転生者の打算的日常   作:名無しの読み専

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#92 第七王女、対決

「よくやった!見事だ!村雲九十九!」

「恐縮です、近衛団長閣下」

 ミネア・モンバーバラによるアイリス襲撃事件が一応の解決を見たその日の夕方。私は一年生寮ロビーで近衛騎士団長、ジブリル閣下からお褒めのお言葉を頂いていた。

 あまりの声の大きさに、多くの生徒がすわ何事かと集まっている。なお、シャルと本音は最初から居る。

「何らかの薬が仕込まれたのを事前に見抜き、更に刃物を持って襲いかかってきた賊を無傷で制圧。我が国にお前と同年代でそれが出来る男が何人居るか……!」

 さり気に自国の男を貶す閣下。私に出来るのだから、誰でも出来ると思うのだが……無傷でかどうかは置いておくとしても。

 と、思っていたら、閣下は私にこんな提案を持ちかけてきた。

「どうだ?村雲九十九。我が国に来んか?お前ならすぐにでも騎士となれるよう、私が具申しようではないか!」

 鼻息荒く、ズイっと近づいてくる閣下。熱量が凄い。あと顔が近い。

「いや、その……」

 言い淀む私に助け舟を出したのは意外な人物だった。

「駄目ですよ、企業所属のパイロットを勝手に引き抜こうなんて」

 穏やかだが、どこか圧を感じる声でそう言ったのは、我らが副担任、山田先生だった。

「真耶か……この男が駄目だと言うなら、お前が我が国に来い」

 閣下の誘いに、山田先生はゆったりと首を横に振った。そこには、決然とした意志があった。

「ジブちゃん、私は以前にも言いました。私はこの国が、この学園が好きなんです。だから、貴女の誘いには乗れません」

「お前はいつも、そうやって私から逃げるのだな……真耶」

 そう言う閣下の表情は、何処か寂しげで、言葉の端々には奇妙な熱が篭もっていた。

 ……というか、先生も先生で普通に愛称呼びしてるんだが。閣下も訂正しようとしないし。絶対『ただのお友達』以上の何かが、この二人の間にあるよね?

「皆の者、少し良いか?」

 等と益体も無い事を考えていると、アイリスが輪の中心に入って来た。

「殿下、いかがなされましたか?」

「うむ、九十九よ。まずは礼を言おう。わらわが危ない目に会わずに済んだのは、お主の尽力の賜物じゃ。ありがとう」

「お気になさらず殿下「アイリスじゃ。堅苦しい話し方も要らぬ」……気にするな、アイリス。私は今、君の臣だ。主を助けるのに何の理由が必要だ?」

「そうじゃな。しかし主は『臣下の忠勤に報いてこその君だ』とも言うた。よって、これを取らせる。受け取るが良い」

 そう言うと、アイリスは自らの首に掛けていたネックレスを外して、私に差し出した。

 ……良い品だ。間違いなく純金製。トップのダイヤも間違いなく天然石だろう。大きさはパッと見た感じ1.5ct。ネックレス本体が約50gと仮定して、『ルクーゼンブルク公国第七王女の所持品』というプレミア付きでザッと100万といった所だろう。

 

ザワッ!

 

 だが、アイリスのこの行動にルクーゼンブルク陣営がにわかに騒がしくなる。なんだ?一体どうしたんだ?

