白の毛に覆われた私の倍の大きさはある怪物。物語に良く出てくる狼男によく似ていた。
ひしゃげた車や、潰れたガードレールがここで何が起こったのかを教えてくれる。中には、爪や牙で切り裂かれた人の死体も。黒いアスファルトに赤黒い血が広がっている。
ゆっくりと目を閉じる。……よし、今度こそ、本当に覚悟はできた。
こんな非道を許すわけにはいかない。私は魔法少女なのだから。
『ん? 新手の魔法少女かぁ?』
「はい。ヴィヴィオプロペータと申します」
『知らねぇ名だな』
「知らなくても構いません。貴方を倒します」
狼らしく大きく裂けた口が、醜く歪められた。涎が滴り落ち、血だまりに混じる。
きっと、彼の眼には私が美味しそうな得物に見えているのでしょう。
負けられない。負けるわけにはいかない。
だって、私は魔法少女なのだから!
私は武器となる短剣を召喚する。これが私の武器。
見るからに貧相な武器に、狼男は笑う。
『そんな玩具で俺を倒そうってか?』
「はい」
『舐められたものだなぁ!』
大声を上げるとともに片腕が振り上げられる。鋭い爪が太陽の光を反射して輝く。
――見える。
私は前屈姿勢となり、正面から狼男へ突撃する。
振りかざされる腕を僅かに外側にステップすることで交わし、逆手に持った短剣を避けた腕に突き刺す。
苦痛に顔を歪めた狼男は腕を引こうとし、私は引っ張られないようにすぐさま短剣を引き抜いた。
相手の腕から、腐った臭いのする血が噴き出た。
良かった。きちんと攻撃は通じる。ならば、勝てる。
体も想像の通りに動いてくれる。後は、相手の行動を一切見逃さず、避け続けるだけ。
避けて、避けて、避けて、隙に差し込む。これだけで勝てる。
歓声が聞こえる気がした。私の耳にはどこか遠いものに聞こえる。
『クソっ、ちょこまか避けやがって。羽虫がっ!』
体のすぐ横を通り過ぎていく爪も、頭蓋を噛み砕かんと迫りくる牙も怖くない。
風を切る音がむしろ心地よい。全てが思い通りに動いている感覚が全能感を教えてくれる。
――大丈夫ですよ。貴方は強い。私が保証します。
パートナーの言葉は正しかった。
『こうなったらもうしょうがねぇ!』
「!?」
一瞬だけ相手の動きが変わる。
何をしてくるかは、すぐに理解できる。理解できても、反応が間に合わない。
それまでとは一線を画す素早さで接近され、抱き着くように両の腕が左右から迫る。
その勢いは、正面から喰らえば間違いなく前進の骨を砕かれるであろう強さ。
後ろへ。いや間に合わない。なら、跳ぶしかない!
思い切り地面を足の裏で叩き、宙へ逃げる。敵は私の真下までやってきて、動きを止める。
見下ろす私と見上げる相手。視線が交差する。
にやりと笑われた。それは、勝利を確信した笑み。
『じゃあな』
「嘘」
空中で身動きが取れないまま、私は次に何が起こるのか理解した。
魔力が急速に高まる。渦を巻き、現実に影響を及ぼすマジック。
噓でしょ! 狼男が魔法を使うだなんて聞いたことが――っ!
目の前に迫る黒炎弾。避けられない。思わず私は目をつぶる。
地面を跳ねて転がる。体が熱い。痛い。
辛うじて目を開ける。腕も足もついている。服はもうボロボロ。体中が痛いけれど生きてはいる。
『手こずらせやがって、まったく。でもまあ、いい土産ができたと思うか』
動けない。
狼男は嗜虐的な笑みを浮かべる。
いや、違う。生きているんじゃなくて、死なない程度に手加減されたんだ。
負けてしまった。私はどうなるんだろう。
瞼が重い。意識を今にも失いそうだった。
見ていた人たちは逃げてくれただろうか――。
「なんだ生きてるのか。死んでろ、クズが」
知らない声が聞こえてきた。
コンコンと固いものが地面にぶつかる足音。
誰の声だろう。こんなに近くに来るのなら、魔法少女に違いない。
けれど、こんな声の魔法少女は知らない。
散々魔法少女について調べて憧れていた私が知らない魔法少女なんて――。
『……は?』
「まったく、予定を狂わせてくれる。おかげで正面戦闘だ」
漆黒の大剣を地面に引きずりながら、漆黒の少女が現れた。黒のゴシックドレスに、黒い髪。フリルも、眼も、髪留めも、何もかもが黒い。
あの見た目は間違いなく魔法少女。でも、あんな魔法少女知らない。見たことない。
『ご馳走を邪魔してくれるなよ。気分がいいんだ、今逃げるなら見逃してやる』
「はっ。見逃してやる? いつから下等生物風情がでかい口を叩くようになった」
『なんだと?』
「来いよ駄犬。そいつには落とし前つけさせないといけないんだ、邪魔するな」
彼女は挑発的に手招いて見せる。
狼男は我慢強いようには思えない。案の定、激昂してその口を大きく開いた。
『上等だ。お前も一緒に手土産にして――』
声が途中で途切れた。
ぐしゃりと肉が地面に落ちた音がした。
腐敗臭が辺り一面に巻き散らかされる。――怪物の血が、噴水のように噴き出ている。
「敵前で口上を語る余裕があるのなら、さっさと相手を殺せ馬鹿野郎」
狼男の頭が、地面に転がっていた。遅れて、胴体がその場に崩れ落ちる。
どうやって? 大剣の射程にはどう見ても入っていなかった。それどころか、黒い魔法少女が動いた素振りすら見せなかった。
彼女は状況がつかめないまま倒れてる私の側までやってきて――。
「よう、よくも邪魔してくれたな」
――私の髪を掴んで、無理やり上体を起こさせた。