♢
その警告は唐突に、かつ大音量で一帯に響いた。
『シュッツバルト・エージェンシー本社ビルの自律自爆が可決されました。ビル内及び周辺地域にいる全職員は、この警告から5分以内に安全地帯まで退避してください。繰り返します。シュッツバルト・エージェンシー本社ビルの自律自爆が可決されました−−』
「「「……は?」」」
合成音声の無機質なアナウンスに、その場にいた者達は敵味方含めて全員が唖然とする。それと同時、九十九の思考は急加速する。
(何があった?何がどうなれば突然シュッツバルト・エージェンシー本社ビルが自爆する事になるんだ?……いや待て、確か社長と専属護衛チームが戦闘の混乱に乗じて本社ビルに潜入するつもりだと言っていたな。という事は……社長達は潜入した所を見つかって捕まり、見せしめにビル諸共吹き飛ばされようとしている?いいや、だとすればその様をこちらに見せなければ無意味だ。それなら、オーガストの所まで見つからずに辿り着いたものの、オーガストの世界に対する抗議の自殺に巻き込まれてしまった?いや、世界の全てに復讐をしようとしているオーガストがそんな事で自死を選ぶとは到底思えない。であるのならば、ここで本社ビルを爆破する理由は−−)
九十九の視線が本社ビルに向けられたのを見た亡国機業のISパイロットがそれを隙と見て斬撃を繰り出すが、九十九が自分の方を見もせずにその斬撃を剣で受け止めた事に衝撃を受ける。
「う、嘘……がっ!?」
唖然とする敵の腹に蹴りを入れて吹き飛ばした九十九は、すぐさま本社ビルへ向かって全速力で飛ぶ。自身が導き出した、最悪の事態を口にしながら。
「オーガストは、社長を最大の障害としてここで始末するつもりだ!」
♢
マズい、マズいマズいマズいマズいマズい!!急がなければ社長がビルの爆発と崩落に巻き込まれて死んでしまう!だが、焦燥は判断を鈍らせる。ここは一旦冷静に……だめだ!なれん!
「村雲九十九!覚「邪魔だ!どけえっ!!」ごばあっ!」
怒声と共に眼前に現れた敵ISを《ミョルニル》で殴り飛ばし、ビルに向かってひたすら飛ぶ。
どこだ!?社長達はどこに居る!?社長達の直前の行動とタイミングを考えれば最も可能性の高いのは−−
「社長室!最上階の角部屋!」
社長達は恐らくそこに居る。いや、寧ろそこまで来たからこそオーガストは本社ビルを爆破解体して諸共殺そうとしているのだ。間違いない。そう考えて最上階近くに目をやると、視界内に1つだけ妙に頑丈そうなシャッターの下がった部屋が。
「あそこか!」
部屋までは距離はある上に時間が無い。高層ビルの最上階なら強風で窓が割れないように強化アクリルガラスを用いているはず。ただ近寄って殴るだけでは時間がかかってアウトになりかねない。ならば取り得る限り最短最速の手は−−
「これしかない!」
私は手にした《ミョルニル》を自身正面に構え、そのままスラスターを全開。フルスピードでツェツィーリエ・エージェンシー本社ビル社長室目掛けて突っ込んだ。
−−一般的に衝撃力は、質量の半分に速度の2乗を掛けたものが適用される。私の乗るIS『フェンリル・ルプスレクス』とそこに私自身、更に《ミョルニル》の重量を合わせると、その重量は約300kg。そして『フェンリル・ルプスレクス』の戦闘時最高速度はマッハ0.9(時速1111km)。計算上、この速さでビルに突っ込んだ際の衝撃力は約1460tgf・mになる。はっきり言おう。オーバーキルだ。だが、当時の私はそんな事まで気が回らないくらい焦っていた。今にして思えば、先代社長達を巻き込まなかったのは奇跡だと思う。−−村雲九十九著『我が打算と波乱の人生』より抜粋
♢
ドガシャーーーンッッッ!!!
