甚大な被害をもたらす系魔法少女の弟子になりました。   作:ヴィヴィオプロペータ

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第2話:やめられないもの

 ……ぶはっ!

 

「お、起きたか」

「げほっ、げほっ……」

 

 息苦しさで意識が戻った。

 ぱちゃんと水しぶきが上がる音。

 目を開ける。水が並々と注がれた桶がある。私の顔から滴り落ちる水が、水面に多くの波紋を作り出していた。

 

「恐怖だけで気絶までされたのは久しぶりだよ。傷つくなぁ、そこまで酷いことはまだしてなかっただろう?」

 

 後頭部を握られたまま、耳元で囁くように言われる。

 夢かと思った。夢であってほしかった。

 

「で、気分はどうだ。ヴィヴィオプロペータ。新米魔法少女さんよ」

「……ゆる、許してください」

「聞かれたことに答えてくれないか?」

 

 冷え切った声が耳元で聞こえるのと同時に、私の顔が再び水に沈められる。

 苦し、苦しい……っ!

 苦しさから逃れたくてもがいても、頭をしっかり押さえつけられていて動かせない。

 殺される。きっとこの人は、平気な顔して私を殺せる。

 助けて! 誰か助けて!

 必死に桶の側面を叩く。水面を揺らして、ちょっとでも水を桶の外に逃がしたかった。無駄な抵抗だとしても、逃れるためにせざるを得なかった。

 

「ほら」

「がっはっ! げほげほ、げほっ!」

 

 念じたのが通じてくれたのか、急に後頭部から圧が消えた。

 急いで水面から顔を放して、必死に肺へ酸素を取り入れる。

 生きてる。まだ生きてる。本当に殺されるかと思った。

 

「で、話をしてくれる気にはなったかな? ヴィヴィオプロペータ」

「ひっ……!」

「どうやら話にならんみたいだ」

 

 彼女――アヴィオシータスは、恐怖に歪んだ私の顔を見て、苦虫を嚙み潰したようような表情を浮かべた。

 許してほしい。どうか見逃してほしい。

 もう、この時点で私は恐怖に支配されていた。彼女に許してもらえるのなら、靴でも舐めるし虫だって食べられる気がする。

 

「パルペブラ! おい、パルペブラ! 来い!」

「お呼びですか、シータス」

 

 彼女に呼ばれて一人の魔法少女が虚無から現れた。

 先ほどまで何もなかったはずの空間に、当然という顔をして。

 

 その灰を基調としたモノトーンな服装は、普通華やかな衣装をまとう魔法少女とは一線を画している。

 ひらひらとフリルのような装飾もついてない。シンプルなワンピース。

 装飾も最小限。まるで、可能な限り存在感を出さないようにしたかのように。

 

 先ほど私たちを囲んでいた普通の魔法少女たちとは違う。見ればわかった。

 

「新人だ。後はお前が対応しろ」

「あら、私が、ですか?」

「私の決定に不満があるのか?」

「いいえ、そういうわけでは。わかりました、後は任せてください」

「私は休む」

「ごゆっくりどうぞ」

 

 助かった……?

 アヴィオシータスはスカートをはためかせながら、この部屋唯一の扉へと向かって行ってしまった。

 遠目で見る分には、ゴスロリドレスの美しい少女なのに……。

 そう咄嗟に思ってしまうほど、見るだけなら彼女の所作は美しかった。

 

 彼女が部屋から出ていくと、少しの間の静寂が部屋の中を支配する。

 何秒だろうか。数えていない。静寂を破ったのは、私の呼吸音だった。

 

 姿が見えなくなって、ようやくまともに呼吸ができた気がする。

 本当に怖かった。まだ手が震えてる。体も震えている。

 何度も何度も息を吸っては吐いてを繰り返し、水に沈められない結果を受けて、ようやく本当に彼女はいなくなったんだと実感した。

 

 一息入れる。ここで、ようやく周りを気にする余裕が生まれた。

 この部屋は……なんだろう? そんな広くはないけれど、あまりにも何もない。天井も壁ものっぺりしているし、即席の作り物感がすごい。

 

「では、ヴィヴィオプロペータさん」

「は、はい!」

 

 咄嗟に背筋が伸びた。

 その姿を見て、くすりと笑われる。

 

 私は残されたパルペブラさんの方を向く。まだくすくすと笑っている。

 優しそうな表情をしてるけれどやっぱり怖い人なんだろうか。あの人の仲間だし。

 何をされるんだろう。どうすればいいんだろう。

 

「とりあえず、少し休憩しましょうか」

 

 彼女が空中に手を振って何かに合図を送ると、先ほどまで水桶があった場所にティーテーブルと椅子が現れた。

 目の前の光景がいきなり変わったことに驚いていると、片方の椅子が引かれ、どうぞと丁寧に案内される。

 ……これ、座ったら突然怒られたりしないよね?

