牙神獣兵衛は鞘を左腰にあて、右手を刀の柄に握らずに添え抜刀の構えを取る。蟲蔵は二股の槍を獣兵衛に向けて突進。その間に“カッ”と口から長針…喉針を射出、獣兵衛の額を射抜かんとした。
同時に獣兵衛は蟲蔵が間合いに入らない内に目に止まらぬ早業で刀を抜刀。見えない刃が喉針を撃ち落とし、蟲蔵の太い首をバッサリと斬り落とした。獣兵衛がこの“技”で蟲蔵の首を切断するのは“2度目”である。
アルベルトはその一瞬に着いた決着に只驚きしかなかった。…が、獣兵衛は刀を鞘に納めるとアルベルトの方を見て首のない蟲蔵の亡骸を親指で指す。
「おい、呆けんな。コイツが走って来た先にお前の女がいるかも知んねえぞ?」
「あ…あぁ、ありがとう。行こう。」
二人は蟲蔵の亡骸をそのままにし、この先にセイがいると信じて進んだ。
同じく婚約者…屋敷内の者を救出する為にアシュレイ邸へと騎士団が進入し、婚約者であるエリザベスを救う為にカイル・スランタニアも騎士団を指揮した。階を上がると二人の忍装束の侵入者が気を失ったまま捕縛されていた。
「その二人の侵入者は外へ出しておけ。中に倒れている者は皆屋敷より運び出すのだ!」
『はっ!!』と騎士団が応え、忍者を運んでカイルもまた屋敷の奥へ進み、先々の部屋を隈無く調べた。そして…。
「エリザベス!」
行き着いた部屋でエリザベスとマリア、そして傷付きソファで寝かされたソラが其処にいた。
カイルは彼女を抱き締めようと一歩踏み出るが、ふと自分の立場を思い出して留まりエリザベスに尋ねる。
「エリザベス、何があった?…ドアの前に黒装束の亡骸があったがあれを制圧したのは誰か?」
エリザベスも直ぐに彼に飛びついて抱き締めたい気持ちを抑え、スカート端を摘んでお辞儀をして彼の質問に答えた。
「殿下、緊急の騎士団指揮お疲れ様で御座います。この部屋には私とソルシエ王国魔法省魔導師のマリア・キャンベル様、そして其処な黒装束を制圧したのはソルシエ王国魔法省より派遣された護衛のソラ・スミスが私達二人を守る為に族と戦い負傷致しました。
先ず彼の搬送を御願い致します。」
カイルは頷いて騎士達に指示を出す。そして周囲を見渡し、此処にいるべき人物がいない事に気付き再度エリザベスに尋ねる。
「エリザベス、聖女セイとカタリナ・クラエス令嬢の名を言わなかったが…この部屋には居ないのか?」
エリザベスは俯き、答えた。
「セイはアイラと一緒に屋敷内の使用人達を助けに、カタリナ孃は突然飛び出した彼女の使い魔をメイドのアンを連れて追いかけて行ってしまいました。」
「使い魔!?い…イヤ、今はそうではなく…マズイな、聖女の方はホーク団長が来て彼女を探しているから彼に任せるとして…カタリナ孃に何かあれば国家間の問題になる。」
眉間を寄せるカイルにエリザベスは謝罪とばかりに頭を大きく下げた。
「申し訳ありません殿下、私が側に居ながらセイとアイラ、カタリナ様とお付きのアンを危険に…」
「お前のせいではない、頭を上げてくれ。」
するとエリザベスの肩に手が優しく触れる。
「カイル殿下…。」
「此れは完全に私の落ち度だ。聖女とアイラ、ソルシエ王国の来賓が集まる所に騎士の警護を付けなかった私の責任だ、リズのせいではない。」
その優しい言葉とリズと愛称で呼ばれてエリザベスは思わず涙を頬に伝わせた。
「カタリナ様ならきっと大丈夫です。」
そこでマリアがカイルとエリザベスを安心させる為に二人の間に入った。
「マリア孃、それはカタリナ孃の使い魔がいるから…と言う事か?」
「ハイ、使い魔…ポチはソルシエ王国で聖獣とよばれた巨大な鳥が暴れた際に聖獣を鎮める事に大きく貢献しています。
今も外の蜂達を強い闇の魔力を乗せた咆哮で無力化させました。
…カタリナ様とアンさんは無事です。」
マリアの瞳から確信が滲み出ていた。カイルはカタリナの件は一先ず傍らへ置き、侵入者の捕縛討伐と聖女のセイの捜索を優先すると決めた。
アルベルトと獣兵衛はセイとアイラを見つけはしたが…、アイラの様子が明らかにおかしく、セイに抱きついたまま離れず視点も合わないショック状態に陥っていた。セイも彼女を出来るだけ安心させようと抱き締めて頭を撫でてあげていた。
「セイ、彼女に何が…?」
「私のせいです。私がいながら…愛良ちゃんが…。」
「なっ、まさか!?」
それを聞いてアルベルトと獣兵衛は通路の先に目を向ける。
「
セイに尋ねたのは獣兵衛だが、眉間をひそめたアルベルトが代わりに答えた。
「
いや、アイシクルランスだね」
セイは頷き、獣兵衛は納得する。
「その嬢ちゃんは
すると獣兵衛の言葉を耳に入れた愛良の聖を抱きしめる力が強まり、身体を震わせて「殺した…わたし人を殺した。殺した殺した…」とうわ言の様に繰り返す。すると獣兵衛は罰が悪くなったのか目を逸らしたり口元をへの字にしたりと挙動不審になるが、急に愛良を真っ直ぐに見つめてこう言った。
「嬢ちゃん、アンタは確かに人を殺したんだろうよ。そして…」
愛良は聞きたくないとばかりに耳を押さえる。聖は彼の行為に憤り、声を張り上げた。
「やめて、何で愛良ちゃんを追い詰めるの!?」
聖を無視して獣兵衛は言葉を続けた。
「そこの姐さんと自分の命を守った。そいつを誇んな。」
すると愛良の震えが止まり、聖は獣兵衛をまじまじと見てしまう。アルベルトは聖に視線を向けるとそれに気付いた聖は愛良を見てこう告げる。
「愛良ちゃん、私は…貴女に助けられたのは本当だよ。…ありがとう。」
聖が愛良を抱き締めて囁く。愛良はまるで救われた様な表情になり…彼女にすがりついてまた泣き喚いた。