メメント・モリ   作:阪本葵

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一年前くらいからダラダラと書き溜めていました。
ある程度ストックが出来たので投稿します。
都合よい展開や矛盾点が多々ありますが、フィクションとして読み流してください。



第1話 少年は、絶望した

少年は絶望した。

 

現在14歳である少年は、姉の命令で全寮制の中学校へ入学、入学してからもまともに実家に帰っていない生活を送っている。

それは、剣道部の部活動が厳しく年中練習しているのと、双子の兄の”あの一言”のせいでもある。

 

『お前のような出来損ないは我が家にいらない。だから帰ってくるな』

 

小さい頃から少年に対し辛辣に当たる兄は、家に自分という存在がいることが不快だったようで、姉の全寮制学校入学の提案も嬉々として賛成していた。

帰ってくるなということなのか、兄に家の鍵も取り上げられた。

姉も、少年に対し小さい頃からきつく当たってきた。

少年の努力を否定し、貶す。姉は自分にも厳しい性格であるため家族にも厳しいと思っていたが、双子の兄は素直に褒めているところをよく見かけた。

 

『どうしてお前はそんなに愚図なんだ』

 

『そんなことを覚えるのにどれだけ時間がかかっているんだ』

 

『兄とは大違いだ』

 

常に双子の兄と比べられ、努力を否定されてきた。

それでも少年は努力した。

兄は『一を聞いて十を知る』を体現できる天才で、頭脳も、運動能力も万能で神童などと呼ばれていた。

姉も超人的な運動能力を有しており、学生時代に剣道の全国大会で優勝するほどだ。

だが少年はそんな二人とは明らかに見劣りする。

決して頭脳も、運動能力も悪いわけではない。

ただ、少年はいわゆる『要領の悪い人間』だった。

一を聞き、十繰り返し理解する。

日々常に反復練習、復習を繰り返してようやく彼らの望む土俵に立てるのだ。

だが、そこまでに時間がかかり過ぎ、それがまた姉や兄から失望されるのである。

それでも少年は日々の反復練習、復習をやめなかった。

少年はそれしか生き方を知らないから。

そうして、いつか姉に、兄に認められると信じていたから。

 

『そんなことも出来ないのか、情けない』

 

だが、それはそれはやはり夢だった。

 

『もう少し兄を見習え。……いや……』

 

家族だと思っていたのに。

 

『……お前は本当に私たちの弟か?』

 

少年は、その家族に見捨てられてのだ。

 

一年前、兄が誘拐されたときは姉は大事な大会の決勝戦を棄権してまで助けに行ったのに。

 

「残念だ。まさか織斑千冬が身内を切り捨てるとはな」

 

「学習したんじゃないのか?前の誘拐の際は誘拐事件自体伏せての大会の棄権、そして突然の引退で相当バッシングを受けたらしいからな」

 

「我が身を守るために身内を切るか、いやな世の中だねえ」

 

「まったくだ、そう思わないか少年?」

 

目の前の覆面の男たちが口々に喋る。

 

 

 

少年は誘拐された。

中学三年の五月の修学旅行、少年の学校は京都旅行であった。

そして友達と自由行動中、数人の男に拉致されたのだ。

車に押し込まれ、車内で麻酔の類を受け、気付けばどこかわからない廃工場で椅子に縛り付けられていた。

目の前には覆面に黒スーツの男が4人。

全員ガタイが良く、自分では太刀打ちできないであろう強者の空気を纏っていた。

自分の置かれている状況を確認しようと口を開こうとしたとき、一人の男が声を荒げた。

 

「ああっ!? そんな弟はいないだぁ!?」

 

携帯電話に怒鳴る男は、焦るように電話口の相手に言う。

 

「ふざけんなよ! 織斑千冬には弟が二人いる! 一人は織斑一夏!もう一人は織斑照秋(てるあき)だろうが!! その織斑照秋を預かってるんだ! ……あ? 悪戯だ!? おい、ちょっと待てよ! おい、おい!!」

 