「どわああっ!?なっ、何だあっ!?」
「社長!下がって!」
閉じ込められた社長室からどうにか脱出できないかと手段を探っていた藍作達の目の前で、唐突にガラスとシャッターが砕け散り、粉塵が舞った。その中に、一機のISと思しき影が浮かぶ。右手に巨大なハンマーを携えた、4枚羽のIS。藍作はその姿に、とても見覚えがあった。
「九十九くんか!?」
藍作が声をかけると、安堵と焦慮が綯交ぜになった声で九十九が藍作に返してきた。
「社長!ご無事で何より!さあ、脱出しますよ!急いで!」
声の方向と距離からおおよその位置を推測したのか、九十九が自分達の近くに《ヘカトンケイル》を飛ばして寄越してきた。
「すまん、助かった!だが、このままだとオーガストが……ツェツィーリエが逃げる!奴を追ってくれ!九十九くん!」
「まずは社長の身の安全が優先です!ここはISと銃弾の飛び交う戦場。生身で飛び出せば秒でミンチですよ!?」
「しかし……!」
「生きてさえいれば次があります!けれど、死ねばそこで終わりなんです!今は堪えてください!」
「……っ!……分かった、まずはここを出て安全圏まで避難しよう」
苦虫を数十匹噛み潰したかのような苦々しい表情を浮かべながらも、九十九の言に首肯で返す藍作。飛ばした《ヘカトンケイル》に全員が掴まったのを確認してから、九十九は『生身の人間がぎりぎり耐えられる加速度』でぶち破った窓から飛び出した。
直後、ズンッという重く鈍い音と共にビルの基部が爆発。続けてビルの柱という柱からも爆音が轟き、脆くなった柱が自重を支えきれずに崩壊。ビルのあった場所はほんの数十秒で瓦礫の山と化した。
「危ない所だった。九十九くん、ありがとう」
「社長、感謝の言葉は自身の安全が確保できてからです。シャル、本音!社長達を安全圏まで下げる!援護を!」
「「了解!」」
九十九の指示に即応したシャルロットと本音が、九十九に襲いかかろうとするISや戦闘ヘリを雷撃とミサイルで押し留める。その間に、九十九は可能な限り戦闘空域から離れた場所へ藍作達を下ろした。
「ここなら危険は少ないと思います。とはいえ、絶対に安全とは言えませんので皆さんもお気をつけて」
「うむ。……しかし、ツェツィーリエを取り逃がしたのはつくづく痛いな」
藍作が見つめる先には、戦闘空域から離脱しようとする妙に豪華なヘリコプターが一機。九十九もあれがオーガストの乗ったヘリである事はすぐに理解できた。距離的にいえば『フェンリル』の最大戦速を出せばすぐに追いつけるが、その隙に
(さてどうしたものか……。ん?あれは……?)
オーガストが逃げるその先で、何かが光った気がした九十九は『フェンリル』の望遠機能を最大にする。そして、それが何なのかを理解した瞬間、その相貌を喜色に歪めた。
「なんて最高のタイミング!本当に貴女はエンターテインメントが
♢
『いきなり手放しで褒められても「目の前に飛び出して来た怪しいヘリを捕まえる」くらいしかできないわよ?』
「結構。それをして欲しかった」
私の目の前数百m先では、ヘリを縄状にした『ナノマシン操作によって超高濃度かつ超高密度にした水』で絡めとっている楯無さんと、完全に動きを止めたヘリから飛び出す事はおろか、そもそもドアを開ける事すら出来ずに閉じ込められて右往左往するオーガストとその他数名。という、滑稽劇のような展開が起こっていた。なお、隣では藍作さんが「ざま見ろ!老害!」と叫びながら拳を突き上げている。逃げようとして、直前で逃げ損ねたオーガストが滑稽で滑稽で仕方ないのだろう。
