転生者の打算的日常   作:名無しの読み専

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#108 亡霊退治(漆)

 各地での戦いに決着がつき、各々がフェニックスに向けて移動を始めて約1時間した頃。九十九達はフェニックスの亡国機業(ファントム・タスク)本拠地前に到着した。

 

「はい、お久しぶり!私だ!村雲九十九だ!」

「「「えっ!?どうしたの、急に!?」」」

「いや、なんか言っておかないといけない気がして……」

 双子の暗殺者を撃退して、一路フェニックスまで全員が高機動戦用パッケージ《フレスヴェルク》を装備し、巡航時最高速度(約マッハ2)で移動を開始して2時間弱しか経っていないはずなのに、なんだか2年以上待たされていた気がするのは何故だろうか?思わず「久しぶり」とも言いたくなろうというものだ。

「ま、まあ今のは忘れてくれ。見えてきたぞ、あの一際大きいビルが亡国機業の本拠地、シュッツバルト・エージェンシーの本社ビルだ」

 威風堂々。まさにそう表現するに足る、全高250mはありそうな巨大なビル。そして、そのビルの周りでこちらを待ち構える戦闘ヘリ群と数機のIS。向こうも既に戦闘態勢を整えているようだ。

 私達は一斉に《フレスヴェルク》をパージし、機体に負担がかからないよう慎重に減速し、やがて停止。双方の距離はおよそ1.5km。どちらかが動き出せば、すぐにでも戦端が開かれる距離だ。

「お待ちかね、みたいだね」

「歓迎会の準備も万端整っているようだな。後は主賓を待つばかり、といった所か」

「こんな物騒なパーティ初めて見たよ〜」

「他のチームはまだ到着していないようね。さて、どうしましょうか?」

 他のチームは自分達の担当地域の戦闘終了後、各々取りうる最速の方法でフェニックスまでやってくる手筈になっているらしいのだが、フェニックスから一番近いアンカレッジでも4100km以上ある。各国軍も全面協力してくれている以上、最も現実的な方法は超音速戦闘機(この世界の超音速戦闘機の巡航速度は最高でマッハ4)に同乗する事だが、全チームがそうしていたとして、フェニックスから一番遠いエジプトのルイズさん達は到着まであと2時間はかかるだろう。仮に今すぐ戦端を開いたとして、彼女達が参戦する頃には戦いはおそらく最終局面に突入している。到底間に合ったとは言えないタイミングだ。では、一体どうやってここまで来るつもりなのだろうか?

 

キイイイイ……ンッ

 

「ん?何だ、この風切り音は」

「つくも、あっち!」

「何かがとんでもない速さで近づいてきてる!」

 本音の指し示す方に目をやると、そこには遷音速でこちらに突っ込んでくる……中距離弾道ミサイルが、3基。飛んできた方向とセンサーが捉えたIS反応からして、チーム・ファイヤ(一夏達)と思われる。……え?もしかして乗ってきたの?ミサイル(アレ)に?加速Gとか大丈夫?中で潰れてるとかないよな!?

 と思っている間にミサイルの弾頭部分がパカッと開いて、中から一夏達が転がり出てきた。

「どわあああっ⁉」

「よし、無事に到着できたな。チーム・ウィンドは既に着いているようだ」  

「せめてもうちょっと良い開放の仕方なかったのかよおおおっ!!」

「ミサイルにISを載せての超音速浸透戦術……。今度我が軍に提案してみるか」

「そんで何でお前はそんな冷静なんだよラウラ!」

 ワチャワチャと(主に一夏が)騒ぎながらもこちらに向かってくるチーム・ファイヤの面々。なお、残されたミサイルは海岸方向に進路を取って、水面に着弾。綺麗な虹を描いて消えた。

「やあ。死んだか?相棒」

「よう。生きてるよ、兄弟」

 若干死んだ目で私の軽口に答える一夏。頬や装甲に着いた赤黒い点は、おそらく血痕。至近距離で何者かの血を浴びる程の相当の激戦だった事が伺える。その横でプリベンター式(右拳を左胸に添える)敬礼をしながら、ファイヤさんがウィンド隊長に簡潔な任務報告を行っていた。