「どうした?早う受け取らんか」

「あ、ああ。では遠慮なく−−「待て!村雲九十九!」閣下?」

 私がネックレスを取ろうとしたのに慌てて待ったをかけた閣下。その行動に、アイリスが「ちっ」と小さく舌打ちをした。

「村雲九十九。それを受け取ったら、貴様は殿下の夫にならねばならん」

「「「……は?」」」

 閣下の言葉に、私を含めた全生徒の時が止まった。

 閣下によると、ルクーゼンブルク公国の古いしきたりの一つに『異性に身に着けている装飾品を手渡し、相手が受け取ると婚約が成立したものとする』というものがあるらしい。

 もっとも、現代ではほぼ廃れているしきたりのようで、国民も若年層には知らない者の方が多いくらいだそうだ。

「という訳だ。いいか、受け取るな。絶対に受け取るな」

 またもズイっと近づいてくる閣下。顔が近いし、怖い。あ、でも睫毛長いなこの人。

「は、はい!」

 迫力満点の怖い顔に首を縦に振ると、閣下は「うむ」と頷いてアイリスに向き直ると、彼女に詰め寄った。

「どういうおつもりですか殿下⁉村雲九十九を夫に迎えようとするなど!」

 閣下の剣幕もどこ吹く風とばかりに、アイリスがしれっと返す。

「決まっておろう。この男を気に入ったからよ。一生手元に置いておきたいと思うくらいには、の」

「しかし、あのような無理矢理な手段、誇り高きルクーゼンブルク王家の面目が……!」

「ふむ、確かにそうじゃな……。よし。九十九よ!わらわはお主に、ISによる尋常の勝負を申し込む!」

 アイリスからの唐突な宣戦布告。ちょっと展開についていけてないんだが、それを知ってか知らずかアイリスは続ける。

「わらわが勝ったら、お主をルクーゼンブルクに連れ帰り、わらわの世話係を一生して貰う!」

「……では、私が勝ったら?」

「わらわが日本に残り、お主と一生一緒にいてやろうぞ!」

 フンス、と胸を張るアイリス。……よし、内容を一旦整理しよう。

 

 アイリスは、私にISバトルを申し込んで来ている。

 アイリス勝利→私、ルクーゼンブルクにてアイリスの世話係(一生)就任決定。

 私勝利→アイリス、日本残留。私と一生一緒に生活する事が決定。

 

(あれ?これ、逃げ場がないぞ⁉)

 つまり、どっちが勝ってもアイリスが私と共にある。という事実は何一つ変わらない訳だ。

「それ、どっちに転んでもアイリスが得をするやつだよね?」

「横暴だ〜、特権濫用だ〜!」

「何とでも言うが良い!わらわはこの男が欲しいのじゃ!これだけは誰が何と言おうと譲らぬわ!」

「「「ぬぬぬぬぬぬ……!」」」

 シャルと本音、そしてアイリスが睨み合いを行う中、セシリアがそっと私に近付いて耳打ちしてきた。

「九十九さん?あの法律の話をすれば、八方丸く収まるのでは?」

 あの法律とは『男性IS操縦者特別措置法』の事だ。世間的には『ハーレム法』と言った方が通りの良いアレである。

 その法が『ハーレム法』と呼ばれる最大理由。それは『男性IS操縦者は、異性との重婚を最大5名まで許可される』という、ハッキリ言って無茶苦茶な一文のためだ。

 この一文のお陰でシャルと本音と同時に結婚できるのだからありがたいと言えばありがたい。とはいえ−−

「私はあの二人以外に妻を娶る気は無い。こうなると、アイリスには悪いがどうにか引き分けに持ち込んで、勝負自体を有耶無耶にするしか無いだろうな。しかし……」

「小国とはいえ、王族の方の求婚を断るのは、その国を敵に回しても構わないと言っているようなものですわ」

「だよなぁ……」

 アイリスが発起人である以上、この勝負に応じない訳にはいかず、勝っても負けても結果は同じ。よしんば引き分けに持ち込んでも、その後の対応次第で『最悪の結果』を招きかねない。いや、もう本当にどうすれば良いのやら……。

 と、考えを巡らせていたら、睨み合いを続ける3人に閣下が割って入った。

「お待ちください殿下!あの男を相手どると言うのならば、私が代わりに!」

「それでは意味がなかろうが!これはわらわの戦じゃ!わらわがやらんでどうするか!」

「しかし……!」

「くどい!下がっておれ!」

「な、ならば!私も共に戦います!」

「なに?」

 唐突な閣下の参戦表明に、アイリスが訝しげな目を閣下に向ける。

「殿下が戦場に出られると言うのであれば、その露払いを務めるのは私の役目!殿下、どうか!」

 アイリスに頭を下げ、必死の嘆願をする閣下。その行動に対してアイリスは−−

「よかろう」

 『是』の回答をした。そして、私に近付いてこう言ってきた。

「そういう事になった故、お主も二人で来い。誰を連れてくる?シャルロットか?本音か?」

 そう問うてきたアイリスに、私は首を横に振った。

「いや、二人には悪いが、今回バディを組みたい相手は他にいる。それは……お前だ」

 私が指を指した先、そこにいたのは−−

 

