転生者の打算的日常   作:名無しの読み専

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#106 亡霊退治(伍)

 中国・上海。今そこは、恐怖と喧噪の坩堝と化していた。

『皆さん、落ち着いて!落ち着いて避難してください!』

『列を乱さないで!警察の指示に従ってください!』

「何なんだよ、これ⁉何がどうなってんだよ⁉」

「おいどけ!儂を先に行かせろ!儂は中国共産党幹部の……」

「ふざけんなジジイ!テメエだけ先に助かろうとすんじゃねえ!」

「あの!うちの子を見てませんか⁉途中ではぐれちゃったんです!」

「知るかよ‼手ぇ離したお前が悪いんだろうが!おら、とっとと進めよ!死にてえのか⁉」

 警察の放送が聞こえているのかいないのか、皆必死の形相で少しでも上海市街から離れようとしている。その理由は……。

「まさか、こちらが市民の誘導を始めるより先に仕掛けて来るとはのう……」

「向こうは市民の犠牲など欠片も気にかけていない、という事でしょう。アイリス」

「もしくは、市民を人質にこちらの動きを制限するつもりなのでしょう。第2波攻撃、来ます!姫様!」

「任せい!《空間歪曲場(ディストーションフィールド)》最大展開!」

 『王貿易商会』本社ビルの屋上に陣取った黒い装甲のラファールカスタムが、大口径砲から徹甲焼夷弾を放つのを確認したパウダーがアイリスに声をかけると、アイリスは防御結界を展開。攻撃を正面から受け止める。歪曲場に着弾した焼夷弾は炸裂し鉄片と炎を撒き散らすが、それらの大多数は地上に落ちるより先に歪曲場に囚われ、歪曲場の範囲の外に出た物もパウダーとジブリによって未然に防がれる。

「いいぞ!姉ちゃん達!」

「ヒュウッ!かっけぇ!」

「俺マジファンになりそうだわ!」

 その光景に喝采を浴びせる空気を読まない輩(チャラ男)達に、アイリスの一喝が飛んだ。

「コラ、お主ら!立ち止まっておらんと疾く逃げよ!ここにおったら、下手をすれば死ぬぞ!」

「「「ハイッ!すんまっせん!」」」

 90度に頭を下げ、直後脱兎の如く去って行くチャラ男達。無駄に連携の取れたその動きに、アイリスは若干呆れ顔だ。

「王女!敵ISが第3波攻撃の準備を開始!砲の向きと射角から、予想砲撃地点はポイントB2!」

「了解じゃ、パウダー殿!行くぞ、ジブリル!」

「はっ!」

 パウダーの指示を受け、意気揚々と予想砲撃地点へ飛ぶアイリス。その動きは『全IS中最遅』『ドン亀』『ISの形をした固定砲台』と各方面から言われ放題だった頃とはうって変わって、実に高速且つ俊敏だ。その秘密は。

「やはり、ラグナロクの技術力は半端ないのう。たった1週間で『第七王女(セブンス・プリンセス)』専用の高機動戦用パッケージを作って見せるとは。尤も、元が元故これでようやく第2世代ISの戦闘速度(350〜400km/h)に追いつける程度じゃが」

 そう、毎度お馴染み『ラグナロクだからしょうがない』である。『セブンス・プリンセス』の元々の戦闘速度では、他2人に付いて行くどころか置いて行かれないようにする事すら出来ない。

 それを危惧したジブリルが「何とかして欲しい」と九十九を通じてラグナロクに頼んだ結果、出て来たのが『セブンス・プリンセス』専用高機動戦用パッケージ《ロイヤルカーディガン(仮)》である。名前が適当と言うなかれ。急造品故に名前にまで拘れなかったのだ。

「第3波攻撃の発射を確認!着弾まであと15秒!」

「アイリス!」

「間に合わせてみせる!」

 全力でスラスターを吹かし、弾頭の真下に入ったアイリス。即座にディストーションフィールドを形成して着弾の衝撃に備える。果たして、フィールドに着弾して炸裂した弾頭が撒き散らしたのは……強力な電撃だった。

「ああっ!」

「「アイリス(王女)!」」

 迸る白光と耳を劈く轟音。『セブンス・プリンセス』には念の為対電コーティングが厚めに施されているが、それでも機体表面がプスプスと燻っていた。それだけの威力の電撃だったという事だろう。だがそれでも。

