♢
九十九と暴走ISとの戦いが一応の決着を見た、丁度その頃。
某国某所、
「……やはりラグナロクだな。かの天災が作り出した行動強制プログラムをあっさりと覆して見せるとは」
「もはや、日本の一企業として見る事はできんな……」
「だが、我らとしても渡りに船であった事には違いない」
「左様。篠ノ之束の『コード・カタストロフィ』は我らのISも対象としていた故、軛が外れたのは嬉しい誤算よ」
「然り。これで我らの最終計画を実行に移せるというもの」
「では、始めよう。世界を今再び混沌へ落とすための戦いを」
「「「全ては亡国機業の為に」」」
そう言って、『幹部会』メンバーは席を立ち、めいめい会議室から出て行く。亡霊の跋扈の瞬間は、間近に迫っている……。
♢
「あー……。死ぬかと思った」
IS学園、第3アリーナ。大挙して押し寄せた暴走ISとの戦いを終え、どうにか生きて戻る事のできた私は安堵の溜息と共に地面に倒れ込んだ。
「わわ、九十九⁉」
「だいじょうぶ〜?」
倒れた私を気遣ってシャルと本音が近づいてくるが、頭を上げる事さえ億劫な私は、何処までも青い空を見ながら言った。
「大丈夫じゃない。体も精神も、ついでに脳みそもクタクタだ。このまま寝てしまいたいと思えるくらいにはな」
実際、もう既に眠気が襲い始めていて、気を抜いた瞬間寝落ちすると自分でも分かる程だ。とはいえ、こんな所で寝落ちするわけにはいかない。
「ふん……!」
気合を入れて体を起こそうとしたが、腕に力が入らないせいで全く上手くいかない。見かねた一夏が肩を貸してくれた。
「すまんな、一夏。手間を掛ける」
「いいって。ってか、お前が立てなくなるくらい疲れてるとことか、何気に初めて見るな」
「都合2時間以上の単機がけ、おまけに相手は有名所のオンパレードだぞ?消耗しない方がどうかしてるわ」
「確かにな」
笑いながら私を支えて歩く一夏。そこに仁藤社長が近づいて来る。
「やあ、九十九くん。お疲れさま。いや、災難だったねえ」
「ええ、まったく。『コード・リベリオン』がなければ、私がこうして生きている事も無かったと思います。それ程に今回はヤバかったです」
これは偽らざる本音だ。もうあと一歩社長の介入が遅ければ、今頃私はIS学園の海の藻屑と化していただろう。あ、思い出すと震えが……。
「お、おい九十九?震えてるけどどうした?寒いのか?」
「いや、今になって急に恐怖感が表出したんだ。ホントよく生きてるよ、私……」
言いながら、大きく息を吐く。真冬の冷気に晒された吐息が白く煙るのを見て、私は自身の生を実感するのだった。
♢
「皆疲れているだろうし、詳しい話は明日しよう」
千冬さんの「何故貴方自らここに?」という質問に対して社長がこう言ったため、一度解散しめいめいに休息を取った翌日。
IS学園、地下作戦室、ブリーフィングルームには、専用機持ち全員と教師陣の一部、そしてラグナロク・コーポレーション社長、仁藤藍作さんが一堂に会していた。
「やあ、諸君。おはよう。昨日はよく眠れたかい?改めて、ラグナロク・コーポレーション社長、仁藤藍作だ」
ピッと指刀を切り、壇上で朗らかに言う社長。だが、それを見上げる皆の目は一様に『うわ、胡散臭っ!』と言っている……ように見える。とはいえ、そんな視線など一切気にしないのが社長である。
「さて、まずは昨日の質問に答えようか。何故、俺がわざわざ自分から戦闘空域にやってきたのか?だったね。理由は2つ、1つは九十九くんに直接檄を飛ばしたかったから。もう1つは……ラグナロク・コーポレーション社長として、IS学園上層部、並びに専用機持ちの皆さんに依頼があるからだ」
飄々とした態度から一転、真剣な眼差しで千冬さんの後ろ……IS学園の真の理事長、轡木十三さんを見つめる社長。理事長は小さく溜息をつくと、一歩前に出た。
「お聞きしましょう」
この反応に驚いたのは専用機持ちのほぼ全員。『えっ⁉あの人用務員のオジサンじゃないの⁉』とばかりに一斉に轡木理事長へと視線を向ける。……隠していたからとはいえ、皆驚き過ぎだろ。
「話が早くて助かります、轡木理事長。我々……というより、私からの依頼。それは、
ざわっ……
社長の言葉に作戦室がざわついた。かく言う私も驚いている。何故なら、今まで一度として社長からそんな話をされた事が無いからだ。
「なお、我々が進言したこの作戦は既に国連、及び国際IS委員会によって承認され、国連直属IS配備部隊『