どうやら電話は一方的に切られたようだ。

苛立たしげに携帯電話を地面に投げつけ、カーンという乾いた音が廃工場に鳴り響き、ガンガン携帯電話を踏みつける。

 

「くそ! なにが冗談だ! あの野郎、男を見下しやがって!」

 

肩で息をする男は、ギロリと少年を見るや、いきなり顔を殴った。

かなり力が入っていたのか、少年は縛り付けられた椅子ごと床に倒れこむ。

両手足を縛られているため受け身も取れず、コンクリートの床に肩を強打した。

体を打ち付けた激痛と、殴られた衝撃に気絶しそうになるが、なんとか意識を失わないように耐える。

口の中が切れ、ゲホッゴホッと咳込むとコンクリートが血で汚れる。

歯も2~3本折れたのか、口の中がゴロゴロする。

その間に少年を殴った男は他の仲間に止められているが、その怒りは収まらず喚き散らしていた。

そんな男を冷静に見ていた別の男が、携帯電話で何やら話していた。

 

「……ええ、失敗です。織斑千冬はこちらの要求を飲まず、弟を切り捨てました」

 

最後の一言が、少年の耳に残る。

 

『切り捨てた』

 

切り捨てる?何を?

 

「……はい、はい、わかりました」

 

何の感情もなく受け答えして通話を切る男は、椅子ごと倒れた少年を立たせ、こう言った。

 

「残念だ。まさか織斑千冬が身内を切り捨てるとはな」

 

「それとも、噂通り『愚鈍の弟を家族として認めていない』のか」

 

その言葉を聞いてビクッと体を震わせる少年。

今少年は両手足をきつく縛られ、さらに椅子に固定されており、抜け出すことは不可能な状況だ。

だから、震えた体は、同時にガタッと椅子が動く音がし廃工場に響く。

目ざとくそれを見つけた先ほど少年を殴った覆面の男は、隠れていない口元をニタァと歪め顔を近づけた。

 

「お前、切り捨てられたんだよ織斑照秋」

 

その言葉を理解するのに時間がかかったが、理解した途端、目から涙が溢れてきた。

震える体、真っ白になる思考、涙で歪む視界。

少年――織斑照秋――は切り捨てられた。

誰に?

 

「先ほど君の姉である織斑千冬に君を誘拐した旨の連絡をしたんだよ」

 

淡々と語る男は、ゆっくりと手を上着の胸元に手を入れる。

 

「彼女は一年ドイツにいたが、半年前に日本に帰ってきた。そしてIS学園の教師をしているんだよ」

 

男が上着から引き抜いた手には、黒く光る暴力『拳銃』が握られていた。

それを見た照秋はサッと顔を青くする。

 

「彼女に『弟を助けたければ、こちらの指示する場所へ来い』と要求したんだがね」

 

カチャッと拳銃の上部をスライドさせる。

 

「拒否されたよ」

 

にこやかに話す言葉は、しかし照秋の心に残酷に突き刺さる。

 

「『私に織斑照秋という弟はいない』だそうだよ」

 

とめどなく流れる涙は、ポタポタとコンクリートに斑点を描く。

 

「本当は君の兄、織斑一夏を誘拐しようと計画していたんだが、彼は前例があるからね、日本政府の”目”が多くて手が出せなかった。だが、君にはさほど”目”が無かったから容易かったよ」

 

そんなところにも差が出るんだねえ、と呟く男は穏やかな口調でカツカツと照秋に近付く。

 

「少年には同情するよ。まあ、誘拐した我々が言うことじゃないがね」

 

ゴリッと音をさせ銃を照秋の額に付ける。

 

「そして申し訳ないが、君には死んでもらう」

 

無情の言葉がかけられるが、照秋には届かない。

彼は姉に見捨てられたということに絶望し、思考できないでいるからだ。

 

「上からの命令でね。我々も心苦しいが、君は無用の存在になり下がった。価値がなくなったんだよ」

 

照秋は焦点の定まらない瞳で男を見上げる。

 

「さようなら」

 

 

パンッと乾いた銃声が廃工場に鳴り響いた。

 

 


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