「あー、楯無さん。それ、こっちに持ってきてくれます?簪さんとサンドさんは戦闘に参加を。可能な限りこちらに戦火が及ばないよう注意してください」
『『『了解!』』』
はしゃぐアラフィフを極力目端に入れないようにしながら楯無さん達に指示を出す。こういうのは本来チームリーダーの頭越しにする事ではないと思うのだが、当のサンドさんが苦情一つ言わずに従ってくれたのだからいい……のだろう。多分。
などと考えている内に、楯無さんがオーガストの乗ったヘリをぶら下げてやって来た。ヘリ1台吊り下げて余裕な粘度と密度の水とは?……いや、考えたら負けか。ISだものな、『そういう事もできる』さ。きっと。
「はーい、お待ちどうさま。ご注文の『無駄に豪華なヘリコプター〜害悪クソジジイを添えて〜』でございまーす」
「お、来た来た!美味そうだねぇ。さーて、九十九くん。どこから手をつけようか?やっぱりドアからかな?」
「いや、楯無さん?何言ってんですか?あと社長もノらない。まあ、中身を取り出す事には賛成ですが」
楯無さんと社長のコントじみたやり取りにツッコミを入れつつヘリのドアに目を向ける。窓の向こうにはこちらを射殺さんばかりの怒りと怨みの籠もった視線を向ける、60代後半から70代前半の老爺、オーガストことツェツィーリエ・フォン・シュッツバルト。どこか諦めた風の、くすんだ金髪の50代中盤に見える男性、ジュライことブラスト・ミューゼル。そして、巻き込まれたヘリパイロットの姿。
「楯無さん、ドアを開けると同時にオーガストとジュライを捕縛してください」
「OK。パイロットさんは?」
「彼は巻き込まれただけです。捕縛まではいいでしょう。無論、尋問はしますが」
「了解。いつでもどうぞ」
楯無さんが身構えたのを確認して、ヘリのドアに手を掛けて一息に開ける。同時に楯無さんが水の縄でオーガストとジュライを簀巻きにして地面に転がした。なお、パイロットは自分から外に出た後、両手を頭の上に挙げて地面にうつ伏せになった。
「俺はただの雇われなんだ!何も知らねぇ!見逃してくれ!」
うつ伏せ状態でそう叫ぶパイロット氏。彼が
「と、言っているが?ツェツィーリエ」
「……そやつは本当に何も知らん。私の正体も、目的も、その為に何をして来たかも……何もな」
捕らえられている立場にも関わらず、尊大な態度を一切崩さないオーガスト。その姿には一種の敬意じみたものを覚えるな。とはいえ……。
「それが真実だという保証は現時点で無い。よって、パイロット君。君を今すぐ放免する訳には行かない。しばらくそこで大人しくしていてくれ」
「…………」
うつ伏せになった状態でもはっきり分かる程「なん……だと……!?」な気配を醸し出すパイロット氏。可哀想だとは思うが、残念ながら当然の措置であろう。
「さて、と……。よう、さっきぶりだなツェツィーリエ」
楯無さんに縛りあげられ地面に転がるオーガストに、藍作さんが憎悪と侮蔑のこもった視線を向けながら語りかけた。それに対してオーガストは小さく鼻を鳴らして応える。
「ふん……あの爆発を無傷で生き残るとは、運の良い奴よ」
「優秀な部下に恵まれたんでね。
お前と違っての部分に含みを持った言い方でオーガストに返す藍作さん。両者の間の空気が不穏な歪みを見せる。なお、オーガストの事を助けに来ようとしたISが、私の目の前で本音の一極集中雷撃によって落とされた。君、いつの間にそんな事出来るようになったの?