「大事ない!わらわより、一般市民の心配をせよ!」

 と一喝して、『何事も無かった』とばかりに胸を張るアイリスに、多くの市民は頼もしさと安心感を得ていた。

「皆!ここにいてはあの人達の足枷になる!急いで、だが落ち着いてこの場から離れるんだ!」

 声を張り上げたのはツーブロックヘアに四角いリムの眼鏡をかけた、学級委員長をやってそうな雰囲気の推定高校生の男子。その声に同調したのか、多くの市民がその場から離れるべく移動を開始する。現在の上海市民避難率、約18%。

 

 

 同時刻『王貿易商会』会長室。

「チッ。使えないわね……!」

 自社屋上から砲撃を続けるIS『玄武(ユンムー)』が未だに交戦中のISの1機も落とせていない現状に、亡国機業最高幹部『フェブラリー』こと王留美(ワン・リューミン)は苛立ちを隠せないでいた。

「あいつが『ユンムー』との相性が1番良かったから乗せてやったってのに、何をチンタラやってんのよ!」

 

ダンッ!

 

 苛立ちに任せてマホガニーの机を拳で叩く留美。彼女にとって、自分の思う通りに事が運ばないなどという事は『あり得ないしあってはならない』のだ。

「他の『四神(スーシン)』も投入しなさい!あっちは3機、こっちは4機!絶対対応できないはずよ!」

「かしこまりました、留美様。聞こえたな『スーシン』。出撃だ。1機漏らさず討取れ」

『『『はっ!』』』

 

「王女、閣下。地下から高エネルギー反応!これは……ISです!数は3!」

「増援を出してきたか。アイリス、いかが致しますか?」

「むう……数的不利、加えて避難中の一般市民を防衛しつつの戦闘となるか。些か厳しいの」

 とはいえ、泣き言を言っても始まらないのはアイリスとて理解している。いつでも砲撃が来ても良いように身構えつつ、こちらに接近して来るIS群に目をやる。現れたのは、それぞれ装甲を青、朱、白に塗装したラファールカスタム。それに乗るのは、戦いの喜悦に顔を歪めた同じ顔の3人だった。

「三つ子……じゃと!?」

 アイリスの呟きは聞こえなかったのか、青のラファールが黒のラファールに声を掛けた。

「たかが3機のIS相手に情けないわね、ユンムー。留美様はお怒りよ?」

「黙れ、青龍(チンロン)。ここから一気にぶっ潰すつもりだったんだよ」

 皮肉げに言うチンロンに苛立ちを隠さない声音でユンムーが反論しながら合流。なお、ユンムーも同じ顔だった。

「よ、四つ子とは……なんと珍しい……!」

 アイリスの目が戦闘中とは思えない程キラキラしだしたのを、ジブリルが「失礼を」と言いながら頭を叩く事で元に戻す。そんな一幕を知ってか知らずか、ユンムーに今度は朱のラファールが話しかける。

「そんな事言って、ホントはアタイ達が来てくれてホッとしてんでしょ?ねー、ユンムーちゃん」

「うるせえよ、朱雀(チューチャ)。誰が思うかンな事」

「と言ってるけど実際は……」

「思ってねーつってんだろが!テメエから殺すぞ白虎(バイフー)!」

 煽るような物言いのチューチャに、ボソッと呟くバイフーが追従。二人の発言にユンムーがキレてバイフーに呼び出(コール)した鉄棍を振り回す。それに手を叩いて待ったをかけたのはチンロンだ。

「ハイハイ、そこまでにしときなさいユンムー。チューチャもバイフーもいちいち煽らない」

「「はーい」」

「ちっ……!」

 軽い返事と舌打ちで3人が返すと、チンロンは満足げに頷いた。戦場とは思えない緩さが、そこにあった。

「何というか、気の抜けるやり取りじゃのう……」

「アイリス、油断しないでください」

「ええ。この場で増援として出てきたという事は、全員相応の実力はあるはずです」

 思わず緊張を解きそうになったアイリスだったが、ジブリルとパウダーの忠告に気を引き締め直す。それに気づいたのはチンロンだ。

「あら、さっきのやり取りでこっちを侮って気を抜いてくれれば楽でしたのに……。どうやら優秀な戦士がおいでのようで」

 歯を剥き出しにした好戦的な笑みでチンロンが言うと、他の3人も愉悦を湛えた不気味な笑顔になった。

「おおう……。元の顔が良い分、気色悪さも倍増しじゃのう……」

「褒め言葉と受け取りましょう、アイリス・トワイライト・ルクーゼンブルク第7王女殿下。では……死ね」

 チンロンが膨大な殺気と共に放った一言が開戦の合図となった。チューチャとバイフーが真っ先に飛び出し、その後ろを僅かに遅れてチンロンが追う。ユンムーはその場に待機して背中の大口径カノン砲を発射体制に持っていく。