淀みなく語る社長。その言葉には、普段の社長を知る私からすれば信じられない程の熱が籠もっていた。
「仁藤社長。そうは仰いますが、彼等彼女等はまだ一介の学生です。それを……」
「その通り。彼等は学生です。だがただの学生ではない。IS学園の生徒であり、専用のISを保持し、これまでに幾度となく死線を潜って来た歴戦の勇士です。尤も、この学園の防衛を担う教師陣がもっと優秀ならこの様な事にはならなかったでしょうがね」
「…………」
社長の皮肉に、理事長は沈黙と俯きで答えた。あの人も生徒を戦場に送り出さねばならない事に、心を痛めていたのだろう。
「それに、昨日の一件で各国のIS事情は非常によろしくない事態に陥っています。頼る事はできません」
『コード・カタストロフィ』ーーISに対する篠ノ之束の絶対命令権ーーの発動と、それによる各国のISの暴走並びに失踪は、それぞれのIS戦略に多大な影響を及ぼした。なにせ、国によっては保有するISの大半が暴走・失踪したのだから、笑うに笑えない。
特にISが世に出たとほぼ同時に『IS自国起源説』を声高にぶちあげた某隣国など、篠ノ之束と世界中の顰蹙を買った結果供出されたコアは僅か1つ。それを載せた『
というか、復讐心に囚われ、私の抹殺の為だけに世界全体に現在進行形で多大な迷惑を掛けているあの女の暴走っぷりは、逆に清々しいものを感じないでもないが。
おっと、思考が逸れた。修正修正。
社長の依頼は、簡潔に言えば『亡国機業をぶっ飛ばすのを手伝ってくれ』だ。しかも、既に国連軍最強のIS部隊に協力を取り付けていると言う。……本当に何者だ?この御仁は。いち企業の社長が国連本部に渡りをつけ、戦力供与を確約させるとか、一体どんなコネクションがあればそんな事ができるんだ?
いや、それより何より、何故社長はここまであの亡霊共に拘っているんだ?そんな理由は無い筈ーー
「と、思っているね?九十九くん」
「っ⁉……はい」
思考を見透かされ、思わず肩を跳ねさせる私。そんな私に薄く笑みを浮かべた後、圧を感じる程の真剣な表情で、彼はこういった。
「九十九くん。俺にはね、何としてでもあの亡霊共を潰さないといけない理由があるんだ」
「理由……ですか?」
「ああ。……亡国機業の前身となる組織を立ち上げた男は……俺の高祖父だ」
ドヨッ……!
社長がそう言った瞬間、作戦室が大きくどよめいた。
(亡国機業の大本を作ったのが、社長の……親族?)
「今こそ語ろう。俺の原点、亡国機業との因縁を」
♢
時は、第一次世界大戦の足音が日本にも聴こえ始めた頃まで遡る。仁藤藍作の高祖父、仁藤紅作はこの頃、大日本帝国軍に従軍。持ち前の要領の良さと高い学力で、その地位を確固たるものとしていたらしい。
そして大戦の波は日本を飲み込み、当時の若い男達は否も応もなく戦争に駆り出されて行った。当然、紅作もだ。だが、結局紅作はこの時功績を立てられなかった。
そればかりか、部下の暴走を止め切れずに部隊に壊滅的打撃を受けた責を取らされ、降格の上閑職に回される事となった。それを受け、紅作は軍を退役。野に下り、自ら軍需企業を起こす。
起業から数十年後。各地に戦争の火種が未だ燻る世界情勢の中、紅作の会社は国内で最大の知名度を誇る企業となっていた。そんな時、紅作の下をある男が訪ねてくる。男の名はクラウド・ミューゼル。アメリカの裏社会の重鎮だった。
「ミューゼル……。スコール、まさか……?」
「ええ。私の曽祖父よ」
クラウドは紅作にこう言った。『人類の発展は、戦争によってのみ齎される。我らが裏から戦争を操り、戦争を続けさせ、持って人類発展の礎にしようではないか』と。
紅作もまた同じように考えていた。戦争が科学と技術を躍進させ、躍進した科学と技術が戦争を躍進させている事は疑いようもない事実だと。
こうして両者の思いは一致し、ここに後の亡国機業となる軍需産業企業連盟『ウォーゲームマスター』は発足した。時に、太平洋戦争の直前の事である。
「まさか、亡国機業が元はテロ屋ではなく戦争商人だったとは……」
「私も初めて聞いたわ……」
太平洋戦争の動乱の中、成長した『WGM』は世界の表裏に確かな影響力を持ち始める。そんな折、『WGM』を訪ねてきたのは太平洋戦争初期に、大国の侵略によって崩壊した『シュッツバルト王国』の元王女、ツェツィーリエ・フォン・シュッツバルトだった。
彼女の願いはただ一つ。『国土奪還とシュッツバルト王朝の復活』である。当初は渋った紅作とクラウドだったが、彼女の熱意といくつかの打算によって願いを聞き届ける事にした。
