甚大な被害をもたらす系魔法少女の弟子になりました。   作:ヴィヴィオプロペータ

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第4話:私は彼女を否定する

 体育館の中を眩い光を包み込む。

 魔力の渦が私の体を包み込み、衣装を丸ごと作り替えていく。

 深緑のクラシックワンピース風ドレスにベージュの外套を纏い、伸びた髪の毛が後ろに流されカチューシャで止められる。

 

『お前は……っ!』

「ヴィヴィオプロペータ。あなたたちを……倒します」

 

 右手に短剣を召喚する。くるりと手のひら中で回し、逆手で持つ。

 

『お前は……。ちょうどいい、弟の仇を取らせてもらう』

「……弟?」

『お前が! 殺した! 俺らの弟だ! 一族の中で唯一魔法の才能があって、あんなにも輝ける未来が約束されていたあいつを、お前が殺したんだろうが!』

 

 彼の慟哭が体育館を揺らす。

 (ヴィヴィオプロペータ)が現れたことで静まり返った体育館が、再び悲鳴で埋め尽くされる。

 

『お前だけは許さねぇ。お前だけは、八つ裂きにして頭を晒上げ、骨を砕き畜生の餌にしても許せねぇ』

 

 怖い。手足が震えそうになるのを、必死に堪える。

 怖い。相手から漏れだす恨みが、負けたらどうなるかを教えてくれている。

 怖い。心臓がうるさい。視界がちかちかする。

 

 ――魔法少女をやるなら、心がけておくことが一つだけある。

 

 先輩魔法少女の言葉が、頭の中によぎる。

 深呼吸を一つ。眼を閉じ、開き直す。

 その隙に、向こうは動いてきていない。私が昨日の狼男を倒したと思っているから、警戒されている?

 

 私の方から距離を詰めてみる。彼らは警戒して、僅かに広がりつつも下がる。

 

「海老名……?」

 

 そうやって前に進んでいると、美嘉の近くまで来てしまった。

 美嘉のすぐそばには、国語の先生も倒れたままこちらを見ている。

 私は、僅かに美嘉に微笑んで見せた。

 

『なにを、笑ってやがる!』

「――離れてて」

 

 激昂して、叫んでいた奴が襲い掛かってくる。

 美嘉のすぐ側では戦いたくない。

 思い切って、私も前に出る。体育館のフローリングが砕け、前方への推進力を得る。

 

 振りかぶる腕を潜り抜けるように、するりと内側をすり抜け、背後へ回る。

 そのまま軸足を踏ん張り体を捻り、相手の腰へ短剣を突き刺した。

 灰色の毛の隙間から、赤黒い液体が流れ出てくる。

 

『うぐっ!』

 

 この程度の傷、致命傷にはならないのはわかってる。だから私は次の標的を目指す。

 相手は三体いる。止まれば一瞬で囲まれて、逃げ道を塞がれてしまう。

 

『クソ、ちょこまかと動き回りやがって!』

『なんでこっちの攻撃は当たらねぇ!』

 

 全てが見える。全てがわかる。

 これが私の魔法――『分析』。

 見たものを理解し、見たものを把握する。それだけと言えばそれだけだけれど、相手が何をしたいかわかるというのは非常に役に立つ。

 

 私の攻撃は隙間を縫い、的確に相手の要所を突き刺し、相手の攻撃は風切り音を鳴らすだけ。

 怖い。大丈夫だと頭の中で理解していても、すれすれのところをすれ違うのは体の体温が急激に冷える感じがする。

 でも、動きは止まらない。

 

「……すごい」

 

 魔法少女となった今、私の身体能力と五感は跳ね上がっている。

 だから、狼男たちの体を駆け上り、足場にし、壁と併用して宙を舞うこともできる。

 普段の私ならば、絶対にできない芸当だ。

 先ほどこいつらが教えてくれた――彼らは、魔法を使えない。

 なら、跳んでも跳ねても魔法で狙い撃ちはされない。

 

『ぐぁ!』

『兄弟!』

「まず、一体」

 