「来ます!迎撃を!」

「うむ!ユンムーとやらはわらわに任せい!ジブリル、パウダー殿!前は任せて良いか⁉」

「承知!参りましょう、パウダー殿!」

「はい!」

 アイリスの言に応じる形でジブリルとパウダーが四神の3人に相対するべく前に出る。上海上空で過激なISバトルが始まろうとしている。現在の上海市民避難率23%。

 

 

 パウダーのIS『夢魔女王(モルガン)』はその名の元となった女神同様、矛槍ニ槍流による格闘戦を得手とするISだ。また、搭乗者であるパウダー自身も超級の腕を持つ槍の達人であり、その腕前は木槍で厚さ3mmの鉄板を貫く程だ。実際にやってみせた際、九十九が某海洋冒険漫画の「えーーーっ!」顔になり、アイリスの爆笑を攫ったのは甚だ余談である。

「フッ!」

 チューチャとバイフー目掛けて繰り出した神速の突きは、正確に両者の額を打ち据える……筈だった。

 

ガキンッ!

 

「っ!?」

「貴女も長物の使い手なのね、国連のIS使いさん。じゃあ、私のお相手をして貰おうかしら?」

 いつの間にか前に出ていたチンロンが、巨大な青龍偃月刀で彼女の突きを受け止めていたのだ。刃同士の擦れ合う音が小さく響く。

「チューチャ、バイフー。あっちの騎士様とお姫様は任せたわ」

「「(シー)」」

「ジブリルさん!」

「心得た!」

 パウダーの横をすり抜けたチューチャとバイフーに、ジブリルが立ち塞がりつつ雷撃剣《エクレール》を振るう。その瞬間。

 

キンッ!

 

「何っ!?」

「いい一撃ね。()()()()()()()()()

 ジブリルが振るった剣の軌道と全く同じ軌道で、チューチャの片手剣がその一撃を止めた。そして、動きの止まったジブリルの横を、バイフーが悠々と抜けて行く。

「くっ!させるか!」

 チューチャを一旦無視し、バイフーに追い縋ろうとするジブリルだったが、その動きを読んでいたのか、チューチャが素早く回り込みをかけてジブリルの足を止める。

「どけっ!」

「どいて欲しいの?なら、私を倒すしかないわよ?」

 そう言って、チューチャはニチャァッと嗤った。矛槍使いと大刀使い、近衛騎士と模倣剣士との戦いがそれぞれの場で始まろうとしている。

 

 

「……攻撃の暇は、与えない」

「何という密度の乱打じゃ。反撃の糸口が掴めん……!」

 バイフーの電撃速攻に対してアイリスが咄嗟に出来たのは、半径50cmの小さなディストーションフィールドを自分の前に張る事だけだった。加えて、バイフーの圧倒的なハンドスピードから繰り出される嵐のような拳の連打が、アイリスを防戦一方に押しやる。挙句ーー

「……ユンムー、今」

「わあってんよ!玄武大砲(ユンムー・カノン)、発射!」

 

ズドンッ!

 

 轟音と共に放たれた砲弾。射出方向と角度から、予想着弾点は……南西1km地点の商店街。未だに避難が完了せず、人でごった返している場所だ。

「っ!?いかん!」

「ほぉら、王女様?早くしないと大勢死ぬぜぇ?」

 愉悦塗れのねっとりした物言いでユンムーがアイリスを煽る。しかし、予想着弾点はアイリスの真後ろ。バイフーの猛攻を凌ぎつつ移動しようとすれば、アイリスが着弾点に到着より先に砲弾が届いてしまう。かと言って砲弾の方に注力しようと後ろを向けば、その瞬間バイフーの超連打がアイリスを滅多打つ事になる。だが、『自分が傷みたくないから』と無辜の民を見捨てる程、アイリスの人間性は腐っていない。

(ダメージ覚悟で砲弾に向かうか……!いや待て、確か九十九が……)

 

 一週間前……

『なあ、アイリス。そのディストーションフィールド、自分の正面にしか張れないのか?』

『ん?何を言うておる。攻撃を直接目で見ねば、適切な大きさのフィールドは張れまい?』

『いいや、アイリス。逆に考えるんだ「攻撃を見なくてもいいじゃあないか」とな』

『と、言うと?』

『全周囲にディストーションフィールドを張って、どこから攻撃が来ても防げるようにすればいいんだ。いいかい、アイリス。イメージするのは『卵』だ。自身を中身、フィールドを殻と位置づけて閉じ籠るイメージだ。そして、自分(中身)が動けばフィールド()も付いて来て当然だと強く思うんだ。大丈夫、君ならきっと上手くやれる。私が保証する』

 

 極限まで引き延ばされた時間感覚の中で九十九の言葉を思い返したアイリスは、()()する事を決意した。

「ぶっつけ本番じゃが、やってやれん筈はない!」

(イメージせよ、わらわ!決して破れぬ『不壊の卵の殻』を!)

