太陽が西に傾くころ。
ノリッジの野戦空軍基地の基地司令室は重い空気が漂っていた。戦死したはずのガウディ大尉が発する言葉・・・そのものがこの空気に重みの拍車かけていた。とてつもなく途方に暮れる話。
それでもエリーは一語一句ちゃんと聞いていた。ガウディは軽いため息を吐くと、
「そろそろ彼女を起こすか。」
と立ち上がってソファーで寝ているグレイスに歩み寄った。
そして・・・彼はエリーがいるのにもかかわらず、グレイスの額に軽くキスをした。エリーは大胆ながら彼の行動に思わず赤面した。
「妹と同じ”おまじない”を掛けただけさ。」
と、笑うガウディ。
フッと笑いながら部屋の隅にある紅茶一式セットに手を付けた。グレイスが起きたらアッサムの紅茶を振る舞うつもりだろう。数分も経たないうちに、グレイスが目をこすりつつ起きる。
「ん・・・ここは・・・」
「おはようさん。少佐殿。」
ガウディの声を聴いて、グレイスはハッとして思い出しては声の主であるガウディへ振り向いた。彼は甘い匂いが漂う紅茶を2人分を注いでいた。
グレイスは混みあがった衝動を吐きだそうとした。だが、それでもガウディが止めた。
「まぁまぁ、積もる話はあるが・・・とりあえずこれを飲んでからにしなさい。”グレーシー”。」
「・・・あの頃と変わらない?」
グレイスは彼女自身の愛称を呼ばれて、だいぶ昔の記憶ーーー。義勇軍編成時の頃を思い出した。彼は相も変わらず笑顔で、
「あぁ。変わらないさ。」
と返した。ガウディは、グレイスとエリーに紅茶を渡した。
「ほれ。グレーシーが好きな甘い茶だ。」
「ありがとう・・・」
「エリーお嬢もどうぞ。」
「あ、ありがとうございます!」
エリーは思わず、声が上ずった。
「話過ぎて、緊張で固まったのかな?」
ガウディは先の話とは打って変わって、笑顔のままで返した。
「ねぇ?話って?」
グレイスが聞き返す。ガウディはグレイスが言ったことに対して誤魔化す。
「なんでもないよ。対した話ではない。」
それでも、グレイスは聞きたかった。寝ている間に何が起きたのかを。
「それは、後のお楽しみだ。」
「ホントっ・・・ずるい・・・」
「冷めない内に飲まないと新しく作る羽目になるから飲んでおきなさい。」
「うん・・・」
この2人のやり取りを見てエリーは思う。
(所属や階級は違えど、この2人は変わらず上官と部下。隊長はともかく彼は・・・感情を押し殺してまでとどめている。)
そう思いながら、出された紅茶を啜るエリーであった。グレイスも少しずつ紅茶を啜る。
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グレイスとエリーが飲み終わるまで、彼は目をつぶって何かをさまよっていた。
何を思っているのだろうか?何を考えているのだろうか?2人は彼の動向がわからなかった。
西に太陽が地平線へと沈みゆく。と同時に彼の目がゆっくりと見開いた。
「飲み終わったかね?2人とも?」
彼は2人に対して静かに語りかけてくる。エリーは頷き、グレイスは・・・固まった。一番聞きたいのはグレイス自身だろう。でも、何から聞けばーーー。
「2人とも、今日はここに泊まりなさい。日が落ちてから帰路に突くのは大変危険だ。」
「え、でも・・・大尉ーーー」
グレイスが何かを言いたそうなのはわかるが、それでも彼は止める。
「聞きたいことがいっぱいあるのは承知の上だ。何なら、少佐殿が私の部屋に来てくれれば、積もる話はそこで消化しよう。明日までに時間はある。」
「・・・」
グレイスは俯き肩が震える。
そんな彼女にガウディは突拍子のない事を聞き出した。
「こんな老兵如きに会うこと自体・・・本当は間違っていると思っているのか?」
その言葉にグレイスは立ち上がって、
「そんなことはない!!」
と部屋中響き渡るほどの大声で、グレイスは涙をこぼしていた。
「そんなこと・・・ない・・・」
と泣き崩れるグレイス。それを見たエリーはーーー。
いや、彼が基地司令のデスクを飛び越えるほど素早くグレイスの傍に居た。彼はエリーを見て、意味深な頷きをした。
エリーは彼の頷きに理解した上で、下手に刺激を与えないよう静かに座りなおした。彼は泣きじゃくるグレイスに聞く。
「元エースパイロットがこんなんじゃ、部下が呆れるぞ。」
「私はそんなんじゃない・・・貴方の妹さんを失ってまでエースじゃない。」
「妹?アイツならボストンに居るはずじゃ?」
ここで初めて話の食い違いが発生した。
ガウディは、妹がリベリオン本国に居ると思っている。しかし、グレイスを始めとする彼女らは彼の妹の安否を知っており、既に戦死していることはグレイスが言い始めたからだ。
とりあえず彼は、グレイスが落ち着いて話始めるまで、グレイスを抱きしめては民謡を唄い始めた。彼の歌は魔術的な口ぶりではないものの、事態が収束するほど落ち着きを取り戻す魔法のような歌であった。そんな中で嗚咽が無くなり、段々と落ち着き始めるグレイスは少しずつ話し始めた。
「貴方がダンケルク撤退作戦でいなくなった後に、義勇軍の第二陣として貴方の妹が来たのよ。」
グレイスが放つ言葉で思わず絶句した彼が居た。彼の状態を知らないまま、グレイスは話を続ける。
「次の作戦の前に哨戒任務にあたったの。でも彼女は私をかばってー」
グレイスの言葉を遮る様に彼が言う。
「そうか・・・そうだったんだな。」
「ごめんなさい。貴方の大切なもの守れなかった・・・」
グレイスは彼が着るパイロット服を握りしめつつ泣きながら謝る。
「いや、グレーシが生きてくれただけでも十分さ。」
彼は優しくグレイスの頭を撫でた。見ているエリーも2人から目を逸らしては暗い表情になった。エリーから見て、彼は再び枯れた涙を流して目を伏せていたからだ。それを知らないグレイスは彼に謝り続け、彼はそれを受け入れた。
「死」を厭わず英雄とも評価されているエースパイロットの彼が一番の苦労人だろう。何も知らず、ただひたすら戦いに明け暮れていた。
ここにいる彼ら兵士に平和なんてない。祖国や故郷・・・違う。
人類の為に戦いという人生を歩んでいるから、家族のことは疎かになりやすいだろう。特に彼がそうだった。家族事情を知らないまま生まれてしまった感情。もう家族と”逢えない”という現実。それでも彼は故郷に帰れず、戦友にも会えず、強いては愛しい人も逢えず、ずっとこの地で戦い続けていた。
そうこの日までは。
このシリーズ一旦打ち切って、約2年越しで完結したとか笑っちゃうぜ!