「ウィンド隊長、チーム・ファイヤ総員健在です。PMC『ピースキーパー』は事実上倒産。保有戦力は壊滅しました。ただ、アリー・アル・サーシェスには()()()に逃げられてしまいましたが……」

「そうか、ご苦労だった」

 ファイヤさんの報告に、鷹揚に頷くウィンド隊長。地の底に逃げた……つまり自死を選んだという事か。戦闘狂にして戦争狂の奴なら、塀の向こうの退屈な日々を嫌うのはまあ当然だろう。

 もしその場に私が居れば、捉えたと同時にスタンショックで眠らせた後、適宜鎮静剤を投与して眠らせたまま刑務所に送りつけて『退屈過ぎて死にそう状態』にさせたのだが……もはや言っても詮無い事だろうな。

「他のチームも随時合流するだろうが、それを……」

「向こう側は待ってくれなそうですね。どうしましょうか、ウィンド隊長?いっそ、先に始めときますか?『戦場(パーティ)に遅れたお前達が悪い』って事で」

「……ふむ、そうだな。どうやら向こうも、しびれを切らしそうだ」

 相手方に目をやれば、分かりやすく殺気をばらまくISパイロットが何人かいる。戦闘ヘリはホバリングしているだけでも燃料を消費する以上、いつまでもこのままという訳には行かないだろう。事実、幾つかのヘリが機首を下に傾けて前進態勢を取っている。

「総員、戦闘態勢。来るぞ!」

 ウィンド隊長の指示に、各々が得物を呼び出(コール)して構える。それと同時に戦闘ヘリの一機が猛然と前進、それを見た他のヘリやISも一斉にこちらへ進軍を開始。それを確認して、こちらも相手方に進軍する。ここに、後に『亡霊の変』として歴史に名を残す戦いの火蓋が切って落とされた。

 

 

 とはいえ、ISにとって戦闘ヘリの撃墜対被撃墜比率(キルレシオ)は凡そ30:1。こちらを一機落とす頃に、向こうは30機落ちている、という事になる。要は……ISにとって戦闘ヘリなど、特に驚異とはいえない相手なのである。

「という訳で……本音」

「おっけ〜、つくも!いくよ『ユピテル』!超必殺、百万の轟雷(ミリオン・グレーターサンダー)!」

『了。最大規模・最大出力にて、敵陣に無差別落雷攻撃を開始します』

 『プルウィルス』のほぼ唯一にして最大の武器、局地的気象制御兵装《ユピテル》の制御AI『ユピテル』の、合成音声故の無機質な声が響いたと同時に、敵陣頭上に一瞬にして巨大な積乱雲が発生。敵陣営が何事かと動きを止めてしまったその瞬間、数えるのも億劫になる程の雷光が彼等を穿ちぬいた。

「「「ぐわあああっ!」」」

「ク、クロコダイ……じゃなくて、戦闘ヘリ部隊いいい!」

 なんか妙にノリのいいISパイロットが向こうに居るようで、戦闘ヘリ部隊の上げる断末魔の絶叫にどこかで聞いた事のある鉄板の反応をした。……あの作品、私が生まれる遥か以前に完結したているんだが、未だに世界中にファンがいるんだなぁ。

 等と妙な感慨に耽りつつ、雷撃に貫かれてポロポロと墜ちていく戦闘ヘリの群れを眺める。『ユピテル』の性能は本音との特訓と自律学習によってロールアウト当時より遥かに上がっているようで、以前なら『無差別攻撃』と言ったら本当に無差別(敵味方識別無し)だったのが、今や立派に敵軍だけを落としている。加えて、ヘリの乗組員が脱出できないような落とし方もしていないのだから、ますます驚きだ。