「……で?今度こそ私を殺すか?仁藤藍作」
「ああ。ただし、物理的にではなく社会的に、だがな」
「官憲に引き渡すか?無駄だ。この辺りの連中にはたっぷりと
なおも余裕の表情を崩さないオーガスト。だが、そんなオーガストに対して藍作さんはシニカルな笑みを浮かべると、『あれを見ろ』と言わんばかりに空のある一点を指す。その場の全員が藍作さんの指す方を見たその時、私は「ああ、なるほど……」と呟いた。そこに居たのは複数機のヘリコプター。機体にはアメリカ最大手の報道機関のロゴ。つまり……
「これだけの大騒ぎをして、他所から
この一連の騒動は、おそらくリアルタイムで米国全土に発信されているという事だ。
♢
「TVの前の皆さん!ご覧いただけますでしょうか!フェニックス、いえアメリカ最大手の総合企業『シュッツバルト・エージェンシー』本社ビルが、見るも無残な姿に変わっています!」
ヘリのローター音に負けないようにとマイクに向かって大声を張り上げるリポーターの眼前には、瓦礫と化したビルと、それを背景に超高速の空中戦を繰り広げるIS達の姿。
「手元の情報によりますとなんと!かの『シュッツバルト・エージェンシー』社長、ツェツィーリエ・フォン・シュッツバルト氏が実は!都市伝説として語られていた秘密結社『
時折聞こえる爆発音と銃声、金属同士がぶつかる重く鈍い音が、戦場のリアルを茶の間に届ける。なお、この映像はリアルタイムで衛星放送されており、今アメリカで起きている事は全世界にほぼ同時に配信されている。
『また!先頃世界各地で同時多発的に発生したIS同士の戦闘は、
矢継ぎ早な新事実の暴露に世界は上を下への大騒ぎとなった。特に、最高幹部が表の顔としていた会社やその傘下企業はマスコミの一斉取材攻撃を受け通常業務に支障をきたす程になったし、その他関連企業や取引のあった企業もアオリを受けて、中には株価の低下に歯止めが掛からずに潰れた企業も出た程だ。
影響は政財界にも及んだ。亡国機業そのものや、関連のある企業団体と僅かでも関わりがある・あった者は即座にやり玉に挙げられ、結果として全世界で数千人に及ぶ政財界の重鎮達が自ら政財界を去ったり、あるいは
当然、一般社会への影響もあった。これまで『所詮都市伝説の中の存在だ』と思われていた亡国機業が実在したという事実は、陰謀論者界隈を大いに賑わせたし、ネットやSNSはある事無い事書き連ねられて連日大賑わい。中には訳知り顔で亡国機業の考察を行う配信者まで現れだす始末だ。とはいえ、これは『亡国機業完全崩壊』の中盤から終盤にかけて起きた、いわば『この少し後』の事。なら、この場で今すぐ起きる事は何か。それは−−
♢
「なんだそれ……ふざけてんの?」
「そんな事やってたのかよ……あの社長マジでクソじゃん」
「ってか世界に復讐とか……。いい年したオッサンが何言ってんだか」
世界中の『直接的には無関係な者達』の痛烈な批判、誹謗中傷の嵐である。ネットでは『年寄りの冷水www』『100年経ってるなら、当事者全員死んでんだろ?やるだけ無駄じゃん』『権力を持ったバカはろくな事をしない。の典型例』『老害は死ね』などなど、顔が見えないのを良い事に言いたい放題だ。
もっとも、目の前のこの老爺がこの程度の事で揺らぐような信念や野望の持ち主なら、とうの昔に『亡国機業による世界への復讐』などという馬鹿げた計画を捨てて、何処かで楽隠居を決め込んで居ただろう。実際−−−
「ふん、この程度の事しか言えんような者に、儂の崇高な理念など理解できようもなかろう。所詮は小鳥の囀りよ」
社長に動画投稿SNSのライブ映像を見せられても眉一つ動かさず、泰然としたままだ。彼を動揺させるのは、おそらく私でも極めて難しいだろう。彼にとって耐え難い『何か』が、今この瞬間に起きでもしない限りは、彼の精神は凪いだ海と変わらない。