 

 同日夜、一年生寮、九十九の部屋。

「で?」

 九十九に胡乱げな目を向けて訊いてきたのは、今回九十九がバディに選んだ相手。鈴である。

「で、とは?」

「シャルロットと本音を振ってまであたしをバディに選んだって事は、なんか理由があんでしょ?言いなさいよ」

 鈴の質問に、九十九は僅かに逡巡した後、口を開いた。

「実はな、お前の父親が見つかった」

「え……えっ⁉」

 突然九十九から齎された父発見の報に、鈴は数瞬呆けた後、驚きの声を上げた。

「本当に⁉嘘じゃないわよね⁉嘘だったらぶっ飛ばすわよ!」

 怒鳴りながら九十九に掴みかかる鈴。その顔は憤怒と焦燥に彩られている。

「鈴、私の信条(ポリシー)を忘れたか?」

「……そうだったわね。ごめん、ちょっと頭に血が上ってた」

 九十九が常日頃から公言する信条、それは『女性相手に嘘をつかない』だ。それを知っている鈴は、九十九から手を離して謝罪を口にした。

「で、お父さんは今どこにいんのよ」

「都内某所、ラグナロク・コーポレーション医学部が直営するがんセンターの……終末期患者病棟だ」

「はあ?何でそんなとこに……まさか⁉」

 ハッとした顔をする鈴に、九十九は重々しく頷いて答えた。

「お前の父、劉楽音(リュウ・ガクイン)さんは、……ステージ4(末期)の肺がんだ。既にがんが全身に転移しており、手術も抗がん剤治療も効がなく、今は鎮痛剤で痛みを誤魔化しながら、いずれ来る死を待つ身だそうだ」

「そんな……!」

 九十九から齎された父の情報。それは、鈴に非常に大きなショックを与えた。九十九の話は続く。

「お前の母、凰麗鈴(ファン・リーリン)さんと離婚したのも、自分が原因で妻と娘の未来を暗いものにしたくないという、一種の親心、夫心からだったと担当医師に零していたそうだ」

「…………」

「そして、担当医師に『今の内にやっておきたい事はないですか?』と訊かれた楽音さんは、こう答えたそうだ」

 

−−最期に一目、娘の晴れ姿を見たい−−

 

「…………」

「もはや病床から起き上がる事すら出来ん程衰弱しているが、モニターを眺めるくらいは出来るだろう。見せてやれ、親父さんに『あたしは元気でやってます』とな」

 九十九がポン、と鈴の肩を叩く。鈴は俯いたままで、その体は小刻みに震えていた。

(無理もないか。唐突に親がもうすぐ死ぬと聞かされて、それに恐怖しない娘がどこに……)

「……じゃないわよ」

「ん?」

「ざけんじゃないわよ!あのクソ親父!」

「うおっ!?」

 顔を上げた途端、大音声で叫ぶ鈴。驚きのあまり、九十九も目を白黒させている。どうやら小刻みに震えていたのは、抑えきれない怒りの感情が原因だったようだ。

「り、鈴?」

「なにが『妻と娘の未来を暗いものにしたくなかった』よ!なにが『最期に一目』よ!結局お父さんの自分勝手じゃない!」

 自分の中の蟠りを、怒りと共に吐き出す鈴に、九十九は敢えて「夜中だぞ、声を抑えろ」とは言わなかった。

「だいたいお母さんもお母さんよ!未練がましく『楽音さん……』とか言うくらいならなんで離婚に応じたのよ⁉」

「それは……」

 多分、麗鈴は楽音の嘘に気づいた上で敢えて()()()()()()()のではないかと、九十九は推理する。そうでなければ、楽音にベタ惚れで若干ヤンデレ入ってた麗鈴が彼を離したりする筈がないのだから。そもそも−−