 

「大丈夫、何もしませんよ。そんな、シータスじゃないんですから」

「え! あの、それは……」

「いいんですよ。別に」

 

 からからと笑う彼女は、あんなひどい人と一緒にいる人とは到底思えないほど優しそうで。

 警戒していること自体が、とても申し訳なく感じてきてしまった。

 

 立ち上がろうとして、足に力が入らず大きく態勢を崩してしまう。すかさず、彼女が支えて椅子に座る手伝いまでしてくれた。

 椅子に座った瞬間、何か言われないかを身を固くしたけれど、特に何もされない。

 少しだけ安心して、体から力が抜ける。

 その様子を見て、彼女は満足そうに頷くと、私の対面の椅子に座った。

 

「パートル。お茶を用意してくれるかしら」

 

 また、誰もいないところに話しかける。

 と、テーブルの上にカップが二つ、ティーポットが一つ現れる。

 ここまでくれば私でもわかる。これは魔法少女の魔法だ。

 この空間そのものも、もしかしたら魔法なのだろうか。

 

「ありがとう、パートル」

「えっと。その」

「ああ、お茶を用意してくれた子は、シンプレクスパートル。そして、私はインヴィデーラパルペブラ。よろしくね」

 

 やっぱり。魔法少女が他にもいる。

 いや、最初に取り囲んでいた子たちも考えると、凄い数の魔法少女が集まっているのだろう。

 ……そんな規模の魔法少女の集まりなんて、聞いたこともなかった。

 魔法少女のグループとかは、基本的に大々的に報道されて、人気投票とかもやられているのだけれど。やっぱり全員アヴィオシータス、彼女の仲間なのかな。

 

「あなたの魔法少女名を聞いてもいいかしら?」

「私は、ヴィヴィオプロペータ、です」

「いい名前ね。プロペータって呼んでもいいかしら?」

「えと、はい」

 

 終始温和な笑みで受け答えをしてくれる。

 声色も優しいし、凄い安心感がある。まるで、お母さんに慰めてもらってるときみたいに。

 ……本当にこんな人が、あの人の仲間なんだろうか。

 見るからに真反対の人柄に思える。

 

「ねぇ、プロペータ。今後あなたはどうするつもり?」

「え?」

 

 どうするつもりとは、どういうことだろう?

 もしかして、あの人に目を付けられてどうやって生きていくつもりとか……。

 

「ああ、そういう意味ではなくて。魔法少女活動を続けていくのか、諦めるのか」

 

 怯えだした私を見かねてか、すぐにフォローしてくれる。

 

「諦める……?」

「ほら、今回酷い目に遭ったでしょう? 思っていた理想と、実際の現実の差に心をやられてしまう子って多いのよ」

 

 あ……。

 遅れて、実感がわき始める。

 もし、もしあの時あの人が助けに来てくれなければ、私はどうなっていただろうか。

 一般に敗れた魔法少女の話はあまり流れてこない。でも、噂では色々と聞いている。

 曰く、敵に捕らえられて酷い目に遭わされている。曰く、死んだ魔法少女は変身が解けるので、一般人の被害に紛れてしまっている。

 ……何にしても魔法少女の死亡率は、公表されていない。

 負けた後の魔法少女がどうなるかなんて、一般人には知ることができないのだ。

 

 気にしたことはなかった。だって、魔法少女は正義の味方で人々を助けるものだから。テレビやネットでも、格好良くてかわいい魔法少女の姿ばかりが流れてくる。彼女たちはいつも勝者だ。

 でも、今日体験したことは何よりも辛い現実。

 正義の味方も、負けるということ。

 

「怖くなってしまったのなら、全てを忘れて日常に戻るという手もあるわ」

「でも、一度魔法少女になったら――」

 

 魔法少女になった少女は、死ぬまで魔法少女だと聞いた。

 途中でやめるとしても、保有している魔力で判別を付けられて、敵に襲われる危険性が付きまとう、と。

 だから、魔法少女は終わるときまで戦い続けるのだと。魔法少女となった日に、先輩から聞かされた。

 魔法少女になる瞬間は任意でも、踏み込めば逃げられない片道切符なのだと。

 

