異世界転々忍法戦記   作:濁酒三十六

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牙神獣兵衛はポチの中…

 サラが去り、彼女が連れて来たと思われた魔物達も何処ぞへと消えてしまった。死者はなく、マリアと愛良は直ぐに負傷者の治癒を急ぎ動ける者…ジオルドやキール達も皆仲間の応急処置を手伝った。

 しかし獣兵衛だけが戻らず、カタリナ達の心配が募る。アンもまた騎士に包帯を巻きながら彼の無事を祈る。

 

「ぽち、疲れてるだろうけど…獣兵衛さを探してくれる?もしもピンチだったら助けてあげて。」

 

 カタリナはまだ大きな狼の姿でいるポチを撫でて頼むとポチはベロンとカタリナの頬を持ち上げる程に舐め上げて獣兵衛を探しに駆け出した。

 

 そして森の中、シュプールと一対一で死闘を繰り広げていた獣兵衛は血塗れで右手に刀を構えていた。左腕は…何と手首を断ち切られ…、否、千切れた様な傷口から血を垂れ流していた。先程顔面をドリルの如し刺突で狙われ避け切れなかった為に左腕を犠牲に軌道をずらしたのだ。

 左手首のみならず右股、腹部左肩には抉り突かれた傷口が赤黒く開いている。

 シュプールも血だらけではあるが切り裂かれた服からは全く傷のない肌が露出する。

 

「すまないな。本来なら良い勝負だったんだろうが、どんな致命傷も再生(・・)してしまう様だ。」

「…みてぇだな、二度程お前みたいな奴を殺したが其奴は手なんか生えなかったぜ。」

「“氷室弦馬”の事か、ならお前は相当俺に油断してたんだな。…自業自得か。」

「…ちげえね。」

 

 獣兵衛はそう吐き捨てた。鉄仮面から覗く黒い目のシュプールが刺突の構えで獣兵衛の左胸に狙いを付けたのが分かった。…逃すつもりはない。

 流石に年貢の納め時と諦めかけたその時、狼の様な咆哮と共に巨大な塊がシュプールに落下して来た。シュプールは透かさず躱し土埃を広げ着地した黒い塊は長いフサフサの大きなおっ尾で血塗れの獣兵衛の顔を撫で拭いて獣の視線でシュプールを射抜いた。

 

「おまえ、カタリナ嬢ちゃんの使い魔(いぬ)か。」

 

 シュプールはポチを前に一度は構えるも考え直したのか、直ぐにエストックを鞘に収めて呆れた様に笑う。

 

「此奴には勝てない…。命拾いって所だな、…ジュウベエ・キバガミ。」

 

 シュプールはそう言い残して姿を消した。気配はない。

 ポチも敵はいなくなったと理解して獣兵衛に歩み寄る。

 

「こんな怪物を飼ってるとは…、あの嬢ちゃんを馬鹿に出来ねえな。」

 

 そう呟いて一人皮肉に笑うが、ふとポチの自分を見降ろす視線が気になった。瞳を爛々にしてジッと見つめ、“涎”を垂らしていた。獣兵衛は妙な危機感を感じて独り言した。

 

「はっ、冗談…だよな?」

 

 その時彼が見たのは、ポチの喉ちんこ(・・・・)であった。

 

 森もかなり暗くなり、戻らぬポチをカタリナ達は待ち続けていた。騎士達は牙神獣兵衛が引受けてくれた襲撃者こそが最悪の敵と見て彼の身を案じ、カタリナも獣兵衛とポチの安否を心配した。

 

「ポチ、獣兵衛さん…。」

「姉さん、ポチが戻って来たよ!」

 

 …と、キースが声を上げて森の奥を指差すと、その向こうが大きな黒い狼…ポチが走って来た。…だが獣兵衛の姿が見えない。

 

「ポチ、獣兵衛さんは?」

「まさか…、あの襲撃者に?」

 

 思わずアランがそう口走ってしまい、それを聞いたアンの顔が蒼白になり膝の力が抜け、倒れそうな所をキースが抱き止める。

 メアリが青筋を立てアランを強く批難した。

 

「アラン様何て事言うんですか!」

「えっ、いやだって…すまん。」

 

 小さくなるアラン。しかし戻ったポチの背にも獣兵衛の姿はなく、やはり皆の不安が大きくなってしまう。

 

「そんな…嘘ですよね…?」

 

 愛良も厭な想像をして泣きそうになってしまうが、ユーリがポチの身体の異変に気付き、ちょっと顔が青くなった。…腹部がもそりと動いた(・・・)のである。

 

「カタリナ、ポチの“お腹”、膨らんでないかい?」

 

 ジオルドも気付いて彼女に教えると、カタリナは恐る恐るポチのお腹をポンポンと叩くと、何とお腹の中からボスボスと強く叩く反応が返ってきた。

 そこでポチが大きな口を開けて何かを吐き出すと何とそれは牙が見獣兵衛であった。負傷した彼の出血を押さえる為だったのか、ポチは彼を呑み込んで運んで来たのである。

 

『獣兵衛さん(様)(殿)!!!!』

 

 皆の声が一斉に獣兵衛に浴びせられ、彼はいろんな意味で困惑した。

 

「…コイツの腹ん中で三途の川を見ちまった…。」

 

 そんな冗談が口から零れるが、此処にいる人間で三途の川を知る者は少ないだろう。しかし彼が生還した事を騎士団、ジオルド達は素直に喜び、アンは安心したせいか…結局へたり込んでしまった。獣兵衛は生き残った事でここまで大勢に喜ばれたのは初めてなので照れくさくなって口をへの字に曲げた。

 …だが愛良、マリアは彼の負傷箇所を見て言葉が詰まった。ユーリも左手首の欠損に眉間を寄せる。

 

「これはいけない。さすがに再生魔法は私にも使えない。」

 

 そして愛良はユーリに問いかける。

 

「…聖さんなら治せるかも知れません。」

 

 それを聞いたマリアは信じられないといった顔になり、彼女の驚きにユーリが答える。

 

「再生魔法なんて、セイ様はそんな魔法が使えるのですか!?」

「えぇ、既に実績もありますよ。」

 

 ユーリはその美しい美顔で笑顔を作った。その笑顔に嘘はないのだろうが愛良には何となく彼の考えている事が分かり、困り顔になる。

 

(多分、“もうすぐ再生魔法が見れます。”…とか思ってるんだろうな。)

 

 応急処置としてユーリが治癒魔法(ヒール)をかけて左手首を含めた傷を防ぎ、カタリナは獣兵衛に負担をかけさせまいともう一度ポチに運んでもらうと考えた。

 

「ポチ、お願い出来る?」

 

 “ボォウっ♪”と大きな狼の姿人懐っこい声で鳴くポチに獣兵衛はあからさまに嫌そうな顔を見せた。

 

「すまねえが、いい。一人で歩けっ…」

 

 そこで獣兵衛の言葉はポチな頭からかぶりつかれて遮られた。

 皆が青ざめアンは卒倒、指示したカタリナも獣兵衛が呑み込まれたのを目の前にして開いた口が塞がらなかった。

 そしてカタリナ達一行は帰路に着き、聖達がクラウスナーよりスランタニア王都へ帰還したのはその数日後であった。

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