 アイリスのイメージが『セブンス・プリンセス』に伝わったのか、自分の前にしか無かったディストーションフィールドが形を変え、周囲1mをくまなく覆う強固な歪曲場()と化した。

「……っ⁉」

 突然の防御空間の変容に動揺したバイフーの猛攻が止む。その隙を逃さず、アイリスがバイフーに背を向けて砲弾の落下点へと急行する。

「おい!なにボーッとしてんだバイフー!さっさと王女様を追わねえか!」

「……是!」

 己の失策に気づいたバイフーがアイリスに追撃をかける。『スーシンシリーズ』随一の最高速度を誇る『バイフー』にとって、数秒の遅れくらいならすぐさま取り戻せる。完全に無防備な背中を見せて飛ぶアイリスに、バイフーは喜悦の笑みを浮かべて一撃を叩きこもうとして……不可視の壁に拒まれた。

「……え?」

「無駄じゃ、バイフーとやら。今のわらわの防御結界には、一部の隙もありはせん!」

「……完璧な防御なんて無い。背中にまで広げた分、薄くなっている筈。なら、叩き続ければ壊れる」

 自分から逃げるアイリスの背後にピッタリとくっついたまま、バイフーは再び嵐の如き乱打を繰り出す。しかし、アイリスの歪曲場はビクともしない。苛立ちから攻撃が粗くなりだしたバイフーは忘れてしまっていた。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「バッカ!何してるバイフー!そっから逃げろ!」

「っ⁉」

「もう遅いわ!」

 ユンムーの怒鳴りにハッとしてアイリスから離れようとしたバイフーだったが、それより一瞬早くアイリスが機体を横にずらす。瞬間、バイフーを爆炎と衝撃波が襲った。

 

ズドーンッ!

 

「……ゲホッ」

 ユンムーの放った砲弾をまともに喰らったバイフー。そのダメージは甚大と言って良いだろう。被弾を覚悟できていない状態で不意打ち気味に攻撃を受けたのだから当然と言えば当然だ。そしてーー

「その隙を逃す程、わらわは甘くないぞ!」

 砲弾の驚異が去った事で反転攻勢の余地ができたアイリスが、バイフーに防御結界の出力を最大まで上げた状態で体当たりをした。完全に虚を突かれたバイフーは目を白黒させながら、それでもなんとかアイリスを引き剥がそうと手を伸ばす。しかし、アイリスの周囲を覆う防御結界に阻まれて指先一つ届かない。そんな風にモタつくバイフーに、再びユンムーの叱責が飛ぶ。

「バイフー!さっさとそっから逃げろ!じゃねえと……っ!」

「そうら、ユンムーとやら!お届け物……じゃ!」

 『スーシン』シリーズ最硬かつ最高火力が売りの『ユンムー』だが、装甲が分厚く重いためその動きは極めて鈍重と言わざるを得ない。バイフーを結界に磔にしたまま猛スピードで突っ込んでくるアイリスをユンムーが迎撃しようにもバイフーが邪魔な上、突撃を躱そうにも距離が無さ過ぎて不可能。受け止めるにしてもIS2機分の重量物の運動エネルギーを完全に殺しきれるか?と問われれば「(NO)」だ。

(畜生、どうする⁉どうすりゃあ良い⁉)

 ユンムーが次の行動を取るための思考を纏めきれない内に、アイリスの突撃がユンムー(とバイフー)に直撃した。

「がはっ!」

「……ぐえっ」

 突撃を受けたユンムーと、挟まれたバイフーの喉から苦悶の声が漏れる。アイリスが急停止すると、慣性の法則によって二人は絡み合いながらもんどり打って倒れ、屋上をゴロゴロと転がる。決定的な隙と適切な距離。アイリスにとって最大の好機がやって来た。故に、ここで自身最強の切り札を切る事を彼女は躊躇わない。

「これで終いじゃ!押し潰れるがよい!グラビトン・クラスター!」

 容赦無い超重力の波がバイフーとユンムーを襲う。指一本動かせないまま、ゴリゴリとシールドエネルギーを奪われた2機は完全に沈黙。パイロットの二人もあまりの重さに耐え切れずに気を失った。直後、グラビトン・クラスターの猛威に曝された屋上が轟音を上げて崩落、二人は瓦礫に埋まる事になった。