 手数で動きを鈍らせ、苛立ちや消耗で隙ができたところに急所に差し込む。

 身体構造は、そんなに人間と大きく変わらなさそう。

 だから、首を切り裂けば、こいつらだって殺せる。

 

『ちく、しょう……』

「二体」

『くそ、クソがぁ!』

 

 一体目は後ろから首へ突き刺し。二体目は、脳天を貫く。

 

「――三体」

 

 最後は、やけになって突撃してきたところを、正面からすれ違うように、喉へ刃を通す。

 

 どさり。最後の一体が倒れた音が鳴る。

 床に血だまりが広がっていく。

 念のため、確認をする。……うん、間違いなく、死んでいる。

 

 安堵の息を吐いてしまう。からり、手から短剣が零れ落ちて地面に当たると砂のように宙に溶けていく。

 

「助かった、の?」

「助かった、な?」

 

 誰かが口にした言葉。

 息をのんで戦いを見守っていた生徒たちが、緊張から解放されて言葉を口にし始めた。

 瞬間、堰を切ったように歓声が沸き起こる。

 

「助かった! 助かった! 助かった!」

「お母さん! お母さん……っ!」

「ヴィヴィオプロペータ! ヴィヴィオプロペータだ!」

 

 各々が心の思うがまま叫び声をあげて、生きてることの喜びを露にする。

 

「海老名……っ」

「美嘉」

「ほんとに、海老名なの……?」

「……うん」

 

 美嘉が立ち上がって、私の方に近づいてくる。

 体は震えて、足も小刻みにリズムを刻んでいる。

 

「無茶しないでよっ――。無事で、良かった」

 

 私の無事を確かめるように、抱きしめてくれる。

 その温かみが、戦いは終わったのだと私の緊張をほぐしてくれて……抱き返すことで、ようやく実感を得られた。

 そんな時だった。

 

「なんでよ!」

 

 人垣を越えて、一人の女子生徒が私の方に進んでくる。

 彼女は――泣いていた。悲しみの涙で。

 

「どうして、私たちの中にいたのなら、最初から変身してくれなかったの! 戦ってくれなかったの!」

「お、おい、やめろって……」

「私の友達が! どこにもいないのよ!」

 

 ふらりふらりと、今にも倒れそうな足取りで。

 でも、抑えようとする手を必死に振り払って、私の方へ歩いてくる。

 

「学校の入り口近くに、クラスがあって、きっと、逃げられなくて、でも、あの子怖がりだから、きっと」

「海老名、聞かなくていい」

「ねぇ、今日誕生日だった子なの。プレゼントも用意したの。放課後には、誕生日会しようって、ねぇ」

 

 彼女の顔は、涙でぐちゃぐちゃで。

 気迫だけは、誰よりもあって。

 ――彼女の気持ちを、誰もがわかるから、止められない。

 

「楽しみにしてるって、連絡取り合ってて。昨日の夜なんか、ずっとその話してて……」

「ごめんなさい」

「ごめんなさい? ごめんなさい!? 謝るならあの子をここに連れてきて! 無事だって証拠を見せてよ! 魔法少女なんでしょ! 正義の味方なんでしょう!」

「――ごめん、なさい」

「なんで、なんで助けてくれなかったの。どうして……っ」

 

 ――どうして、その子は助けたのに。

 彼女の嘆きに、私は答えられない。

 実際、私は見捨ててしまったから。美嘉が死ぬ直前まで、戦おうとしなかったのだから。

 自分の命惜しさに、何もしなかったから。

 

「そんな顔するぐらいなら、昨日のうちにやめておけばよかったんだ」

 

 声がして、はっと下げていた顔を上げ、振り返る。

 体育館の入り口に、黒い少女と灰色の少女――アヴィオシータスと、インヴィデーラパルペブラが立っていた。

 

「だ、誰」

「美嘉、駄目っ――!」

「パルペブラ」

「はい。シータス」

 

 一歩前にパルペブラが進む。同時に、彼女の影が地面を伝い広がっていく。

 瞬く間に、体育館が漆黒に包まれた。

 