(私を通じてラグナロクに『夫を探してください』って言ってきたの、麗鈴さんなんだよな……)

 なのである。

「あーもうっ!ここでウジウジしてても始まんないわ!九十九、行くわよ!案内しなさい!」

 ガバッと立ち上がり、ドアに向かって歩を進める鈴。行先は言わずもがなだ。

「今からか⁉」

「今、すぐよ!」

 気炎を上げる鈴に、九十九は待ったをかけた。

「無茶言うな!外出許可証が無いだろう!」

「なら取ってきなさい!」

「それこそ無茶言うな!外出許可証の提出期限は前日の17時までと決まっている!病身の親に会うためとは言え、()()千冬さんがそれを曲げると思うのか⁉」

「うっ……」

「だいいち、アイリスとの勝負は1週間後。作戦会議と連携訓練、相手の情報収集とやる事は山積みだ。外に出ている暇なんて欠片もないぞ。請け負ったんだ、放り出せば中国代表候補生の名折れだぞ、鈴」

「ぐぐぐ……。はあ、分かったわよ。でも!事が済んだら−−」

「分かっている、ちゃんと連れて行くさ、お前の父親の元へ、な」

「OK。じゃあ早速相手の情報を−−「纏めた物がこちらです」3分クッキングか⁉……どれどれ?」

 九十九の手際の良さにツッコみつつ、資料に目を通しだす鈴。暫くして、鈴は驚きに目を見開いた。

「ルクーゼンブルク公国軍所有のIS『第七王女(セブンス・プリンセス)』と『近衛騎士(インペリアル・ナイト)』は、篠ノ之束博士謹製の第四世代IS……ですって!?」

 

 

 1週間後。IS学園第3アリーナ。

「ついにこの日が来たわね」

「ああ、そうだな」

 私の進退を賭けた、アイリス&閣下とのISバトル。その噂はあっと言う間に広まり、アリーナの観客席は現在満員御礼状態だ。

 この1週間、作戦会議と連携訓練は密に行い、出来うる限り穴は埋めた。後はやるだけだ。

「さっさと片付けて、お父さんを一発ぶん殴りに行かないとね……!」

「相手は末期のがん患者だぞ。やめてやれ」

 何やら不穏な事を言う鈴に取り敢えず釘を刺す。まあ、大した効果はないだろうが。

『各ISは、アリーナ中央へ』

 虚さんから集合のアナウンスがかけられ、私と鈴、アイリスと閣下が、それぞれ連れ立ってアリーナ中央へ並び立つ。

「ついにこの日が来たの、九十九。わらわと共にルクーゼンブルクへ赴く覚悟はできたか?」

 普段から来ているドレスをそのままISにしたかのような、豪奢な見た目のIS『セブンス・プリンセス』を纏い、不遜な笑みを浮かべるアイリス。

「貴様が真に殿下に相応しいか、私が見極めよう」

 騎士甲冑をイメージした重厚な装甲。両手に構えた剣と大盾、非固定浮遊部位(アンロック・ユニット)のランスには細い布……旗のような物が巻かれている、守護騎士にも儀仗兵にも見えるIS『インペリアル・ナイト』を纏い、剣呑な視線を私に向ける閣下。

「悪いけど、この後もっと大事な用があんの。速攻で片付けさせてもらうわ!」

 辛うじて納入の間に合った専用重装パッケージ《砲戦虎娘(キャノン・フーニャン)》を装備し、普段より重厚な見た目になっている『甲龍』を纏い、気炎を上げる鈴。

「アイリス、敢えて言おう。私が欲しければ……力ずくで来い。アッサリ手に入るなどと思うなよ?」

 純白の羽のようなウィングスラスターを背負い、狼の意匠をあしらった軽装甲冑のような外観のIS『フェンリル・ルプスレクス』を纏った私こと、村雲九十九。

「……っ!上等!参るぞ、ジブリル!」

「はっ!」

「行くぞ、鈴」

「ええ!」

 アイリスと閣下が身構えるのに合わせて、私達も戦闘態勢に入る。

『それではこれより村雲九十九進退決定戦を開始します……試合開始!』

 ホイッスルを合図に、4機が散開する。

「九十九!王女に突っ込むわ!サポート任せた!」

「了解だ。後ろは気にせず行け」

 言うが早いか、鈴はアイリスに突撃する。

 急接近する鈴とアイリス。その間に閣下が割って入る。

「殿下に近づくな!」

 咆哮と共に、携えた片手剣《エクレール》から雷撃を放つ閣下。だが、そこに更に割って入る()()()()。その腕が雷撃を受け止めると、雷はまるで吸い込まれるように消えた。