「あ、ありゃ?些かやり過ぎてしもうたかの?まあ、元々潰す予定の組織のアジトじゃし構わんか!」

 アッハッハ、と声を上げて笑うアイリス。もしここに九十九が居れば「加減をしろよ……」と呆れていただろう。

 

 上海空中大合戦第一戦、アイリス・トワイライト・ルクーゼンブルクVSバイフー&ユンムーは、終わってみればアイリスの完勝と言える結果であった。

 

 

 時間は、アイリスがバイフーとユンムーを降す10分前に遡る。アイリス達の戦場から少し離れた場所で、パウダーとチンロンが戦闘を開始していた。

「時間をかける気はありません。最初から全力で行きます」

 パウダーはそう言うと右の矛槍を収納、左の矛槍を長めに持って腰を落とし、右半身に構えると矛槍に右手を添えた態勢で動きを止める。次の瞬間、瞬時加速(イグニッション・ブースト)で一瞬にしてチンロンに肉薄。鋭く、強烈な突きを放つ。

 これが、パウダーがとある日本のアニメからパク……もとい、着想を得て編み出した必殺攻撃。名をーー

「ファング・ストライク!」

 繰り出される超威力の突きに対してチンロンがとった行動は『回避しつつ見に回る』だった。自分に向かって突き出された矛槍を、右腕の装甲を僅かに抉られながらも回避したチンロン。瞬間、顔に浮かべたのは勝利を確信したかのような愉悦の笑みだった。

「見切ったわ。その技、前に突き出した右手が貴女自身の死角になっているでしょ。後はそこを突くだけ。実に簡単だわ」

「……もう勝った気でいるのね。じゃあ、試してみるといいわ」

 言って、もう一度左片手突の態勢を取るパウダー。その様子に、チンロンは『無駄な事を』とばかりに鼻を鳴らした。既にファング・ストライクの弱点は見抜いた。後は勝つだけだ。チンロンは余裕を持ってパウダーに対峙する。

 瞬間、パウダーがチンロンに突撃。と同時に、チンロンはパウダーの右腕側に移動しながら自身の得物を振り上げる。

(とった!)

 勝利を確信したチンロンだったが、直後その顔を驚愕に染める。激突の直前、パウダーが()()()()()()()()()()()()()()()()()

「っ!?……がふっ!」

 読みを外された事に咄嗟の反応が遅れたチンロンは、パウダーの右片手突を腹部にモロに受けた。パウダーは勢いそのまま、チンロンを『王貿易商会』本社ビルの壁に叩きつけ、押さえこんだ。

「ファング・ストライクは右側が脆い。そんな事、百も承知なのよ。たかが弱点一つ暴いたくらいでいい気になるなんて……おめでたいわね、貴女」

 冷めた口調でチンロンを貶すパウダー。チンロンは歯ぎしりをしながら逆転の一手を探そうと藻掻く。だがそこに、チンロンを絶望へと叩き落とす一言がパウダーから投げられた。

「ところで、ファング・ストライクには幾つか型があるの。貴女に見せたのは基本形の1式。他に突き下ろしの2式、突き上げの3式、槍を敢えて短くして正中に構えて突く最速の4式。そして、密着零距離から上半身のバネのみで放つ0式。けれど、これから貴女に見せるのはある一人の男の子の助言を受けて新たに作った型。その名を……ファング・ストライク99式!」

 

 1週間前−−

『パウダーさん。その技、現行のIS相手では1回の刺突で行動不能にするのは難しいのではないですか?』

『ええ。実はそうなんです。特に重装甲タイプ相手だと耐えられてしまう事が多くて……。何か打開策があれば良いんですが』

『ありますよ?』

『え?』

『1回の刺突で倒せないなら、何度でも突けばいい。それこそ、某異能バトル漫画の超高速連打(オラオララッシュ)の様に。その技は、言い方を悪くすれば「明治剣客浪漫譚」のパクリでしょう?なら、別の漫画からパクって混ぜ合わせる事に、何を躊躇う必要があるのです?』

『……っ⁉……そうね、それもそうだわ』

 九十九に言われて目から鱗が落ちたパウダーは、最初の突撃で相手を押さえ、地面ないし壁面に叩きつけた後、逃げ場の無い超至近距離から乱れ突きを食らわせる新たな型を完成させた。

 −−後に『5式から98式はどこ行った?』と度々ツッコまれる事になる、ファング・ストライク唯一の乱撃技、99式はこうして生まれたのだった。

 

「シャララララララ!」

 木槍で鉄板を貫く達人による超至近距離からの乱れ突き。最初の数秒こそ大刀で弾き、逸して、受け止めて対応出来ていたチンロンだったが、あまりのラッシュスピードに徐々に追い付けなくなり……。