「成長したな『ユピテル』」

『謝。ですが、当機以上に成長したのはマスターです』

「ああ、わかるよ。乗り始めに比べて、無駄うちが遥かに減じている。流石だな」

『重ねて謝。更なる成長に御期待を』

「ああ」

 私の称賛に『ユピテル』がいつも通りの無機質な音声で返してくる。が、褒められた事に謝辞を述べたり、マスターである本音の事を持ち上げたりと、ロールアウト直後より『ユピテル』の人間臭さが上がっている気がする。学習型AIってそっち方面にも成長するものなの?それとも『ユピテル(こいつ)』が特殊なのか?……判らん。

 なお、『ユピテル』の合成音声のボイスサンプルは私なので、傍から聞くと『無駄に高度な一人芝居』っぽくなっていると思うのは私だけだろうか?

 

「本音、もう良いだろう」

「りょうか〜い。『ユピテル』」

『了。攻撃を終了、機体の冷却を開始します。終了まで、あと10分』

 戦闘開始から約10分。本音による超広範囲雷撃によって、ほぼ全ての戦闘ヘリが墜落。残るは非常に運良く(?)雷撃の難を逃れた戦闘ヘリが数機とIS2個小隊(8機)のみ。そのISのパイロット達も、雷撃を機体を振り回して必死に避けていた事もあって肉体的・精神的疲労はかなりのものだろう。全員が息を荒くし、その顔は一様に青い。

「お疲れ様、本音。一旦下がって、一息ついておけ。ここからは……私達がやる」

「うん。みんな、頑張ってね!」

 本音の声援を背に受けて、私は最も近い位置をホバリングしていた戦闘ヘリに一息で詰め寄った。

「なっ!?」

「こんにちは。そして、さようなら」

 驚愕に目を剥くヘリのパイロットに向けて努めて冷厳に告げ、直後に脇をすり抜けてテールローターと胴体を繋ぐ部分に《レーヴァテイン》の一撃を加える。僅かの抵抗の後ヘリの尻尾は寸断され、次の瞬間、胴体がメインローターの回転方向とは逆に高速回転しだす。

「ア、アンコントローラブル(機体制御不能)!墜落します!」

「退避!退避いいいっ!」

 遠心力に振り回されながら、必死にヘリから脱出する乗組員。高度的にパラシュートが開ききるかちょっと心配だったが、それは杞憂だったようだ。ああ、そういえば言っていなかったが、シュッツバルト・エージェンシー本社ビル周辺の街の住民は全てここの社員で、社員は既に総員避難しているから街の人的被害は0だぞ。

「よし、俺達も行くぞ!」

「「「うん(おう)!」」」

 先陣を切った私に続いて一夏達が戦場に躍り出る。それを見た敵陣のISパイロットの指示が飛ぶ。

「戦闘ヘリ部隊は下がれ!後方からの支援に徹しろ!」

『了解!前線は頼んだ!』

 指示を受けた戦闘ヘリ群が後退しようとした瞬間、その内の1機のメインローターのシャフトを高火力の熱線が撃ち貫いた。

『な、なにいっ!?』

「残念だったな。こちらにも後方支援役はいるんだよ」

 ニヒルな笑みでそう言うのは、水平ニ連装超高出力レーザー狙撃砲神罰劫火(メギド)を構えたファイヤさん。……とんでもない技量の狙撃を何でも無いように行って見せる彼女に、私は戦慄を隠せない。

「動くヘリの、しかも僅かしか見えない部分を正確に……あれで機動狙撃も出来るなら、完全にセシリアの上位互換だな」

 国連軍IS配備特務部隊『火消し屋(プリベンター)』。一騎当千の強者7人で構成される、国連軍の鬼札(ジョーカー)

(……駄目だな。今の私達では、喩え多対一のハンデ戦だったとしても勝ち筋が見えん。それ程までに隔絶している)

 双子の暗殺者との戦いでは、双子が殆どウィンド隊長を無視していたためその実力が発揮されなかったが、本気で受けに入った隊長は私達3人が一斉攻撃を仕掛けても軽くいなしてしまう程だ。と言えば、少しはその異常性が分かって貰えるだろう。

 

閑話休題(それはそれとして)

 