「これは……そうか、貴様か!村雲九十九!」

「エネルギー吸収能力にして、能力開発能力《神を喰らう者(ゴッドイーター)》。閣下、貴女がその雷撃を放てば放つ程、それは私の経験()となり、やがてはそれをもとにした新能力が産まれるきっかけとなる。お忘れなきよう」

「くっ……ならば!」

 剣を抜き放ち、鈴に斬りかかる閣下を《レーヴァテイン》を抜いて遮り、そのまま鍔迫り合いに持ち込む。

「貴様……!」

「今だ、鈴!やれ!」

「ありがと、九十九。そんじゃ、いっくわよ!」

 

ジャキンッ!

 

 肩のスパイクアーマーか展開し、普段より口径の大きい衝撃砲の一撃が、アイリスに直撃した……筈だった。

「ふむ、良い一撃じゃ。じゃが、わらわの前では無意味である!」

 フン、と胸を張るアイリスの周りには、うっすらとエネルギーフィールドが張られていた。

「九十九の予想通りって訳ね……」

 相方()のかつての発言が当たっていた事に、『苦々しい』と顔で言いながら、鈴が呟いた。

 

 

 −−1週間前。

「ルクーゼンブルク公国軍所有のIS『第七王女(セブンス・プリンセス)』と『近衛騎士(インペリアル・ナイト)』は、篠ノ之束博士謹製の第四世代IS……ですって!?」

 私が寄越したアイリスと閣下の専用機の情報が書かれた書類を見た鈴が、驚きに目を見開く。が、すぐさま立ち直って胸を張った。

「ふ、ふん!機体の世代差なんて関係ないわよ!結局はパイロットの腕次第でしょ!」

「それだけでは無い。『セブンス・プリンセス』には第四世代型広域殲滅兵装《重力爆撃(グラビトン・クラスター)》が、『インペリアル・ナイト』には雷撃放射機能を付与した剣と盾《エクレール》がある。油断は出来ん」

「うっ……」

 言葉に詰まる鈴に、私は更に告げた。

「加えて恐らく、《グラビトン・クラスター》は防御にも使用できると、私は見ている」

 広域殲滅兵装……つまり、空間を攻撃できるのなら、それを転用して−−

「自分の周囲の空間を重力波で捻じ曲げた……『空間歪曲場(ディストーション・フィールド)』とでも言うべき防御結界の構築くらいは出来るはずだ」

「攻守共に隙無しって訳ね……」

「確かにな。だが、穴が無いという訳でもなさそうだ。例えば−−」

 

 

「アンタのISの事はよーく知ってんのよ!攻撃力と防御力に機体性能(パラメーター)を極振りしたら、そりゃあ機動性が犠牲になるわよねえっ!」

 吠えながら、更にアイリスに接近しようとする鈴。それを見たアイリスがギクリとした顔で後ろに下がろうとするが、その動きはゆったり……というよりもっさりしたものだった。ともすれば、第一世代型ISの戦闘速度(80 〜100 km)より遅い。

 そもそも、広域殲滅型の機体の仕事は『最後方からの大出力攻撃で、敵機を纏めて叩く事』だ。そのため、接近される事を想定している機体の方が少ないと言える。

「逃さないわよ!」

「ちっ、ならば!」

 追い縋ってくる鈴を見て、アイリスが手にした錫杖を頭上に掲げる。今だ!