「シャララララララ!」

「アガガガガガガガ!」

 遂に為す術もなくその身を驟雨の如き乱撃に晒さざるを得なくなった。一撃が入る度に装甲が削れ、罅割れ、脱落していくその様は、もし九十九がこの場に居たら無言で合掌していただろう程の哀れさだった。

「シャララララララ……シャオラァ!」

 止めとばかりに放たれた渾身の左片手突を額に受けたチンロンは完全に気絶。パウダーの猛打によって崩れた壁を巻き込みながらビル内を吹き飛び、反対側の壁に叩きつけられてようやく止まった。

 体内に籠もった熱を、大きく息をつく事で追い出したパウダーは、敢えて99式の元ネタを引用して呟いた。

「やれやれ……ね」

 

 上海空中大合戦、第2戦パウダーVSチンロンは、パウダーの向上心がチンロンの傲慢を突き砕いて幕を閉じた。

 

 

 パウダーとチンロンが激突したのとほぼ同じ頃、ジブリルはチューチャの模倣戦術に苦戦を強いられていた。

「ふっ!せいっ!いやあっ!」

「んふふふ……!」

 自身の剣と寸分違わぬ剣が、全く同じタイミングで届き、火花を散らす。何度と無く剣を交える内に、ジブリルはその理由に思い至った。

(奴は私の剣に一瞬遅れて同じ動きをしている。にも関わらず、交錯は同時。つまり……奴の動きが、私より一瞬早い!)

 模倣戦術は、その特性上どうしても『後出しジャンケン』になる。相当な腕の持ち主でなければ、真似る相手の動きについて行き切れずに敗北まっしぐらの危険な戦術。それが模倣戦術なのだ。

 ジブリルが自分の力量に気づいたのを確信して、チューチャの顔が愉悦の笑みに歪む。

「ふふふ……。気づいた?私の方が貴女より強いって。貴女の剣は模倣しきったわ。研鑽を重ねた技を容易く奪われ、絶望の中自分自身の剣で死ぬ。その瞬間の貴女の顔を思うと……それだけで絶頂し(イッ)ちゃいそう!」

 自身を抱き抱えて悦楽に身を震わせるチューチャに、ジブリルは薄ら寒いものを感じた。そして、直前まで見と模倣に回っていたチューチャが一転、激しい攻勢を見せる。打ち合うこと数合、ジブリルの手から剣が弾き飛ばされた。

「っ!」

「あっははは!これで終わりねぇ!ジブリル・エミュレール、四神が1人、チューチャが討ち取っ−−「ふん!」たぶっ⁉」

 チューチャが勝ち名乗りを上げながら渾身の一撃のために剣を振り上げた瞬間、その顔面にジブリルの切れ味鋭い足刀蹴りが刺さった。

「け……蹴り……⁉どうして……?」

「何を驚く事がある?私は近衛騎士、いと貴きお方の御身を護る事こそ使命。戦いの中で剣が使えなくなったからと、命乞いなど許されん身だ。故に、徒手格闘の心得くらいある!」

 蹴りに怯んだチューチャに間髪を入れず左ストレートからの右ボディ。くの字に曲がったチューチャのこめかみめがけて左右のフックを見舞う。脳を揺らされてフラフラとするチューチャの顎に左アッパーを当てて、顔を上向きにした所に振り下ろしの右(チョッピングライト)。それは奇しくも、九十九がよく使う拳のコンビネーションと全く同じだった。

「あ……が……ぐう……っ!」

 顔面を中心に強烈な連打を浴びせられたチューチャが息も絶え絶えにジブリルを睨む。それに対するジブリルの視線は、どこまでも冷たい。

「贋作の剣をコレクションして、それを振り回して悦んでいる奴など、所詮この程度か」

 ジブリルの熱無き罵倒に、チューチャの頭は怒り一色になる。

「な……ナメるな、王家の狗風情が!お前なんか、アタシが本気を出せば一撃で殺せんだよぉっ!」

 怒り狂ったチューチャの剣を、ジブリルはあっさり見切って片手で白羽取りにした。そしてそのまま手に力を込めて刃の中程からへし折った。

「っ⁉」

「怒りで乱れた剣など、見切るのは容易い。まして、私の剣だ。見切れないはずが無かろう。……これで終わりだ!」

 唖然とするチューチャの顔面にトドメの一撃とばかりに渾身の右ストレートを叩き込む。殴られた勢いそのままに吹き飛んだチューチャは、王貿易商会本社ビルの正面のガラスを突き破り、オフィス用品をなぎ倒しながら床を滑って停止。しばらく痙攣していたが、やがて完全に気を失ったのかその痙攣は止まった。