「『瞼を閉じよ(パルペブラ)』」

 

 暗闇で何も見えないけれど、周りでどんどん人が倒れていく音が聞こえる。

 何が、何が起きているの。

 その答えは、影が失せると同時に判明した。

 私達三人を除く全員が、その場に倒れ込んでいた。

 

「美嘉!」

「叫ぶな、気絶しているだけだ」

 

 倒れてる美嘉の安否を確かめようと膝を付く。

 しかし、その間に二人は私のすぐ側までやってきていた。

 入口からの光で、二人の影が私に覆いかぶさる。

 

「記憶を消した」

「え?」

「魔法少女になり、戦うところを目撃されたんだろう? だから、パルペブラがその記憶を消したんだ」

 

 パルペブラさんはスッと人差し指を口の前に持っていき、ウインクしてくる。

 

「私の魔法は『隠匿』。隠すことに関しては、右に出る者はいないと自負しております」

「実際、お前の魔法でも私たちを見て何もわからなかっただろう」

「あっ」

 

 そうだ。言われるまで、気が付かなかった。

 昨日はアヴィオシータス……さんの方は、恐怖で。パルペブラさんの方は、見る意識をしていなかった。

 でも、私の魔法なら見ればわかる。なのに、彼女たちの情報は、見た目以上のものは何も頭に入ってこない。

 それは、彼女の魔法で隠されていたから。

 

「それで、気分はどうだ」

「気分は、どうって」

「やめたくなったか? 魔法少女」

 

 これまでのやり取りを全て見ていたかのような発言に、私は思わず目を丸く……。

 これまでの、やり取りを、全て見ていたかのような?

 

「もし、かして」

 

 黒い彼女は鼻で笑う。その眼はどこまでも冷たい。

 

「ああ、見ていた。なんなら、こいつらがここに現れることも知っていた」

 

 そう言いながら、狼男の亡骸を足先で弄ぶ。

 ――なんという事だろう。

 

「なら、どうして」

「どうして? その方が、好都合だからだ」

 

 好都合? 何が好都合なのか。

 脳が言葉の理解を拒む。恐怖からではない。ただ単純に、彼女の言葉の意味がわからない。

 

「お前は魔法少女誕生の方法について、どれだけ知っている?」

「え?」

 

 急な話題転換についていけない。

 

「魔法少女は、人類の敵と戦える唯一の存在だ。それゆえに、どうやって生まれるかは熱心に研究されている分野だ」

 

 講義を語って聞かせるように、彼女は私の周りをまわりながら話してくれる。

 

「曰く、魔法少女への強い憧れがある少女が覚醒する。曰く、才能は後天的である。曰く――多大なストレスがかかった瞬間に、少女は魔法少女に覚醒しやすい」

 

 ……あっ。

 点と点が繋がる。考えたくもない。悪魔の所業を理解してしまう。

 

「なんで、どうしてそんなことを」

 

 悔しくて、苦しくて、歯を食いしばる。

 涙が出てくる。悲しみでも、喜びでもない。

 

「人類の敵の殲滅。――私の目指すところに、それ以上も、それ以下もない」

 

 彼女は足を止めて、こちらを見下ろしてくる。

 その眼に感情の揺れは見えない。

 

「なら、どうして私には魔法少女をやめさせようとしたんですか!」

 

 思わず睨みつけ、声を荒げる。

 現時点では恐怖よりも、嫌悪感が勝っていた。

 どうしても受け入れられない。受け入れたくない。

 

「無能な味方は有能な敵よりも厄介だ。なら、いない方がいい」

 

 無能……?