「何より、儂を捕えたところで亡国機業はもはや小揺るぎもせん。我が子が、我が孫が我等の意思を継ぎ、悲願を「ああ、それなんだがなぁ、ツェツィーリエ。ほれ、これ見てみ?」……む?……なっ!?馬鹿な……何故……っ!?」
社長が自分のスマホの画面をオーガストに見せたその瞬間、オーガストがわかりやすく狼狽した。いったい何が映っているというのか?気になった私もスマホを覗き込む。そこには記者会見に望んでいる、オーガストに似た顔立ちの40代と20代くらいの二人の男性。おそらく、オーガストの息子と孫息子なのだろう。二人は神妙な面持ちで記者団の前に立ち、強い決意を感じる声で声明を口にしている。
『……以上が、三代目ツェツィーリエ・フォン・シュッツバルトが裏で進めていた策謀、その全てであります。それを知りながら止めなかった、止め切れなかった私が言っていい事ではありませんが、それでも言わせてください。家のバカ親父が本当にすみません』
『申し訳ございません』
画面の向こうで深々と頭を下げる二人の姿に、オーガストの顔色が青と赤を行ったり来たりしている。彼が循環器系の病気を持っていたら今頃失神してるんじゃなかろうか。
「何故だ……あり得ん……二人には儂自らツェツィーリエ公王朝の歴史と一族の悲願、我らの屈辱と忍従の日々を教え込んだというのに……」
憎々しいと言わんばかりの顔で呟いたオーガストに、私は「これは私見だが」と前置いた上で考えを口にした。
「二人には、アンタの言葉が欠片も刺さらなかったんだと思うぞ。だって……アンタ、薄っぺらいから。何もかもが」
「なに……?」
信じられない言葉を耳にしたかのような顔で、オーガストが私に向き直る。私は更に言葉を続けた。
「ツェツィーリエ一族5代100年、確かに長いさ。だけど……その一族の歴史の中で、
「っ!?」
「多分……初代と、辛うじて2代目。その2代目も……物心付く前の赤子だったのではないか?」
言いながらオーガストの顔色を伺う。彼は『どうして分かるんだ?』と言わんばかりの驚きを浮かべていた。どうやら当たりらしい。なら続きだ。
「長じてから母に亡国の憎悪を常日頃から聞かされただろう2代目が、母の憎悪を受け継いだ……受け継がされたのは、アンタの言いようからも間違いないだろう。けれどそれは、私に言わせれば『中身のない憎悪』だ。そんな『中身のない憎悪』を2代目から受け継いだアンタの憎悪は、2代目の時より更に中身のないモノになっただろう。言ってしまえば……アンタの語るシュッツバルト一族の怨念の話は『歴史の教科書をやたら情感たっぷりに音読している』ようなモノに、アンタの息子や孫には聞こえただろう。……アンタ、歴史教科書の内容聞かされて、登場人物に感情移入できるか?少なくとも、私には無理だ」
「……まれ……」
「だからこそ、あの二人はアンタのやる事を冷静、かつ客観的に見て今回の判断を下したんだろうな。『これ以上、バカな爺の妄言に付き合ってられない』ってさ。……言ってやるよ、オーガスト。これまでの全部、アンタの一人相撲だってな」
「……黙れ」
「挙句、最終作戦は実質失敗。瓦解した亡国機業にもはや先は無い……。アンタ結局、一族の悲願(笑)を何ひとつ成せてないんだよ。復讐も、王政復古も、何もかも」
「黙れええええっ!!」
怒りに顔を歪めながら私に掴みかかろうとするオーガストの腕を、躱しざまに捻りあげて地面に押し倒す。
「ぐっ……お前に「『お前に何が分かる!?国を、誇りを奪われた我らの何が!?』」……っ!?」
「アンタのような奴らは大抵、言い負かされそうになるとそう言うんだよ。あるいはもっと直接的な力に訴えたりね」
「おのれ……!」
「そして、そうして来る奴らはやはり大抵、心の何処かで思ってるのさ。『目の前の相手の言い分も一理ある』とね」
「…………」
沈黙し、顔を俯けるオーガスト。だが、歯軋りをしている辺り、私の言葉を否定したくて堪らないのだろう。