「ふう……恐ろしい奴だった。もし奴が真っ当に剣を学んでいたら、這いつくばっていたのは私だったかも知れんな……」

 背にうっすらとかいた冷汗を鬱陶しく思いながら、ジブリルはアイリスと合流すべくビルの屋上上空へと飛んだ。

 

 上海空中大合戦、第3戦ジブリル・エミュレールVSチューチャは、努力の天才が模倣の天才を降して終わった。

 

 

 四神がチーム・パウダーに完全敗北したまさにその時、留美はその様子をタブレットで見ながら地下駐車場を苛立たしげに歩いていた。その後ろには自身が最も信用する男、紅龍(ホンロン)が3歩離れて付いてきている。

「役立たず……!役立たず役立たず役立たず役立たず!どいつもこいつも役立たずっ‼」

 苛立ちと怒りに任せて、留美はタブレットを床に投げつけた。ガシャンッと液晶の割れる音がした後、タブレットは2、3度床を跳ねて転がった。留美は怒りが収まらないのか投げつけたタブレットの元へ行き、何度も何度も踏みつける。

「私が!アンタ達に!どんだけ金をかけたと思ってんだ⁉ああっ⁉」

 四神の4姉妹を継続的に雇い入れるための金と、その戦闘スタイルに徹底的に合わせたスペシャルチューンの『ラファール』を用意する為に亡国機業に積んだ金。合計で少なく見積もっても小国の国家予算程にはなるだろう額を彼女達に掛けた。

「だってのに、たかがメスガキといき遅れ二人にアッサリ伸されやがって!なにが『中国裏社会最強』だ!なにが『4人揃えば負けは無い』だ!ふざけんじゃねえぞ!」

 粉々になったタブレットを最後に蹴り飛ばし、肩で息をする留美に紅龍が声を掛ける。

「お嬢。四神が敗北したとなれば、次の奴らの狙いはお嬢です」

「言われなくても分かってる!今は、兎に角ここから脱出するわよ!」

「既に本社ビルは国連軍によって完全包囲されていますが」

「緊急脱出用の地下通路を使えば良いでしょう⁉」

「それもいずれは地上に出ます。上空にISがいる以上、すぐに捕捉されるかと」

「ヘリは⁉」

「プリンセス・アイリスの攻撃によって崩落した屋上と、運命を共にしました」

「だったら……!」

「いえ、もう遅いようです」

 紅龍がそう言った瞬間、ISのスラスター音が地下駐車場に反響する。直後、チーム・パウダーが駐車場入口からなだれ込んで来た。

「王貿易商会商会長にして、亡国機業最高幹部『フェブラリー』王留美!ここがお主の年貢の納め時じゃ!神妙にいたせ!」

 3人を代表してか、アイリスが留美にビシッ!っと音が出ていそうな指差しと共に降伏勧告を出す。アイリスの勧告を受けた留美の顔が徐々に怒りに歪んでいく。

「ウチの警備部門の連中は何してんのよ⁉」

「国連軍陸戦隊と戦闘……と言うより揉み合いの末、突破されたそうです。とはいえ、警備部門の連中は殆ど実情を知らない一般人。下手に武装をさせられず、それがこの結果を招いたかと」