結果だけ言えばツェツィーリエの国土奪還は、第二次世界大戦のどさくさに紛れる形で成った。しかしここから『WGM』の、というよりツェツィーリエの暴走が始まる。
彼女は国土奪還がなった事で『WGM』の力を自分の力と勘違いしたのか、唐突に『世界統一宣言』を行い、『WGM』をその尖兵にしようとしたのだ。
「我々は戦争商人であって傭兵ではない」と固辞しようとした紅作とクラウドだったが、既にツェツィーリエの『WGM』内における影響力は無視できないものとなっていたのに加え、既に老齢の域に達した彼らが後事を息子達に託して一線を退いた事で影響力が低下していた事もあり、結果として『WGM』はツェツィーリエ主導の元、世界に打って出た。そして、見事に砕けた。
組織としての体を維持できるぎりぎりまで弱体化した『WGM』は、一度地下に潜らざるを得なくなった。しかし、それでもなおツェツィーリエの野心は収まるどころか更に膨れ上がる。
ツェツィーリエは第二次世界大戦下で滅んでしまったいくつかの国の亡命者達にコンタクトを取り、『WGM』に糾合。ツェツィーリエのこの行動に、これまで付いて来てくれていた多くの軍需企業が「もうついて行けない」として脱退を表明。この時点で『WGM』は戦争商人の集まりではなく、復讐と領土野心に凝り固まった集団に成り果てた。
変わり果てた『WGM』に、紅作は見切りをつけて一族を連れて脱退し、いずれ外から彼らを打ち崩す意思を固める。一方でクラウドは一族で内側から組織の暴走を抑えるべく敢えて残る判断をした。
ここに、戦争を裏で操る事で人類発展に貢献しようとした軍需企業集合体『WGM』は事実上消滅。代わって、世界への復讐と統一をなさんとする秘密結社−−国を亡くした者達が織り合わさり、やがて世界を覆うようにとの意味を込めて−−『
「その後、仁藤家の家督を継いだ俺の爺さん……重蔵は仁藤重工業を起業。裏で亡国機業の動向を探りつつ力を溜め、奴等を叩き潰すために行動していた。全ては先祖が残し、しかし変わり果ててしまった哀れな亡霊を、俺達の手で成仏させるために」
「そんな話、父から聞いた事も……」
「恐らく知らなかったか、知ってはいたが話した所でどうにもならないと思ったんじゃないか?貴女の父がその話を知った頃には、ミューゼルの一族は亡国機業に毒され過ぎていただろうから」
愕然とするスコールに自説を語る私。実際、第二次世界大戦から既に1世紀以上が経過した今、ミューゼルの一族は亡国機業の抑え役としての責務を全うしているとは言えない。
長い年月のその果てに責務を忘れたか、あるいは闘争と謀略の愉悦に酔ったか。いずれにせよ、今のミューゼルに期待は持てないと言えよう。
「それに、これは個人的な復讐でもあるんだ。九十九くんは知っているよな。ラグナロクの成り立ちを」
話を振ってくる社長に私は首肯で答えた。ラグナロク・コーポレーションは、社長が祖父から受け継いで発展させた……ん?
「……社長。社長は、ラグナロク・コーポレーションの前身、仁藤重工業を
「気づいたようだね。その通りだ。俺の両親、仁藤
「「「……っ⁉」」」
またも放り込まれる衝撃事実。社長の父君、碧彦氏は12年前にやって来た亡国機業の使者から亡国機業入りを打診され、それを断った。どころか、受け取りようによっては宣戦布告と言ってもいい台詞を吐き、その日の夜、仕事の残っていた藍作を残して外食に行った帰りに
その後、藍作に差出人不明の手紙が届く。内容はたった一言。
『お前の父が頷いていれば、こうはならなかったのに』
両親から話を聞かされていた藍作はその一文だけで家族が誰に殺されたのかを悟り、怒りと憎しみの咆哮を上げた。
「その時から今日まで俺は、あいつらへの復讐のためだけに生きてきた。この作戦も、言ってみれば俺の復讐の一環に過ぎんのかも知れん。だが頼む。俺に力を貸して欲しい」
壇上で深く頭を下げる社長。それに対して、私はこう言った。
「社長、その依頼は私には無意味なものです」
「九十九っ⁉」
私の発した台詞にギョッとする一夏。それを敢えて無視し、言葉を続ける。
「何故なら、亡国機業は私にとっても因縁浅からぬ相手。潰すと聞けば、こっちが連れて行けと言いたいくらいですね」
スコールとオータムに始まり、自称織斑マドカ、双子の暗殺者姉妹、そして新旧のエイプリル。もはや避けて通れぬ程に連中と私……私達は関わっている。全てを纏めて精算できるチャンスがそこにあるのに、それを見送る程愚かなつもりはないのだ。