「戦闘ヘリは私に任せろ。お前達は亡国機業のISを……む?」

「九十九!レーダーに感!戦闘機とISが3機ずつ、物凄い速さで近づいてる!」

「方角は!?」

「南東方向!」

 シャルの報告を受けて南西に目を向けると、直後に極超音速戦闘機特有の甲高いエキゾーストノートが耳に届く。見えてきた戦闘機のシルエットはスペインの軍需企業『ヴィヤーノ(悪党)』が生んだ最新鋭戦闘機『LHS−X102クエルボ(渡烏)』だ。機体色はカナリアイエロー。それはブラジルのナショナルカラー。そして、ISの識別信号は『友軍機(フレンド)』を示す青。そして、フェニックスの南東は極めて大まかに言うとサンパウロ付近。という事は、今近づいてきているのは……!

「チームウォーター!鈴とセシリアか!」

「お待たせ致しましたわ!皆様!」

「あたしたちの分の料理()は残ってるんでしょうね!?」

 戦闘機の上から飛び降り、そのまま戦場に飛び込む鈴とセシリア。彼女達の登場に敵陣は僅かに動揺したようだが、すぐに立て直し、戦線の構築を−−

「遅れて来た分は取り戻させて頂きますわ!お行きなさい!《ブルー・ティアーズ》!」

「一夏に良いとこ見せずに終われないってのよ!食らいなさい!《龍砲》!」

 しようとしてセシリアの《ブルー・ティアーズ》の乱数機動射撃と、鈴の《龍砲》の対象無選別乱射(ランダムシュート)によって、集合のタイミングをずらされた。その隙を逃す程、この場にいる者は甘くない。

「今だ!アタック!」

「「「了解!」」」

 ウィンド隊長の号令に、本音と本音の護衛を担うウィンド隊長を除く全員が一斉に戦場へ躍り出る。

「うろたえるな!数の上ではまだこちらが有利だ!数で押せ!」

 亡国機業のIS部隊長と思しき女性が隊員達に怒号と共に指示を飛ばす。だが、そんな曖昧な指示では−−

「何処に誰が行けば良いのか、分からなくない?」

「各々が最も近い敵に殺到すればいいのだ!それで各個撃破すればいい!」

 横からかけられた質問に、部隊長は怒鳴りつけるように言い放つ。それに対して、もう一度横から質問が飛んできた。

「じゃあ、貴女は誰の相手をするの?」

「私は……ん?」

 ここでようやく、部隊長が何かがおかしいと気づいたようだ。しかし、気づいた所でもう遅い。

「バイバイ、ベイビー」

「なっ!?き、貴様……ぐあっ!」

 光学迷彩(アクティブ・ステルス)を用いて敵部隊長に最接近したウォーターさんが、相手に武器を抜かせる事もなく大鎌の一閃でもって部隊長を沈めた。

「敵将、討ち取ったりー!なんてねっ」

 イエイッ、とピースサインを掲げるウォーターさん。あまりに鮮やかな無音暗殺(サイレントキリング)、私でも見逃しそうだ。万が一にも敵対するような事がないようにしたい相手だな。

「あ、ああ……。うわああああっ!!」

 敵方の部隊長が一撃で撃破されたのを見た一人の敵ISパイロットが焦慮と恐慌からか、私に無茶な突撃を仕掛けてきた。「待てルーキー!迂闊に動くな!」と言う先輩パイロットの制止の声も聞こえていないようだ。

 血走った目、目尻を濡らす涙、喉も裂けよと言わんばかりの絶叫。そして、精々玄人一歩手前程度の実力の私でもそうと分かる程の素人丸出しの構えの剣。正直−−

「……やられてやれないな」

 小さく呟いて《レーヴァテイン》をコール。トリガーを引いて赤熱させた刃で、最上段から振り下ろされる剣を受け止める。金属同士のぶつかり合う鈍く高い音が一つ響く。敵パイロットはそのまま押しきろうとしているのか、自分の剣に更に力を込める。だがそれは−−

