「忘れ物はないかい、ミュイ?」
「ねえよ、毎朝毎回しつけえよ!」
朝食を終えていつもの言い合いを日課の様にして魔術師学院へ登校するミュイ。
「今日は騎士団庁舎に行った後ルーシーの屋敷に寄るから、帰りは少し遅くなるかも知れないよ。」
「わあーったよ!」
そう怒鳴って家のドアを開けるミュイはそのドア先に不審な男が此方を見ているのを見つけた。黒い真っ直ぐな長髪。目を瞑った細面の長身に白い着物と云う衣服に一振りの“刀”を腰に下げていた。
「…オッサン。」
ミュイが彼を呼ぶが既に後ろにベリルは来ており、ミュイをまた家の中へ押し退ける。彼の手にはゼノグレイブルの剣が抜き身で握られ、それを見たミュイは青褪める。
「ミュイ、家に戻るんだ。」
「オッサ…」
「早くっ!」
いつにない鬼気迫る怒声にミュイはビックリして家の中へと戻る。入れ替わりにベリルはドアを閉め、相手を睨む。
「何者だ、何しに来た?」
「拙者は
「親父が…死んだ?」
絶句、ベリルは剣の柄を強く握る。
「そしてこの現夢十郎、貴様に死合を申し込む。」
「断れば?」
「抜き身の剣を握りながら何を言い出すやら。その家に隠れた娘を
そう伝え、現夢十郎はスラリと鞘から刀を抜き、ベリルは既に抜いたゼノグレイブルを構えた。
「キモンハチニンシュウと言ったな。アマクサシロウトキサダの仲間か?」
「…然り。」
家の窓からミュイは剣を構え睨み合う二人を覗く。
(何だよ、何が起きてんだよ…オッサン!?)
そして二人は同時に踏み込み、鍔迫り合いとなりその間に会話を交わす。
「親父が死んだのは本当なのか、何故親父が狙われた?」
「貴様の父が片田舎の剣聖を育てた。それなら武蔵殿の目につくのは道理よ、単純に決闘であれば文句はなかろう。
そしてこれもまた決闘、私が勝った時は任務を遂行する。貴様の身内を皆殺しにする。それが嫌なら拙者を斬り殺す事だ。」
其処で互いに剣刀を振り上げて打ち合いとなった。刃鳴が幾つも鳴り響き、その度に火花が咲いた。
(この男、目が見えていない筈!なぜ打ち合える!?)
現夢十郎は盲人である。かつて日本にて牙神獣兵衛とも死合った鬼門衆の剣士だ。彼一人なら勝てたかも分からない程の剣豪であったが仲間の思わぬ一手で獣兵衛は勝ちを拾った。
その時とは違い一対一の死合、ベリルは攻めあぐねる。攻め込むが全て受けられる上に僅かな隙間に反撃をねじ込む剣技は神業の何者でもない。それを盲人が繰り出して来るのだから化け物としか言えなかった。
そして激しい一撃に弾かれ、無理矢理間合いを空けられてしまう。
(しまった!)
焦るベリル、しかし夢十郎は動かず刀の刃の角度を調整、突然に光り出してベリルの視界を奪う。
(眩しっ!日差しの反射!?)
確かにこの時間、自分の後ろから陽は昇る。としてもここまで視界を封じる反射角度を実践で使うなど不可能である。
「目
盲人剣士である夢十郎だからこそ言える煽り文句、完全に視界を奪われ、守りに徹するベリル。だが彼の殺気から何処から斬撃が来るのかは感じる事が出来る筈とベリルは考えるが…。
「殺気が消えた!」
殺気まで消せる剣士、最早夢十郎の斬撃が何処から来るか全く分からない状況となる。しかし、突如ベリルの全神経が
キンッと刀を切り払いする音が響いた。ゼノグレイブルの剣が現夢十郎の袈裟斬りを下から振り上げ弾き防いだのだ。ベリルの得意技である“木の葉崩し”だ。
「ふんっ!」
振り上がった刃を踏み込んでそのまま振り下ろし袈裟斬りで返す。ゾッと不快な感覚がベリルの両腕に強く感じ、夢十郎は血反吐を溢れさせて刀を落とす。
「み、ご…と。」
彼はそう口にして倒れ込み、息絶えた。
死合が終わり、窓から覗いていたミュイがドアを開けて立ち尽くすベリルに近寄る。
「オッサン、大…丈夫か?」
「ミュイ?」
ミュイに呼び掛けられたベリルからは先程までの殺気がまるでなく抜け殻の様になっており、握っていた剣がカランっと落ちた。そしてミュイに向き直りガクリと両膝を落としてしまう。
「おいオッサンどっかやられたのかよ!?」
「ミュイ、親父が…死んだんだ。」
そう呟き、ベリルは彼女を抱き締める。
ミュイは何も言えず頭が真っ白になり、ベリルは彼女にすがり、そのまま静かに泣いた。