「要は、とうに答えは決まってる。そういう事です」
言いながら席を立ち、私は社長に宣言した。
「私、村雲九十九は、今回の亡国機業討伐作戦『オペレーション・ゴーストバスター』への参加を、志願します!」
私の言葉に頷く社長。その顔は喜色満面の笑顔を浮かべている。
「僕も行きます。旦那さんだけ、危険な所に行かせられないもの!」
「わたしも、今度こそつくもを守る!」
「わらわも行くぞ!ジブリル!お主も来い」
「御意。私が全身全霊をもって、御身を守護致します」
私に続いてシャルと本音、アイリスとジブリルさんが立ち上がり、作戦参加を表明。更に。
「俺も行く。マドカとは、どこかでキチンとぶつかる必要がある。そんな気がするから」
「私もだ。この一件、もしかしたら姉さんが出てくるかも知れない。だったら、あの人を止めるのは私の役目だ」
「あたしも行くわよ。こちとら何回も上等かまされて、いい加減我慢の限界だってのよ」
「わたくしも参ります。『サイレント・ゼフィルス』が奪われたのは我が国の汚点。雪ぐ機会がそこにあると言うならば、手を伸ばすのは当然ですわ」
「私も行こう。嫁の背中を守るのも、私の務めだからな」
「……私も。今度は、役に立つ……!」
「トーゼン、お姉さんも行くわよ。更織としても、亡国機業は放って置けない相手だしね!」
一夏とラヴァーズも立ち上がって参加の意思を示した。これで、専用機持ち全員の意見は一致した。すると、今まで沈黙を保っていた理事長は、深い溜息をついて口を開いた。
「……織斑先生、山田先生。彼等の引率、及び現場での作戦指揮をお願いできますか」
「理事長⁉でも……!」
理事長の言葉に反発の意を示したのは山田先生。他に手が無いとはいえ、生徒を戦場に送りだすのは良い気分ではないのだろう。だが、理事長はそれを手で制して言葉を続ける。
「既に国連本部、並びに国際IS委員会がこの作戦を受理していると言うなら、もはや私に……IS学園上層部に出来る事はありません。あるとすれば、皆さんに万全の準備を整えさせて送り出し、道中の無事を祈る事だけです」
その言葉に「そんな……」と肩を落とす山田先生。そんな山田先生の肩にポンと手を置き、千冬さんが話しかける。
「山田先生。あいつ等が自ら行くと言っているんだ。教師として、その意志は尊重せねばならない」
「織斑先生……」
「それに、私もいつまでも逃げているわけにはいかないからな。自分の運命とも、アイツとも……」
目を逸らし続けて来た己の定めと正面から向かい合う覚悟を決めた千冬さんの、決意に満ちた瞳と声音。説得は不可能と断じたのか、山田先生が小さく溜息をついて声を上げた。
「分かりました。私もお供します。皆で無事に帰ってきましょう」
山田先生が折れた事で、IS学園専用機持ち全メンバーの『オペレーション・ゴーストバスター』参戦が決定した。社長は改めて深く頭を下げ、「ありがとう」とだけ言った。その声は僅かに震えていた……ように思う。
かくして、私達は亡国機業との最終決戦に臨むことになった。恐らく、篠ノ之束も出てくるだろう。そうなれば、最悪の場合世界全体を巻き込んだ三つ巴の大戦に発展する可能性もある……ような気がする。
せめて誰も欠ける事無く帰って来る事が出来るよう、私は今から脳を全力で回転させるのだった。
♢
同時刻、太平洋某所、水深3,000m。篠ノ之束謹製移動研究室『
「出来た……!」
薄暗い部屋の中に、どこか甘ったるく感じる女声が響く。その声には達成感と、それ以上の狂気に塗れていた。
「私の、私による、私の為のIS『
昼夜を問わずに開発を続けたのか、目元の隈は更に濃くなり、髪はボサボサ。まともに食事も取っていなかったのだろう。その頬はこけ、目は落ち窪み、その様はまるで幽鬼のようだ。だが、その目には憎悪の光が爛々と輝いている。
「行こうか、クーちゃん。アイツを終わらせに」
「はい、束様」
復讐に燃える天災が出て行った開発室。そこに鎮座する禍々しいシルエットのIS『カタストロフィ』が、九十九に牙を向くまであと少し……。
次回予告
世界に復讐せんとする亡霊。亡霊に復讐せんとする黄昏の使者。
魔法使いに復讐せんとする天災。世界を覆わんとする大火を消さんとする世界。
それぞれの戦いのための準備が始まる。
次回「転生者の打算的日常」
#100 戦闘準備
これはもう戦争だ。何があってもおかしくない。