「悪手だ、名も知らぬ敵兵さん」

「っ……!?」

 相手の押し込みに合わせるように押し込み返すと、相手の剣に赤熱した《レーヴァテイン》が食い込んでいき……。

 

パキン……。

 

 実にあっさりと断ち切った。

「う、うそ……」

 啞然とした顔で大きな隙を晒す相手に、一切の容赦も遠慮も無く《レーヴァテイン》の連撃を入れる。結果、装甲のあちこちから煙を上げながら機能を停止した『ラファール』と共に落ちていく相手。これで、相手側のISは−2。数的には未だ不利だが、多少は楽になっただろう。と思っていると−−

「せいやああっ!」

「きゃあああっ!」

 裂帛の気合と共に放たれた一夏の《零落白夜》が敵『打鉄』を一刀のもとに切り伏せるのが見えた。これで3機目。少し怖いくらいに順調だ。

 一夏が《雪片弐型》を血ぶりをするように勢い良く振るのを目にしつつ、一夏に近づく。それに気づいたのか、一夏もまた私に近づく。特に打ち合わせた訳でも無いのに互いに背を合わせ、一夏は右手に構えた《雪片弐型》を、私は左手に持ち替えた《レーヴァテイン》を敵兵達に突きつけて、見栄を切りながら声を合わせた。

「「Shall we dance(かかってこいよ)?」」

 ド派手なパーティー(戦い)は、まだこれからだ。

 

 

 同時刻、シュッツバルト・エージェンシー本社ビル、最上階付近。

「おーおー、激しいねぇ」

「社長、お気を付けて。ここにヘリが墜落して来ないとは限りません」

「分かってるさ、アルトくん。諸君も、周辺警護は頼んだよ。でも、自分が死んでまで俺を護る必要はないぜ?」

「「「はっ!」」」

 晴れ時々豪雷、所によりヘリコプター。そんな空模様を眺めながら、ラグナロク・コーポレーション社長仁藤藍作は、シュッツバルト・エージェンシー本社ビル内を悠々と歩いていた。

「しかし驚きました。ここまで特に何の妨害もなくやって来られるなんて……」

 護衛チーム最年少かつ最小の背丈の、少年にも見える青年、ルカがそう零すと。

「俺達が脱出不可能なほど奥まで入った所を、本社ビルごと爆破して殺そうとしてんのかね?」

 どこか軽薄な雰囲気のメガネをかけた青年、ミハエルが持論を述べる。

「もしくは『王たる者、敵対者は堂々と迎えるべし』とかって考えていて……」

 それに対して、アルトも自身の予想を口にすると。

「社長室か、その隣の大講堂で待ち構えているか。ってか?そんな殊勝な奴かねえ?当代オーガスト、ツェツィーリエ・フォン・シュッツバルトは」

 黒髪黒目の中華系米国人、チームリーダーのオズマが懐疑的発言で締めた。

 そんな会話をしている間に、藍作達は『President's office(社長室)』と書かれたプラカードの付いた扉の前に到着した。

「よし、行くぞ」

 藍作が扉に手をかけようとした瞬間、内側から扉が開いた。そこに居たのは一人の老爺。後ろで纏めた長い白髪、深い皺が刻まれた顔。赤みがかった琥珀色の瞳は、憎悪と野望に燃えている。『老人にしては』の枕詞が付くが、それでもしっかりと鍛え上げられた肉体を最高級のビジネススーツに包み、こちらに油断のない視線を向けるこの男こそ−−

「ようこそ、ラグナロク・コーポレーション社長仁藤藍作君、ならびにその護衛部隊諸君。一応はじめましてだな。私が亡国機業のオーガスト、ツェツィーリエ・フォン・シュッツバルトだ」