 

「――生存競争において、覚悟がない奴は邪魔なんだよ」

「生存、競争……?」

「なんだ、悪を討伐する正義の味方ごっこのつもりだったのか?」

 

 彼女はしゃがんで、私と顔の高さを合わせてくる。

 

「これは生存競争なんだよ。敵と、人類の。どちらかが死に絶え、どちらかが生き残る。その結末まで続く、世界を越えた戦争だ」

「だから、人を犠牲にしてもいいと?」

「ああ。必要な犠牲だ」

 

 本当に、何を言っているのかがわからない。わかりたくもない。

 この人が、敵を倒すためにやったってのはわかった。この狼男たちを見逃したのも、わざとだということはわかった。

 死ぬのは怖い。この人も、まだ怖い。体の底では震えて逃げたいって思ってる。

 

 でも、違うんだ。

 魔法少女っていうのは、そういうものじゃないんだ。

 この人の言う通りであっていいはずがないんだ……っ!

 自分のせいで人が死んで、初めて理解できた。

 魔法少女は希望だったんだ。いつ来るかわからない不安を晴らす、希望の光だったんだ。

 

 膝に力が入る。ゆっくりとだけれど、立ち上がる。

 合わせて、彼女も立ち上がる。

 

「そんなの、間違ってます」

「……ほう?」

 

 言い返されると思ってなかったのか、彼女の表情が無表情から変わる。

 

「誰かを助けるために、誰かを犠牲にするなんて矛盾してるじゃないですか!」

「ならば、どうする」

 

 どうする? どうする。

 そんなの、答えは一つしかない。

 

「……私がやります」

「なるほど?」

「私が、その分敵を倒します。あなたが人々を犠牲に敵を殺すというのなら、私は人々を救い敵を殺します」

 

 ぞわりと全身に悪寒が走る。

 これは、昨日と同じ? いや、それ以上の圧。

 死ぬ、殺される。直感的にわかる。これが殺気なんだ。

 さっきまでは、そもそもまともに相手すらされていなかった。

 

「よくぞ吠える。しかし、現状はどうだ。それを言う資格がお前にあるのか?」

「シータス!」

「黙って見ていろ!」

 

 割って入ろうとしたパルペブラさんを声だけで静止させ、アヴィオシータスは私へ近づいてくる。

 呼吸が苦しい。めまいがする。

 

「口で言うのは単純だ。で、お前はどれだけ救える。どれだけ救えた」

「今は、まだ。でもっ!」

「救ったやつがお前になんて吐き捨てた」

「それは……」

「救う価値があるのか。救われるのを待つだけの奴に」

「それはっ!」

 

 必死に口の中に空気を取り入れ、辛うじて言葉を繋ぐ。

 

「それは、私が諦める理由には、ならない」

 

 彼女の手が私の首に掛かる。

 でも、でも! 止まるわけにはいかない。止まってはいけない。

 死ぬのは怖い。苦しいのも嫌だ。

 それ以上に! ここで止まったら、後悔する。人の命を知ったから!

 

「魔法少女は希望なんです。不安でたまらない人々が、縋りつける唯一の光。なら、輝かないと。私たちは正しいんだって、期待してくれていいんだって。安心させてあげないと」

「……その結果生まれるのが、より深い絶望だとしてもか」

 

 わずかながら首を縦に振る。

 アヴィオシータスは目を細める。

 

「お前の理想は立派だが、それは強者のみが持ち得ることを許される理論だ」

「だから、私は――」

「ならば――私が鍛えてやろう」

 

 首から手が離される。

 思わず、その場に崩れ落ちる。

 呼吸が楽になり、思い切り空気を吸う。

 今、なんて言われたのかも気にせずに。

 

「私相手に良く吠えた。そこまで言うのなら、見届けてやる」

「私は、絶対にあなたのやり方を認めませんっ」

「構わん。お前が私から何を吸収するのかは勝手だ」

 

 私を見下す彼女。その眼から何を考えているかは伺えない。

 なんで、どうして。言葉にできたとしても、答えてくれる気はしない。

 

「シータス……」

「なんだ、パルペブラ」

「――いいえ。何でも」

 

 崩れ落ちた私をそのままに、彼女はパルペブラさんを連れて出口へと歩いていく。

 

「やる気があるならば、ついてこい。地獄を見せてやる」

 

 二人の姿が遠ざかっていく中、私は少しの間だけ考えて――その背を追った。




とりあえずタイトル回収まで。勢いで書いてしまったので投下。
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