「どうした?たかが15、6のガキに言われっぱなしか、ご老人?ほら、言い返すぐらいしてきたまえよ?」
「煽るねぇ、九十九くん」
苦笑する社長に悪い笑みで応え、再びオーガストに目をやる。オーガストはしばしの沈黙のあと、口を開いた。
「貴様の言う事にも一理あるがな小僧、まだ亡国機業は死んでおらん。残った者達が必ず世界に復讐を……「それ無理」何っ!?」
まだ折れていない様子で話すオーガストの発言を遮ったのは社長だった。
「アリー・アル・サーシェスは死亡、率いていたPMC『ピースメーカー』は瓦解した。王留美は兄共々こちらに投降。彼女の興した貿易会社は、後々ラグナロクが吸収合併する事になっている。マキリ・ゾルケインは戦闘中の事故で死亡。彼の製薬会社は今頃ロシア大統領の指示の元、徹底的な捜査が行われているだろう」
「なっ……!?」
「アイリーン・アドラーは逃亡。現在は行方不明だが、うちの優秀な諜報員が近い内に捜し出すだろう。四分辻無惨は日本警察と被害者の会の懸命の捜索でアジトがバレ、幹部連中共々逮捕された。と、たった今メールが来た。これで『鬼』は終わりだ。フリッツ・フォン・エリックはそもそも作戦参加に消極的で、こちらの降伏勧告にあっさり応じた。お前と似た境遇だったが、お前程の熱量は無かったようだな」
「あ……ぐ……」
「ブラスト・ミューゼルとツェツィーリエ・フォン・シュッツバルトは今ここで俺達が捕らえている。セルジオ・アルトゥール・ダ・シルヴァは逃げようとして亡国機業の暗殺者に消されたぞ」
「…………」
「マクギリス・ファリドはクーデターに失敗して捕縛。後ほど軍事裁判にかけられて……まあ、生きてはいられないだろうな。ニコライ・テスラJrもうちのISパイロット達から『捕らえた』と報告があった。アリー・アヴァブアは……実はうちに情報を流していた。お前達は、俺達がこの作戦を開始する前にはほぼ詰んでいたんだよ、ツェツィーリエ・フォン・シュッツバルト」
「そんな……馬鹿な……儂の、儂らの計画が……こんなにアッサリと……?」
「ああ、ついでに言っておくとお前の所のエースパイロット部隊な。レイン・ミューゼルとフォルテ・サファイアはエジプトからこっちに来ようとしていたチーム・バブルに当たりに行って……」
『こちとらISが出てきた当時からの最古参、尻の青いガキに負けてやれないのよ!』
『世代の差が戦闘能力の決定的な差ではない事、思い知ったかしら!』
『マジかよ……俺たち二人が、こんな簡単に……』
『先輩……うち……もうだめッス……』
「……って感じで、あっさり返り討ちに会って捕まったそうだぞ?」
「……は?」
「アリーシャ・ジョゼスターフはチーム・ウィンドとは別ルートでアメリカに行っていた織斑千冬さんを襲撃したが……」
『悪いなアリーシャ・ジョゼスターフ。これでもISを使った鍛練は欠かしていないし、ラグナロクが『暮桜』を復活させてくれたんでな。貴様如きに負けてやれんのだ。先を急ぐから、ではな』
『この小説、強さのインフレが大きすぎてイヤなのサ……』
「……って感じに一蹴されたそうだぞ?」
「……えぇ……?」
ラグナロクの面々が頼もしすぎて逆に怖い!マジであの人達なんなの!?というか、完全に機能停止してた『暮桜』を一体どうやって復活させたの!?謎が謎を呼んでるんだけど!?ねえっ!
「こんな……こんな事が……ありえない……ありえない……っ!」
ほら、オーガストも信じ難い現実を前にフリーズしちゃってるし!というか、していいなら私だって「あ、あり得るかああああっ!!(子安○人ボイス)」って叫びたいぞ!ジュライに至っては「これが
「なあ、少年……」
「はい……」
「ラグナロク・コーポレーションって……「私に訊かれても困ります。ええ、本当に。ほ・ん・と・う・に!」アッ、ハイ」
空気と化していたヘリパイロットさんの質問に食い気味に返した私は絶対悪くない!