「ああ、会えて嬉しいよ、オーガスト。俺の家族を殺した、憎い仇様。アンタ一人か?」

 藍作の問いに鷹揚に首肯を返すオーガスト。実際、彼の居るこの部屋に彼以外の人の気配はない。

「いい覚悟じゃないか。俺はアンタを殺しに来たんだぜ?」

 懐からゆっくりと拳銃を取り出すと、銃口をオーガストに向ける。目の前に自身に死を齎し得る相手がいるというのに、オーガストは欠片も余裕を崩さない。

「無駄だ。そんな物では私は死なん」

 椅子からおもむろに立ち上がると、両手を横に広げて無防備無抵抗の姿勢をとるオーガスト。彼は、暗い情念の炎が燃える瞳を藍作に向けて、言った。

「私には、世界の全てに復讐するという使命がある。シュッツバルト王朝復興の夢がある。その使命が、シュッツバルト家100年の夢が、私を殺させない」

「ほざくな!その使命と夢とやらのせいで、いったい何人死んだ!?何人傷ついた!?何人の人生が壊されたと思っている!?」

 藍作の怒りと憎悪を乗せた絶叫にも、オーガストは欠片も揺らがない。それどころか、こう言ってのけたのだ。

「彼ら、彼女らは私の心の中に生きている。無論、君の家族もだ、仁藤藍作。だから、君の復讐はおかしい」

「……何だと?」

「生きている者を理由に復讐をするなど、おかしいと思わないか?仁藤藍作」

「……っ!!貴様ぁっ!!俺の家族を殺すだけでは飽き足らず、その死すら侮辱するのか!ふざけるのも大概にしろっ!!」

 怒りに任せて、オーガストに発砲する藍作。だが、オーガストを穿ち抜く筈の鋼鉄の殺意は、しかしオーガストに届く前に不可視の壁に当たって止まる。

「何っ!?」

「言っただろう。夢が、私を殺させないと」

 自分が撃たれたにも関わらず眉一つ動かさず、微動だにすらしなかったオーガストに、藍作は戦慄を覚えた。

「強力な防御結界を発生させる装置。それも懐に入れる事が出来る程に小型軽量の……」

「あり得ない……なんて事はあり得ないか……。社長、ここは一旦引いた方が−−」

 オズマが藍作に撤退を進言しようとした瞬間、大きな音を立てて開け放たれていたドアが閉まり、部屋の窓ガラス全てがシャッターで覆われる。

「ちいっ!アルト!」

「だめです隊長!このドア、びくともしません!」

「恐らくシャッターも耐爆仕様、強引にぶち開ける事はできそうにないッスね」

 脱出不能の檻と化したオーガストの社長室。自分自身も出て行く事が出来なくなったにも関わらず、オーガストは先程から不敵な笑みを浮かべている。

「私の復讐を完遂するには、君が……君達が最も邪魔だと判断した。故に、君にはここで死んで貰う」

 言うやいなや、オーガストは自身の足元……床を強く踏みしめる。すると、何処からかガコンと何かが外れる音がしたと同時に、オーガストの背が徐々に高くなっていく。

(いや、違う!あれは床がエレベーターになっているんだ!)

 気づいた藍作がオーガストに追い縋ろうと前に出るも、その判断は少し遅かった。

「さらばだ、仁藤藍作。世界が壊れるさまを、そしてこのツェツィーリエ・フォン・シュッツバルトが世界の王となる所を、あの世で歯噛みしながら見ているといい」

「ツェツィーリエえええええっ!!」

 部屋の天井の一部がパカリと開き、ゆっくりとそこへ消えて行くオーガストに対して今の藍作が出来るのは、あらん限りの怨嗟の声を上げる事だけだった。

『シュッツバルト・エージェンシー本社ビルの自律自爆が可決されました。ビル内及び周辺地域にいる全職員は、この警告から5分以内に安全地帯まで退避してください。繰り返します。シュッツバルト・エージェンシー本社ビルの自律自爆が可決されました−−』 




次回予告

遍く世界に復讐を、そして王政復古の大号令を。妄執に囚われた男の暴走は止まらない。
灰銀の魔法使いとその一党は、幻の玉座を求める者を止められるのか?
一方その頃、狂気の天災の影は確実に魔法使いへと伸びていて−−

次回「転生者の打算的日常」
#109 亡霊退治(捌)

あんたの居場所はどこにも無い。その事に気づけよ!爺さん!
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