「閣下、失礼仕る!」

「なにっ!?」

 閣下に一声掛けた上で鍔迫り合いを切り上げ、今まさに最大威力攻撃を仕掛けんとする『セブンス・プリンセス』の射線上に飛び込む。

「九十九⁉あんた何してんの⁉」

「飛んで火に入る何とやらよな!纏めて潰してくれようぞ!」

 その瞬間、閣下はこちらの意図に気づいてアイリスを止めようと叫ぶ。

「なりません、殿下!そやつの、村雲九十九の目的は−−」

「受けるがよい!《グラビトン・クラスター》!」

 しかし、閣下の叫びも虚しく、アイリスの広域殲滅攻撃は発動してしまう。瞬間超重力の波が私と鈴を押し潰した。

「ぬぐっ!」

「ああっ!」

 私と鈴は真下の地面に叩きつけられる。クレーターができる程に陥没した地面が、その威力を物語る。

「我が《グラビトン・クラスター》から逃れる術はない!そのまま潰れるがよいわ!」

 機体から装甲の軋むミシミシという音がする。だが、ここまでは想定内だ。

「《ゴッドイーター》、完全開放!食い尽くせ!『フェンリル』!」

「「⁉」」

 

ギュオオオッ!

 

 『フェンリル』の全身の展開装甲が開き、《グラビトン・クラスター》のエネルギーを片端から吸収していく。全てのエネルギーが私に向かった事で、鈴が幾らか動きやすくなったのか、ゆっくりと起き上がる。

「痛た……助かったわ、九十九」

「気にするな、実益を取るついでだ」

「殿下、攻撃を中断してください!村雲九十九は《グラビトン・クラスター》を自分のものにするつもりでエネルギーを吸収しています!」

「……っ⁉」

 ハッとした顔で《グラビトン・クラスター》を停止するアイリス。超重力の頸木が外れた私達は、アイリス達のいる場所と同じ高度まで再度上昇した。

「エネルギー吸収能力……第三世代以降のISにとって天敵とも言える力よな……!」

 自分の攻撃が却って相手()に有利に働くという事実に苦い顔で呟くアイリスに、悪い笑みを浮かべて答える。

「褒めても何も出ないぞ、アイリス。鈴、動けるな?」

「はっ!当然!」

 闘志の衰えない目でアイリスを睨む鈴に、私はゆっくりと頷いて身構えた。

「頼もしいな。では……」

「第2ラウンド開始と行くわよ!」

 吠えて、アイリス達に飛び込む鈴と、その後ろで《ヘカトンケイル》を展開する私。それに対して、アイリスと閣下が即応体勢を取る。戦いは、益々ヒートアップしていく……。

 

 

『第2ラウンド開始といくわよ!』

「鈴……立派になったなぁ……」

 モニターの向こうで力強く叫ぶ鈴の姿を、楽音は歓喜と安堵の涙を流しながら食い入るように見つめていた。

 その姿は、鈴の記憶の中にいるそれとは似ても似つかないだろう。頬はこけ、目は落ち窪み、丸太のようだった手足はすっかり痩せ衰えて、今や枯枝のそれだ。肺は既に限界で人工呼吸器が手放せず、自力で病床から起き上がる事すらできなくなった。

「情けない……本当は、もっと近くで応援してやりたかったのに……」

「楽音さん……」

 心底悔しそうに呟く楽音の手に、ほっそりとした手が添えられた。楽音の元妻で鈴の母、麗鈴である。

 1週間前に九十九から楽音の居場所を聞いた麗鈴は、すぐさま楽音の元へ急行。楽音の真意を確かめた上で、その最期を見守る決意を決め、看病を続けている。

「大丈夫、あなたの声援はきっと届いているわ」

「ああ、そうだといい……な……ぐっ、ゴホッゴホッ……ゴブッ!」

「楽音さん⁉しっかりしてください!誰か!誰か来てください!」

 咳き込んだ楽音の口から、決して少なくない量の血が溢れ、バイタルチェッカーのアラームがけたたましく鳴り響く。

 楽音の命の灯火は、もはや風前のそれと言えた。




次回予告

アイリスとの戦いの決着は意外な形で着く事になった。
『父、危篤』の報を受け、楽音の元へ急ぐ鈴。
果たして、彼女の『お父さんに会って文句言ってやる』という願いは叶うのか?

次回「転生者の打算的日常」
#93 永遠之別離

お父さん……。

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