「シータスならできるわ」

「え?」

「彼女の魔法なら、魔法少女をやめさせることができる」

「そんなことができる、魔法が?」

 

 思わず口に出してしまった言葉に、パルプベラさんは頷いてくれる。

 少し驚いた。人に自分の魔法を教えるような人には見えなかったから。

 魔法少女にとって、自分が持つ魔法は切り札。メディアで話題になってる魔法少女たちは知られてたりするけれども、基本的には隠しておくべきだと聞いていたから。

 敵にどこで魔法を知られるかわからない。そして、魔法を知られるだけで不利になる。だから、隠しておくべきなのだと。

 

「もう一度言うわね。もし夢見て魔法少女になって、現実に失望したのなら……今ならばやめることができる。あなたは、どうしたい?」

 

 どうしたい、と聞かれても。

 急すぎて、頭の中が真っ白だ。あまりに色々なことが起きすぎている。

 

「死にたくは、ないのでしょう?」

 

 死にたくは、ない。

 狼男に負けた時、私は自分を諦められた。

 でも、彼女――アヴィオシータスに恐怖と苦痛を教えられた。死ぬ直前の恐怖は、そんなものではないと。

 助けてほしいと、死にたくないと思った。魔法少女として負けて死ねるなら、なんて今では思えない。死にたくない。心の底から、生きていたい。

 

「魔法少女をやめれば、抗う力を失うことになる。でも、狙われる可能性も低くなる。侵略者たちは、魔法少女を集中して狙う動きがあるみたいだから」

 

 凄い甘い誘いに聞こえる。

 

「……もし、あなたが敵に捕まっていれば、今日彼女がしたこと以上の苦痛が待ち受けているはずよ。それこそ、死んだ方がましだと思わされるほどの」

 

 あれ以上の……?

 そんなの、耐えられるはずがない!

 でも、それでもと思ってしまう。

 

 そうだ、こういう時、魔法少女にはには相談できる相手がいる。

 頼りになるパートナーに頭の中で呼びかける……けれども、返事はない。

 おかしい。魔法少女と対になるパートナーとは呼びかければいつでも繋がれるはずなのに。

 まさか、この場所もさっきの集会場と同じで……?

 

「……ごめんなさい。でも、パートナーに聞けば、必ず彼らはあなたを引き留める」

 

 私が戸惑っていることで、何に戸惑っているのか推察されたらしい。

 

「これは、あなた自身が選ばないといけない選択なの」

「私が……」

「ええ。命を散らさず、自分の体を大事に生きていくか。それとも、苦痛と恐怖に溢れていると知っても、人類の敵に立ち向かうか」

 

 どうするべきか。どうしようか。

 私は――。

 

 ◇ ◇ ◇

 

「……パルペブラか」

 

 部屋の主と同様に、これまた黒に染められた部屋。装飾から、家具に至るまで全てが黒色で統一されている。部屋の広さはそれほどでもなく、ベッドと机が一つ置いてるだけの部屋だ。

 そして、ベッドの上には寝るには似つかわしくないゴシックドレスを身にまとった少女が横たわっている。仰向けに寝ているが、顔の上には手の甲を乗せていて、その表情は伺えない。

 

「ええ」

「あいつはどうなった」

「帰らせました。怪我は……魔力を注いで、回復させましたよ」

「何があったか、詳細を話せ」

 

 任された後に何があったか、パルペブラは軽い冗談を交えつつシータスへ伝える。

 特に何もツッコミを入れることなく、彼女は話を聞く。

 そのことを不服そうに頬を膨らませたが、それも触れられない。

 やがて、全て話し終えた後、パルペブラは笑顔でシータスへ問う。

 

「見どころは、あるんじゃないですか?」

「……あいつ次第だ」

「見守りますか」

 

 パルペブラはそっとベッドの側までやってくると、その縁に腰かけた。

 

「久しく新入りを入れてないですからね、私たちも。そろそろフレッシュな人材は欲しいんですけど……」

「必要ない」

「もう、またそんなこと言って」

 

 パルべブラは愛おしそうに、シータスの髪を撫でる。長い黒髪は滑らかで、掬うと指先から砂のように滑らかに零れ落ちていく。

 

「……私は、きっかけが訪れるまで諦めませんよ。シータス」

「好きにしろ」

「では、また後程」

 

 会話が終わると、腰を上げたパルペブラ。そして、これまでの彼女は夢幻だったのではないかと思うほど、一瞬で姿を消した。

 ベッドの上でアヴィオシータスは、ただただ身動き一つせずにいた。

 ――否、身動き一つできないでいた。

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