「あーもう!ほんっとうにどいつもこいつも役立たずなんだから!私を守る為に居るんでしょうが!だったら、命の一つも投げ出してみなさいよ!」

 地団駄を踏みながら怒声を上げる留美。その姿は、とても一国一城の主とは思えない程にみっともなかった。

「のう、王留美。一つ訊きたい。お主は、自分の部下を何じゃと思うておる?」

「はあ?決まってるでしょ?私の為に喜んで生き、喜んで働き、喜んで死ぬのが仕事の……駒よ」

 即答。留美の言葉には、一切の迷いも悩みも無かった。心底からそう思っているのだ。そう感じたアイリスは……盛大に溜息をついた。

「お主……寂しい奴じゃの」

「っ⁉」

 あからさまな溜息をついてみせたアイリスに面食らった留美の頭が『自分は眼の前の少女に呆れられた』と気づいた時、アイリスは二の句を継いだ。

「そうやって全てを見下して、自分が世界の中心で、全てが思い通りになるのが当然、むしろならない方がおかしい。そう思うとるのじゃろう?」

「それの何が悪いのよ?私の役に立てないような奴、居ても居なくても同じ。むしろ、居ない方が良いまであるわ」

「そうやって振る舞った結果が今じゃと何故分からん⁉お主を助けようとここへ馳せ参ずる者も、お主の為になお戦う意志を見せる者も居らぬ裸の女王。それが今のお主じゃ!」

「黙れよ!たかが十年ちょっとしか生きてない小娘が私に説教なんて、十年早いんだよ!紅龍!何してるの⁉さっさとそいつ等と戦って、私の逃げる時間を稼ぎなさい!」

「…………」

 留美から戦闘命令を受けた紅龍。しかし、彼は黙して動かず、ただ留美の方を見ている。

「ちょっと、紅龍!私の命令よ⁉聞けないって「お嬢、すみません(ドスッ)」⁉……あっ……」

 動こうとしない紅龍に、留美が今一度命令である事を強調して叫んだ瞬間、紅龍が留美の鳩尾に拳を叩き込んだ。肺の中の空気を根こそぎ吐き出させられた留美は、小さく震えた後カクンと気を失った。

「……投降の意志有り、と見て良いのかの?」

 気絶した留美を横抱きに抱えて、紅龍が首を縦に振る。

「貴女がたがここに居る、ここに来ているという事は、既に本社ビル周辺を警備していた者達は制圧されたという事でしょう。ならば、これ以上の抵抗は無意味と判断します。それに……」

 一度言葉を切り、留美に視線を向ける紅龍。その眼には、親愛の情が籠もっていた。それは、我儘放題の妹を困ったように見つめる兄のそれ。

「こんなのでも妹ですから。傷ついて欲しくは無いんです」

「……左様か」

 どこか懐かしむような声で小さく呟いたアイリスは、紅龍に留美を任せた。紅龍に逃げる意志は無いと判断したためだ。

 その後、王留美は紅龍共々国連軍によって拘束され、裁判にかけられる事となる。留美は王貿易商会が裏でやって来た様々な犯罪行為−−武器・麻薬の密輸及び密売、殺人及び殺人教唆、無許可での私立武装組織の設立等−−の全責任を負う形で、懲役850年(仮釈放無し)の判決を受けた。無論、特定重犯罪超早期結審法が適用され、留美の不服申立てはその場で棄却された。現在彼女は中国国営超長期刑務所『九龍城塞』にて、死してなお終わらぬ刑に服している。

 一方紅龍は、十数件の嘱託殺人(留美に失態を犯した部下の『処分』をやらされていた)で懲役180年に処された。紅龍は「罪は罪。粛々と刑に服すのみ」と判決を受け入れた。そして、万が一にも留美と結託しないよう中国国営超長期刑務所『五行山』に収監され、模範囚としてある程度の厚遇を受けながら、今日も刑務に汗を流している。

 王留美を失った王貿易商会はその後、ラグナロク・コーポレーション傘下の貿易商『黄昏商会』として組み込まれ、ラグナロクの東アジア戦略の一翼を担う事となる。

 

 

「これで任務終了。じゃな」

 護送車に乗せられる二人を見ながら、安堵の溜息を漏らすアイリス。だが、真の任務は実はここからだったりする。

「いいえ、すぐに次の任務が待ってるわ。これから中国軍協力の元、長距離弾道ミサイルに乗ってアメリカ・フェニックスの亡国機業本部強襲班に合流します」

「な、なんじゃとっ⁉そんな話聞いておらんぞ!」

「アイリス、話は作戦開始直前のブリーフィングでありましたが……もしや、他に考えが行って聞いていなかったのですか?」

「うぐっ……!」

 実はそうなのだ。アイリスは『作戦成功の暁には九十九にヨシヨシして貰おう。あわよくばそのまま……ウヘヘ』と益体も無い事を考えていて、肝心の話を聞きそびれた事にすら気づかぬままここにいるのである。

「生憎時間が押しています、王女。行きますよ」

「アイリス、最終作戦に間に合おうとしたらこれしか手が無いのです。御覚悟を」

「……ええい!女は度胸!やってやろうではないか!」

 こうして、上海空中大合戦は亡国機業最高幹部の捕縛によって幕を閉じた。

 ……ちなみに、この時から十年後にインタビューに答えたアイリスはこの時の事を『わらわが今までの人生で本気で死ぬと思ったのは、この時を除けば後は九十九と初めての夜を迎えた時くらいじゃ』と述懐している。あまりの生々しさに記者の顔が引きつったのは言うまでもない。




次回予告

ラグナロクと亡国機業、双方の技術者が手掛けたマシンが火花を散らす。
一方は完璧を欲し、一方は発展を望んだ。
男達の維持と誇りのぶつかり合いの結末は……。

次回「転生者の打算的日常」
#107 亡霊退治(陸)

ニコラ、私は完璧を嫌悪します。

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