♢
もはや亡国機業の逆転も再興もないと理解したオーガストは、急に何十年も歳を取ったかのように憔悴した姿で現着した警察官に身柄を拘束され、連行されて行った。これが世界の裏側で1世紀以上暗躍してきた秘密結社の最後かと思うと、何とも呆気なく感じてしまう。いや、実際にはかなりの一大スペクタクルだったのだろうが、私達が関わらなかった部分が
「……終わったぞ、父さん、母さん、八重、唯……」
社長はこの結果に満足しているようで、空に向かって小さく喪った家族の名を呟いている。……まあ、これは社長の復讐劇だ。ここで幕を引く、と言うなら私に否を唱える権利などありはしない。
「九十九、オーガストが捕まったって知って、他の人達も投降し始めたよ」
「分かった。……やれやれ、これで一息『あ、終わった?じゃあ、こっちの用事に付き合ってよ、村雲九十九』ーーっ!?」
突如、私の脳内に聞き覚えのある甘ったるい声が響いたその時、目の前に闇を凝集したような真っ暗な孔が開き、そこからいくつもの腕が伸びて来て私を捕らえた。
『さあ、死ぬ覚悟はいいかな?クソオオカミ!』
「篠ノ之……束っ!」
抗う事もままならないまま暗い孔に呑み込まれた私が次の瞬間に目にしたのは……島影一つない絶海と、夜明け前の瑠璃色の空だった。
♢
「「つ……くも?」」
自身の目の前で、唐突に黒い孔に呑まれて消えた想い人の名を呟いて、シャルロットと本音は呆然とした表情を浮かべた。
「何だよ……?今何が起こったんだよ!?ってか、九十九はどこ行ったんだよ!?」
あまりに一瞬の出来事に、一夏は困惑しかできないでいた。
「落ち着きなさいよ、一夏!ってか、今のなに!?空間に真っ黒い孔が開いたと思ったら……」
「そこから手が伸びて九十九さんを拐ってしまいましたわね……」
鈴とセシリアも、突然の事態に眼前で起きた事をそのまま口にするしかなかった。
「わからん。何者かに連れ去られた……ように見えたが」
ラウラもまた、眼前で起きた事象を上手く飲み込めないでいた。
「ねえ、お姉ちゃん。これって、もしかして……」
「ええ、もしかするかも……ね」
一方で、楯無と簪は九十九を連れ去った何者かに心当たりがあるのか、互いに顔を見合わせて眉をひそめていた。
「すみません!お待たせしました!って、あ~、これは……」
「戦闘は終わってしまったようだな……ん?一夏、九十九はどこだ?」
そこへ、たった今箒と真耶がやって来た。事が終わってから来た二人には、何が起きたのかすら分かっていなかった。
「ちっ、束の奴め……やってくれたな」
「「「織斑先生(千冬姉)!」」」
更にそこへ、忌々しげに表情を歪めながら千冬が現れる。そして一夏に「織斑先生だ」と言いながら手刀を振り下ろした。
「おそらくだが、束は亜空間潜航技術を応用・進化させていわゆる瞬間移動に近いモノを生み出したんだろう。それくらいの事はしてのける奴だ……。山田先生、村雲のISコア反応を追って現在地の割り出しを」
「はいっ!…………見つけました!村雲くんは今……えっ!?」
九十九のISコア反応を捜し出した真耶だったが、九十九がいる場所の情報に思わず叫んだ。
「どうしたんですか、山田先生。九十九はどこに居たんです?」
大声を上げた真耶に一夏が声をかけると、真耶は『信じ難いものを見た』ような顔で答えた。
「村雲くんの現在地は……南緯48度52分5秒 西経123度23分6秒の南太平洋上。ポイント・ネモです」
次回予告
復讐に燃える天災。迎え撃つは魔狼を従えし魔法使い。
何も無く、誰も居ない場所で戦う二人の行く末は、天に輝く月しか知らず。
その頃、黒騎士もまた、因縁に決着をつけんとしていた。
次回「転生者の打算的日常」
#110 天災、魔術師、白黒之騎士
お前はここで死ね、村雲九十九!
私が私であるために……消えろ!織斑一夏!